たそかれの散策

都会から田舎に移って4年経ち、周りの農地、寺、古代の雰囲気に興味を持つようになり、ランダムに書いてみようかと思う。

防衛と報道 <防衛装備 米の「言い値」・・>と<社説 MXテレビにBPO意見書・・>などを読んで  

2017-12-17 | 安全保障

171217 防衛と報道 <防衛装備 米の「言い値」・・>と<社説 MXテレビにBPO意見書・・>などを読んで

 

北朝鮮の挑発行動に対する米政権の陽動対応を日本政府の頭越しで続く状況は一向に収まる気配がありませんね。

 

この間、安倍政権に対する20代、30代の支持は高まる一方のようですね。その理由は、アベノミクスに対するものでしょうか、あるいは防衛力強化やトランプ政権に追随する姿勢でしょうか。少なくとも若い世代への人気を勝ち得ていることは確かなようです。

 

その理由を詮索するのも意味があるかもしれませんが、今朝の毎日記事は第2次安倍政権になって防衛関係費がうなぎ登りに上昇していることをグラフで示しています。

 

しかも費用はアメリカの言い値通りといった驚くべき内容です。岸達也、前谷宏両記者による<防衛装備米の「言い値」 第2次安倍政権で急増>と文字通りのタイトルです。

 

トランプ大統領は、何よりも「アメリカファースト」一点張りですね。当然、北朝鮮の脅威が大変と言えば言うほど、自国の軍備予算を増強するだけでなく、わが国にはアメリカの防衛装備の購入をプッシュするのは当然の流れですね。

 

<「大統領は米朝の緊張関係を利用して自国の軍需産業を後押ししている」>という<英国の軍事雑誌「ジェーンズ・ディフェンス・ウイークリー」東京特派員の高橋浩祐さん>の話しは当然の指摘でしょう。

 

北朝鮮の脅威は、日本のアメリカ軍需産業からの防衛装備購入を増大することになり、マスコミの取材では、北朝鮮への不安からこれを支持する若い世代が多いように思えます。

 

そして<米軍需関連大手4社の株価も上昇基調だ。>軒並み30%前後の上昇で、とりわけオスプレイの製造にかかわるボーイング社の株価は年初比87%上昇で、笑いが止まらないでしょうね。アメリカの驚異的な株高の一因もこのような軍事的緊張が煽られている結果ではないでしょうか。

 

その意味では、北朝鮮との対立激化は、トランプ政権はもとよりウォール街もうれしい悲鳴なのでしょうか?そこまではいえないとしても、現実の株式市場の史上最高値を続ける株高を引っ張っている原因は他にあるのでしょうかね。

 

わが国の防衛関係費について次のような傾向を記事は指摘しています。

<毎年度の防衛関係費の総額と装備の調達方法を調べると、第2次安倍政権以降に変化が起きている。それ以前の2008~12年度の防衛関係費は年4兆7000億円台で横ばいだった。安倍首相が政権を奪還した13年度以降は右肩上がりに転じ、毎年度0.8%(400億円)~2.8%(1310億円)の範囲で増え続ける。

 調達方法の変化はもっと顕著だ。第2次安倍政権以降の5年間で米政府から装備を購入する「対外有償軍事援助(FMS)」を利用した総額が、それ以前の5年間の総額に比べ約4.5倍に膨らんでいる。>

 

このFMSは問題が多く指摘されていますね。

<FMSは米政府が武器輸出管理法に基づき、米企業の兵器を同盟国や友好国に売る事業で、日本は1956年度からFMS調達を実施している。最新鋭の装備を調達しやすい半面、米国に有利な条件を一方的にのまされ、価格設定も米政府主導で交渉の余地がないとされる。>

 

会計検査院もたびたび問題を指摘していますが、改善されていないように見えます。

 

そのような巨額の費用を投じるだけの効果についても疑問の声が上がっていますね。安倍首相は、<「(FMSは)普通の契約と違い、売り手が非常に有利との見方もできるが、安全保障環境が厳しい中、我が国の安全に必要だ」>と答えるものの、ほんとに費用に見合った効果があるのか、いやそのような必要性があるのかも十分検討されていないように思えるのですが。脅威論が先に立って、防衛とは、効果的な防衛とは何かについての議論が十分とは言えないように思えるのです。

 

とりわけアメリカ政権への依存性はいかがなものかです。それは防衛装備というアメリカ軍需産業だけの問題ではありません。米軍の最近の不祥事は目に余るように思います。

 

この点、直接関係はありませんが、本日社説<MXテレビにBPO意見書 放送業界の大きな汚点だ>に注目しています。

 

元々は「ニュース女子」という番組で放送された内容が問題となった事件です。「ニュース女子」といってもこの件で初めて知った番組ですが、若い世代がニュースを見ないという風潮の中でその世代向けに番組作りをしているのでしょうか。

 

さて社説は<沖縄の基地反対運動の番組を放送した東京メトロポリタンテレビジョン(TOKYO MX)に、放送倫理・番組向上機構(BPO)の放送倫理検証委員会が重大な放送倫理違反を指摘する意見書を公表した。

 MXは、番組内容の問題を事前にチェック(考査)できなかったことを深刻に受け止める必要がある。>と厳しく同業?他社の報道のあり方を追求しています。

 

具体的な内容は<検証委は沖縄で現地調査し、基地反対派が救急車を妨害したとの放送は、事実が確認できないと述べた。反対派が活動の日当をもらっているのではないかとの放送も、裏付けられたとは言い難いと指摘した。

 検証委が重視したのはMXが考査で問題を発見できなかったことだ。>

 

