大善人へ身魂磨き

善でありたいと思う。日々精進。感情の渦に呑み込まれそうな時もあるけれど最後には明るく静かな大海原に和合したい。

善光寺

2021-03-21 05:46:00 | 神社仏閣

戸隠神社に行く前日、時間の都合をつけなんとか善光寺は短時間でしたが参拝できました。時間さえ許せばゆっくりしたかったです。拝観もひとつだけで、宝物殿などはできなかったのですが、でも、行って良かったことがありました。


善光寺は江戸時代には「一生に一度は善光寺詣り」と言われていたようですし女人禁制があった旧来の仏教寺院の中では稀な女性の救済の場でもあったようです。


入り口には巨大な仁王像があり、阿吽の呼吸で、参拝者に睨みをきかせていました。




私は頭を下げて進みました。お地蔵様を横目でみながら、時間があまり無いので、どんどんと真っ直ぐに本堂へと進みました。


御本堂に入るとすぐ、びんずる尊者のお像がありました。 自分の治りたい部分を触ると良くなるとかで触られすぎで、お顔もわからなくなったお像でした。痛々しかった。人の痛みを取ってあげているのでしょうか。私は触らず手を合わせて通り過ぎました。


秘法や何年に一回のご開帳というのも、御本尊に祈念して触ったりお賽銭を投げつけたりと傷つけることから守る意味もあるのかなと思いました。


靴を脱いで上がると、あと10分ですが入りますかと男性に声をかけられ、何のことかわからないけど入りますと、とっさに返しました。

それでは、自動販売機でチケットを買ってください。

言われるがままにチケットを買い、進みました。善光寺関係者以外、閉まる直前だったので殆ど居なかったです。


私は、チケットを見せて矢印のとおりすすみました。仏像もあり、手を合わせて更に行くと、階段に矢印がありました。その階段をおりると、そこはなんと、真っ暗な何も見えない回廊なんです。本当に何も見えません!


実は、昔横浜にあるお寺に職場の方に連れて行って貰った事がありました。迷惑をかけずにぽっくり亡くなる、ピンピンコロリの福徳を頂けるとかで、まぁまぁ年輩の?職場の方のお気に入りの寺だとか。そのお寺にもこの暗闇回廊と似た所がありました。


その時、人は無明の中生きている、だから、暗闇を手摺だけを頼りに掴まりながら御仏の光を求めて歩くんだと、この回廊の意味を後に理解しました。


その時は2人でしたが真っ暗なので怖かったです。ただ、今回は1人だしさらに怖いなぁ、早く出たいなぁ、という気持ちで進みました。


回廊は長くなかったのでホッとして階段から上がり、出口を出ようとすると入り口近くで親子が何かお寺の方と話していました。何処ですか?わかりますか?とか言ってました。


そして、その親子は、わかるかなぁとか言いながら入り口にはいり、階段を降りて、暗闇回廊に降りて行きました。


私は、ん?と思って、出口を出ず、入り口に戻りもう一度親子の後をついて、何かあるのかな?と暗闇回廊に行くことにしました。次は親子が前に居るから怖くありません。


途中で、あった!あった!と声がして、かちゃかちゃと音が響きます。

私が、後ろから、何かあるんですか?と暗闇できくと、ここに極楽浄土への扉があり、その取っ手の輪を持って自分が来ましたと告げると極楽浄土への切符をいただけるらしいですよー!

と暗闇で声がしました。


私は、その親子が終わった後、真っ暗な中、声がした辺りを手探りで輪っかをさがしました。


ありました!!!やったー。

まあ、かちゃかちゃと輪をさわり、来させていただくご縁をありがとうございますと言いました。


暗闇回廊から出て帰ろうとすると、お寺の方に見つけましたか?と聞かれました。

私が、「はい。実は、最初はわからなくて、でもわかりました!」というと、「それだけでも来た価値がありますよ。」と言ってくださいました。その日は私がそこを出る最後の人になりました。


知らなかったのに再チャンスで見つけたから良かったです。偶然いただけた浄土切符に甘んじることなく、極楽浄土に行けるかどうかは私の心次第なので、いつか行けるように御魂を磨きたいです!


