昨日の八方除守りからヒントをえて、今日は八(8)についてイメージするものを書いておきます。
まずは、空海さんのもつ法具の形です。金剛杵はもとはインド発祥です。

八をねっ転がらさせたら♾に似ています。この形が空海さんの法具、金剛杵に似ています。

この法具、真ん中の中央に柄(鬼目部)があり、それは大日如来なのだそうです。行者は大日如来と一体化する行法としてその膨らみを握ったようです。
2つ目は、空海さんの開いた四国八十八ヶ所です。高知にいる妹が八十八ケ所巡りをはじめました。私は、夫が引退したら一緒にまわろうね、と話していたので、これまた、思い立ったら吉日の妹に先を越されました。妹に色々聞いて今は予習しようと思います。
3つ目は、その八+八をくずして組み立てます。すると米の文字!
米には7人の神様がいるとか。一粒残らず、うちなる神様を宿す人がいただき、合計8人!

また、米の文字は方位でいうと八方位と似てますね。

八方塞がり、八方避け、八方が開くという時に八は使われます。私はよくわからないのですが、吉方位などを気にされる方もいるようです。
四つ目は、八という漢字の形に注目します。八という漢字は山の形🏔に似ています。
古代から山岳信仰や修験道が日本で行われてきました。人生を山登りに例える方は沢山います。頂上が何を意味しているのかは人をそれぞれです。
麓では景色は見れないけど、頂上ではそれは綺麗な景色がみえるから、人生の「頂点」かもしれません。
または、人生の終着駅で「死」かも しれない。
もしくは、使命を輝かせ、我を無くし、内なる神様を最大限輝かせる道を求めコツコツ歩むという意味では、「悟り」かもしれません。
しかし、目標を達成し一瞬有頂天になっても、また次の目標ができたり、
人は死んでも魂は生き通しだから、終わりはやはり無い気もしますし、
悟りだって、一回や二回ではとても終わらないように思います。
だから、山🏔は登っても、やはり終わりはないイメージがあります。だから八🏔であり、8であり、無限の♾。
世界の色々なところ、山がない所、砂漠でさえも人は天に届けとピラミッドを作りました。

それは、山は何らかを示唆した天に繋がる形のように思えたからかもしれません。日本は幸い山がありますので、山🏔から様々なイメージをしやすいです。
五つ目に八でイメージするのは日本の神様。八百万の神です。
日本の神社の数は、なんと8万8000社以上あるんですよ!まぁ、神社の数というより、自然があるところには、精霊が宿る神の国日本には、威力の大小はあるとは思いますが神は至る所にいらっしゃるのかもしれません。凄い事です。
六つ目にイメージするのは、大祓祝詞に出てくる祓戸の神様です。「荒潮の潮の八百道の八潮道の潮の八百会(やおあい)」にいらっしゃる速秋津姫様。八百会とは潮流が四方から集まり会うところです。鳴門の渦潮のようなところでしょうか。

祓戸の神様で最初に出てきます瀬織津姫様がまず、四方八方から人々の罪穢れを集めて(背負って=瀬織って)海に運んできます。その穢れを、速秋(開)津姫様は一心にお口を「開け」呑み込んでくださいます。
そして、次の気吹戸主の神様に根の国底の国に吹き払ってくださいね、とバトンタッチします、、、。そういうイメージをしながら、毎日大祓祝詞を唱えます。
以上、様々なイメージが八から湧いてきました。
御神体が山自体という神社があります。大国主命の幸御魂奇御魂である大物主が御祭神の大神神社などが有名です。
大蛇は山神様の化身だったりもします。山の蛇と、海の渦潮、ナルトはなんだか山と海の渦巻く🌀エネルギーであり、対のイメージに思えます。


日本は、自然が山にも海にも川にも至る所にあります。精霊達が宿る国です。神々の化身とされる蛇の形や海の渦潮は、その姿に、山も海も生き活きているのを、グルグルのエネルギーのうねりの形で顕してくれているように感じます。
8という数字は、循環と無限の♾でもあり、漢字の形八からも末広がりを想起させます。
自然は、黙って人の罪、穢れを運んで浄化してくれている気もします。罪、穢れが強い土地ほど、神々への負担は大きいようにも思います。
とにかく、八は、色んなものをイメージさせてくれる数霊です。八方が広がるように、良い想念を持ちたいと思いました。
【画像は金剛杵、米の神様、八方位、ピラミッド、鳴門、八百万の神様検索画像より】