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刺して、生きて、老いていく(その1) 近藤 陽絽子

2016年11月07日 00時33分25秒 | 伝統文化
 秋田に伝わる祝いの針仕事 「嫁入り道具の花ふきん」 近藤 陽絽子 暮しの手帳社 2013年

 刺して、生きて、老いていく(その1) P-50

 ふきんは刺し子の基本であり、主婦の暮らしぶりそのものでした。最初に覚える針仕事が、ふきん縫い、慣れてきたら、着物や袋もの。家族の求めるものを自分の手でこしらえられるようになると、針をもつ時間が喜びとなり、新しい模様を生み出す喜びも生まれます。こうして家族を思って針をもつうちに、娘は妻から母になります。女児を授かれば、年頃になるまでに用意しておこうと、花ふきんを刺しためます。娘は気づかないのですが、その姿は自分を送り出してくれた母の背中とよく似ていたでしょう。
 針仕事の腕があがってくると、人に縫い物を頼まれるようにもなります。なかには夫を亡くし、仕立ての腕一本で子どもを育てていく人もありました。そんな針上手に、娘に花ふきん作りを頼んだ人もあったようです。そうした母親は、腕に自信がないからと言って頼みつつ、じつは働き手を亡くして困っている女のひとに、せめて生活費の足しにしてもらえればという気遣いがあったようです。嫁ぐ人の幸せを願い、刺し手はひとり静かに針をもったことでしょう。家族を亡くした寂しさを抱えながらも、自分を気遣ってくれる人の近くにある心強さ。無心になる時間をもつ幸せ。嬉しい時も悲しい時も針をもち、いつもと同じ自分の針目を刻んでいくと、心はすっと鎮まっていきます。