帰りは、三宝荒神様と三宝大黒天様が帰る人に睨みをきかせていました。


私は頭を下げて、ホテルへと戻りました。


戸隠神社追記4 青垣

2021-03-20 06:35:00 | 神社仏閣

戸隠神社の中社で、私は青垣という広報誌を貰ってきました。青垣って何だろう?と帰ってから調べました。




青垣とは、

青々と茂っている垣の意で、特に、青々とした山が、垣のように周囲を取り囲んでいるさまをいう。青垣山。

だそうです。


古事記には、

国造りの途中、大切な相棒のスクナビコナ様に去られて悲嘆にくれている大国主命に、大国主命自身の幸魂奇魂が自分を祀るようにつげます。その時のお言葉が


 「大和の国を青垣のように囲む山々の東の山の上に、身を清めて祀るがよい」


でした。その言葉に従い大和の三輪山にその神様をお祀りしたようで、この神様が奈良県の大神神社に祀られているオオモノヌシ神です。森羅万象に宿る目に見えない力を象徴しているそうです。


また古事記にあります別の歌謡には、


「大和(やまと) 国のまほろば たたなづく 阿袁加岐(アヲカキ) 山隠(ごも)れる 大和しうるはし」


訳「大和は国の最も素晴らしいところ。どこまでも続く青垣。山に籠っている大和はうるわしい。」


と詠まれているものがあります。これは、倭健命が詠んだ歌で、帰れないふるさとへの思いをこめたものだそうです。


山が青い。これは、私も晴天の戸隠神社に行ったので本当に感じました。キラキラと白い雪が積もった山頂が空の青さに、青く発光していました。




また、木々の青々しい緑が連なる山々はまさに青垣なのだとも思いました。


美しい山々の姿を歌に詠みそれが今日まで伝わっているのです。感動です。


四季折々姿を変えながら、山は悠久の時を刻んで私たちに息をのむような姿を見せてくれます。自然に比べ、人は本当に刹那の時を生きているのだと思い知らされます。


しかし、このような古代確かに詠まれた歌を今なおよむと、美しいものを美しいと感じる心は脈々と私の中にもそして、皆んなの心に受け継がれているのだと思いました。


あー日本に生まれて良かった〜!!!

おわり



戸隠神社追記 3 鎌卍

2021-03-19 06:32:00 | 神社仏閣

戸隠神社の社紋は鎌卍(かままんじ)と言い、四本の鎌を卍型に配置し、かたどった物です。お寺のマークに似てるなぁ、神仏習合の名残りかなぁともはじめは思いました。


この鎌卍ですが、調べるとタツノオトシゴにも似ているので龍蛇神の形とも言われているようです。もともと最初に鎮座されていたのは地主神である九頭龍神だからかなとも空想しました。


また、鎌は、祝詞にもでてきます。


「彼方の繁木が本を 焼鎌の敏鎌以ちて 打ち掃ふ事の如く」


これは、向こうの方の繁った木を、焼きを入れた敏鎌で打ち掃うことだそうです。木々を鎌で切り倒しながら、古代、農地や民家を作ったのでしょうか。鎌は、農具でもあります。


また、鎌卍を十(ト隠しの十)の変形と考えると、キリストのクロス十字にも繋がるし、羽根(=ハネ=葉根)が十字になっていて風を受けて回る風車ともつながります。


風車は神の息吹を受けて初めて回ると考えられているそうで、この風車の羽根は、火水土風の4つの元素を表しているとの説もあります。






4元素のエネルギーが高まるとグルグル回り全てが整うとエネルギーマックス、豊穣などに繋がります。


雷()が落ちた土地は稲が育つ。壌は稲穂には欠かせない。そして、は神様の息吹だった?4元素が整いグルグル!ということだと思いました。


ところでこの風車、Googleフォトマークと同じです!!!





