全国若手市議会議員の会に参加してきました

2011年05月29日 12時05分36秒 | 活動報告
皆さん今日は。

去る5月27日、全国若手市議会議員の会(千葉ブロック研修会)
に参加して参りました。

千葉県中の自治体から23名もの若手議員が集まり、自己紹介や名刺交換、意見交換を行いました。
まさに多士済々。
若く、志溢れる方が沢山居られて、感動しました。
特に千葉市議会は、30代、そして女性の議員が多く、また市議会議長も30代の方。これは凄い事だと思います。
千葉市は市長も30代の方ですし、きっとフレッシュな議会運営がなされているのでしょう。

今回の勝浦市議選では私も含め3人の30代議員が誕生しました。
「勝浦市は変わらなければならない」と考える多くの有権者の皆様の票を賜った結果だと考えております。
そうした皆さんのご期待を裏切らぬよう、我々若手議員も勝浦市議会も、どんどん新しい事に挑戦して行かねば。
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勝浦へようこそ!(予告編)

2011年05月26日 23時52分24秒 | 趣味
皆さん今晩は。
6月の議会に向けて資料の読み込みや勉強で忙しい毎日です。
政治学を学んだとは言え、実際の現場での仕事と、机上論ではやはり隔たりが多くあります。
その溝を埋めて行くのは大変ですが、理想は決して忘れず、自分の持ち味を活かして日々の仕事を一生懸命やって行こうと思っています。
それにしても、様々な所から頂いた資料の数が膨大で、全部読むだけで2ヶ月はかかりそう・・・

また、お陰様で日々様々な方との交流があり、その度に新たな発見があります。
人づての噂で「あいつは心底酷いヤツだ」と言われる方でも、実際会ってみると凄く優しく魅力的な方だったり。
今まで接点が無かった方と交流するのは本当に勉強になるし、楽しいです。
まったく、人の噂ほど当てにならないものは無いなあと感じる今日この頃です。

というわけで今日は、久しぶりに政治以外のお話でも。

先日のブログでもお話しした通り、今勝浦を紹介する動画を作成中なんですが、
動画のBGMをどうするか、今非常に悩んでおります。
実はどうしても使いたい楽曲があるのですが、著作権の絡みがあるので勝手に使うわけにも行きません。
というわけで、早速その旨JASRAC(音楽著作権協会)とレコード会社に問い合わせてみましたが、なんだか手続きが非常にややこしい。
だったら自作しか無い!という事で、早速パソコンの音楽作成ソフトを使ってそれっぽい音楽を作ってみましたが、
自作の音楽を聴いてみて、自分の音楽的センスの無さに絶望しました。
楽曲をそのまま使うのではなく、アレンジしたり自分で演奏したり歌ったりする分には、BGMとして使用しても著作権的に問題ないそうなので、
ここはもう、いよいよとなれば初音ミクさんに歌ってもらうしか・・・

そんなわけで動画ですが、出来れば、ホタルが飛び交う様子を動画におさめたいので、6月中旬完成予定です。
予告編が出来たので載せておきます。画質の調整もしていない生データなのでお見苦しい点はご勘弁を。

勝浦へようこそ!(予告編)
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例えばこんな一日

2011年05月20日 23時53分53秒 | 政治活動
今日は、「議員は議会の無い日って何してるの?」とご質問を受けたので、
参考までに本日の私の活動を記してみたいと思います。
基本的に私は、議会の無い日も24時間公務だと思って活動しています。
市民の皆さんからの相談を受けたり、議会の準備をしたり、委員会や審議会、また各種交流会・イベントに参加したり、市政の勉強をしたりと、議会の無い日もやるべき事は沢山あります。

8:00~
「議会の無い日は街を歩いて皆さんの意見を聞いて廻る」という公約を実現させるべく、
また、現在個人で作成中の「勝浦を紹介する動画(youtube用)」の素材撮影・取材のため、串浜地区を訪問、撮影取材。