MXの対応は制作段階はもちろん、問題が発覚した後もとても自立的な放送主体とは思えない態度であったと非難されてもやむを得ないと思います。

 

<MXは抗議活動を行う側に取材しなかったことを問題とせず、番組の完成版をチェックしていなかった。多様な論点を示す以前に必要な事実確認を怠った責任は重大である。

 今でこそ再発防止を打ち出しているが、MXは問題を指摘された当初「捏造(ねつぞう)、虚偽は認められない」と、問題視しない見解を出していた。

 検証委は意見書の中で、考査を要の仕組みと位置づけ、それが崩れたことに危機感を募らせた。>

 

数日前の記事<BPO倫理委「東京MX、重大な違反」 ニュース女子、沖縄基地番組 裏付け確認せず>は、内容がより詳細に掲載されており、問題点がよくわかります。

 

屋代尚則記者は<対象となったのは1月2日放送の「ニュース女子」。沖縄県の米軍ヘリコプター離着陸帯(ヘリパッド)建設に対する抗議活動を「過激派デモの武闘派集団」と表現したほか、抗議活動で救急車が止められたなどと伝え、放送後に「事実関係が誤っている」と批判が出ていた。検証委は2月に審議入りを決めた。>としています。

 

このスポンサーと制作会社についても言及があります。<「ニュース女子」は、スポンサーの化粧品会社「DHC」が番組枠を買い取り、子会社の制作会社「DHCシアター」(現DHCテレビジョン)などが制作した番組を放送してもらう「持ち込み番組」。>

 

この制作会社の対応がまたすごいですね。<DHCテレビジョンは以前から、公式サイトで「数々の犯罪や不法行為を行っている集団を内包し、容認している基地反対派の言い分を(取材で)聞く必要はないと考える」「今後も誹謗(ひぼう)中傷に屈すること無く、日本の自由な言論空間を守るため、良質な番組を製作していく」などの見解を公表。同社は14日の取材に「見解に変わりはない」と答えた。>これは偏見以外の何もでもないように思うのですが、表現の自由といっても、放送倫理に反するでしょう。

 

米軍の沖縄への基地配備や、その防衛体制を盲従するかのような態度ではないかと思うのですが、これは毎日記事によるので、同社の見解を聞かないと公平ではないですね。

 

しかし、バラエティ番組の中で放送するからといって、検証委が指摘するように、裏付けもなく一方的な見方で放送するような番組制作のあり方は、なにやら安倍政権の米軍への一方的依存性に同調するようで、気味が悪いくらいです。民放といえども事実を曲げるような放送は許されないですね。

 

直接関係のない、防衛装備の米の言い値の話しと、基地反対運動に対する偏見報道にはなにか通じるものを感じるのは、うがった見方になるのでしょうか、そうでないことを祈ります。

 

今日はこの辺でおしまい。また明日。


仕事に生きる <ストーリー 月給25万9000円の市長・・>を読みながら  

2017-12-17 | 行政(国・地方)

171217 仕事に生きる <ストーリー 月給25万9000円の市長・・>を読みながら

 

今村俊也九段が見事なうち回しで、強敵黄八段に中押し勝ち。NHK囲碁トーナメントは40年くらい前から時折見ていて、20年くらい前から遠のいていました。最近再び見るようになったら、若き精鋭の一人今村さんがいつのまにか白髪も目立つトーナメント出場選手では年齢が上位に位置するようになったようです。若手は10代、20代がとても強いですね。黄さんもすでに30代でしたか、鋭い読みでとても強いと思っていたので、優位に進める今村さんも逆転されるかと思っていたら、今回は最後まで決めて緩みなく、ベテランの強さを発揮しました。

 

囲碁や将棋の世界では年齢は関係ないですね。年齢という経験を重ねれば強くなるということも内容です。非情な世界というか、自然の優勝劣敗の世界でしょうか。

 

翻って、ビジネスの世界でも、長く年功序列で終身雇用、右肩上がりの給与制は、もう過去の話でしょうか。いまなおしがみついている企業・社員はグローバル社会で取り残されていくのかもしれません。最近の20代、30代の世代では、いつまでも続くと思うな勤め先と安定収入ということが念頭にあるようですね。そのため企業での仕事以外に収入源を見つけたり、スキルを得ようと努めたりで、企業への忠誠心?といったものも薄らいでいるのでしょうか。社会の全体の状況はわかりませんが、少なくともそのような流れが着実に信仰しているように思えます。

 

他方で、国・地方自治体の歳費は、首長、議員、公務員のいずれも一定の基準で標準額があるようで、横並び式というか、多少は社会の影響を受けてカットもあるのかもしれませんが、どうも実績主義や歳費削減の動きが亀並みの進行のように見えるのは一面的でしょうか。

 

そんな中、毎日朝刊では<ストーリー月給25万9000円の市長(その1) 夕張の「サンタ」の10年>と<(その2止)夕張再生目指し格闘>の記事が円谷美晶(つぶらや・みあき)記者によって取り上げられています。

 

市長の月給259000円というタイトル、それだけで衝撃的ですね。破綻した夕張市だから仕方ないと思うのも一つですが、それを担っているのが、元東京都職員で将来を嘱望された若き青年が大幅収入減を承知で続けているとなると、注目したくなりますね。

 

その夕張市について、<北海道の新千歳空港から約40キロに位置する夕張は、かつて炭鉱のまちとして栄えた。ピークだった1960年に11万7000人を数えた人口は石炭産業の衰退で激減。観光振興策の失敗などで632億円の債務を抱えた。民間企業でいえば倒産状態となり、2007年3月から「財政再建団体」(現制度では財政再生団体)として国の管理下に置かれている。>石炭産業に続いて、たしかリゾート推進策という国を挙げての施策に追随邁進した結果ですね。行政の責任は重い、しかし、市民も無自覚だったでしょう。

