昨日、ちょっと観た、所ジョージがでているtv番組で、〇円の遊びを話題にしていた。
いつから、有料に、
つまり提供する人とされる人に分かれるのが、当たり前になったのか?
お互いに興味を持ち合い、
れぞれの違いを楽しみ合ったりしなくなったのか?
優劣を競っても、世界で一番まで競い合ってしまうのか?
どうして、身の回りの人と日々繰り返すことから
離れていったのか?
断片的な一面が比べられる世界は、
全面的な認め合いを、
つまり、相手の弱さを、
見ないでいる世界なのか?
いや、自分より強いものにあこがれ、
弱いものを忌み嫌う世界なのか?
あるいは、弱いものをみて自身の強さを確かめるのか?
遊びも、だれもが金を払うことで得られるものになって、
楽しませてもらう商品になってしまっていると、
誰もが楽しめない、高価な遊びを、求めるのか、
比較して、優位を表せる遊びなのか、
コスパの良い、遊びを、楽しませてもらう・・・・
遊びは、もともと〇円だったのでは?
そして、遊びの面白さは、自分と相手の間にあるもので、
交換しあうものでは、無かった。
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