8:40~
勝浦漁港にてカツオの水揚げを取材。意見交換。

9:30~
朝市を訪問、市民の皆さんと意見交換。動画撮影。

10:30~
議会資料の読み込み、資料整理。6月議会に向けた準備。

13:00~
浜勝浦地区の避難経路整備の件について、環境防災課の方と共に現場視察。
市の迅速な対応に感謝。

14:30~
吉尾・松部地区取材。
メガネ岩で動画撮影。観光客のバイカーさんと交流。


15:00~
植野・大森地区取材。海だけじゃなく山も美しい勝浦をアピールしたい。

18:00~
鴨川市の庄司朋代市議からお誘いを受け、石破茂衆院議員の講演会に参加。
氏の講演は、その内容だけでなく話し方も本当に素晴らしく、大変勉強になった。
また、庄司市議の司会進行がこれまた日本語流麗で感動しきり。声音も発音も素晴らしい。話し方の勉強もしたい。

21:30~
資料整理・読み込み。

明日は勝浦中学校運動会に来賓として参加してきます。
近日中に勝浦紹介動画も完成しますのでお楽しみに!
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市議会臨時会について報告致します

2011年05月18日 21時31分30秒 | 活動報告
本日、「平成23年5月勝浦市議会臨時会」が招集されましたので報告致します。

主題は改選後の議会人事の決定と、市長の専決処分の報告・承認です。
主な議案は下記の通りです。

●議長・副議長の選挙
●各委員の選任
●各委員会の委員長・副委員長の互選
●市長の専決処分の承認

結果、主な人事として、

市議会議長 :丸昭議員
市議会副議長:岩瀬義信議員
監査委員  :松崎栄二議員

と決定致しました。
また、私どもの会派の会長である岩瀬洋男議員が、千葉県後期高齢者医療広域連合議会議員に選任されました。

私は常任委員として、
教育民生常任委員会、建設経済常任委員会、
以上2つの委員会に所属する事になりました。
経験豊富な諸先輩方に遅れを取らぬよう、しっかりと勉強して追いついて行きたいと思います。

さらに、市長の専決処分として、震災対策関連の条例改正や補正予算の計上が行われました。
市税条例を改正して、震災を受けた場合に課税軽減等が行われるようにするもので、
緊急性、必要性が高いと認められ、全会一致で承認されました。

また、東日本大震災被災者の受入れに係わる4,000万円の補正予算も承認されました。
市内のアパートやホテルを避難所として借り上げ、震災・原発事故被災者の受入をする為の費用です。
(詳細は下記リンクからご確認下さい)
http://www.city.katsuura.chiba.jp/topic/kikaku-hinannsha1.html
ホテルやアパートの借り上げ料や、光熱費、消耗品や備品等の購入費を補正予算として計上しています。
勝浦市と被災地とは漁業等を通じて深い関係がありますし、被災地の復興無くして勝浦市の未来もまた有り得ない以上、
被災者の積極的な受入れ、支援は必要なものです。
しかし、現時点でこの制度の利用者はゼロとのこと。
せっかくこれだけの規模の受け入れ態勢を整えたのであれば、もっと積極的に被災地にアピールしていかなければ。

もうひとつ。
先日、お世話になっている方から素晴らしい物をお預かりしました。
「ぽるぷ出版 名著復刻に本児童文学館」という、全32点の復刻版書籍のセットです。
昭和46年出版。明治、大正、昭和初期の名著を復刻したもので、非常に保存状態が良く、欠品も無い、素晴らしいものです。

古い時代の復刻ものなので、値段表記が「1円」になっていたりと興味深いです。
文字の字体も朗らかで、もう読んでるだけでホンワカしてきます。古本はええなあ・・・

自宅に置くにはあまりにも勿体ないので、図書館もしくは学校にご芳名で寄贈させて頂きます。
末永く大切にして行きたいものです。
Mさん、本当に有り難うございました!
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所属会派決定について報告致します

2011年05月15日 23時53分14秒 | 政治活動
皆さん今晩は。
さて今日は、議会関連の報告をさせて頂きます。

去る13日に議員全員説明会がありました。
議員全員が揃っての初めての行事。各議員や行政側執行部の皆さんの紹介があり、今後のスケジュールの確認などを行いました。

また、所属会派や委員会等も決定致しましたので報告致します。

所属会派名 「新創かつうら」
所属議員   岩瀬洋男 議員
       鈴木克己 議員
       佐藤啓史 議員
       松崎栄二 議員
       磯野典正 議員  
      【順序不同】

