多賀 幹子
2時間前
source : 文藝春秋 2023年3月号
genre : ニュース, 国際
英王室の“スペア”は、なぜ家族に弓を引いたのか――。四半世紀にわたり英王室をウォッチしてきたジャーナリストの多賀幹子氏による「ヘンリー王子“暴露本”の読みどころ」を一部転載します(「文藝春秋」2023年3月号より)。
◆◆◆
警備に数億円……厳戒態勢の「ミリオンセラー」
1月10日に16カ国語で発売されたヘンリー王子の回顧録『SPARE』の衝撃的な内容が波紋を広げています。出版前の本が流出せぬよう、警備に数億円がかけられ、厳戒態勢で発売日を迎えたこの本は、初日にイギリスだけで40万部、アメリカとカナダを合わせた3カ国でなんと140万部を売り上げるという、ノンフィクション本としては史上最速のミリオンセラーを達成しました。
400ページを超える大作で、王子と妻のメーガンの2人には、出版印税の前金として約26億円が支払われたと言われています。昨年12月のNetflixのドキュメンタリー『ハリー&メーガン』への出演では、Netflixから195億円もの収入を得たと報じられましたが、英国では「“王室批判ビジネス”で生活している」と揶揄されています。
実際、本書の中身は、暴露に次ぐ暴露というべきものでした。と言っても、王子自身が書いたのではなく、ゴーストライターによる代筆です。筆を執ったのはピューリッツァー賞作家のJ・R・モーリンガー氏で、彼は本書を手掛けたことで1億円以上の原稿料を手にしたといいますから、これまた豪儀な話です。
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“暴露”が波紋を広げる『SPARE』 ©時事通信社この記事の画像
ただ驚いてばかりもいられません。この本が王室に与えたダメージは小さくなく、出版後にイギリス国内で行われた王室の好感度調査では、本書で批判の対象となった兄・ウィリアム皇太子がもっとも数字を落とし8ポイントダウンの61%に。ヘンリー王子も7ポイント下げ、23%になりました(英調査会社「イプソス・モリ」調べ)。ヘンリー王子の“捨て身”の作戦に、王室は完全に巻き込まれてしまったのです。
本書はまだ日本語版が出版されていませんので、内容をくわしく紹介する必要があるでしょう。まず、「予備(spare)」を意味するタイトルに象徴されるように、この本は“王家の次男”という立場に生まれたヘンリー王子の、兄夫婦への嫉妬や王室への愛憎、家族を失った悲しみや苦しみ、憤りで溢れています。
「ヘンリー王子を常に記憶する」との声明が
ただ、スペアというとネガティヴな印象ばかりを抱く読者も多いと思いますが、ニュアンスは少し異なります。イギリスの階級社会には「heir and spare(後継者と予備)」という古くからの言い回しがあり、むしろ後継者と同様にスペアという存在の重要性を認識する風潮があるのです。階級社会のトップである王室においては、称号やそれに伴う広大な領地と財産を絶やすことなく継いでいかなければなりません。万が一にも戦争や病気などで後継者が亡くなり、家系が途絶えることになってはいけない。エリザベス女王ですら、ヘンリー王子のことを「かわいいスペアちゃん」と呼んでいたのです。
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昨年11月亡くなったエリザベス女王 ©時事通信社
ですが、ヘンリー王子の認識は真逆のようです。「(スペアだから)割を食った。いじめられた」。この本には、そんなエピソードがこれでもかとちりばめられています。
そうした感情が、歪なかたちで発露してしまったのが、従軍経験の中で25人ものタリバン兵を殺害したと告白をしているくだりでしょう。王子は10年間陸軍に在籍し、2度、アフガニスタンに派遣されています。王子はこう述べています。
「(25人という)この数字に満足もしなかったけれど、恥ずべきことだと思ったわけでもない」
過去にもこの戦闘に触れたことはありましたが、こうした具体的な数字やそれへの想いが表に出るのはまったく初めてです。さらに、非難を浴びたのがこの表現です。
「人間だと思ったら殺せない。戦闘員たちはチェスの盤上から振り落とされる駒だった。善良な人々が殺される前に悪人を排除した」
これを受けて出版後、タリバンの幹部は「ヘンリー王子を常に記憶する」「このような犯罪は国際法廷にかけられるべきだ」と声明を発表。王子自身はもちろん、メーガン妃と2人の子供たち、王室や英国軍、ひいては全イギリス国民までを報復の危険にさらすことになりました。
