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6-6 浮舟をめぐる匂宮と薫 宇治十帖 (源氏物語)

6-6 浮舟をめぐる匂宮と薫 宇治十帖 (源氏物語)

  馬場あき子氏著作「日本の恋の歌 ~恋する黒髪~」一部引用再編集

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6-5 のつづき

  とはいえ二人はそれぞれの心の納得のため、匂宮は侍従から、薫は右近から、浮舟の死の真相を聞きだそうとしている。薫はそして浮舟の四十九日を心をこめて取り行い、母君をなぐさめることも忘れなかった。
  こうして折にふれて浮舟に関係深い人々に誠意を示す薫であったが、その一周忌も待たず妻の姉君に当る女一宮に憧れの思いを抱き、匂宮もまた、女一宮に出仕した蜻蛉式部卿の宮皇女、宮の君に心をときめかせている。

  そうした、片時もとどまらぬ若い恋心の動きが、結局はむなしく時間の彼方に過ぎ去ってゆくのを薫は折にふれて内省することがあった。「蜻蛉」の巻の巻尾にはこうした薫の詠嘆の一首が据えられている。

   ありと見て手にはとられず見ればまたゆくへもしらず消えし蜻蛉
 「蜻蛉」 薫
    (眼前にその憧れの存在をみていながら、それは自分のものとはならず、ようやく手に入れたと思った人は、ふいに行方もしれず消えてしまった。まるで、あのはかない蜻蛉がふっといずこかへ消えてしまうように)

  ここには、大君への憧れを遂げ得ず、中君を匂宮にゆずってしまったはて、浮舟も不慮の失い方をしてしまった薫の、思いにたがう人生への慨嘆がある。身分や階級の動かしがたい制度の世にあっては、たしかに「世の中」ともいうべき人生は男女のあわいの順調か否かにかかるものでもあっただろう。

  一方浮舟は横川(よかわ)の聖に助けられて、小野の山里に扶養されていた。春が来て、閨のつま近い紅梅が咲き、しきりにその匂いを運んできた。

   袖ふれし人こそ見えね花の香のそれかと匂ふ春のあけぼの
 「手習」 浮舟

  古歌に「色よりも香こそあはれと思ほゆれ誰が袖ふれし宿の梅ぞも」という歌がある。梅の香は、梅花香を焚きしめた袖の香であり、人の香であった。梅の香に誘われて「袖ふれし人こそ見えね」と詠み、「それかと匂ふ」と言葉をつづけた時、浮舟の心にあった面影は匂宮か薫か、どちらであったろうか。

  薫は浮舟の死を右近から聞いたあと、その死に疑問を感じ、宇治に赴いたことがあった。川近くに下りて水をのぞき、泣き泣き浮舟の別荘に行って、柱に歌を書きつけてきた。語り草になった薫の悲嘆を、浮舟は小野の庵室で偶然に聞いてしまう。

   見し人はかげもとまらぬ水の上に落ちそふなみだいとどせきあへず
  

   (愛した浮舟はもう影もかたちもなくなってしまった。ただこの水の上にしきりに落ちる涙ばかりが現実だと思うと、いっそうこらえきれず涙を止めることができない)

  しかしすべては、もうはるかな時間の彼方で終焉を迎えたことだったのである。

浮舟をめぐる匂宮と薫 宇治十帖 (源氏物語) おわり

  恋の 歌の贈答のトピックは以上で終りますが、浮舟と薫の恋の関係の続きに興味のあるかたは、このブログのカテゴリー「平安人の心で読む源氏物語簡略版」の「夢浮橋」の巻を参考にしていただくと嬉しいです。

参考 馬場あき子氏著作
 「日本の恋の歌 ~恋する黒髪~」
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