以上5名に私を加えた6名で新会派を立ち上げる事となりました。
皆素晴らしい人格と能力を持った方々です。

「新創かつうら」では、議会ごとの会報発行や、市民の皆様との懇談会を予定しております。
先輩議員や同世代の議員の皆さんと共に切磋琢磨し、あたらしい勝浦市政を創造するため、 私も全力で市政に取り組んで参ります!
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人権委員会設置法案(人権侵害救済法案)についての反対意見

2011年05月14日 23時25分36秒 | 政治に対する意見
皆さんこんばんは。
本来であれば、今日のブログでは選挙の報告や今後の議会日程の報告をしたかったのですが、
どうしても皆さんにお伝えしたい事があるので、今日は予定を変更し、ある「法案」について書きたいと思います。
(平成24年12月追記:人権委員会設置法案はこれまで何度も名を変え国会に提出されようとして来ました。民主党政権下だけでも、同じ内容で2度も名を変え閣議決定。やり方が姑息です。
 人権委員会設置法案=人権侵害救済法案=人権擁護法案、です)

先日5月12日の新聞に、下記のような記事が掲載されました。

 政府・民主党は、不当な差別や虐待で人権侵害を受けた被害者の救済を目的とする「人権侵害救済法案」を次期臨時国会に提出する方針を固めた。
 2002年に小泉内閣が提出(翌年に廃案)した人権擁護法案の対案として民主党が05年に作成した法案をベースに修正を加える方針で、擁護法案で批判が強かったメディア規制条項はなく、早期成立を図る構えだ。
 政府は党の作業を踏まえ、人権侵害の定義、国と地方機関の組織のあり方などの制度設計を法務省で行い、次期国会への提出を目指す考えだ。
 自民、公明両党の連立政権時の擁護法案では〈1〉人権侵害救済機関「人権委員会」を法務省外局として設置(2)取材を拒む被害者らを継続して待ち伏せることへの停止勧告――などの内容に報道規制や救済機関の独立性への懸念が示され、自民党内でも異論があった。民主党対案は05年の衆院解散で廃案となり、同党は09年の衆院選政権公約(マニフェスト)に「人権侵害救済機関の設置」を掲げていた。


http://www.yomiuri.co.jp/politics/news/20110511-OYT1T01191.htm

要約すると、民主党が「人権侵害救済法案」という法案を次期国会に提出する、
というものです。

「人権侵害救済法案」。人権侵害を救済する法案。
一見するとなんだか良いことを言っているような気もしますが、実はこの法案、我々国民にとってかなりの悪影響を及ぼす可能性のある、悪法と言えるのです。
私は、この人権侵害救済法案の成立には反対です。もう8年以上も前から、この法案の実現に反対してきました。
小泉内閣が2002年に「人権擁護法案」という名称で同内容の法案を提出したときから、ずっと反対し続けています。
2006年2009年の私の日記の中にも、この法案について反対意見を述べたものがあります。)
この法案だけは、絶対に実現させてはならないとさえ思っています。

なぜ、「人権侵害救済法案」(人権委員会設置法案、または人権擁護法案とも)がダメなのか。
私なりに、改めて解説してみたいと思います。


まず、この法案がもし通ると、「人権委員会」という機関が作られます。
この「人権委員会」のお仕事は何かというと、
「人権侵害をしたヤツを取り締まること」です。
じゃあ人権侵害って何なの?っていうと、
「人権委員会が勝手に判断するのでよくわからない」という事になっているのです。

これが、実は大問題なのです。
例えば、AさんがBさんに向かって「バカ!このドジ野郎!」と言ったとします。
これについて、人権委員会が「これは差別だ!人権侵害だ!」と判断すれば、Aさんは人権委員会からのお叱りを受ける事になります。
場合によっては、令状無しで家宅捜索等も出来る権限が、人権委員会には与えられています(人権擁護法案の場合)。
つまり、「人権」や「差別」についての明確な規定が無いままに、「人権侵害」への対処を理由に、我々国民の自由を侵害する危険があるのです。
上記のような事例は極端だとしても、それに似た事例は起こりうるという事です。