1月14日には、イランとイギリスの二重国籍を持つアリレザ・アクバリ氏が、イラン政府により処刑されたことが報じられました。2019年にスパイ容疑で逮捕されていたアクバリ氏は、出版翌日の1月11日、見せしめのように死刑判決を受けました。イラン外務省は同17日にツイッターで、「英国の体制下で王室の一員は25人の罪のない人たちをチェスの駒を除去するように殺した」、「戦争犯罪に目をつぶる人たちが他国の人権を説教する資格はない」とコメント。本書は、ただでさえ良好とは言えなかったイランとイギリスの緊張関係を不用意に高めてしまったのです。英国軍関係者もインタビューで口を揃えて「軽率な発言だった」と反発しています。
25人とあえて数字を出したのは、英国軍での活躍を「自慢」したかったのだろうと見られています。このあたりにも屈折した自己顕示欲が表れているのでしょう。
何がヘンリー王子をここまでの痛々しい“暴露”に走らせたのでしょうか。そもそもイギリス国内ではメーガン妃との結婚が王子を変えてしまったと言われています。
本の中にも、結婚前後のロイヤルファミリーの関係の変化を示す最たるエピソードが出てきます。通称“リップグロス事件”。2018年、王子が結婚する直前のことでした。
キャサリン妃が思わず顔をしかめたワケ
「ファブ・フォー(素敵な4人組)」と呼ばれ、大人気だったウィリアム王子(当時)&キャサリン妃、ヘンリー王子&メーガンの4人。その4人で登壇するフォーラムの際、メーガンがリップグロスを忘れてしまい、キャサリン妃に貸してほしいと頼んだというのです。
「ケイト(キャサリン妃の愛称、編集部註。以下同)は困惑し、ハンドバッグからしぶしぶ小さなチューブを取り出した。メグ(メーガン妃の愛称)はそれを指に少し絞り出し、唇に塗った。ケイトは顔をしかめていた」
女性の感覚として、唇につけるリップグロスの貸し借りは躊躇するのが普通ではないでしょうか。にもかかわらず、化粧品を忘れた婚約者ではなく、快く貸してくれなかった義理の姉が悪いとでもいうようです。
結婚前にはケンジントン宮殿のウィリアム王子一家のアパートをしょっちゅう訪れ、キャサリン妃お手製の晩御飯を食べていたヘンリー王子。兄弟はもちろん、キャサリンとヘンリーも大変仲がよく、「僕の理想のお姉さんができて嬉しい」と公言するほどでした。
国中から愛された「国民の弟」はどこに行ってしまったのか。“リップグロス事件”の暴露に、多くの読者が驚かされました。
兄との間に起きた“暴力事件”も描かれています。メーガン妃との結婚翌年の2019年、ウィリアム王子は弟と2人きりで話し合いの場を持ちたいと言い、ヘンリー王子が当時住んでいたケンジントン宮殿のノッティンガムコテージにやってきます。そこでウィリアム王子はまくし立てたというのです。
「『メグは気難しい』と兄は言った。
『彼女は無礼で人をいらつかせるし、職員たちにも不愛想だ』
兄がマスコミの言葉をそのままなぞるのはこれが初めてではなかった」
ヒートアップした2人は口論に発展。ウィリアム王子は弟に掴みかかってきたというのです。
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ウィリアム王子 ©時事通信社
「兄は(手に持っていた)水の入ったグラスを置いて僕の別の名前を呼び、近づいてきた。すべてが一瞬だった。彼は僕の襟を掴み、床に押し倒したのだ。ネックレスは引きちぎられた。僕は犬の餌皿の上に倒れ込み、破片が体に刺さった」
ウィリアム王子に「昔の喧嘩みたいに僕を殴れよ!」と言われたヘンリー王子ですが、じっと横たわったまま一切やり返さなかったことを強調しています。
単なる兄弟げんかを大げさに記しているのではないか。ウィリアム王子を貶めたかっただけではないか。英国内ではそう言われていますが、宜(むべ)なるかな。すでにテレビ番組ではコメディアンによってパロディにされ、おちょくられています。
「次は首飾りでしょう?」「そうそう、ちょうどそこに犬の餌皿があったはず」——。シニカルなユーモアを好むイギリス人らしいのですが、「あの温厚で子煩悩なウィリアムが?」と懐疑的な向きが多いようです。
2005年に世界中から大ブーイングを受けた“あの事件”についても、王子は弁解しています。
「ケイトが笑うのを見るのが好きだった」
仮装パーティに、ハーケンクロイツが描かれた腕章を巻き、ナチスの制服姿で参加する様子をマスコミに撮られてしまったヘンリー王子ですが、この衣装選びに、ウィリアム王子とキャサリン妃が深く関わっていたというのです。