 

<市長の鈴木直道さん(36)>がなぜこの厳しい自治体の首長になることを選択したのか、それは誰もが気になるでしょう。円谷記者はそれを代わってくれました。

 

出発点は10年前。<一面に銀世界が広がる北海道・夕張山系。東京都職員だった鈴木直道さん(36)は2007年12月25日、この地を初めて訪れた。08年1月21日付で夕張市へ派遣される前に、東京都の猪瀬直樹副知事(当時)らと下見に来たのだ。>

 

<当時26歳の鈴木さんは都の保健政策部疾病対策課主事だった。緊縮財政のまちに身を置くことで、削れる行政サービスとそうでないものは何なのか知りたい。夕張で学んだことを都庁の仕事に生かせるのでは--と考えたという。

 07年に財政再建団体に指定された夕張市は職員の給料を平均3割カット。将来の希望が持てなくなった管理職らが一斉退職し、残された職員が突然管理職になるなど混乱していた。>

 

丹下健三氏が設計した都庁舎の内外のきらびやかさの中から、突然、破綻した田舎の市庁舎を訪れた鈴木さんが目にした現実は予想以上に厳しいものでした。

 

<着任日は歓迎会でもしてくれるのかと思っていたが、そんな様子はみじんもない。午後5時前になると、職員たちは次々とベンチコートやスキーウエアを羽織り始めた。経費節減で庁内の暖房が切れるための防寒対策だった。気温はどんどん下がり、指もかじかみ、パソコンを打つ手の感覚がなくなった。その日の夜、百沢さんとコンビニ弁当を食べながら語り合った。「俺たち、これからどうなるのかな……」

破綻したまちの役所は暗かった。自分の仕事で精いっぱいで、仲間を助ける余裕もない。>

 

普通なら、これだけで根を上げてしまい、早く任期が終わらないか、都庁に帰れる日を指折り数える心境になるのではないでしょうか。その点、猪瀬氏のメガネに叶った青年だったのですね。

 

いや、予想を超えるほどの情熱をもった青年だったように思います。鈴木さんは、中断していた祭りに着目、<農協や青年会議所などの協力を得てまつりを復活。20万円という低予算で手づくりのイベントに生まれ変わらせた。>

 

その上、<せっかくできた住民とのつながりを生かしてもっと仕事がしたいと考え、09年3月までの予定だった派遣期間の延長を申し出た。最後の勤務を終えたのは10年3月。市職員や市民ら約50人が市役所前に集まり、黄色いハンカチを振って見送ってくれた。>

 

そう山田洋次監督作品「幸福の黄色いハンカチ」のように。ロケ地夕張の象徴でもあったように思います。この作品は登場人物は地味だが誠実に生きる普通の人たちばかり。なんでもないような生き方の中に黄色いハンカチは心からのほほえみを与えてくれているように思うのです。そんなしっかり足のついた行政運営をしていたら、夕張市は違っていたと思うのです。

 

<東京に戻った鈴木さんは、都から内閣府に出向し、地方自治を担当する。>それはそれで有意義な、名誉ある仕事であったはずです。でも鈴木さんは、物足りなさを感じたのでしょう。

 

<夕張の若い市民らから市長選への出馬を打診されたのはそんな頃だった。

 当時は婚約者だった麻奈美さん(35)との結婚を控えており、埼玉県内の団地に住み始めたばかり。財政再建のため夕張市長の年収は300万円台で、当選しても200万円近く減ってしまう。

 それでも夕張への思いが勝った。東京23区より広いのに財政破綻後は図書館もなく、6校あった小学校は1校になり、住民税も高い。仲間や友人が自分を必要としてくれるならやれることがある、と思い立って10年11月に都庁を退職。11年4月の市長選で元衆院議員ら3人を抑えて初当選した。>

 

でも彼の熱い思いは、長年慣れ親しんだ行政実務をまさにチェンジするのですから、実際直面した職員には理解不能で、空回りになる危険があったでしょう。

<まず取り組んだのは役所の機構改革。国の同意がなければ予算を変えられず「どうせ何もできない」と思考停止に陥った空気を変えたかった。>

 

鈴木さんと職員の間では厳しい衝突が繰り返されたことは容易に想像できます。

< 「これ以上、業務を増やさないでほしい。私たちに死ねというんですか」

 「私は死ぬ覚悟で仕事している。みなさんも人生をかけて仕事してください」>

 

また鈴木さんのやり方にも一方的なところが合ったようです。

<当時の鈴木さんは、国の管理下で進む財政再建を夕張の実情に合ったものに見直してもらおうと東京に足しげく通い、「夕張のセールスマン」を自任してイベントや講演を一手に引き受けてもいた。職員から「決裁が滞り、仕事にならない」「都知事と違うのだから、もっと職員のところに来てほしい」といった声が上が>ったとのこと。

 

そんなとき<派遣時代に鈴木さんの直属の上司だった寺江和俊さん(55)=現総務課長>が、彼だからこそいえるアドバイスにより、鈴木さん自身の意識を変えるようになったようです。

 

次第に地に着いた行政施策を実現するようになったのでしょう。

 

その鈴木さんの生い立ちも決して楽なものでなく、母と姉の3人で暮らし、経済的事情で大学進学を一旦あきらめ、都庁職員となり夜間大学を出たというのです。苦労して精進に努めてきたから、夕張市長としての苦労も、市民のためにと思ってやれるのでしょうか。