そもそも、日本には憲法によって保障された「表現の自由」「言論の自由」がありますから、基本的に誰が何を言っても自由です。
他人に迷惑をかけない限り、捕まったり罰を受ける事はありません。
だから、政治家の批判をしたり、権力者の批判をしたって自由だし、それを取り締まる法律なんて無いのです。当たり前ですね。
(もちろん、名誉毀損などの規定はありますが、これは判断基準が明確です)
もし他者の批判・批評を言ったら罰せられるとしたら、それは言論統制、というものです。
よくわからない団体(人権委員会)に法的根拠のない捜査権が与えられて、
しかも、「人権侵害」の定義が不明確だから、自分の行動の何が人権侵害に当てはまるかすらもわからない。

これほど怖い事はありません。まさに言論統制です。

法律だったら、やって良い事、やっちゃいけない事が明確に書いてあるから、誰にでも納得出来るし、分かり易いですよね。
他人のものを盗んだら窃盗罪。実に明快です。

でも、人権侵害救済法案は違います。
一体自分の行動の何が「人権侵害」にあたるのか、誰にも解りません。
「他人の批判をしたら捕まるかもしれない」、そんなあいまいな状態の中で楽しく生きて行けるでしょうか?自由に活動が出来るでしょうか?
私にはとうてい、そうは思えません。
他にも、この法案が実現すれば、まずい事が沢山出てきます。
報道による過剰取材やプライバシー侵害への対処を口実にして、悪徳業者や政治家への疑惑追及などが出来なくなり、取材・報道の自由、国民の知る権利が奪われる可能性があります。
また、表現の自由、言論の自由が脅かされる事になれば、世界の中でも最も自由で創造力に富んだ日本の娯楽文化(漫画、アニメ等)も、一気に衰退する事になります。
だって、自分の表現が人権侵害に当たるかもしれない、という縛りの中で、より良いコンテンツが生まれるでしょうか?
現実的に、この法案が通れば、他人の目を恐れてラブシーンや流血シーンのひとつも書けない事になってしまいます。
(現状でも過剰な表現規制によって衰退しつつありますが)

自分のした事が「人権侵害」になるかどうか解らない世の中が来たら、怖くて何も表現できなくなってしまうでしょう?
私はそんな社会は絶対に嫌です。
現在の中国を見たって解る筈です。言論統制というものがいかに社会を萎縮させ文化を衰退させるか。
「思想の自由市場」という言葉があります。
思想や言葉、表現物というのは、規制なんてしなくても、悪いものからどんどん淘汰されて行く。そうした考え方です。
私はこの考え方が大好きです。
誰かが他の誰かの意見を取り締まる、なんてのはやっぱり異常だと思うのです。今どきファシズムでもあるまいし。

「人権侵害救済」なんて言うと、なんだかいかにも良い事のような気がしてしまうのが怖いところですが、
その内容はあからさまな表現規制だという事を、皆さんには少なくとも知識として知っておいて欲しいと思います。

私は地方議員として、今後も、この法案には断固反対して参ります。
日本の表現の自由、言論の自由を奪おうとするこのような法案を断じて許すわけには行きません。
自由で創造力に富む社会を実現させる事こそが、私の夢なのですから。

皆さんもこれを機会に、是非一度この問題について考えて頂けたらと思います。
もちろん、全てを知った上でこの法案に賛成、という方が居たって良いのです。
怖いのは、国民が何も知らないままこの法案が可決される事なのです。本当に。

以下に、この法案の問題点のまとめと、
関連サイトへのリンクを載せておきます。

この法案の問題点まとめ

●正当な批判さえ差別、人権侵害と取られる可能性がある
●テレビやマスコミでほとんど取り上げられてないため、国民のほとんどが知らない
●差別の基準があいまいである(人権委員会が好き勝手できてしまう)
●警察とは別の、新しい権力機関を作ることになる
●人権委員会の行動を監視、抑制する機関が存在しない
●インターネットを潰す事によるマスコミの情報操作能力の向上。よってマスコミの曲解報道に一切対抗できなくなる (マスコミの情報規制ができるので議員の汚職及び犯罪隠蔽が容易になる
●何が差別と取られるかわからない、使える表現が減る事により、アニメ、漫画、ゲーム、小説、映画、テレビ、お笑い、音楽、ドラマ等、日本の文化が衰退する(当たり障りのないものしか作れなくなる)
●特定の人権を過剰に守るという事は、それ以外の人権を踏み躙る事に繋がる。

