(着工の前に)1
二月二十二日(水) 晴れ
十ヵ月以上も使って来た現場事務所(プレハブ組立2F)の解体を見つめながら感傷にフ
ケっている。
1年前所長として初めて来た時は桜が蕾(つぼみ)になり始めていた時だったなア。
「ここにマンションを建てるんだ」と配置図を拡げてみてガク然としたものだった。
何と半年前までは釣堀施設でそのままの跡地だった。
(水は堀底に多少溜まってるけれど地盤としては悪くない・・・。この堀を除去するにはユン
ボをどこから入れるのか、入れる前に堀を一つ埋めないと機械もダンプも入れない)
とそんな事を考えていてやがて桜が開花し、そして散り始めた頃この現場事務所を建てた
のに、もう十ヵ月以上も過ぎてしまったのか。
本当にあっという間のこの一年はバタバタと地に足のつかない一年を送ったものだ。
隣を見渡せば一月末日に竣工引渡しを行い、すでに入居も始まっているマンションが建っ
ている。
「私の役目は終わったよ」
と現場事務所は上手に解体されて行く。
出入口のサッシよ、よく手入れしてもらって次回は蹴飛ばされない様に頼むよ・・・。
アレッ?こんな所に穴なんて開けてたかナ?そうか台所の排水の穴を間違えて開けた時の
穴がそのまま出て来たのだ。流し台で隠れてたのだ。
窓ガラス君一枚ロッカーの裏で隠れてたのかね、隠れ名人め!!
何となく全ての物にいつくしむ心が出てくるけれど、屋根も無くなり壁も外れて形を崩し
ているのに、現場の最初の頃の記憶が鮮明に蘇ってくる私は溜め息一つ「あーあ」とついて
後は無言となってしまった。
『建物を引き渡すという事は娘を嫁に出すのと同じだ』
と聞かされているが、手をかけ、汗水流し、悔し涙をこぼし、よくも頑張った物だという
自己満足度の度合いにより、感慨にフケル量の違いがあるにせよ
『娘を嫁に出す』
とは上手い表現だと思う。
十カ月も住み慣れた場所も明日で一先ずお別れだから、淋しくないと言えば嘘になる。
この気持ちを癒すのは、次の現場を与えられて、又一から創り始める忙しさに振り回され
る頃迄、無理だろう。今の所、次なる現場は未定だ。
二月二十三日(木) 晴れ
現場事務所跡地を駐車場にするのが最後の仕事となった。
八時四十五分頃O建設(舗装工)が乗り込んで来た。親方入れて六名だ。
「オハヨウ、所長やっと終わったねエ」
「お蔭さんでねエ、最後の仕事があンた達になったねえ・・・御苦労さん・・・」
「所長今度はどこへいくの?」
「まだ何も聞いてないヨ、多分市内だと思うけどね―――」
「通える所だったらイイね、又俺たち使ってヨ」
「OK、OK、ところでアスファルトは何時にくるの?」
「昼前に1車入り、順次夕方迄には完了させるよ」
水勾配の高さをチェックしたり道路との高さを測ったり、側溝の中を掃除したり、私が
黙っていても仕事は段取り良く進んでいく。
アスファルト舗装も順調に終わろうとする頃、隣のI金物店(緊急時仮連絡先)から、
「会社に電話するように伝言がありましたヨ」
と連絡が入った。
(サーテ来たか)とぐっと気を引き締めた。
この時期になっての会社との話は私の
『次の現場決定に付、帰社命令』が八割だ。
やはり自宅から通えるのが一番イイ。
この業界では単身赴任も大勢いるので贅沢は言えないが・・・。
現場毎に引っ越ししていたのでは2~3年間と同一箇所には暮らせない。
子供の学校、教育、家の事情も有るし、まア次が何処なのか会社へ連絡してみるより仕方
がない。
外国はないだろうし他の所管へ転勤もないだろうが、どんな所へも「ハイッ」と言わね
ば現場マンとしてのカッコ良さがダウンする。
見栄か、意地か、あきらめかとにかく次の仕事がブラ下がっているのは事実だろう。
色々と自分勝手に且つ都合良く想像しつつ会社へ連絡した。
「I課長お願いします」
「ああ君か、今度は市内のKビルへ行ってくれ、二十八日が『起工式』だから即準備をする
様に、また今度の現場もよろしく頼むヨ・・・明日の朝支店に打ち合わせに来て・・
「(何を一方的にと思いつつも)・・・ハイッ」
二月二十四日(金) 晴れ
呼出しを受けての支店出勤だ。会う人それぞれが、
「所長、次は何処なの?」と訊(き)いて来る。