170724 建築美の裏 <若者の自死が伝えた「新国立」の現実>などを読んで
早朝の賑やかさはなんともいえません。野鳥の鳴き声がカエルやセミの声を打ち消すほど騒がしいのです。いろんな鳴き声が聞こえてきます。なかなか比定できませんが、楽しそうに聞こえてきます。多くはつがいが声を掛け合っているようにみえます。彼らは日々自分たちの食事と幼鳥への餌を探す以外は自由気ままなのでしょう。むろん外敵もいますのでその注意は怠らないでしょうが、奔放な生き方を自然は大事に育てているようにも思えるのです。
ところで人間社会はようやく飢餓や疫病などからは先進国ではおおむね解放されたように思うのですが、他方でさまざまな支配によって自由を奪われ、中には自死に追いやられるという、自然が想定していない事態になってきつつあります。
とはいえ、権力社会が成立すると、自然、強制的な労働が古代から続いているのも事実です。奈良大仏は、たしかに壮大で威厳があり、聖武天皇が庶民のため、仏法普及のため建立したのかもしれませんが、各地から集められた奴隷的立場の労働者の苦難は過酷だったと思います。私の好きな小説の一つ、帚木蓬生著『国銅』はその実態に肉薄する内容です。
それ以前の巨大前方後円墳や、その後の城郭づくりも、似たようなものではないかと思うのです。
江戸時代の「封建社会」と称される身分制を脱して、自由と人権を規定した明治憲法を制定した明治以降も、逆に女工哀史や小作争議でも明らかなとおり、自由も人権も無視されてきました。
ではより民主的なアメリカをならった日本国憲法の下で、個人の尊厳を高らかに宣言し、労働法制が確立して、労働者の人権保障が制度化されたので、労働者を含め自由と人権を享受し、心豊かな人生を歩めているでしょうか。そうではないという現実を見ないわけには生きません。
東京五輪パラリンピックは夢の祭典で、それを象徴する新国立競技場も日本美を代表するような巨大建築物の実現が多くの人から待ち望まれているのでしょう。
しかし当初決まった建築計画が明治の森といった周辺の景観に適合しないなど問題が生じ、新たに和風を醸し出す美しい建築物が選択されましたが、工期はきわめて厳しくなったことは素人でも理解できます。
今日付の日経アーキテクチャ<若者の自死が伝えた「新国立」の現実>は、そのしわ寄せを一番弱い立場の有望な若者に凝縮させていったことがわかります。いや、彼以上に厳しい状態の下請け業者や労働者がいるかもしれません。厳しい条件をなんとか耐えしのいでいるのかもしれません。それにしてもこの若者の死は、施工管理の拙劣さというだけではとどまらない問題をなげかけているように思うのです。
記事はまず、<2019年11月末の完成を予定する新国立競技場。20年夏季五輪の開催に間に合わせるため、整備スケジュールは関係者各所からの厳しい時間的制約を受けてきた。そのプレッシャーは、施工管理を任されていた新入社員にのしかかっていた。>と指摘します。
<男性が新国立競技場の建設現場で地盤改良の施工管理業務に従事したのは、16年12月17日から。>で、<新国立競技場の地盤改良工事の施工管理業務に従事していた男性(当時23歳)が17年3月2日に失踪し、4月15日に長野県で遺体で発見されていた>
<男性は5人ほどのチームの一員として、各作業段階の写真撮影、材料品質管理、安全管理などを担当した。入社1年目の男性は最若手だったとみられる。>電通事件で自死した女性も一年生でしたか。彼はこの新国立で仕事をしたのは、実質2.5月です。どれほど厳しかったかわかるような気がします。
代理人の川人博氏の記者会見で発表されたのでしょうか<男性の残業時間が約200時間だった2月は、睡眠時間が2~3時間しか確保できていなかったようだ。極度の長時間労働や業務上のストレスが原因となってうつ病などの精神障害を発病し、自殺に至ったと川人弁護士は推定している。>とのこと。
なぜこれほど過剰な長時間労働が強いられたのでしょうか。