 

公私とも見事な生き方です。

妻となる<麻奈美さんと出会ったのも都職員時代。夕張市長就任の翌月に2人で市役所に婚姻届を提出した。2年ほど賃貸アパートに住んだ後、市内に一戸建てを購入した。「日本一給料の安い首長」と紹介される鈴木さんだが、麻奈美さんも幼稚園で働いて家計を支える。

 現在の鈴木さんは午前7時に起床し、8時半に出勤。9時からミーティングや庁議があり、来客対応や行事にも追われ、帰宅は午後10時を過ぎることも多い。>

 

そして鈴木さんは大きく前進しようとしています。

<財政再建一辺倒だった夕張市は今年3月、地域再生に向けた新規事業に10年間で113億円を投じることの了承を国から取り付け、新たな一歩を踏み出した。具体的には、第2子以降の保育料無料化▽民間アパート建設費の助成▽子育てや文化、交通の拠点となる複合施設の建設--などを進め、鈴木さんは「耐え忍ぶ10年から、夕張の将来を明るく作り上げていく10年がスタートした」と強調する。>

 

でも職員や市民の反応はいまひとつ。

 

それでも鈴木さんは<「夕張は市民にとって理不尽な状況で財政再建団体になった。それを解決することには大義がある。『大義ある逆境』を乗り越えることは、すごくやりがいがあります」。>と。

 

『大義ある逆境』に向かう青年市長、もう少し注視し、期待してみていきたいと思うのです。

 

自分の歳費や給与の増減に頓着しない公務員がもっと増えることを期待しつつ。


揺れる嫡出推定 <受精卵無断移植 父子関係を認定・・奈良家裁>を読んで

2017-12-16 | 家族・親子

171216 揺れる嫡出推定 <受精卵無断移植 父子関係を認定・・奈良家裁>を読んで

 

今朝の毎日記事では、来年度予算以外では、奈良家裁の判決が大きく取り上げられていました。たしかに最近の受精卵移植数の増加傾向を見ますと、この種の問題も増えてくるでしょうし、法整備が整わない中、家裁としても判断に悩むことかもしれません。

 

さて毎日朝刊は1面に<受精卵無断移植父子関係を認定 「同意必要」も指摘 奈良家裁>と、社会面に<受精卵無断移植訴訟 「父親だと思えない」 子見かけ揺れる男性>とかなり大きく取り上げています。

 

記事を引用しながら考えを会見ようかと思います。

 

<凍結保存していた受精卵を別居中の妻が無断で移植し、出産したとして、奈良県の外国籍の男性(46)が生まれた女児(2)と法律上の父子関係がないことの確認を求めた訴訟の判決で、奈良家裁は15日、訴えを却下したうえで父子関係を認める初判断を示した。>

 

そして<渡辺雅道裁判長は「移植には夫の同意が必要」と指摘する一方、同意がなくても、妻が婚姻中に妊娠した子は夫の子と推定する民法の「嫡出推定」が適用されるとした。>

 

訴訟技術的には、嫡出推定が適用されれば、嫡出否認の訴えを提起すべきです。その推定が適用なければ、こんどは親子関係不存在の確認訴訟を提起できます。

 

ですから争点は、①受精卵移植に夫の同意が必要かどうか、②それを欠いた場合には嫡出推定が適用されないかどうかという点に集約されますね。

 

<男性側は「別居し、移植に同意していないため適用されない」と主張していた。>

 

で、判決は①について、<体外受精などの生殖補助医療で生まれた子と夫の父子関係が認められるには、夫の同意が必要と指摘。凍結受精卵は長期間保存できるため、「作製・保存に同意したとしても、移植に同意しないことがありうる」として、移植時の同意が必要とした。>というのです。

 

もっともかもしれません。受精卵の作製・保存に同意したからといって、具体化する移植の時点との間に時間的なスパンがありうることから、そのような判断は合理的ではないでしょうか。

 

さてもう一つの嫡出推定について、奈良家裁は<「法律上の親子関係を早期に安定させることが必要」として判決は嫡出推定を重視。男性が当時、妻と旅行をするなど交流があったため「夫婦の実態が失われているとはいえない」とした。>ということです。

 

判決の事実認定では<判決によると、男性は2004年に日本人女性(46)と結婚。不妊治療を受けるために奈良市のクリニックに通院した。10年に体外受精で複数の受精卵を凍結保存し、11年に一部の受精卵を使って長男を出産した。しかし、夫婦関係が悪化して13年に別居。女性は14年、男性に無断で残りの受精卵を移植し、15年4月に女児を出産した。男性は昨年10月に女性と離婚した。>と、別居は破綻状態でなかったとして、上記の判断に導いています。

 

さて嫡出推定はこれでよいのかについては、戦前の家制度の残滓といった批判などもあり、さらに最近の医学の発展、離婚の増加に加えて複雑な男女関係から、廃止を含めた改正への動きはなんどか出てきたかと思います。

 

無国籍問題もこの嫡出推定を前提にして生じている現象ともいえます。私自身もそういう相談を受けたことがあります。受精卵移植の相談を受けたことはありませんが、記事によるとすごい数に至っているのですから、今後同種の問題は起こりうることかと思います。

 

< 体外受精は、2005年には約12万5000件実施され、約1万9000人が生まれた。15年には3倍の約42万件で約5万1000人と過去最高を更新した。

 他にも、▽夫以外の精子を妻の子宮に注入する人工授精▽夫の精子や夫婦の受精卵を使い、妻以外の女性が出産する代理出産--など多様化。新たな課題も出ている。>

 

