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「どくとるマンボウ青春記」 その13 北 杜夫 

2016年07月03日 00時05分00秒 | 本の紹介(こんな本がある)
 「どくとるマンボウ青春記」 その13 P-69 北 杜夫  新潮文庫 (平成12年)

 ある中学の校長先生に聞いた話だが、中学の数学の教師が集まってヒルさんに講義をして貰ったことがある。当然、お礼をした。するとヒルさんは悪いと思ったらしく、返礼の包みらしきものをかかえて校長の家にやってきた。奥さんが、
「そんなことをされては・・・」
「そうですか」
 とひとこと言い、また包みをかかえて帰ってしまったという。
 やがて六三三四制ということになり、私たちの二年あとの年代が最後の旧制高校生で、旧制高校は廃止と決まった。当然ヒルさんは新制大学の教授となるはずである。しかし彼は、旧制高校以外を教える気になれなかった。それで、まだしも情熱を抱けそうな小学校の先生となった。田舎の小学校である。
 村では、そんな偉い先生が小学校にきてくれるというので、村長、校長以下が出迎えた。荷を積んだ小型トラックが到着した。荷の上にはヒルさんの子供たちが乗っており、その一人は降り立つといきなり道端でオシッコを始めた。そんなことはよいとして、出迎えの村の有力者たちは首をかしげた。肝腎(かんじん)の偉い先生の姿が見えなかったからである。実はヒルさんはちゃんといたのだ。しかし、あまりに汚ない風体をしていたので、引越しを手伝う人夫と間違えられていたのである。
 私にはヒルさんの真の人物像の百分の一も伝えることはできぬ。ただ言えることは、実に多くの松高生がヒルさんから他の場所では得られぬ精神面の薫陶を受けていることだ。
 高校の教師たちは一風変わってもいたけれど、やはりいい先生が多かったと今更のように思う。

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