…………………………(一発十万 2)…………
足場の解体中は弋職人も神経を使うものだ。
組み上がった足場はビクともしないように控えが取り付けてあるが、少しでも
解体すれば不安定この上なく揺れ始めるし、歩くのも怖いものだ。
手摺と養生ネットを撤去するのに時間はかからず、弋さんは控えから順次解体
を始めた。
一番上で照明器具を取り付けている人は、足場の揺れを感じながら作業出来るものではない。
「もう少し待ってください」
「約束時間だ、待てないぜもう」
と言ったか言わないか定かでない。
若い弋職人から右ストレートが2発、左フック1発が電気屋さんの顔面に入た。
電気屋さんは倒れたがそこにも2発入ったという。
電気屋さんと弋さんの取っ組み合いになったと聞かされて、私が現場に駆けつ
けた時は騒動の後だったので、詳しい事は分からないまま、先ず足場の解体は
ストップさせた。
(徹夜でもして、朝までには解体させねばならない)
時間も迫っているが、この業者の始末をせねば先に進まない。
電気屋さんは、
「もう二度とここには来ない、照明も他のメーカーに変更して取り付けて
ください。俺達は今から引き上げる。殴られて仕事なんかやってられない」
お互いに、いままでの鬱積が爆発したのも事実であろう。
しかし、今は、明日出直して…と言う時ではないのである。
所長は、
「福本、話つけて来い!」
といつものように丸投げして、またもや私の出番である。
別途業者の電気屋さんは当然施主直轄の会社であり、こちらが先に手を出した
のであるから、全く申し訳が立たないし、しかも施主に頭を下げに行くのが
私とはね……。
それよりも、足場を解体せねばならないし、照明器具も吊り下げが終わって
いないし、話を付ける時間さえ、今はないのである。
「とにかく、話は明日、俺が取り持つから、ケガ人は病院に連れて行く、
電気屋さんはすまないが仕事を終わらせてください。足場は揺れないように
復旧させますから……。弋は全員待機して残業の増員応援を手配しろ!」
一気に喋った私も興奮していたのであろうが、周囲もゴソゴソと手を動かし
始めた。
病院に行った人は鼻血を出した程度で、
「三日間は打撲あざが残るでしょう」
となったのは幸いであった。
翌日は電気屋さんと弋の親方の両方を現場打ち合わせ室へ召集した。
「今日は誰もここに来させていません。明日以降も白紙です!」
まだ怒りが収まっていないのも分かる。
「手を出したのは全面、謝り致します。治療費も全額負担します…」
「ケガをしにここに来ているのではありません。引き上げさせて下さい」
「それでは施主にも申し訳が立たないから、仕事は継続してくださいま
せんか……?」
と電気屋さんがいかなる条件を出しても、継続を頼むしかない。
「結局、顔を殴られた人のメンツもあるし、お詫び料で話に乗って
くださいませんか?」
としかこの際、決着はなかろうと私は提案した。
しばし沈黙・・・。
「5発頂いたので50万頂けますか?」
「はい」
と即、答えたのは、決着の丸投げを命ぜられた私だった。
電気の仕事も弋工事もまだこの先に山と残っているのに、引き上げるとか、
一発が高いとかゴタクを聞きたくもない。
一日仕事が延びれば50万どころの損失金額じゃあ済まないからだ。
(7人グループが3日間の休業補償もあるンだし……)
その晩、両方の社長と居酒屋に行って酒を飲み、握手をさせたが、
気まずさは……残った。
所長抜きで決着をしたのも問題であるが、職人さん同士の空気の重たさが
漂っているのがどうも気になるところである。
一発10万円が高いか安いかの話ではなくて、現場の雰囲気が暗くなって
いけば、小さなきっかけで大事故になるのである。
仲良く仕事をしていれば、電気屋さんが終わるまで待っていただろうし…の
タラレバ話はしたくないが、チームワークよく仕事をさせていない現場監督が、
今回の原因の火種である。 (一発十万円 終)
これは事故なのか事件なのか、血気盛んな人が大勢いる中で、おこりうる
問題であり、対処する仕方も、どこかで学んでおこう・・・
次回はシンプル イズ ベストーーピラミッドにまつわる話をしよう。