裁判例も出ていますね。

< 第三者の精子で生まれた子について大阪地裁は1998年、夫の同意がなかったとして夫との父子関係を否定、法律上の父がいない事態が生じた。

 夫の死後に夫の凍結精子を使って妻が出産したケースでは、最高裁は2006年、父子関係を認めず「立法で解決すべきだ」と指摘した。>

 

では現場の医療機関はどうなんでしょう。

<父子関係を認定 意思の把握難しい 久慈直昭・東京医科大教授(生殖医療)の話>では

<判決が、受精卵の移植時にも同意が必要と指摘したことは評価できる。一方で、移植のたびの同意は負担で、医療機関にとっても管理が課題になる。保存期間が過ぎても連絡がない場合があり、移植の意思があるか把握するのは難しい。期間を決め、連絡がない場合は廃棄するなどのルール作りが必要だ。>とのこと。

 

当然、受精卵の移植時に夫の同意を確認するでしょうけど、夫が用でこれないと、第三者が代筆して似たような筆跡で書けば、医療機関としても、筆跡の同一性まで求められるのは耐えられないかもしれません。

 

別居中の夫婦の場合に、離婚届を勝手に出されないように、役場に不受理申出をする扱いが一般ですが、それと同じような感じで、受精卵の保管医療機関に移植不同意の申出を受ける処理も必要かもしれませんね。

 

でもこういった小手先の解決でよいのかという問題でもあるでしょう。そもそも嫡出推定制度は、子どものためにあるといえるのでしょうか。嫡出と非嫡出子の相続分の差別的取り扱いを違憲とした最高裁大法廷決定があるものの、いまなお従来型の婚姻制度・嫡出制度は残存しています。

 

しかし同性婚や事実婚が増えて、程度の差はあれ社会的存在が確立しているともいえるかもしれません。他方で、離婚・婚姻・離婚といった身分関係の複雑さも増してきているようにも思えます。それは江戸時代から普通だったのではないかと思ったりしています。

 

嫡出推定により、子どもの身分関係が安定し子どものために有効といったことは一つの見方であっても、それが常に当てはまるとは思えないのです。

 

おそらく嫡出推定があることで、今後も無国籍の子がでてくるでしょう。それは例外的なこととして、子どもの成長に大きな影響がないといえるでしょうか。他方で、受精卵移植の普及から、受精卵の多様な移植形態が想起でき、従来通りの嫡出推定が働いてよいのか、疑念を起こるのではと思うのです。

 

この事件では04年婚姻時に46歳だった女性が15年に別居中、夫の同意を得ず、57歳で二人目の女児を出産していますが、夫としても別居中ということもあるでしょうけど、高齢化の手前でこれから2人の子を育てるというのはなかなか大変です。

 

夫婦の円満な関係が永遠であればいいのですが、無理矢理に嫡出推定という制度では、別離の危機が潜在するこの時代、子の幸せは、婚姻中の夫婦の子と決めつけるのは、そろそろ遣唐使直す時期に来ているかもしれません。

 

今日はあまり乗り気でないこともあり、簡潔に(少々長くなりましたが)終わらせます。また明日。

 


生死をかけたレース <NHK 世界で最も寒く過酷なレース カナダ・ユーコン700km>を見て

2017-12-16 | 人間力

171216 生死をかけたレース <NHK 世界で最も寒く過酷なレースカナダ・ユーコン700km>を見て

 

このNHKBSグレートレースが好きな番組の一つです。気づけば大抵録画して、後から見ています。どれも素晴らしいの一言。人間の可能性と自然の雄大さ・厳しさを満喫できます。しかもお茶の間で。この年になるともう見るだけですね。一昔前ならもしかしてというきもちも湧くかもわかりませんが。見るだけでエンジョイです。

 

このレースでは基本的には人力のみを頼りにしますが、道具は動力付きを除外するものの、結構多様ですね。むろんカヌーあり、パラグライダーあり、スキーあり、マウンテンバイクありと、それぞれがもつ魅力も味わえます。

 

女性のレースや参加者も強者というか、強靱な精神と忍耐強さ、そしてずば抜けた体力を持っていて、どのレースも素晴らしいです。ただ、強いて言えば、NZのレースではちょっと残念な感じはありました。カヌーをパドリングするのですが、日本人参加者はそれまでのずば抜けた身体能力を発揮しながら、いずれも素人の域をでていないパドルさばきで、ちょっとカヌーを甘く見すぎている印象を受けました。とはいえ、それ以外はすばらしいできで、完走し見事でした。

 

さて、タイトルのレース、そういえば以前にも取り上げています。私自身がユーコンや北極圏に少しこだわりがあるためでしょうか、つい取り上げてしまいますが、他のレースもとても面白いので、今度は取り上げるような見方をしてみます。

 

さてユーコンはなぜ魅力を感じるかですが、やはりカヌーイスト野田知佑さんの影響が大きいでしょう。彼はユーコン川を何度か下っていると思いますが、その津わー体験を著した『ゆらゆらとユーコン』といったタイトルだったと思いますが、とても雄大で、ゆったりした、それでいてグリズリーやサケなどとの触れあいを通じた彼の厳しくも優しいまなざしは魅力溢れるものです。

 

それで20数年前ようやく待望のユーコン川をほんの少し下りました。レンタルのシーカヤックしかなかったので、それで切り立った峡谷を一人でのんびりと下りました。カヤックの楽しみを満喫できる川ですね。

 

