モノと心の独り言

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地縁社会・市場社会から近縁社会へ、生存・競合から感受へ

2015-11-11 03:47:47 | 暮らし・街・環境

地縁社会は、地域の周りの人と自然と関わりを持ち従うルールもあり、互いに期待し合える関係を誰もが持てた。ここでは、住むこと・居ることが所属することで、権利と義務が生じ、誰もが関係を持たざるをえなかった。

個人の人権が社会より優先され、居住地の自由・職業の自由と伴に、私有が優先され、私有物を交換する社会は、市場社会化した。市場社会では、関わりを持つのも、他人に期待できるのも、個人の行動と能力の結果となった。つまり、通貨を媒介とする事業活動と消費生活に。 市場社会では、モノだけが市場交換されるのではなく、居る土地も移動/連絡手段も、業務手段も商品として、通貨により市場交換される。

市場社会で生活を持続しつづける消費を可能にするためには、差異を生み出す能力と多くの人との協調力が必要になる。

子どもは、養育から能力の取得まで、家族の外、近隣とは関係なく、遊びから技能まで、関係力から業務力まで、より市場競争力をつけるための教育を受けることになる。

狩猟農耕/工業型の社会では田畑や生産装置は地縁的だった。その地の現在と未来を共有し、収穫や生産の量を喜び合えた。衣食住を満たし、世代を引き継ぎ、生活を簡便にしてきた時代から、多様化し差異を消費する時代に入ると、情報生活化=差異を求めつづける衣食住生活と情報業務化=差異を生み出せる仕事が求められる今後は、差異力だけでは機能別能力に過ぎず、機械化/情報化/ロボット化に対抗しにくい。コンピューターの認識力/計算力を越えた、変化し続ける対象との関係を持続する能力=協調力が必要となる。

自身の身体・無意識・意識と道具としての通信・移動・情報処理能力を活かした関係を人間の脳が支えているが、今、より多くの刺激と呼応する人との関係の密度を高める社会へと進んでいる。ここでいう密度とは、近さ/頻度/深さの積分である。差異とは関係のズレであり、ちょっとズレていることが市場情報価値として消費されている時代でもある。
定住・通勤から回遊へ、所有からシェアへ、共同社会へ戻ることなく、何処か/何かに心の碇を降ろしながら、光の早さでよりグローバルに、或はより触覚・味覚的に身の回り・身体の不思議へと、差異を求め合い続ける社会を、近縁社会と名付ける。

呼応しあう動物としての人間は、肥大した脳に支えられ、生存の為の地縁社会から、感受の為の近縁社会へ。


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