民話 語り手と聞き手が紡ぎあげる世界

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別れは突然に・・・(参考エッセイ)

2015年05月17日 00時44分12秒 | 文章読本(作法)
 「もっと読みたい」と思わせる 文章を書く 読まれるエッセイの書き方 加藤 明 2013年

 別れは突然に・・・・・(参考エッセイ)P-77

 知人の60歳になる女性には、二つ年下の恋人がいる。付き合いは20年近くにもなる。逢瀬は月に一度か二度。高級店での食事を楽しむか、時間のある時は、横浜のペントハウスに泊まる。
 離婚歴のある女と完璧な独身の男。業種は違うが二人共社長業だ。お互いの仕事の事情もあり、どちらからも言いだせぬまま結婚はしないでいる。
 彼女は二人の関係を「戦友」だという。惚れた腫れたの関係ではない。励まし合い、支え合い、肩を並べて歩いてきた二人だった。そんな気丈な彼女が、「別れ際が嫌なのよ」とこぼす。「じゃあね」と言ったなり、振り向きもせず、スタスタと足早に去って行く男。もっと別れを惜しんで欲しいのだと、少女のようなことを言う。
 願いが通じたのか、その日の別れ際は違っていた。銀座での食事を楽しんだ後、家路へ向かう地下道の入り口で、いつものように「じゃあね」と彼と別れた。降りかけた階段の途中でフッと振り向くと、まだ彼がいる。地下へ降りる階段口の手摺りのところで、組んだ両腕にアゴを載せ、名残惜しげに見下ろしている。「バイバイ」と手を振ると彼も振り返す。「珍しいなあ」頬をゆるませながら地下鉄駅へ向かった。
 虫の知らせだったのか。それが二人の最後の逢瀬となった。次の約束に現れなかった男を心配し、彼女は男の会社に問い合わせた。約束の日の数日前、心臓発作で倒れていた。一命はとりとめたが、脳に酸素の届かぬ時間が長かった為に、植物状態となっていた。
 寡黙だった男は、彼女の存在を誰にも話していなかった。彼女に知らせのくるはずもない。強い絆で結ばれていながら、二人の関係の頼り無さに女は泣いた。
 前歯を抜かれ、喉にチューブを通され、男は眠り続けている。男の目覚めを女は祈る。
 女も男も、しみじみ悲しい。

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2 コメント

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はじめまして^^ (sake)
2015-05-17 19:26:27
読者登録からたまに拝見していました。
んん・・このお話にはいろいろ考えてしまいました。

独身同士でしたら、恋人同士を宣言してもよかったのに、いろんな事情があったのでしょうか。。
悲しいお話ですが、仕方ない。
家族になれないかぎりは、人を愛するのにも覚悟がいるのかもしれませんね。決して珍しい話ではないのでしょう。
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RE はじめまして^^ (akira)
2015-05-17 21:34:35
 sakeさん、コメントありがとうございます。

 まず誤解のないように言っておきますが、
この「別れは突然に・・・」というエッセイは、
エッセイの書き方という本を書いた加藤明という人はエッセイ講座の講師をしていて、
その中の生徒の作品として紹介されたものです。
(それで参考エッセイとしました)
私は一読して、これって本当の話かな?できすぎじゃないの?
という疑問を持ちました。

 まぁ、事実は小説より奇なりというから、実際にあっても
不思議ではないんだろうけど、
私としては、エッセイというより創作じゃないの?
という気持ちが強いですね。
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