民話 語り手と聞き手が紡ぎあげる世界

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「がまの油」 安野 光雅

2014年03月01日 21時09分04秒 | 大道芸
 「がまの油」  安野 光雅 著   岩崎書店 1976年(昭51年)

 (マッチ売りの少女ならぬ膏薬(がまの油)売りの少女の話)←akira
 原文は旧字体である 会い→會い  カタカナは使っていない フロッグ→ふろつぐ

 前略

 御立ち会い候へ ここに取り出せし 陣中膏を知り給はずや 
東方遥かなる じゃぱんより来る ふろつぐの油なり  
彼の国にては がまと呼べり がまの住めるは まうんとつくばの麓にして
露草と車前草(おほばこ)の根を噛みて育つといへり
前足の指は四本にして後足のそれは六本なり
人これを調べ 四六てんもんのがまと名づけたり

 今こそその油をとる技術を語らむ
四方かがみにて囲みたる箱に がまを入れし様を思ふべし

 その醜き姿は 幾重とも数知れず
大軍となりて蠢めかんに 彼の魂は氷の如く 彼の肌は火の如くなりて
滲み出る恐怖の毒油は 下のうけ皿に滴るべし

 集めたる油に加へしは 天竺の鹿の骨 あまぞんの鰐の黒焼 
赤き辰砂(しんさ) てれめんていな に まんていか
さらに高貴なる香烟(香煙)をくぐらせて 三七は二十一日間を煮つめたり

 この膏薬を購ひて 不治の床より起き出でたる人 数知れず
医者の多くは闇に乗じて街を去り給ひき

 試みに その効験を数へ上げむか
皹(ひび) 皹裂(あかぎれ) 陰金(いんきん) 頑癬(たむし) 
湿疹(しつ) 雁瘡(がんがさ) 瘍梅瘡(ようばいそう)
疣痔(いぼじ) 切痔(きれじ) 脱肛痔(だっこうじ)
穴痔(あなじ) じやつか痔も数ふべき

 就中(なかんずく) 凍傷に特効を示すこと 著しきをいかにせむ

 中略

 乙女は語りつぎぬ
 
 がまの油の効用は ただ病を癒すのみに候はず 刀の刃をも 止むるなれ
この雅光の名刀を はじめより刃の無きものと思はるるは 本意ならず
いまより 試し切りを見て候へ

 と 白き紙をとり出し 鮮やかに 二つに切りぬ

 二つに折りし 白き紙は さらに切られて四つとなり
四は八 八は十と六 と 次第に細かく刻まれたるを強く息かけて 吹き払へば 
紙片は風に舞い上がり 降る雪を欺(あざむ)く如く 散りしきぬ

 さて乙女は 刀に油をぬりたり 果たせるかな 再び紙の切れることなし

 後略

 あとがき

 一冊の本は、聞かれれば、私はためらわずに、森鴎外の即興詩人と答える。
原作のアンデルセンと共に、傾倒した東西二人の作家である。
それに私は落語が好きである。

 そんな私が、柱に頭をぶっつけたりしたら、何ができ上るか。
それが、この本であった。

 鴎外の、あの流麗、典雅な文語体にあやかりたいと、敢(あえ)て、
この全くちぐはぐなものを併せて一つにした。
もし文中に優れた個所が見出せたら、それは鴎外の影響である。

 さて、柱に頭をぶっつけてできた傷は、がまの油で治るだろうか。

 私は、昔、大道のがまの油売りの本物を、一度ならず見たことがある。
刀こそ使わなかったが、腕に針を通し、水を入れたバケツをそれにぶらさげて人を集めていた。
それは大道の物売りの常で、必ずしも薬効はないものと思っていたが、しらべてみたら冗談ではなかった。

 がまの耳栓から分泌する乳白色の液は、ブフォゲニンという一種の毒を有する。
中国ではこれを「せんそ」といい、がまの油や六神丸の原料となる。
「せんそ」は朝鮮人参や、牛黄と並ぶ有名な漢方薬の一つだということであった。

