十月 十四日(水) 曇り
屋上のアスファルト防水が終わって屋根の上に水を張って検査を行っている。
通称『水張検査』というものだが、案外無視(面倒)している現場が多いものだ。
既に48時間以上も経過しているけれど、天井や壁に水が滲(しみ)出ている所は無しの合格だ。
屋上に水を張る(10㌢位水を溜める)のは簡単だが、この水をどうやって処理しようかと、検討
の必要がある。
ドレーン(樋金物)から縦樋を通して水を落とすとしても、桝(ます)に繋がっていないと大変だ。
この桝に入った水も最終桝からマンホール本管へ行くか道路U字溝へ連結されているかを
確認しておかないと、縦樋が外れた状態であり、地表面は水浸しどころでなく、お隣の敷地
へも流れ込んでしまう場合も多々もある。
一本の縦樋から屋上の水を排水流出させると、集中豪雨の勢いで地盤面に溢れ出るのは、
想像が付くと思う。
Kビルは現場事務所のすぐ横迄、7月の間に設備工が埋設配管工事を終わらせていた。
そこへ接続すると道路のマンホール内へ流れて行くので心配はない。
また、U字溝へ接続されている配管類は雨水専用にではあるが、部分的に工事完了で、とに
かく桝迄配管を繋(つな)ぐと、場内を水浸(みずびたし)にする事もなく完全排水可能の状況だ。
屋根面全体に雪が10㎝積もった様な「浅いプール状態」を作って大量の水道の水を下水管
に流すのも、勿体ない話ではあるが、せっかく屋上に水をためても有効活用は出来ず、捨てる
運命の水道水だけどテストならば仕方あるまい。
この放出先が整っている(設備先行工事済)場合は数える位しか経験がない。
後日、配管工事に行くには、隣家との間隔が狭くて小型掘削機・人力で掘るには困難な場合
は1階の躯体工事の前までに仕上げた事もあるにはある。
Kビルの場合は足代を解体してから外構工事の配管に着手しても、広さも工期的にも余裕は
あった。
しかし、設備工もその工事が竣工直前の慌(あわ)ただしい時期だと見通して、少しでも時間の
余裕のある時に出来る限り配管の埋設を行おうと決めていたものだった。
これが今回全て活用された形となった。
夏が来る前の躯体工事中に、スリーブ(配管の通る穴)を取り付ける合間をぬって、場内を
掘り起こしていた時、職人達から、
「後でやれば同じじゃあないか―――今こんな事したって邪魔(迷惑)だ……」
とイヤミを言われていたけれど、配管埋設後に埋戻しをして地盤面が整備され、駐車場の
スペースが広がってからは、
「エライ、偉い、あんたがエライ」
となっていた。
これで道路駐車している躯体工のマイクロバスも場内に取り込めるし、何よりも警察の
『駐車禁止取締り』の心配をする事がなくなって大助かりだ。
設備屋さんが躯体職人と色々と打ち解けた話も出て来て、コミュニケーションが随分良くなった
と思え始めたのは、この時期、この事件あたりからだと思う。
そのお蔭を持って、屋上の水は栓を抜いただけで流出させる事に、一切の手をわずらわせる
事なく終了出来るのだ。
屋上の水を張る時にドレーン(樋受け金物からたて樋に落ちる直径10㌢)の部分で水を堰(せき)
止める方法(栓は何を使って代用するか)が検討される。
流水止め用の栓(せん)として風船を詰める、ボールを押し込む、雑巾と土納袋で押さえる――等
今まで色々とやって来た。
WCの防水なら水量・水圧が少ないので風船でも流水防止対策は可能だった。
膨らませた風船をパイプの中に押し込むけれど、パイプの中にアスファルトが流れ出ている
(パイプとアスファルトの境目は特に入念にアスファルトをくっつけている)ので、管の中は
凸凹だ。
風船を押し込む、風船が割れる。
パイプの中を掃除して風船を入れると、滑り止めがなくなって水圧で風船が抜け落ちる。
こんな試行錯誤を繰り返しているのも、現場の実情だ。
明後日の定例打ち合わせには、A設計事務所所長もオーナー夫妻も来現の予定だから、屋上
