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50ドル札の災難 岡田 光世

2016年11月21日 00時03分36秒 | 雑学知識
 「ニューヨークのとけない魔法」 岡田 光世  文春文庫  2007年

 50ドル札の災難 P-52

 最寄りの地下鉄の駅で、1週間乗り放題のプリペイド・カードを買おうとしたが、1ドル札と50ドル札しかない。
カードは17ドルだった。
 50ドル札を渡すと、売り場の黒人女性に、
 Too big.
 大きすぎるよ、とひと言で、突き返された。 
 これしかないんですけど、と言うと、
 Too bad.
 あいにくだね、とまたひと言。
 どうしたらいいんですか、と聞く私に、
 Get change.
 くずしてきな、とこれまたひと言。
 どこで?とさらに聞けば、
 Get upstairs.
 上に行きな、とあきれた様子で、首を左右に振る。
 頭を使ったらどうだ、と言わんばかりだ。
 単語ふたつで、彼女はすべてを表現する。
 お見事だ。
 とはいえ、上でお金をくずしてこいとは、地上に上がればお店がいろいろあるだろ、ということか。
 50ドル札は受け付けないなら、ひと言、そう書いておいてほしいものと思っていたら、売り場のすぐ横に、小さな字できちんと表示されていた。
 30ドル以上の購入に限り、50ドル札を受け付けます。

 現金をあまり持ち歩かないアメリカでは、50ドル札は大金だ。この時も、銀行で日本円からドルに替えたばっかりだった、という特別な事情がある。
 50ドル札など持っていようものなら、財布を開ける前にはきょろきょろ周りを確認し、金持ちであることを人に知られないように気をつかうものだ。
 スーパーマーケットで百ドル札でも渡そうものなら、レジにマネージャーが呼び出される。マネージャーはお札を仰々しく両手で掲げて透かし、偽札でないかを確認する。その儀式を終えて初めて、私は無事、支払いを許されることになる。

 後略

 Get change.=くずしてきな

 
 著者紹介 岡田 光代

 1960年東京生まれ。青山学院大学卒、ニューヨーク大学大学院修士号取得。読売新聞米現地紙記者を経て作家、エッセイスト。高校、大学時代に1年間ずつアメリカ中西部に留学し、1985年よりニューヨークに住み始める。今も東京とニューヨークを行き来しながら執筆を続けている。