甘く温かいアップルテイは、2人の時を暖かく満たしていった。
少女は、シワが浮いているようなお婆さんの手を見て、
「触っても良い?」と聞いた。
お婆さんは、どうぞというように、手を差し出した。
「私、おばあちゃまの手、好きよ。」
そして、何度も何度も手を撫でていた。
庭に咲いている花たちは、季節が巡るたび、自然と咲き香る。
日陰で咲くことが好きなもの、陽の光を全身に浴びて咲くことが好きなもの、花にも個性がある。
少女は、光輝く白いユリと、お婆さんの姿が一瞬重なったことが脳裏から消えていかない。
おばあちゃまは、白百合のように美しい。
しわくちゃの手も、とっても綺麗。
お婆さんは、少女に優しい笑みを浮かべてこういった。
「花は、ここにこれがあったら良いなあと思う人が、植えたんだよ。」
桜の下に黄色い菜の花が咲いていたら、見事に美しいだろうと想像した人が、植えた。
何年も何十年たってもそこで見る景色が美しいことを望みながら。そして、それを見る人が幸せになってくれたら。との思いで。
庭の球根も、種も、木も、昔、誰かがせっせと植えてくれたからなんだよ。
少女は、ふーん、というように話を聞いていた。
そして、何を思ったか、お婆さんにこんな質問をした。
「おばあちゃまは、生まれたときから、おばあちゃまだったの・?」
お婆さんは、声を出して笑った。
「そうよ。私は、生まれた時から、私。代わりはしないわ。私自身なのよ。」
「そう・・ょね。良かったわ。ずっとおばあちゃまで。」
「私も、あなたのように、蝶を追いかけ、草花を摘み、川のせせらぎを聞いて昼寝もしたわよ。」
遠い目をして、お婆さんは、昔を思い出していた。
戻りはしない。戻れもしない。
私の人生はもう、そう多くはないこと。
・・・・・
少女は、フッと思いついたかのように、また、こんなことを訊ねた。
「おばあちゃまは、大きくなったら、何になりたいの?」
その問いかけにも、お婆さんは、きちんと答えた。
「そうね。私は、何も怖くない人になりたいわ。」
「何も怖くない人・・・。私は、1人の部屋が怖いの。」
「うんうん。私も怖いわよ。」
「それと、怒っているママが怖いの。」
「そうかいそうかい。」
「それから、大きい蜘蛛が怖いの。」
「うんうん。怖いものだらけだね。」
優しいまなざしを向けながら、お婆さんは、少女の話を聞いていた。
「どうしたら、何も怖くない人になれるの? おばあちゃま。もうすぐなれるの・?」
「何ものをも恐れない人になるためには、正直な人になること、嘘を言ってはいけないのよ。」
そして、少しの間、考えていたお婆さんは、
「私は、まだまだ、そういう人にはなれそうにないわ・・。」
幾つになっても、怖いものだらけだった。
1人になっていくこと、家族と別れること、体が老いていくこと。
でもそれも、自然の流れに任せていこう。
少女もまた、何か一生懸命考えて、結果が出たように、明るい声で言った。
「おばあちゃまは、まだ何も怖くない人には、なれないのね。」
「そうだねぇ。」
「じゃあ、まだまだ、おばあちゃまは、これからもっと大きくなるのよ。私を追い越すくらいに。」
ねっ。
少女とお婆さんは、2人して屈託の無い笑顔を寄せ合った。
end