の防水検査(雨水は漏って来ません)の確認をして頂いてから水を抜く事に決めた。
「ここまでチェックをして工事を進めているのだから、水は絶対に漏らない、防水工事も完全
にチェックしている」
という現場の姿勢のアピールだ。
『大事な所は確実に、そして皆の記憶に残っている方法で検査する』という方法を行えば、
信用度もアップ、イメージアップにも繋がると常々私は思っている。
『土建業、見えぬ所で手を抜いて、バレてもとぼける強心臓』
には、決してなりたくない。
十月 六日(金) 曇り
昼からは《定例打ち合わせ》だ。
オーナーのお土産のケーキを、皆で頂きながらなごやかな雰囲気の打ち合わせ会となった。
これからまだ決めなければならない様なものは、内装仕上げ材の壁のクロス、床カーペット
の色、玄関サイン案内板、アプローチのタイルの色、花壇の植木の配置位で、
「オーナーの好みに任せます」
見本を並べての品評会だ。
「今日決めなくても結構ですから、こういうモノだというフィーリングを掴(つか)んでいて下さい。
色は基準色ならいつでもそろえますから」
と伝えておいた。
オーナーさんも最近は特に建築現場に目が行くそうで、外から内部を勝手に判断して、楽し
まれて
「そこの現場はレッカーがね・・・」
「あそこのホテルのロビーは感じのいいクロスなので見て来て下さい」
「あのビルの玄関タイル貼りは好きだから―――」
「花壇には……」云々。
打ち合わせも終わって場内見学として、屋上へ『ピアット』に載って上ってもらった。
建設現場用の人の乗れるエレベーターではあるが、簡単な手すりが付いているだけで、外部
景色と言わず動く機械そのものまで見れて、初心者としては心臓が高鳴った事だと思う。
屋上迄は目をつぶってもらった。
そして屋上では一面の水張りに驚きの声だ。
「雨が降ってこんなに溜まったの?」
「冗談にしては最高!!」
「水を張ってもう60時間以上経っているので、漏(も)れていると下の階に滲(にじ)み出て
来るから、それをチェックしてるのですヨ」
「これが『水張り検査』ですか・・・」
「水を張ってる状況を見てもらいたくてね、今から水を抜きます」
「前回の工事で『こんな事』はしなかったよ」
(ヤッパリねと思いつつ……)
「多分、余程自信が有ったのでしょう」
「ここまでやって下されば、安心です」
「どう致しまして、当然の仕事です」
『アスファルト防水は完全だ』
と思い込む所長も多いが、とんでもない事だ。
アスファルト防水そのものには欠陥はない。
だが、『ヤクモノ』と称する配管、立ち上り管や便器等の周辺から水は漏れる。
―――昔、E中学校新築工事の時―――
12箇所あったWCのアスファルト防水で
「水張り検査をしなくて大丈夫だ」
という職人が来た時、私も意地になって水張りを試みたら、このベテラン
の職人さんでさえ、漏らしてしまったのだ。
便器が並んでいるのが、その下の階から見上げると分かる。
便器の周辺で漏れている。
雨だれの如くの部屋もあった。
なんと12箇所のWCの内、9箇所もなんらかの水漏れを発見した。
残りの3箇所は1階のWCだったのでチェックのやり様がなかっただけだ。
(油断すると、とんでもない事になってしまう)と体験したものだ。
でもいまだに、防水工事店と大看板拡げて仕事をしているけれど、私の所
へ は『挨拶』にも来ない様になった・・・。
オーナーの前回のマンション工事でも水張り試験を見なかったと仰っていた様に、随分と手
間のかかるのが『水張り検査』だからつい「パス」してしまったのだろう。
やる事をキチットやれば、さほど面倒な事はない。それなのに、
「防水は防水工事会社の責任施工(10年保証)だから、万一漏れたらヤツらを呼びつけて叱る
(無償修理させる)だけよ」
と変に意識している現場カントクさんも多い。
だが、この完全である工法の防水も、職人の腕によっては、
『漏れる』
という事を肝に命じておく事だ。