西大寺拝観を終えて、まだ時間があるので、ふた駅南の西ノ京に行く。
この駅には、唐招提寺(たまに薬師寺)に行くときによく降り立つのだが、「がんこ一徹長屋」という看板がいつも気になっていた。そこに寄ろうと思った。
奈良の伝統的な工芸に従事している職人さんの工房が集まっていて、その中の奈良一刀彫に興味があった。会社勤めをしていたころ、昼ごはんによく行ったお店が、3月になると、奈良一刀彫の雛段飾りを飾っていて、こんなお雛様が欲しいなあと思っていた。
私の財布の中身で買えるようなものはないかと、機会があれば探していたが、「がんこ一徹長屋」でも、やはり、簡単に買えるようなお値段ではない。職人さんたちは雛つくりに忙しそうなので、声を掛けるのをあきらめて、お隣の漆空間「あをぎり」へ入り、しばらく漆作品を見ていると、奥で仕事をしていた女性漆職人の森田さんが出てきて、話しかけてくれた。
私が、「以前にテレビで中国の漆は質が悪く、日本の漆を使おうにも品薄で高価だということを言っていましたが」と聞くと、森田さんは、「そんなに簡単な問題ではないんですよ」と、漆を巡る中国、日本の歴史的、政治的背景を話してくれて、目から鱗が落ちる思い。
漆に限らず、最近のレアメタルにしても、輸入食品の問題にしても、国と国の間の、人、物の交流には、テレビや新聞で報道されるより、歴史、政治、経済システムが複雑に絡まっていて、何が本当なのか、分からない。
分からないからこそ、私たちは、世間に垂れ流しされる情報に安易に振り回されずに、用心深く考えることが必要なのだ。でなければ、過去の誤った歴史を繰り返しかねない、というのが、森田さんと、私とが1時間余り話し合った結論だった。
森田さんは、長屋を突き抜けたところにある、古くからある神社と、墨の資料館に行くといいですよと、教えてくれた。
神社は、養天満神社といって、薬師寺の寺内社だったらしいが、薬師寺より古くから鎮座していたらしいのだ。境内は広くはないが、鎮守の森は奈良盆地の古い植生が残っている原生林で、奈良市指定の天然記念物になっている。シカの影響を受けている春日原生林よりも、自然な状態を保っているのだそうだ。
墨の資料館は、隣接する墨製造工場・墨運堂の施設で、がんこ一徹長屋も、墨の資料館を作ったのを機に整備されたという。見学する人もまばらで、ゆっくりと墨の製造工程、歴史、日本、中国などの墨や、書、水墨画を見学できる。館内に漂う墨の香りが、心を鎮めてくれる。
駅までの帰り道、蓮の花を描いた看板に魅かれて、カフェに寄った。昭和の民家をそのまま利用、土・日・祝だけ開いている週末カフェで、お菓子付の豆乳カフェをいただいた。「和三~WAMI」という名は、昭和の和と、線路をはさんだ東側にある薬師寺の玄奘三蔵院から取ったそうだ。何とも言えない、ほんわかした空間で、ここが異空間でなくて、なんであろう。お昼ご飯も食べられる。その日はがんこ一徹長屋内にあるうどん屋で遅いお昼を済ませたので、次は絶対に、ここでご飯をいただこうと思う。
ということで、この日思い立って訪れた西大寺、がんこ一徹長屋、養天満神社、和三カフェ、いずれも非日常の世界に導いてくれた異空間でありました。