グーグルは、きっと「グルグル」をマークに入れているんだと、勝手に納得しました。


「あのぅ、外国企業ですけど、、」と聞こえてきそうですが、まぁ、それはさておき、成長には、そこにいる人材のエネルギーをグルグルとうねらす必要があるはずです。ゼロ磁場の木々のように、グルグルと。


世界各国のグーグルのオフィスは見ているだけで、楽しくなります。楽しいとクリエイティブな力もき上がります。好きな事している時は時間が早いです。自分の心がマルを出しているんだと思います。GoogleのアルファベットのOもマルへの拘りを感じます。

は環、輪、和、


話し戸隠神社に戻しますと、、


戸隠大神は、古くから水の神、豊作の神としての神格を知られ、米を主食とする日本人にとっては身近な神様だったようです。


食べ物の乏しい時代、天候による稲穂の不作が即飢饉に繋がった祖先は、様々な形や姿、目に見えない空気でさえ五感で感じ、そこに神様を思い、祀り、感謝したのだと思いました。


社紋に込められた意味を色々空想するのも、なかなか面白いです。


つづく


戸隠神社追記 2 ゼロ磁場

2021-03-18 07:22:00 | 神社仏閣

神社に参拝する楽しみの一つにその地に生育する木々の素晴らしさを見る事があります。


今回の参拝で圧倒されたひとつがそびえ立つうねる木々の数々でした。


木々を見てその地に足をつけるだけでとてつもないエネルギーを感じます。木々が外側からみてもぐるぐるとうねりながらまっすぐに立っているのは、以前訪れた瀧原宮の参道の木と同じでした。最初参道で木をみた時は本当に驚きました。




瀧原宮参道の大木


今回もそれと同じような木々が参道の両脇に何本もそびえ立っていました。



戸隠神社参道の木

参道は産道と響きが同じです。赤子が生まれる時は産道を旋回しながら産まれてくるので、私はこの木がまさに大地(母なる子宮)から生まれ出て真っ直ぐ育つ様を体現しているように思えました。


参拝後に、瀧原宮も戸隠神社もどちらもゼロ磁場に関係していると妹に教えてもらい、磁場について興味を持ちました。


磁気のN極とS極がお互い拮抗して打ち消しあい、磁力が存在しない状態をゼロ磁場と呼んでいるようです。方位磁石がぐるぐるぐると回るといいます。


何もない「無(0)」という事ではなく、プラスとマイナスの大きなエネルギーにより均衡のとれた「全て」を持つということのようで、虚空(=何も無いが、全てある状態)にも通じる気がします。気が最高に整った場所です。


この様なぐるぐるうねってエネルギーマックスの地は、命を育む最善の場であり、昔から聖地やイヤシロチ(癒しろ地)と呼ばれているようです。


そういう場所の特徴として、おいしい水が湧き出たり、訪れると心身が癒されたり、病気が治ったりするとか。


木は一年一年、年を刻みます。神社にそびえ立つ樹齢何百年の御神木の数々に圧倒されるのは、その母なる大地で素晴らしい気を貯めたエネルギーを木々が栄養にしているからだと思います。



プラスでもマイナスでもなく、ゼロでも無でもなく、足りないものも余分なものもない完璧かつ比類ないものを。


見えない木々の内側は、年輪を毎年毎年波状を広げます。更には、木々の外側にまでうねりを現してそびえ立つ御神木の数々をゼロ磁場の地では見ることができました。


天然のゼロ磁場は、日本では長野県分杭峠や伊勢神宮、諏訪大社などの中央構造線(日本最大の断層)と呼ばれる巨大な断層地帯に点在しているようです。


長く都会に住んでいると、無性に自然が恋しくなります。ゼロ磁場に関わらず癒し効果が自然にはあります。気持ちが安らぎ、心地良いという場所は、磁場が良いということだと思います。


神社仏閣、海、滝や清流、山々は自分の心を整えて、中和してくれます。


地球上(三次元世界)には、陰と陽が必ずあり、そのマイナスとプラスの電気エネルギーを最大限中和する場がゼロ磁場です。


そこは次元の異なる宇宙エネルギー(五次元)が存在して最高の気と、最高のエネルギーの場を作っているとも考えられているようです。


そうだ京都に行こう!というCMがありました。私は、そうだ神社に行こう!と思います。


自分の波長や波動が荒くなった時、自分では整えることが難しくなった時、心を神社の地に委ねるのも一つの方法かなと思いました。


つづく


戸隠神社追記 1 御祭神

2021-03-17 06:58:00 | 神社仏閣

戸隠神社の御祭神を忘れないために書いておきます。マニアックです。帰宅後復習しました!戸隠神社は次の5社からなります。参拝した順番に、


中社・九頭龍社・奥社・火之御子社・宝光社です。


創建はなんと、二千年余りに遡ります。その起こりは遠い神世の昔、「天の岩戸」が戸隠山に飛来し現在の姿になったといわれた山を中心に発達し、ご祭神は、「天の岩戸開きの神事」に功績のあった神々をお祀りしています。


