161120 働き方考 AIとスパコン、そしてグローバル化の未来
今朝も生暖かい空気が覆う。昨日は防虫剤を塗ってなかったので、顔中に塗って4時間余、竹藪で奮闘。汗が流れ、いつの間にかブヨがまとわりつく。それでもどさっと切り倒したので、空間がずっと広がり、自分一人気分がいい。周りは農業振興地域・農用地区域だが、土地改良法による圃場整備が行われたところではないので、慣行農法が残る、いわゆる零細分散錯圃です。おそらくは江戸時代から続く地割りに近い形で、おおよそ残っています。その形態を竹藪が開けたところから見下ろすのもいいです。遠くには和泉山系がゆったりと山並みを横たえています。役行者が1300年前修行したかなと思い浮かべながら、時折一服気分で見上げます。
午後はNHKの囲碁番組をビール一杯飲みながら、うとうとするのがとても休まります。今日はアジア選手権大会ということでしたが、日本勢は全敗でした。決勝戦を観戦しましたが、韓国と中国の10代の棋士同士、まったく展開が読めない中、終わりました。それにしても韓国や中国は10代か20代前半の棋士で、頭脳の回転が一番速い時期にトップ棋士になる、まるでAI囲碁のような頭脳が要求されているのかなと感心します。
そういえば趙治勲さんが日本最強の囲碁AI「DeepZenGO」と3番勝負の予定で、昨日の一番は逆転勝利したニュースがありました。趙治勲さんの囲碁は、私のような素人でも、奇抜というか、碁盤の中を自由自在に碁石を進めるので、その表情も含め楽しい気分にしてくれます。その趙さんも敗色濃い展開だったそうですから、AI頭脳は計り知れない能力をもっているのでしょう。
ところで、現代はあらゆる産業がIT革命やグローバル化の波が押し寄せてきていて、それに乗り遅れたり、対応できないと、あっという間に沈んでしまうかもしれません。トランプ次期大統領は、アメリカ人の白人層の雇用を守るために、不法移民の流入ストップや保護貿易化などの旗振りをして支持を得ましたが、もしそのとおり政策を実践したとすると、アメリカ経済自体がおかしくなるのではないでしょうか。むろん仕事を奪われた白人層も。
石炭、鉄鋼、自動車など、基幹産業も、猛スピードで進むグローバル経済、企業競争を勝ち抜くイノベーションや労働力が必要とされるように思うのです。AIやスパコンがさらに進展し、普及すれば、さらに労働環境が大きく変わると思います。それは避けがたい現代のグローバル社会ではないかと思うのです。
安倍首相は、APECの会議で、TPPを含むグローバル化が各国がとるべき道としつつ、その結果生じる格差是正に対して経済政策を行うと発言したようです。そのような発言自体、とやかく言うこともないですが、果たしてこれまで格差是正がなされるような施策が具体化されたでしょうか。
私は、働き方のあり方として、少しこれまで議論されてきたことと異なる視点で、少し言及してみたいと思います。それは教育という観点です。働き方という点で、現行の基本的な教育のあり方がグローバル化、イノベーション、そしてAIやスパコンによる企業や産業構造の変更に対応するものになっていないことを危惧するのです。
義務教育課程で、働き方を学ぶ機会があるでしょうか。そして重要なことは企業環境が頻繁に大きく変わること、それに対応する能力が必要であることであるのに、どうも教育改革と言われているものが大学受験を含む受験との関係で、試験方法や授業内容などに凝縮されていないか心配です。他方で、働く楽しさとか、働くことの意味とか、どのような環境でも働くためのスキルの自己形成の必要性とか、そういった基本的な要素が欠けていないか心配です。
むろん企業内教育や、離職した場合の教育訓練等はある程度、整備されつつあることは確かです。たとえば厚労省は、さまざまな教育訓練講座や教育訓練給付制度を整備してきましたし、一定の評価を受けてよいと思います。
http://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/shokugyounouryoku/
しかし、私の知る限り、労働者側・企業側とのミスマッチを感じています。そもそも企業側が求めるスキルが教育講座として提供されているかが問題です。また労働者側にそのような教育訓練を受ける基本的スキルを培っていない場合が少なくないのではないかと思うのです。その意味で、より本格的な教育訓練講座として、施設・ハード・ソフトの訓練機器、高い能力を持つスタッフの登用など抜本的な制度改革を検討するべきではないかと思っています。
これは厚労省だけで解決することではなく、やはり現行の学校教育制自体を見直す必要がある、と同時に、親子の意識も変わる必要があるように思っています。
企業や産業は、どのように最先端を走っていたとしても、いつグローバル化や技術革新、さらにAIやスパコンの普及で、市場から退場を迫られるかもしれません。そのとき既存の制度理解や慣行的なノウハウ、知識で対応できなくなることは必然かもしれません。
いわゆる士業と言われ、ウェブサイトで、その事業内容を多様にPRしていますが、そのような情報はAIが本格的に普及したら、意味をなさない低いレベルの情報でしかなくなるでしょう。
とはいえ、ただ働くという行為は、やはり崇高なものと思っています。それを楽しく、生きがいをもってやれる仕事、それはAIが普及しようが、いかに技術革新が進もうが、自分なりの仕事はあると思います。それは格差是正とか、過労死とか、ハラスメントとか、そういった問題とは異なる次元で、あるいは場で十分成立するように思っています。そういう教育のあり方があって欲しいと思うのは、私だけではないように思うのです。
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