訪問くださる皆さんには、心配と不安ばかりを感じてしまっているような日記ばかりですみません。
1日は24時間、誰しも同じ時間を過ごしているわけですが、この数日は早いようでまだ6日しか経っていないのか~・・などと思っています。
その時間。母と向き合い言葉かけをし、今までの諸々の感謝を言葉にして、また100万円溜まったら、私の家に引っ越そうと言っていた話しがウソになってしまったことを謝りました。
昼にかかわらず、夜中であろうと、母が目を開けて私を見つめているように思うときはいつでも手を握り、ずっと話していました。
それが・・・届くか届かないとしても。
呼び出された時の診断した医師は、もう数日はもたないとの話。
透析の医師の診断は、血圧が安定して充分に透析ができれば、肺に溜まった水分も引けると前向きでした。
その通り、昨日の透析も無事終了しました。
心肥大も顕著ですが、63%だった心臓比が58%にまで小さくなりました。
そして、透析の医師から思っても見なかった言葉が。。
「鼻から管を通して栄養を補給しましょう。そして透析を完璧にできるよう体力をつけていきましょう。」
って!
看護師さんたちも母の寿命は僅か・・という雰囲気いっぱいでした。
私が泊まっている時にも、1人の看護師さんは、本心で私への配慮として、
「死んだら眠れないですよ。」と。
一瞬、あちらもしまった! と思ったでしょうが、それも受け止めました。
そして何より、昨日の夕方。
隣のベッドのお爺さんへ、食事の介助にあたられた看護師さんが、食器ののったトレーを落としそうになって、凄い音がしたんです。
私はびっくりして、エェ━━━━━━Σヾ(゜Д゜)ノ━━━━━━ !!!!
ってな顔をしたんです。
その顔を見ていた母が、声を出して笑ったんです!!!
あはははは~とか、わっはっはっという笑いではありませんが、酸素を吸っているその口で息とともに、声がもれ、顔がくしゃくしゃに笑っているんです。。
私は、その表情で、笑った~笑った~
可笑しいね~、びっくりしたね~と話しかけると、そのままの表情で瞳は優しいものでした。
看護師さんにもすぐに知らせるとその母を見て、喜んでくれました。。
これから、またどんな波がくるかわかりません。
一進一退・一喜一憂していくでしょう。
諦めない! なんて言いません。
根性で快復させる! とも言いません。思いません。
ただ、母の傍にいます。
寂しんぼ病の母が、こんなにみんなが居てくれて言葉かけしてくれて、手を握ってくれるならもう少しみんなのところにいたいと思ったのでしょう。。
母が母の命を全うするのをちゃんとこの目で見届ける、それだけです。
誰にもある24時間。私も悲しんでいるだけではなく、笑ったり幸せを感じたりしている時間もあります。
日記として言葉に残したものだけが、印象深くあると悲しいブログとして塗りつぶすようですものね。
今日も母のところに行きます。。
仕事は今は良いや~!
母の車椅子に付けていたもの。
透析室の方たちからのプレゼント。。今は私のバックに。。