ただ、レンタル会社の若い人に連れられて河川敷でカヤックに乗り込もうとしたとき、先住民イヌイットの老人が一人形相を変えてやってきて、なにやら怒鳴り散らし、今にもつかみかかってきそうな勢いでした。訳がわからず言葉もわからず(若い人はすでに当時言葉を失っていたイヌイット語のようでした)、少し当惑しました。しばらくして怒鳴り散らした後、その老人は立ち去りました。レンタル会社の若者にどうしたのか聞くと、どうやらこのユーコン川は自分たちのテリトリーだとして、勝手に入ってくるなといって抗議していたようです。酒を飲んで眼も血走り、ひとりぼっちでした。先住民の少なくない男性は、彼のように酒浸りで、仕事もたとえば猟銃使用を禁止されたりして、病気になっていく人が少なくないようで、何人かの女性イヌイットから聞き取りました。残念な事です。

 

それは20数年前のことで、そのころから先住民にも自分たちの言語教育が始まり、いまはだいぶ違ってきているかもしれません。

 

もう一つ私の体験に触れますと、このユーコン準州の首都ホワイトホースまで、BC州北部西海岸にあるプリンスルパートからたしか泥道を一日1000km走り続け、途中、宿泊先もなく、白夜のような、少し白みがかった夜、車中泊をした記憶があります。道路上ではクマと対面したり、大きな野鳥がいたり、いろいろ遭遇がありました。そしてやっとでてきたパンアメリカンハイウェーはホワイトホースへ一本道でした。

 

ハイウェーというのできちんとした舗装した道路かと思いきや、砂利道で砂埃であまりぱっとしない道路、これはゴールドラッシュ時代にアラスカを目指して一攫千金を狙った人たちが通ったのだから、それらしい雰囲気でいいかと思ってしまいました。

 

ただ、そのハイウェイから遠くを望むと、針葉樹が地平線一杯に広がり、その先に三角形の頂の山がぽつんと浮かび上がる景観は見事でした。

 

そんなユーコンですが、たしか夏場に訪れたので、のんびりした気分しか覚えていません。で、このグレートレースは膨大な流量を誇るユーコン川が凍結した「道」をコースにして、マイナス40度前後の激寒を700kmも走り抜くというのですから、これはもう私などは太刀打ちできるようなものではありません。

 

私はカナダ滞在中、中古車のため時々エンジントラブルに遭遇し、その都度、修理工場で修理してもらっている間、バスで研究所に通っていました。そのバスを待つ時間が脅威なのです。せいぜいマイナス20度から30度、寒風が強いと10度くらい下がります。それでせいぜい対応できるのが私の場合5分か、10分です。なんどか胸を突き刺されたような痛みを感じたことがあります。それまでそのような厳しい寒風にされされた経験を持たなかったためでしょうか。

 

でもこのグレートレースでは、それに近い状態を700kmも続けるのですから、他のグレートレースも厳しいですが、人間の体力の限界という意味では最大レベルではないかと思うのです。ま、私の場合ははじめから降参です。

 

ながながと余談が前置きになりました。さてレース本番に入ります。

 

レースは31名エントリーで、完走できたのは12人。これだけみても厳しさがわかりますね。日本人も一人、柿沢さんという若い方がエントリーしていました。この激寒に耐えるため、冷凍室を借りて訓練までしていましたが、残念ながら凍傷のおそれがあり、途中棄権しました。

 

私はトップ3人の勇者と、2人の女性を取り上げたいと思います。トップはイタリア人の道路清掃を行っている還暦アスリート、エンリコ・ギドニーさん。2番目はエンリコさんと終始トップを争った地元カナダの写真家・デレク・クロウハマクさん(40代?)。そしてイタリア人で弁護士のハノさん。この3者の闘いは壮絶で、それでいてお互い配慮し合いながら、度重なる絶望的な状況を突破して完走しています。

 

ハノさんは、他の二人がマウンテンバイクであるのに、また過去走りでトップを取った人がいない中、ランだけで頑張り続けました。それでも途中で両足のふくらはぎなどがぱんぱんに腫れ上がり、歩ける状態でなかったにもかかわらず、休養を取った後あえて一歩を踏み出しました。

 

その理由は、自らの意思もあるでしょうけど、ワイフに言われてと健気に語る姿がよかったです。日々の練習では、妻に小さい子どもの世話を任して深夜遅くまで行っていた、妻子の思いやりをおもんばかって、ワイフの意見に答えようというのです。そして厳しい寒さの中では、2歳?の娘がようやく発した言葉を自分で発して、勇気を奮い立たせていたというのです。なにかうれしくなる話しです。人の心が自然の厳しさの中でも、あるいは社会の厳しさの中でも耐えうる、支えになるのが何かを示してくれているようにも思えます。

 

デレクさんは地元の写真家で、厳しい条件をよく熟知していることや、若さもあり、最後まで表情に余裕があるので、彼が一番になると思っていたら,途中でそれまでの無理がたたって、動けなくなり、途中泊で予想外の長時間睡眠となり、挽回できませんでした。

 

そしてやはり一番驚いたのは還暦選手・エンリコさんです。とりわけ彼は、バイクのチェーンが凍結して動かなくなり、それでもあきらめず、何十キロも先にある中継点を目指すのです。そこまで行くと、自転車部品メーカーに連絡できるというのです。その中継点にそんな部品があるのかと思っていたら、そこから連絡して、待つこと12時間ようやく部品が到着したのです。え、これからトップを目指して走るのと驚きです。でも彼は自信というか、すばらしいエネルギッシュな、不屈の闘志を持っていました。

 

彼の言葉はいくつも心に残るものでした。いま自分が行っている清掃という仕事に満足していない、しかしそのマイナスエネルギーやストレスがかえってこのレースで集中してプラスのエネルギーになるというのです。ものは考えよう、というどこかで聞いたようなセリフがふと浮かびます。彼のもう一つの言葉、ちょっと失念したのですが、その不屈の精神を支えるような、穏やかな心の中を吐露したような内容でした。

