帯とけの古典文芸

和歌を中心とした日本の古典文芸の清よげな姿と心におかしきところを紐解く。深い心があれば自ずからとける。

帯とけの拾遺抄 巻第二 夏 (七十五)(七十六)

2015-03-02 00:03:18 | 古典

        


                     帯とけの拾遺抄



 『拾遺抄』十巻の歌を、藤原公任『新撰髄脳』の「およそ歌は、心深く、姿清よげに、心におかしきところあるを、優れたりといふべし」に従って紐解いている。

紀貫之・藤原公任・清少納言・藤原俊成らの、平安時代の歌論や言語観を無視して、この時代の和歌を解釈するのは無謀である。彼らの歌論によれば、和歌は清げな衣に包んで表現されてあるものを、近代人は、清げな姿を観賞し歌の心を憶測し憶見を述べて歌の解釈とする。そうして、色気のない「くだらぬ歌」にしてしまった。

貫之の言う通り、歌の様(表現様式)を知り、「言の心」を心得れば、清げな衣に包まれた、公任のいう「心におかしきところ」が顕れる。人の心根である。言い換えれば「煩悩」である。歌に詠まれたからには「即ち菩提(真実を悟る境地)」であると俊成はいう。これこそが和歌の真髄である。



 拾遺抄 巻第二 夏
 三十二首

 

題不知                       読人不知

七十五 さみだれにいこそねられね郭公 よぶかくなかむ声をまつとて

題しらず                     (よみ人しらず・女の歌として聞く)

(五月雨に眠れない、ほととぎす、夜深く鳴くだろう声を、待とうと思って……さつきのお雨の乱れにより、おんなこそ眠れない、且つ乞う・ほと伽す、夜深く泣くはずよ、小枝を期待して)

 

歌言葉の「言の心」と言の戯れ

「さみだれ…五月雨…さつきの雨…さ乱れ」「さ…接頭語」「月…つき人おとこ…突き…尽き」「雨…おとこ雨」「に…時を示す…原因・理由表す」「いこそねられね…寝ようにも寝られない…眠ろうにも眠れない」「い…寝…井…女」「こそ…強調」「ね…寝…ずの已然形…打消しの意を表す」「郭公…ほととぎす…鳥の名…名は戯れる。ほと伽す、且つ乞う」「鳥…言の心は女」「なかむ…鳴かむ…泣かむ」「む…推量を表す…意志を表す」「声…こゑ…小枝…身の枝…おとこ」「まつとて…待つと言って…待とうと思って…期待して」


 これらはまさに、俊成が「浮言綺語の戯れに似ている」と言った歌言葉の戯れである。

 

歌の清げな姿は、眠らず郭公の夜鳴く声を待つ風流。

心におかしきところは、さみだれても、且つ乞うと小枝を待望するところ。

  

 

延喜御時月令御屏風に                (読人不知)

七十六 五月やまこのしたやみにともすひは しかのたちどのしるべなりけり

延喜の御時、月次の御屏風に             (よみ人しらず・男の歌として聞く)

(五月山、木の下闇に灯す火は、鹿の立ち処の標識だったのだなあ……さつきの山ば、この下止みに・その闇に、灯す思火は、肢下のたち門の導きだったのだなあ)

 

歌言葉の「言の心」と言の戯れ

「五月やま…さつき山…さ尽き山ば」「さ…接頭語」「このした…木の下…おとこ」「木…言の心は男」「やみに…止みに…闇に」「に…原因・理由を表す」「ひ…灯…火…思火」「しか…鹿…肢下…おとこ」「たちど…立ち処…絶ち処…たちと…断ち門…絶ち門」「と…門…おんな」「しるべ…標識…道標…導き…誘導」「なりけり…断定・気付き・詠嘆を表す」

 

歌の清げな姿は、闇夜の木の下の灯の用途発見。

心におかしきところは、絶ち門はものの回復の導き手でもあったと気付くところ。


 

近世以来の学問的解釈では、これらの歌の主題は「五月雨と郭公」や「五月闇と鹿」ということになる。詠み手の思いはそれ以外にないとするほかない。一義な深みのない色気もない歌にされたことよ。学問的和歌解釈の世界が新たに創りあげられたのである。曰く「歌のここまでは序詞、これとこれは掛詞、これはこれの縁語」。「序詞」などという言葉も概念も平安時代にはないものを。

近代以来の国文学では、古今和歌集などの歌解釈が、このまま定着し凝り固まってしまった。紀貫之・藤原公任・清少納言・藤原俊成らの、平安時代の歌論や言語観を無視するか、曲解したままである。貫之のいう「言の心」は「事の心」とするほかなく、清少納言の超近代的言語観は職域や性別によるイントネーションの違いを述べたことに貶められ、公任の歌に三つの意味があることを前提にした歌論は理解不能で無視するほかなく、俊成の歌論も「艶」を優美などと訳し、歌に煩悩が顕れるなど、理解不能で歌論は無視されたのである。


 

『拾遺抄』の原文は、新編国歌大観(底本は宮内庁書陵部本)によった。歌番もそのまま附した。群書類従に別系統の底本の原文がある、参考とした。