関連サイト

「博士の独り言」
http://specialnotes.blog77.fc2.com/blog-entry-4335.html

民主党「念願の人権侵害救済法案をどさくさまぎれに提出」
http://503.livedoor.biz/archives/3739707.html

人権擁護法案ポータルwiki
http://wiki.livedoor.jp/pinhu365/

だいたい、震災の関連法案も通さず、どさくさまぎれにこんな反対の多い法案を提出しようなんて、現政権は一体何を考えているんでしょうか・・・
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選挙の報告その3 ~投票日

2011年05月12日 23時01分28秒 | 政治活動
今日は、前回の記事の続きを書こうと思います。
投票日からあっという間に2週間近くも経ってしまい、今更な気もします。
しかし、初めて経験する選挙での体験談、やがて政治家を志す皆さんのお役に立つ事もあるかと思いますので、しっかりと報告させて頂きます。

投票日。

一週間にもわたる選挙活動も終わり、後は投票結果を待つのみです。
この日、私は朝一番で投票を済ませ、友人とともに事務所で選挙カーの看板の取り外し作業や、事務所の後片付け等を行いました。
もうこの段階では一切投票を呼びかける活動は出来ませんが、実は投票日当日に行える活動が一つだけあります。
それは、「追い出し電話」と呼ばれるものです。
まだ選挙に行っていない有権者に電話をかけ、「選挙に行きましたか?まだだったら是非投票所に行ってください!」と呼びかけるものです。
私はこの追い出し電話を一切行いませんでしたが(何だか微妙に違法っぽいですし、有権者だって当日まで電話なんか受けたくない筈ですよね)参考までに書いておきます。

夜8時には投票が締め切られ、いよいよ開票にはいります。
事務所に家族親戚や友人、支持者が集まり、全員でテレビの開票速報に釘付けとなります。
また、開票経過に不正が無いかチェックする「開票立会人」を候補者は開票会場に同席させる事が出来ます。
それによって、開票所からリアルタイムで「今何票」と電話がかかってきます。

開票結果を待つ間、それはもう、人生で一番緊張しました。
最初の開票結果では上位11名に入っていた得票数も、400票から伸び悩み、事務所内には「まさか・・・」という空気も流れ始めました。
しかしこの時、私自身は当選を信じていました。
自分自身、今回の選挙でやりたかった事、伝えたかった事を出し切ったと確信していたし、
何より沢山の仲間がこれだけ応援してくれて、悪い結果が出る筈が無いと信じていました。

そして、午後10時30分。
立会人から「当選したぞ!!」と連絡が入りました。
もう正直、そこからの1時間は、何が何やらはっきりとは覚えていません(笑)
家族と抱き合い、仲間と抱き合い、後援会の皆さんと抱き合い、喜びを分かち合いました。

頂いた得票数は、529票。
529名もの方々が、私を信じて勝浦市の未来を託してくれた事になります。
こんなにも有り難く、また嬉しい事はありません。
これから4年間の重責を果たすべく、公約通り、死ぬ気で頑張らねばなりません。

今回の選挙、大変な事も沢山ありましたが、嬉しい事も沢山ありました。
多くの方と対話する事で、自分の視野が大きく広がりました。
また、選挙活動を通じて仲間や家族親戚との絆も大きく深まりました。
何より嬉しかったのは、有権者の方々が「頑張れよ!」とあちこちで声をかけてくださった事です。
以前の記事で書いた通り、自分には支持母体も知名度も資金も、何にもありませんでした。
右も左も解らず徒手空拳の戦いを続ける中で、それでも「応援するよ!頑張れよ!」と声をかけてくださる有権者の皆さんの声が、どれだけ有り難かった事か。
このご恩は、必ず政策でお返し致します。
皆さんのご期待を裏切らぬよう、また1つでも多く公約を実現させるため、精一杯取り組んで参ります。

どうか今後とも、ご指導賜りますよう、宜しくお願い致します!
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選挙の報告その2 ~選挙期間中のあれこれ

2011年05月09日 23時41分34秒 | 活動報告
先日の日記の続きです。
前回は、3月後半に改めて立候補を決意した所までお話ししました。

3月中は、これまで通り「あたらしい勝浦を創る会」への入会促進活動、挨拶回りを行いました。
当初の予定では、早朝駅前に立っての街頭演説や、街を歩いての演説、ビラ配り等も予定していましたが、やはり震災による影響を考慮して、それらは行いませんでした。