パイロットの制服とナチスの制服で迷っていた王子は2人に電話をかけます。「ナチスの制服がいいよ」と言われた王子。さっそくそれを着て2人のもとを訪れたときの様子をこう記しています。
「2人は大笑いした。『ウィリー(ウィリアム王子の愛称)のレオタードよりひどいね! もっとばかみたい!』」
「僕はケイトが笑うのを見るのが好きだった。彼女を笑わせるのが僕であればもっとよかった」
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キャサリン妃 ©時事通信社
当時、王子は20歳の立派な大人でしたから、2人に責任転嫁することはできないはずですが……。
本書の内容や発売前後に王子が答えたインタビューについて、今のところ、王室側は反論はおろか一切の言及もしていません。
一方のヘンリー王子は、さらなる暴露の余地があることを暗に示しました。出版後の1月13日に公開された英「テレグラフ」紙のインタビューで、王子はこの本が草稿段階では倍の800ページあったことを明かし、妻への謝罪を要求したのです。
「特に僕と兄、僕と父との間で起こったことでどうしても世間に知られたくないことがある。それを書けば、彼らは決して許してくれないだろう」
「きちんと膝を交えて話し合いたい。僕が本当に求めているのは説明してもらうことだし、妻にも謝罪してほしい」
まるで暴露をネタに脅迫しているようにも見えます。王子は、王室メンバーたちが挑発に乗ってこないことに苛立ちを感じているのだと思います。刺激的なことを次々に表沙汰にすることで、何とかして王室から怒りや反論の言葉を引き出したい。
しかし、ウィリアム皇太子夫妻は粛々と公務をこなしています。本書発売直後の1月12日には、夫妻でリバプールの病院を訪問し、患者やスタッフを激励。18日にはキャサリン皇太子妃が単独で保育園を訪れ、子供たちと触れ合い、職員と議論を交わしました。現地では「dignified silence(威厳ある沈黙)」と言われています。
◆
ジャーナリストの多賀幹子氏による「ヘンリー王子“暴露本”の読みどころ」は、「文藝春秋」2023年3月号および「文藝春秋 電子版」に掲載されています。「文藝春秋 電子版」では、多賀氏が同書を解説したオンライン番組もご覧いただけます。
アンドルー王子の元妻でベアトリス王女とユージェニー王女の母であるセーラ元妃。メーガン妃を「ほとんど知らない」とコメント、イギリスマスコミをざわつかせている。
2023/03/06
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/3f/ae/08125803b1f18decfe1b3919a7293eea.jpg)
セーラ元妃(Sarah, Duchess of York)Getty Images
昨年12月に公開、世界中で注目を集めたヘンリー王子とメーガン妃のドキュメンタリー作品「ハリー&メーガン」。
特に騒ぎになったのはメーガン妃がエリザベス女王に初めて会ったときのエピソード。妃はカーテシーの仕方を知らなかったと語りながら「中世のショーみたい」な大袈裟なお辞儀を披露した。
これには「女王に対して失礼」と批判が殺到。一方で妃が女優時代に出演していたドラマ「SUITS/スーツ」でカーテシーを披露していたことが発掘され、「知らなかったはずがない」と指摘する声も上がった。
同時に「作り話だ」という非難も。妃は2021年に放送されたオプラ・ウィンフリーとのインタビューでも女王との初対面について回想していた。
その場には王子と仲が良く、王子と妃の交際を早くから知っていたユージェニー王女と婚約者(当時)のジャック・ブルックスバンク、王女の母のセーラ元妃もいたという。妃はそのセーラ元妃から女王と会う直前にカーテシーを習ったと告白。
「カーテシーはすぐに覚えられた。家の前でひたすら練習して中に入った」と笑いながら話していた。だから大袈裟なお辞儀の話はフェイクだというわけ。
一体どちらの話が本当なのかと騒ぎになったが、新たな報道が飛び出した。今回の情報提供者はセーラ元妃本人。元妃は最近小説『A Most Intriguing Lady(原題)』を出版した。
そのため英米のマスコミに多く出ているが、その中で妃に対する考えを聞かれることも少なくない。新聞「テレグラフ」のインタビューで妃について話題が及ぶと「メーガンのことはよく知らない。
実のところ会ったことがない」と回答、ちゃんと話をしたのは昨年9月に行われたエリザベス女王の葬儀が初めてだったと明かした。「彼女は本当に美しかった」。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/2e/0d/3726ca98b9dc1a3d554694626fd066d6.jpg)
