行ってきます・とただいま・の間。

2013,1に長男から貰った、SONY NEX-F3で撮っています。
その日の事柄と撮りたて写真で残してます。

呼び出し。

2009年12月21日 22時19分36秒 | 日記

今日、仕事中に母がお世話になっている透析室から電話が来ました。
電話では、今すぐという話しでは無いが、担当医師から話しがあるから、都合の良い日を教えてほしいというものでした。
急に具合が悪くなったという話ではないらしいが、それでも水曜の定休日までは待てないと思い、夕方仕事帰りに透析室へ行った。

頭の中は、義父の食べる夕飯にご飯は間に合うかと計算。
今朝保温されているご飯の量を思い出し、ギリギリか・・とそのまま母の方へと向う。
息子たちにはそれぞれにメールで遅くなることを連絡。

医師の話。
まず、現在体重が減ってきている。それは食事をきちんと摂れて居ないから。
義歯がうまく使えなく、お粥になってから数ヶ月になる。
体重が減って痩せているのに、見た目は変わらないのは、今水風船の状態だという。
透析は、体内の余分な水分を引いてもとの体へ戻す。
その時の体重管理は、常に一定でなくてはいけない。
前回の透析終了時の体重と同じにしなくてはいけない。
しかし、母は透析でその管理に見合うだけの水分を引くと低血圧に陥る。
それも避けるために、1kgくらい水分を残して終了にしている。
そのために、余分な水が体の中に残ったままで、それが浮腫みの原因。
このままでは、大きくなってきている心臓もいつまでもつか分からない。
きちんと食事を摂って体重を元に戻す。そしてきっちり透析を受けられるようにすること。
だそうです。

肺に水が溜まるから、ゼーゼーヒーヒーがあった。
足の浮腫みは透析したから無くなるものじゃない・・等々、思い当たることばかり。

医師から説明を受けてから、母の部屋に行くと、ケアマネが訪問してくださっていた。
次に行く、ショートステイ先へ情報を伝えるための資料作りに来ていたようで、会えて良かった。
今の話しをし、ショートステイになるか病院へ入院になるかなど、様子を見ながら万が一の時のことも考えておかなくてはいけないと私たちも意志の確認をした。
母にも、元気になるためには、ちゃんとご飯を食べること。浮腫みは水だから、痩せなくちゃって心配してご飯を食べないっていうのは、透析にとって悪いことと説明をした。
スタッフに
「太っているからトイレの介助が大変だ。」といわれたことがずっと母の中にある。
どうしたら痩せられるか? とそればかり気にしている。
母にとって大切なことは、体重を保つこと。
今からでも遅くない。ちゃんとご飯を食べようと、夕飯を見守った。
今夜は、完食をしてくれた。
介護師さんが、やはりお家の方がいると違いますね。とねぎらいの言葉をかけてくださった。
でも、それは、毎食・毎日私にはできないこと。
日曜日、仕事が休みなら、家にいるものと思っている義父。
何をするわけでもないのに、母のところへ行けない。
仕事だって、辞められるのなら今すぐにでも辞めたい。
それが出来ないでいる。

人は、施設に入れてたまに来るだけの家族をなんと思う・・・
毎日介助してくださるスタッフに任せて、たまに来て、ご飯が食べられて良かったと、さも私じゃなくちゃダメだと言われることがどういうことか・・。

帰れば、義父がメシがこれじゃ足りない。
と騒いでいる。
次男が婆ちゃんのところに行っているからと言ったそうだが、具合はどうだ? という言葉なんか無い。
それは仕方ない、義父もまともじゃないのだから。。

義父に間に合うだけの夕飯を済ませ、母の記録として書く。
ブログなんかにこんなことまで書くことを、ネタと思う人がいるかもしれない。
でも、ここに母との思い出を記録という形で書くことで私は後々母に会えるのだから。

施設の中庭には、クリスマスのイルミネーション。
母とホールから見て見たが、夕食後、もうベットに入ると部屋へ戻り窓のカーテンをあけると窓の正面にイルミネーションが。
夕飯も完食してくれて嬉しくなり、母の後姿を撮った。
部屋の明かりを消して、外のイルミネーションを母と楽しんだ。

 右に母の頭。左に光るのは車椅子の手。