彼の勤め先は一次下請の会社で、担当した<地盤改良は整備スケジュールでは最も早い工程の1つで、基礎躯体工事などの前段階となる。地盤改良の工期は17年6月30日までだった。男性の務めていた建設会社によると、実際の完了日は7月10日だったという。>
で、彼がこの事業に従事し始めた<その約1週間前には大成建設・梓設計・隈研吾建築都市設計事務所共同企業体(JV)の代表者をはじめ、安倍晋三首相や小池百合子都知事などが一堂に会して、起工式を実施している。>
で、この現場は、同じ日経アーキテクチャ3月27日付け記事では、すでに彼が自死した後ですが(発表は7月20日)<60台の重機が動く「新国立」建設現場>とのタイトルで、<本体の建設工事は2016年12月から始まった。現在は約60台の重機で山留め・掘削工事を進めている。掘削工事は現場の北側を起点に、スタジアムの楕円に沿うように左右から同時進行で進めており、作業は終盤に差し掛かっている。>と工事の進捗が順調にいっている様子を描いています。
他方で、作業効率をよりいっそう進めようとしていることは<地盤の上に置くコンクリートの基礎は、作業効率を考えてプレキャスト(PCa)化している。大成建設・梓設計・隈研吾建築都市設計事務所共同企業体(JV)が作成した技術提案書では、工期短縮のために「スタンド部基礎躯体の7割以上をPCa化」と説明していた。
施工者の大成建設の山内隆司会長は、日経アーキテクチュア2016年2月11日号のインタビューで「自社でPC工場を持っている建設大手は当社だけ。基礎の梁から柱、梁、斜めの梁まで、できるだけPCa化を進めたいと考えている」と語っている。>ということからもわかります。
工事工程が複雑多岐になっている中で、それぞれの工程をできるだけ早くしないと次の工程に入れない訳ですが、それでも<整備スケジュールでは地下工事は4月からの予定だ。下野総括役は「先行して工事を進めなければ間に合わなくなる。施工者が作業の調整をできる場合は、作業を前倒しで進めている」と説明する。>と本来スケジュールどおりでは間に合わない恐れをにおわしています。
さて大成建設は、日本を代表する建設業者で、私も一緒に議論したりした同社出身の元技術者など、人格識見のすばらしい方をそれなりに知っています。ま、最近はやりの情報化施行についても<BIMとコスト・工期情報が連動、施工管理を効率化>といったことは早い段階から取り組んでいます。
しかしながら、建設業界は、多段階の下請け構造となっています。新国立のような国家的事業で、首相・都知事が肝いりの超厳格なスケジュールが予定されているのだと思います。そんな事業の一端を新人一年生の若者が現場に入って、おおむね半年強くらいの施工スケジュールが決まっていて、それに間に合わせてやりきるというのは、その肩にかかった重荷はあまりにきつすぎるものというべきではないでしょうか。
川人氏が指摘するようにその過剰労働の異常さがそのことを端的に示しています。国家的プロジェクトということで、それに従事する個々の労働者の精神・肉体への配慮、管理が適切になされていなかったことが明白では内でしょうか。
このような事態は、飛躍することは承知しつつ、戦時体制になれば、平気で滅私奉公を強制した過去を思い出させます。今回は明示的にそのようなことはなかったと思うのです。しかし、目標達成こそが何よりも優先課題として、個々の労働者への配慮を欠いた施工管理が平気で行われてきたことが明らかになったのです。
私たちは一人の責任感の強い、そして気高い精神をもった若者の死を無駄にしてはいけないと思うのです。この死をしっかり検証せずして、事業完成に邁進するとしたら、東京五輪パラリンピックは、何のために行うのか問われると思います。
この若者の死は、偶然に起こったものではないと思います。起こるべくして起こった、事業の施工管理上の問題があったと考えるべきではないかと思うのです。
そろそろ一時間が過ぎました。今日はこの辺で終わりとします。