(三月 工事着手の前 1)
三月 二十日(月) 晴れ
起工式から二十日経ったけれど現場は静まったままだ。確認申請の許可が下りてこない。
年度替わりの時期でもあり官庁としても相当忙しい時期だと推察されるものの、許可を受けな
い事には建物の着工は出来ない。
仮囲いに労災保険成立表、建設業許可表、道路使用許可表、それに確認申請許可表を
並べて表示する。
そもそも『確認申請』とは今から建てようとするKビルが、設計事務所から提出された設計図面
の中で《建築基準法》に不適な所がないかのチェックを受けるだけの事なのに、提出手続き後
四十日はかかるのが現状だ。
――「自分の土地に自分の家を自分の金で何を建てようとイイじゃないの、近隣の同意
書があれば『建蔽率』だの『高さ制限』だとか私の知った事じゃない、お上が決めた
法律(建築基準法、消防法、開発行為、宅地造成法、・・・)等を、お上がチェック
するのに何を手間取ってるンだ全く―――
これはオーナーのみならず、創る側から見ても、特に私などはあえて頑固(かたくな)に意地を
かけ一言文句を言いたくもなる問題だ。
自分の(先祖からの)土地だった所を国に道路計画だと言われ協力させられて、今、自分
のビルを建てるのに更に制限を受ける。
昔は建設の予定等が無かったので国に協力する事を『誉れ』だと思っていたのに、今となっ
ては
《騙(だま)された》という感じがする………
というオーナーの声を幾度ともなく聞いたものだ。
行政上については遵守しなければ民主生活は成り立たないけれど、とにかく申請許可を
早く下ろして頂きたいものだ。
起工式を行ってそろそろ自分の建物が出来始めてるだろうと思ってるオーナーから、
「あれから大分たちますが、現場はいつから仕事を行いますか?まだ何もやっていないのは
何か問題が有るのですか・・・?」と電話を受けた。
「確認申請許可が出るまで待機してますが、施工計画や近隣対策には充分に打ち合わせをし
ています―――現地に乗り込むのは二十五日頃だと思います。今のところ役所より三箇所の訂
正を受けてますので、図面を差し替える段取り中です」と返事をした。
私の勝手から言わせて頂けば、もう一週間は施工図を徹底的に書いておきたいので、許可
もそれまで下りなくても・・・と言うのが本音だ。
三月二十四日(金) 曇り/雨
今日から実質着工の現地鋤取(すきとり)(場内整地)を始める。
ユンボ(掘削機械)は昨夜のうちに回送して来た。
幸いにも大型回送車が場内に直接入れたので道路上の交通を止めることなく、また第三者
(一般の人達)にも迷惑がかからなくて安心した。
但し、回送車の荷台からキャタピラの動きによって落ちた土はガードマンを含めての大掃掃
ではあった。
舗装面にはタイヤからの土の跡が残り、水バケツで掃除するのに約一時間を費やした。
今日からは掘削土を搬出する為に10㌧ダンプ車が数台入っている。
ダンプがタイヤの土を舗装面に点々と落としながら出ていく度に『道路掃除』を行うという
作業は全くの無駄金だと思うし、道路掃除中にも大型トラック、乗用車、ライトバン、バイク、
自転車も通り危険だ。
こんな中をダンプが一台出ていく度に、人夫が後を追って掃除するのは昨夜で懲りている。
私はダンプに栗石(ぐりいし)(握り拳大)を積んで来る手配をした。
まず仮設通路に栗石を敷きそこにダンプを通す。
だがこの栗石も除去せねばならない。
ムダに見えるがタイヤ跡を掃除にかけまわる人夫達の賃金から換算すればコストダウンは
明らかだ。
この鋤取(すきとり)とその後からの杭打工事や重量機械が入る為にも、通路は最初にビシッと
作っておくつもりだ。
さらに敷鉄板を通路に敷こう。これは軟弱な地盤には効果大である。
昔―――
軟弱な地盤で仕事をした時、敷鉄板さえも通路に埋まってしまいさらに砕石を放り
込んで・・・敷鉄板はどこへ隠れたのと大騒動した事も二度や三度ではない。
現場に来る重量車両として杭打工事機、杭搬入車両、レッカー車、生コンクリート車、鋼
材搬入トレーラー等で特に生コン車は5㎥車で28㌧はあり、それが生コン打設日には一日
30台近く出入りすると敷地内の通路は相当なくぼみを発する可能性が大だ。
その度に仮設通路を直してたのでは仕事に成らない。
だから仮設通路計画は慎重に行い、後からは絶対に手を掛けない事が一番だし、悪くても
中間整備は全工期間で二回迄の計画としている。
仮設通路をあれこれ考えていると、栗石を積んだダンプが到着して来た。
「掘る前に栗石を入れてどうするの?」
とけげんな顔つきで運転手が訊(きい)て来る。
今日から約1.8mの盛土を撤去しようとするのにわざわざ栗石を入れて・・・と思うのも
無理はない。
「タイヤにはさまった土を道路へ一個たりとも落とすな!という気持ちなんだ」と説く。
今この時点でハイウオッシャー(高速洗浄器)でタイヤを洗う事なく公道へ出てもいい様
にするにはこの手が一番だ。
但し、天候が崩れると仮設通路保護の為、作業は中止とする。
当然残土搬出先も雨が降れば受け入れ態勢がストップなので、現場としては気をもむ事も
なくて済む事だ。
ダンプ5台分、取り敢えず栗石を敷き並べて場内通路の整備が出来た。
ダンプの運転手、ユンボのオペ(運転手)、現場担当のF君、私で朝礼を始めた。
足元には栗石がゴロゴロしているが、ラジオ体操を済ませて、
「今日も一日頑張ろう」
と声を出す。
通行人が仮囲いのフェンス越しにチラリチラリと覗(のぞ)き込んでは通り過ぎて行った。
どうも一挙一動を見られていると言うのは、肩が凝るので明日はフェンスにメッシュシート
を取り付け様と思った。
遂にKビル新築工事がスタートとなった。