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6 コメント

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RE朗読と語り (akira)
2014-03-05 22:02:35
>朗読を聞くと
って聞いて、この前友だちに紹介されたオーディオ・ブックを思い出しました。
森鴎外もあるのかな?
って、ぐぐれよって、言われる前に、ぐぐってみたら、
いくつかありますね。
youtubeで視聴もできる。
よっぽど集中して聞かないと理解できないですね。

耳だけでなく、本を見ながら聞いたらどうだろうか?
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朗読と語り (MAYU)
2014-03-05 11:16:12
ちょっと伝わりにくいところがあったので補足を・・・

日本文学を読むのが苦手な場合は、作品の朗読を聞くと
作品に気軽に触れられるという意味で、鴎外作品の朗読を聞く機会があったら
鴎外の作品世界が少し見えてくるかなと思いコメントしました。

そうすることで、安野光雅の独特な語り口がどんな影響を受けたかが
わかるかなぁと思ったので。

私の勘違いが生じていたらすみません。

気になることがあるのですが、まだ自分の中で整理ができていないので
整理ができたら書きますね。
創作の朗読と、創作の語りのどっち?!と思えるような語りを最近体験したので。

南吉の創作は書かれてあるものだけれど、語りに近い書かれ方なので、長く聞いていても飽きないんだと思います。

まだ、語りが日常にあった時代だったからでしょうね。
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RE森鴎外 (akira)
2014-03-03 02:24:49
 前に言ったことがあるけど、
朗読は作者の思いを伝えるもの、
語りは語り手の思いを伝えるもの。
とすれば、私は朗読より語りをやりたいですね。

 そうそう、朗読といえば、
去年の暮、生誕百年ということで、
新美南吉の作品ばかりを朗読する会に行ってきました。
10時から4時まで、いろんな人が入れ替わり朗読するので、
長丁場、ずっと飽きないで聞いていました。

参考までにURL貼ります。

http://www.pref.tochigi.lg.jp/m06/tosyokan-osirase/20131215roudokuekiden.html
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森鴎外 (MAYU)
2014-03-03 00:20:17
森鴎外はいきなり読むのには抵抗がありますよね(^_^;)

以前文学作品に朗読を聞きに行ったとき
鴎外の作品を朗読している人がいました。

朗読しているのを聞く機会があるといいですよね。
自分で読むのは苦手だけれど、人に読んでもらうのを聞くのは好きな人は、結構います。
あと、講座とかで一緒に読んでくれる先生がいると、興味がわいてきたりします。

ちなみに私はおはなしとかですら、自分では読む気にならないものの
誰かが語ったおはなし聞くと興味がわく作品がけっこうあります。

そんなもんです(笑)
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RE安野光雅 (akira)
2014-03-01 23:07:52
 安野光雅は玄人好みの仕事をする人だなぁという印象ですね。
大ファンだったんですね。
私はそんなに詳しくないです。

 大道芸の「がまの油」を調べていてヒットした本です。
森鴎外への傾倒がうかがわれる作品ですね。
ここのところ、森鴎外をすすめる人が多いので読んでみたけど、
(山椒大夫だったかな)
とても読む気力(エネルギー)がなかった。
いまどきの軽い読み物になれきってしまったようです。

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安野光雅!!! (MAYU)
2014-03-01 21:58:22
安野光雅さんは大ファンなのですが
昔話の類は全然読んだことがありませんでした。
(表紙は見たことがありますが)

鴎外の『即興詩人』が好きだって「この本読んで!」という雑誌の特集(2010年春号)に載っていました。
その時は「ふ~ん」という感じだったのですが
この文章を読んでみると、安野光雅さんは絵だけでなく言葉も素晴らしいと思いました。
美しい!!

福音館の相談役の松居直さんが「言葉に対する感覚が豊か」だと特集でおっしゃっていましたが、なんだか納得しちゃいましたよ。

豊かな言葉がベースにあるから、物語る絵が描けるのですね。
そう考えると、画家さんの人生経験や言葉の豊かさというのは、絵に大きな影響を与えるのでは・・・と思いました。

松居直さんはいい仕事をしましたよね。
こういった編集長がいる出版社が今、どれだけあるか・・・
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