三月下旬、いよいよ立候補の準備も本格化します。
まず大変だったのが、立候補届出用の書類作成です。
分量的には大した事は無いんですが、添付書類が多いので全部を揃えるのは相当苦労しました。
他にも、レンタカーの手配や、ウグイス嬢の手配、ポスターの写真撮影やハガキのデザイン、スタッフや必要物資の手配、警察での車両の事前チェック等々、細々とやる事が沢山あってテンヤワンヤの日々でした。

今回の選挙準備において最後まで一番悩んだのは、
「選挙カーとウグイス嬢を出すかどうか」でした。
実は、私自身は当初、「選挙カーもウグイス嬢も出さない!」と決めていました。
東日本大震災で多くの方が犠牲になり、日本全国が自粛ムードの中、大音量で名前の連呼(実は、法律で選挙カーのウグイス嬢は名前の連呼「しか」出来ない事になっています!政策等を言いながら走るのは、実は禁止なのです)をするなんて不謹慎だし必要ない、と思っていたし、選挙カーを出すからには車や運転手やウグイス嬢を確保しなければならず、お金も相当かかります。
しかし、支持者や仲間は「選挙カーを出すべきだ」とアドバイスをくれました。
支持者へのお礼の意味で出した方が良いと。最初は意味が分かりませんでしたが、結果として選挙カーは出して正解でした。
支持者の皆さんの心理としては、自分の応援する候補者の選挙カーが廻ってこないと不安になるのだそうです。
そんなこんなでウグイス嬢の手配もおくれてしまい、友人の紹介でウグイス嬢が決まったのは、選挙一週間前でした(汗)

そして立候補の為の手続きや手配も済み、いよいよ4月17日、告示日となりました。
告示日当日、朝8時に市役所に書類を持って届け出に行きます。
ここで、届け出順にポスターの掲示場所が決まるのですが、当然他の候補も良い場所が欲しい為、届け出開始時間には全候補が会場に集まっています。なので、くじ引き(!)で届け出順を決める事になります。
くじ引きの結果、届け出順及びポスターの掲示場所は「8番」と決定。
すぐさまスタッフに電話してポスターの掲示をお願いしました。

いよいよ選挙戦が始まりました。
ここからは、時系列でなく各項目ごと説明してみたいと思います。
今回の選挙では、とにかく「お金をかけない」ことを心がけました。
なので、出来るだけ通常の場合と対比させながら書いて行こうと思います。

出陣式について

告示日の朝、候補者は「出陣式」を開催します。
支持者を集めて、選挙の開会式を行うわけですね。
当然、候補者としては集まる人数が多ければ多いほど派手で良いわけで、候補によっては現役の議員さんや偉い人が沢山応援に駆けつけたりします。
しかし、私の出陣式はつつましいものでした。
出陣式の案内はご近所と友人にしか出しませんでした。
それでも、大切な友人や家族を含め30数名もの方が駆けつけてくださいました。
大学の同期が東京から来てくれたのは、本当に嬉しかったです。

事務所について

資金も無かったので、自宅を事務所にしました。
他の候補は大きな事務所の看板や、紅白の垂れ幕なんかも用意して、立派な選挙事務所を用意していましたが、私の場合は本当に自宅の6畳間のみ。
通常、候補者は他候補の事務所前を通る時に「◯◯候補のご健闘をお祈り申し上げます」と挨拶するのが慣例なのですが、うちの場合は看板すらも掲げていなかった為、誰も戸坂健一候補の事務所であると気付かず、みなさん素通りでした(笑)
なかには、事務所にいらっしゃる支持者の方もおり、みなさん事務所のあまりの質素ぶりに心配になるらしく、「大丈夫か」と声をかけてくださる方もいました。
しかし、国会議員や県会議員の選挙なら別ですが、市議選ではそんなに立派な事務所は必要ありません。
スタッフの待機所やポスター、ハガキ等の整理が出来るスペースがあれば十分だと思います。事務所が狭い分スタッフ同士仲良くなれた気もします。
他陣営の中では、「戸坂事務所は活気がなさ過ぎてヤバい、きっと落選する」という評価もあったそうです(笑)