それでは中社から


天八意思兼命(あめのやごころおもいかねのみこと)

素戔嗚尊の度重なる狼藉に天照大神が天岩におれになった時、岩戸神楽を創案し、岩戸を開くきっかけを作られた神です。思いが全方向(八方)に行き渡る神様だと漢字から思えます。頭に智恵の詰まった福々しい翁ですね。




思兼命画像検索より

次に山頂に鎮座されています二柱の神様

九頭龍社 くずりゅうしゃ

ご祭神 九頭龍大神(くずりゅうのおおかみ)です。

中社の天井に描かれていた龍神様かなと思いました。天手力雄命が奉斎される以前に地主神として奉斎されていたようです。龍神様は奥社の傍で祀られていました。どちらのお社も雪で覆われていましたが。


奥社


ご祭神  天手力雄命(あめのたぢからおのみこと)


天照大神が天の岩屋にお隠れになった時、無双の神力をもって、天の岩戸を開き、天照大神をお導きになった神様です。両手で重そうな岩を持ち上げ放り投げた力持ちの神様です。


その後、少し離れて


火之御子社(ひのみこしゃ)

ご祭神

天鈿女命(あめのうずめのみこと)

高皇産御霊命(たかみむすびのみこと)

栲幡千々姫命(たくはたちちひめのみこと)

天忍穂耳命(あめのおしほみみのみこと)


岩戸の前で舞われた天鈿女命が主祭神です。踊り上手で人々を笑顔にする神様です。


天鈿女命検索画面より

御配神の三柱は、


高皇産御霊命    中社の御祭神思兼命の父であ

                         り、創造を神格化した神。将軍

                           や皇孫を、を葦原中国に降ろす神

栲幡千々姫命  織物の神様で、高皇産御霊命の

                       お子様

天忍穂耳命    栲幡千々姫命の夫で、天孫降臨   

                       瓊瓊杵命の父


戸隠山の神様が神仏習合の当時も、このお社だけは神社だったようです。境内の裏手のあの巨大な夫婦木は、調べると樹齢500年を超える『夫婦の杉(二本杉)』だそうです。






最後に

宝光社 ほうこうしゃ

ご祭神  天表春命(あめのうわはるのみこと)

この神社は、私を救ってくれた可愛い女神様が、一番社殿が古いと教えてくれました。


杉の古木の中、真っ直ぐな石の(氷の)階段をのぼりました。なんと270余段の石段だったようで、登りきると荘厳な彫刻の施された社殿がありました。






御祭神は思兼命(中社祭神)の御子神様だそうです。天孫降臨の際の守護神のおひとりのようです。


次に、御祭神では無いのですが、


比丘尼意思(びくにいし)について書いておきます。私が迷い込んだ女人結界の石碑に関係があります。家に帰ってから調べました。苦笑。


なんと、こんな逸話が!!!


かつて女人禁制であった頃の戸隠でのお話です。女性は女人堂というお堂より奥は入れなかった時代、一人の比丘尼が供を連れて参詣に来ました。これ以上は入れないといった地点まで行き、お供の女性が引き返そうと言っても比丘尼はかまわずズンズン歩いていきます。


慌てたお供の女性達が比丘尼を止めるために追いかけたその時、比丘尼はその場で見る見る石になってしまいました。それはちょうどこの先は女人禁制という場所であったといわれています。


現在、その場所にはそのまま石となった比丘尼の岩があり、比丘尼石と呼ばれています。


以上


ということで、やはり山神様への不敬はただではすまないのだと思い、石にされなくて良かったです。方向音痴も病的だし、神社は1人ではなく誰かと行こうと深く反省したのでした。





尼ピえ〜ん。
コロナ退散願う前に石にされなくて
良かったピエン。

【石の像検索画面より】


つづく