 

さて、最後に二人の女性です。一人はなんと4人の子どもを世話する主婦で、イギリス人のクックロジャスさん(60前でしたか)。年齢的に最後のチャンスとしてこのレースを選んだそうですが、たしか5位くらいではなかったでしょうか。主婦強しです。イギリス人の富裕層の女性は知りませんが、一般の女性は主婦でもパートなどで共働きが多く、とてもしっかりしてるように思うのです。彼女のこの極寒レースに耐えうる体力は並大抵のものではないと思うのです。

 

そして忘れてならないのは、最年少の29歳の女性、地元ガイドをしているジェシーさんです。彼女は、レース開始まもなく、途中で寝袋に入っている男性を見つけ、どうしたのかと声かけるのです。他の選手は先を急いでその脇を通り抜けます。彼女は泰然として、その男性がおなかの具合が悪い、これ以上続けられないというのを聞いて、大会本部に連絡して、レスキュー隊を待つのです。1時間以上でしたか、2時間くらいでしたか。ずっと経って待っているのですから、当然、極寒で体調にもよくないですね。私には到底まねできません。

 

レスキューが来て対応するのを見て、出発した彼女、当然ながら最後尾となりました。その後次第に順位を上げ、完走も遂げ、たしか11位(後ろから2番目?)でしたか。これは立派です。ご両親でしたかゴールで待ち構えていましたね。いい娘さんをもって幸せですね。

 

グレートレース、厳しいですが、人間ドラマもとても興味深いです。

皆さんも機会があったら、たくさんのレースのどれかを楽しんでみてはどうでしょう。むろん見るだけでなく、チャレンジもいいでしょう。


企業を活かすのは <東芝、WDと和解>と<シャープ 祝東証1部復帰>などを読んで

2017-12-15 | 企業運営のあり方

171215 企業を活かすのは <東芝、WDと和解>と<シャープ 祝東証1部復帰>などを読んで

 

東芝の上場維持は無理かなと思っていたら、一昨日の毎日記事<東芝、WDと和解再建へ前進も再成長見通せず>と微妙な表現ながら上場廃止は免れたようですね。一方、数年前から資金繰りが苦しくなり大量人員整理を敢行しても焼け石に水、昨年は債務超過で東証2部に降格し、存続の危機状態にあったシャープでした。それが鴻海に買収された後1年で黒字化、しかも1部昇格ですから、驚きです。しかも<シャープ祝東証1部復帰 社員に「3万円」 感謝の仕方がシャープ?>と含みを持った言い回しながら、金一封を社員に配るというのですから、首切りから一転した印象はありますね。

 

では両者になにか違いがあるのか、比較対象にならないといえばそうなのですが、たまたまほぼ同時期に問題を抱え、危機に瀕したそれぞれの経営者のスタンスの違いは明瞭で、その結果はまだ見えませんが、どうも明暗が分かれそうな雰囲気に感じます。それで、毎日記事だけを材料に、なにかいえるか、記事を読みながら少し考えてみたいと思います。

 

個人的に言えば、東芝もシャープもPC製品を使ったりして、身近ですし、東芝の環境配慮的な姿勢や先端的なガバナンスの導入など興味の対象でした。シャープは身近な商品が多いのと革新的なアイデアがつまっているように思えて、商品選択で言えば優先順位が高かったですね。

 

このブログでも両社とも取り上げてきましたが、とりわけ東芝は結構多かったように思います。とはいえ、第三者委員会報告書は別にして(実際はこれもそう変わらない面がありますね)、情報媒体は雑誌・新聞などが中心ですから、資料的な信憑性は十分とはいえませんね。それを前提に、書いてみます。

 

シャープは、今年の夏に黒字化の道筋が見えたと言うことで発表があったと思いますが、その間の報道がほとんどなく、狐に包まれたような印象でした。それで毎日が連載した次の記事は少しはその解明になるかと読んでみました。

 

シャープ変転/上 鴻海流「信賞必罰」浸透 太陽電池、総出で営業

シャープ変転/中 液晶、世界へ再挑戦 8K前面に独自路線

シャープ変転/下 人材確保、再建の鍵 買収1年、問われる真価

 

まず変転上では、<電機業界では、代理店の販売促進活動をメーカー社員が手伝うことは極めて異例という。この代理店は東京でも販促活動をしており、ほぼ連日シャープ社員が1、2人加わり、買い物客に商品を説明している。ブルーコンシャスの高松豪社長(41)は「『台湾企業の傘下に入って大丈夫かな』と思ったが、社員の態度ががらっと変わって親身になった」と、シャープに起きている変化を実感する。>

 

これはどういうことか、販売促進なんかは当たり前かと思うのですが、そうではなかったのですね。ある意味では鴻海のやり方自体は、本来に戻った?現場営業に注力する形で社員のやる気を引き出したということでしょうか。

 

とくに赤字垂れ流しの<太陽電池事業>は変革が必要だったようです。<「ぜひ商品の良さを知ってもらおう」。奈良県天理市の研修施設に昨年12月、設計や品質管理といった太陽電池に関わる社員数十人が集まった。3カ月は通常の業務を離れて、太陽電池のセールスで販売会社社員と一般の住宅を回った。関西地区の営業を統括するシャープ子会社の三島広史さん(43)は「それだけ追い込まれていた」と振り返る。信賞必罰を旨とする鴻海の傘下となり、危機意識が早くも浸透していた。>しかし、これ自体も特段目新しいことではないように思えます。地道ではありますが。