スタッフについて

選挙活動中は、家族親戚の他に、平日は3~4名、週末は8~10名の仲間と活動していました。みんな同級生や友人達です。
スタッフの数についても、「少なすぎる!」というご指摘を受けました。
確かに、他候補の多くは常時10名以上のスタッフを連れ、選挙カーの後ろに2台も3台も車を連ねてまるで大名行列のように街宣していました。
しかし、ついつい「あれって必要かな?」と思ってしまうのです。スタッフが多ければ確かに派手ですが、その分の費用も嵩みます。
事務所に集まる人数が多くなればなるほどご近所さんにも迷惑がかかりますし、出来るだけ仲間内だけで活動しようと決めていました。
仲間達はみな無償でこの選挙を手伝って、応援してくれました。
これまで生きて来て、こんなにも仲間に感謝した事はありません。
スタッフの数は少なかったけれど、みんな気心知れた仲間達。
全候補者中、一番楽しく和気あいあいと選挙活動が出来たと自負しています。
でも、他陣営の中では、「戸坂候補はスタッフ少な過ぎてヤバい、きっと落選する」という評価もあったそうです。

選挙カーについて

結果として出す事にした選挙カーですが、トラブル続出で大変でした・・・。
選挙初日。
とある漁港を走っていたら、いきなり「バキバキ!ゴキッ!!」というイヤな音と共に、頭上で何かが壊れる音がしました。
なんと、選挙カーの看板とスピーカーがトンネルの天井に引っかかって壊れてしまったのです!(図を参照)
まだお昼を過ぎたばかり、勝浦市内を回らなきゃいけないのにいきなり大破です。
車高が高い(3m)のに気付かず高さ制限2.8mのトンネルに突っ込んでしまったのです。
スピーカーが壊れてぶら下がった状態のまま、這々の体で事務所に帰還。夕方以降は修理のため、選挙カーを出せなくなってしまいました。
案の定、商店街から「戸坂候補の選挙カーだけ廻ってこない!何やってるんだ!」と苦情やご心配の電話があったりで、「選挙カー壊れました」なんて言うわけにもいかず初日からもう大変。
なんとか応急修理をして、選挙期間中乗り切りました。

また、運転手を親友に頼んだのですが、彼はペーパードライバーで、いきなりデカくて車高の高い車を運転させられたため、思うように運転する事が出来ずこれも大変でした。
無茶な依頼をした自分が悪いのですが、とにかく運転に慣れていない為、田んぼのあぜ道につっかかったり、対向車をかわせずに渋滞巻き起こしたり。
また、焦ってしまったのかゆっくり走る事や止まりたい所に停まる事が出来ず、常にハイスピードで走り回っていたので、「戸坂候補を応援しようと手を振りに行ったら、もうあっという間に車がいなくなっていた」
という苦情を何件か頂いてしまいました。
終いには友人の間でそのスピードとレア度故か「はぐれメタル」扱いされてしまいました・・・
また、他陣営の中では、「戸坂候補の街宣車がまたあぜ道に突っかかっていた」と言われていたそうです。
無茶なお願いをしてごめんねタツユキくん。でも楽しかったよ!

ウグイス嬢と演説について

今回の選挙では、ウグイス嬢さんを1名と、カラス(男性の場合はこう呼びます)を1名の計2名をお願いしました。
二人とも選挙カーのウグイスは初めてだったので、慣れるまでは大変でしたが、後半は素晴らしいアナウンスをしてくれました。
ウグイス嬢、当初は震災にも考慮して、出来るだけスピーカーの音量を下げて廻っていたのですが、「声が小さい」「元気が無い」という苦情が殺到。
2日目からは音量を上げました。最初はおっかなびっくりでしたが、最終的に、「音がうるさい」という苦情は一件もありませんでした。