エリザベス女王の葬儀で。セーラ元妃(Sarah, Duchess of York)Christopher FurlongGetty Images
セーラ元妃の感想はともかく、気になるのは「会ったことがない」の部分。もしこれが本当であればカーテシーを元妃から教えてもらったという話もフェイクだということになる。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/49/af/6e84e807ae1dc5345a0d6dbb8fa0be80.jpg)
メーガン妃(Meghan, Duchess of Sussex)Christopher FurlongGetty Images
ちなみにセーラ元妃は「メーガン妃はロイヤルファミリーにダメージを与えたと思う?」と聞かれると「私はそれに答える立場にいない」と賢く回答を回避しつつ「彼女はヘンリー王子を幸せにした。それは素晴らしいこと」「メーガンはヘンリーをとても愛している。
それは非常に美しいことだと思う。ダイアナもヘンリーと孫たちを誇りに思っているだろう」と語っていた。メーガン妃はセーラ元妃の発言についてまだコメントしていない。
カーテシーを巡る真実についてイギリスマスコミが今後も調査を続けるのは間違いなさそう。
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WEB女性自身 / 2022年9月22日 17時56分
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/2b/2f/78575e9badfa7f68fd0dec2f195fae3a.jpg)
女王エリザベス2世の死去により、73歳でついに玉座についたチャールズ国王。英国内における彼の人気が高くないことは周知の事実であり、“チャールズを飛び越えてウィリアムを即位させるべき”だという英国民の声も多かった。王室内にも、同様の意見を持つ人物がいたとMirrorが報じている。
王室作家アンジェラ・レヴィンの新刊「Camilla: From Outcast to Queen Consort」の中で、チャールズ国王の弟アンドルー王子が、兄の即位を阻止するために懸命のロビー活動を行っていたと明かされているという。
未成年への性的暴行疑惑で公務から引退し、名誉軍人としての肩書きも全て失ったアンドルー王子は、ヘンリー王子同様に、当初女王の国葬での軍服着用を許可してもらえなかった。
チャールズ国王がアンドルー王子に厳しく接するのは今に始まったことではない。兄弟の確執は数十年にわたって続いているとレヴィンは新刊の中で指摘。アンドルー王子は、カミラ王妃がまだカミラ・バーカー・ボウルズだった頃から彼女を毛嫌いしていたという。
アンドルー王子はカミラ王妃について、「意地悪で役に立たない女」とひどく毒づき、チャールズ国王とカミラ王妃の結婚を止めさせるよう女王を説得していたことも新刊に綴られているとMirrorは伝えている。
また、アンドルー王子の妻だったセーラ元公爵夫人(1996年に離婚)とダイアナ元皇太子妃は仲が良く、“ウィリアム王子を王位に就けてアンドルー王子が摂政になる”と、3人で画策した逸話についても触れている。
王室作家アンジェラ・レヴィンの新刊「Camilla: From Outcast to Queen Consort」の中で、チャールズ国王の弟アンドルー王子が、兄の即位を阻止するために懸命のロビー活動を行っていたと明かされているという。
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また、アンドルー王子の妻だったセーラ元公爵夫人(1996年に離婚)とダイアナ元皇太子妃は仲が良く、“ウィリアム王子を王位に就けてアンドルー王子が摂政になる”と、3人で画策した逸話についても触れている。
アンドルー王子は女王のお気に入りの息子だったとされているが、この構想を聞いた女王は、「非常に否定的で、非常に不愉快な思いをした」とレヴィンは書いているという。
そんな“ロビー活動”が実ることはなく、大嫌いな兄夫婦が国王夫妻となることを阻めなかったアンドルー王子。女王という後ろ盾を失い、さらにその立場は弱いものとなっていきそうだ。
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