吉野弘さんの詩で、もう少し。
『吉野弘詩集』を手に取って思い出したのが、精神保健福祉士をしていた頃に参加した精神科クリニック主催のクリスマス会。
メンバーさん(当事者の方)のお母さんが、吉野弘さんの「奈々子に」をくぐもった声で朗読していた。
お父さんは お前に
多くを期待しないだろう。
ひとが
ほかからの期待に応えようとして
どんなに
自分を駄目にしてしまうか
お父さんは
はっきり知ってしまったから。
果てしなく、いい詩だと思った。そして、現代的な詩だとも。
吉野弘さんが現役で父親をしていた昭和の時代に、子どもに「期待しない」と鮮明に宣言する父親がいたことに驚いた。
その時代は、子どもに「期待」をかけることがむしろ肯定的に見られるものなのだと思っていたけれど、そうでもなかったのかな。
「ほかからの期待」で苦い思いをした吉野さんが、子どもにかかる親の期待がいかに残酷なことかについて、とりわけ自覚的な人だったということは間違いない。
詩人・吉野弘と、朗読しているお母さんも重なった。
子どもの病気の前後に、このお母さんにも嵐のような日々があったはずである。
「奈々子に」の詩の中に、このお母さんもまた、親としての本当にあるべき自分の姿を見たのかもしれない。
そして、吉野さんは、奈々子にあげたいものとして、こう結ぶ。
かちとるにむずかしく
はぐくむにむずかしい
自分を愛する心だ。
つくづく、こんな親でありたい。
そのためにはまず、私が知っていなければならない。
自分を愛するとはどういうことなのかを。
これもまた、果てしなく難しい。

『吉野弘詩集』を手に取って思い出したのが、精神保健福祉士をしていた頃に参加した精神科クリニック主催のクリスマス会。
メンバーさん(当事者の方)のお母さんが、吉野弘さんの「奈々子に」をくぐもった声で朗読していた。
お父さんは お前に
多くを期待しないだろう。
ひとが
ほかからの期待に応えようとして
どんなに
自分を駄目にしてしまうか
お父さんは
はっきり知ってしまったから。
果てしなく、いい詩だと思った。そして、現代的な詩だとも。
吉野弘さんが現役で父親をしていた昭和の時代に、子どもに「期待しない」と鮮明に宣言する父親がいたことに驚いた。
その時代は、子どもに「期待」をかけることがむしろ肯定的に見られるものなのだと思っていたけれど、そうでもなかったのかな。
「ほかからの期待」で苦い思いをした吉野さんが、子どもにかかる親の期待がいかに残酷なことかについて、とりわけ自覚的な人だったということは間違いない。
詩人・吉野弘と、朗読しているお母さんも重なった。
子どもの病気の前後に、このお母さんにも嵐のような日々があったはずである。
「奈々子に」の詩の中に、このお母さんもまた、親としての本当にあるべき自分の姿を見たのかもしれない。
そして、吉野さんは、奈々子にあげたいものとして、こう結ぶ。
かちとるにむずかしく
はぐくむにむずかしい
自分を愛する心だ。
つくづく、こんな親でありたい。
そのためにはまず、私が知っていなければならない。
自分を愛するとはどういうことなのかを。
これもまた、果てしなく難しい。