 

営業に注力するのはいいのですが、その分、これまで商品開発力が素晴らしかったものがどうなるのか懸念もあるように思います。

 

変転中では、これからの主力事業として、超高精細画質8Kか有機ELかという問題について、<有機ELでLGに後れを取ったシャープは、優位性がある8Kを戦略の中心に据えたのだ。>と思い切った選別をしているようにも見えます。

 

しかし、8Kには、放送局も多大な投資が必要で二の足を踏み、視聴者としても既存配線を使えないおそれとか、大型すぎて日本の住宅に不向きとか、問題を抱えているようです。

 

実際、鴻海本体は有機ELを追求する姿勢を変えていないといった記事があったと記憶しています。これまた微妙な状況でしょうか。

 

変転下では、経営危機で大量退職となったメンバーでチームSをつくり、新たなビジネスを始めている状況を取り上げています。有機ELの研究者で、それお下敷きとしてスマホとつなぐアイデアを商品化しようとしています。まさに元シャープマンらしい、アイデアではないでしょうか。

 

<チームSを束ねる代表取締役の高嶋晃さん(58)は、今のシャープ社内の雰囲気が心配だ。入社した1984年ごろ、社員の平均年齢は27歳前後で「『とにかく何でも挑戦してみろ』という自由な社風が好きだった」と振り返る。希望退職を経て、現在の平均年齢は43歳を超えている。>

 

そのような若い、熱意溢れる人材を獲得し、社内で創造力と活気で溢れる職場として、クリエイティブな人材を培養できるか、それが試されるのでしょう。

 

すでにこの買収による大きな道筋は見えてきたようで、楽観的かもしれませんが、光明が窺えます。

 

これに対し、東芝はどうでしょう。毎日記事は、和解報道を半日遅れたように思うのです。日経をはじめ他社は早々と和解を速報していました。これまでかなり丁寧に東芝とWDの対立を報道してきたのに、この和解は寝耳に水だったのでしょうか、あるいは私が見落としたのでしょうかね。

 

少なくとも<東芝、WDと和解再建へ前進も再成長見通せず>は周回遅れでした。いや、毎日記事を読んできた私も、まさか急転直下で来年3月のずっと前に妥協するとは思えなかったのです。

 

和解の骨子は<双方が全ての法的措置を取り下げる。東芝メモリの製造拠点、四日市工場(三重県)で協業関係を続け、2021年以降に稼働する岩手県北上市の新工場でも協業する。>

 

WDが訴訟による徹底抗戦を回避した一番の理由は<「メモリー製品を入手できる体制を確実に整えることを重視した」と説明。>ということのようですね。メモリー事業は成長産業で、新たな投資に参入できないと置いてきぼりになり、それを焦ったWDが振り上げた斧を下げるしかなかったのでしょう。

 

とはいえ東芝は、古屋敷尚子記者が指摘するように<経営再建に向けて前進した形だが、稼ぎ頭の東芝メモリの売却によって東芝の「稼ぐ力」は大幅に下がり、再成長への具体的な道筋はなお見通せない。>というのが厳しい現実ですね。

 

つまりは、東芝には成長分野は残っていない状況ではないでしょうか。<東芝は東芝メモリの売却で営業利益の約9割を失い、かつて半導体とともに「2本柱」だった原発は海外から撤退。成長事業とされた医療機器を手がける東芝メディカルシステムズも既にキヤノンに売却した。今後は、鉄道システムやエレベーターなどを展開する社会インフラ事業、国内の原発や火力を含むエネルギー事業を中核に据えるが、「大幅に成長できる分野ではない」(アナリスト)のも実情だ。>

 

そして残ったのは口出しする投資ファンドですね。<東芝の増資引受先の60の海外投資家には、旧村上ファンド出身者が設立したエフィッシモ・キャピタル・マネージメントなど「もの言う株主」がずらりと並び、東芝幹部は「経営の重要な判断に口を出されることも増えるだろう」と身構える。>

 

先の毎日記事<米ベインキャピタルWDとの和解に自信 東芝メモリ買収>では、すでにベインキャピタルがこの道筋を見通していた可能性が高く、同社のシナリオで動いているよう思えるのです。

 

このファンド日本代表は<協業先の米半導体大手ウエスタン・デジタル(WD)が、東芝メモリ売却に反対して法的措置に出ていることに対しては、「協業の条件などを提示することで、和解できる」と自信をみせた。>と2ヶ月前に見通しを明らかにしていました。

 

しかも代表の杉本氏は<買収完了後の東芝メモリの経営については、現在の経営陣が引き続き主導権を握り、成毛康雄社長が続投する方向だ。ただし、杉本氏や外部の人材を社外取締役に就けることで、経営を監視するという。>としっかりと手綱の緒を引き締めており、東芝経営陣は傀儡に近い状態になるおそれすらありえますね。

 

これでは、東芝の真の意味での再建を担うことができる意思決定組織があるのか、不安です。投資ファンドは短期利益を中心に考えるのが一般で、市場と製造工場をもつ鴻海による倍出とは大きく異なることになるでしょう。

 

やはり東芝の選択は、これからよりいっそう厳しい現実にさらされることになりそうです。経営改善と言った本来的な事がいつまでも見通せないような懸念を覚えます。

 

むろん白い騎士となって正義の味方を発揮することもありえますが、ダークナイトでもいいですから、問題を解消して立て直しを図ってもらいたいですね。

 

資料がないなか、適当に記事を読んで書いてみましたが、すっきりしません。

ちょうど一時間が経過。今日のところはこの辺でおしまいとします。また明日。