今回の選挙でのウグイス嬢と選挙カーの使用戦略は下記の通りでした。
「ウグイス嬢による名前の連呼は極力控え、出来るだけ演説を多く行う。街宣車は演説の為の移動基地として使用する」
先程も述べたように、選挙カーで移動中は法令による制限により短いフレーズの連呼しか出来ません。もし自分が有権者だったら、名前の連呼なんか聞きたくない、候補者の政策や考え方が聞きたいはずだ。そう考え、出来るだけ多くの場所で演説を行いました。
車で走り、少しでも人が集まっている場所を見付ければそこで停まって演説する。
最終的には、山の中でも、漁港でも、一人でも耳を傾けてくれる人がいれば演説を行いました。田んぼで農作業をしている人がいれば、そこでも演説を行いました。また、同じ場所で演説を行うときは、出来るだけ内容を変えて演説する事も心掛けました。
結果、選挙期間中を通して80回以上は演説を行うことが出来たと思います。
演説を聴いてくれた方々が、「頑張ってね!」と声を掛けてくれる、これがどんなに嬉しく励みになったかわかりません。
自分にとっては80回中のたった1回でも、聴いてくださる方にとっては最初で最後の1回かもしれない。そう思って、一回一回の演説に全力を尽くしたつもりです。その結果、少しでも皆さんに気持ちが伝わったのなら、また、「勝浦市の選挙もあたらしくなった」と感じて頂けたなら、こんなに嬉しい事はありません。
でも、同じ話を何度も何度も繰り返し聞いていた選挙カーのスタッフは大変だっただろうなあ・・・

次回は、選挙当日のお話をしたいと思います。

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選挙の報告その1 ~政治活動開始から震災まで

2011年05月07日 02時11分04秒 | 活動報告
皆様こんばんは!

選挙が終わってからというもの、ドタバタしてしまいブログの更新もままならず、
皆様には大変ご心配をおかけ致しました。
ようやく落ち着きましたので、またここで色々と報告して行こうと思います。

まずは、今回の選挙について色々報告していきたいと思います。

応援してくださった有権者の皆様に、選挙の実情を報告することが出来れば幸いですし、
また、この記事が、
今後「政治家になりたい」という志ある皆さんの参考にでもなれば、こんなに嬉しい事はありません。

初めての選挙戦。びっくりするくらい大変でした・・・
3月までさかのぼって、政治活動期間から順に選挙期間が終わるまで、出来るだけ詳しく書いて行こうと思います。

選挙には、俗に「3つのバン」が必要だと言われています。
ひとつめが「ジバン(地盤、つまり支持母体のこと)」、
ふたつめが「カンバン(看板、つまり知名度のこと)」、
みっつめが「カバン(鞄、つまり資金力のこと)」、

恐ろしい事に、私にはこのどれもありませんでした。
自分自身これまで普通のサラリーマン、アルバイトとして過ごしてきましたし、父親や母親もごくごく普通の会社員です。
家族親戚、知り合いに政治家が居る訳でもなく、特定の支持母体があるわけでもありません。
当然、知名度なんて皆無です。(オタクの変なやつがいる、くらいの知名度はあったかもしれませんが(汗))
また、資金面でも余裕があった訳ではありません。
退職時に貯めてあったお金と、アルバイトで貯めたお金、合計で150万円くらいが自己資金でした。
さらに、活動を始めたのもダントツで遅かったため(政治活動開始は2月18日からです)、「戸坂健一は泡沫候補」なんて噂も立ってしまったくらいです。

それでも、夢の実現の為、また故郷を良くしたいという一心で、まずは政治団体を立ち上げ(政治団体を立ち上げないとビラ配りも出来ません)、
市内に看板も立てはじめ、後援会入会活動用のビラも完成して、「さあこれから!」というとき。
3月11日。あの東日本大震災が起きました。

未曾有の大災害の中、多くの方が被災し、日本中が悲しみに包まれました。
私の親友も仙台で被災し、全く連絡が取れなくなり、家族一同悲嘆に暮れました。

この時、嘘でも偽りでもなく、こう思いました。
「選挙なんてやっている場合ではないのではないか?」と。
このまま活動を続けるべきか、本当に悩みました。

悩みを抱えたまま、まずは自分に出来る事をしようと、政治活動を一時中断して(心配する後援会長を説得するのは大変でしたが)、
被災地のボランティア活動に参加しました。

活動中もずっと考え続けました。
今自分に出来る事、すべき事は何だろう。
ボランティア活動を続ける事?・・・違う。

日本を、そして故郷を良くしたい、その思いを実現させるため、自分は政治家になる決心をした。
今その思いを実現させる事こそ、自分がすべき事じゃないか。
勝浦をより良くする為に、そして勝浦市を災害から守る為に、今動かなきゃならない。
絶対当選するんだ!

そう前向きに考える事が出来、政治活動再開を決意したのは3月半ば。
そうして、活動自粛期間を経て、お彼岸明けから政治活動を再開しました。

(続く)

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