十月 三十日(月) 晴れ
今日から足代(あしば)解体第一歩に入った。
弋(とび)工、ガラス工、サッシュ工、クリーニング工が揃(そろ)って初めてカーテンウォール部分
の足代が解体出来るという厄介(やっかい)なものだ。
建物の南面は全面ガラスだけれど、部分的に足代倒壊防止用にガラスを入れてない。
室内から足代を引っ張っている壁繋(かべつなぎ)パイプを除去してサッシュをその部分に嵌(は)めた。
ガラスを続けて入れて、シールコーキングを打ってクリーニングしながら、足代を最上段からまず
一段分解体して下りて行く。
今までハヌケになっていて窓からの雨の吹き込みの心配も、これでもうなくなった。
もう二度と足代を組む事の出来ないガラス面が6階から現れて来る。
このガラスは熱線反射板だから、光線によっては鏡になるという今流行のものだ。
ほんの僅かな面積の足代解体ではあるが、とにかく屋上の方から姿を表し始めたのだ、Kビ
ルが……今、やっと・・・。
昼からはオーナー夫妻も設計事務所の中島さんも来られた。
遠くから、近くから眺めては、
「出来ましたねエ・・・」
と感無量だ。
メッシュシートで覆(おおわ)れていた顔が現れて、喫茶店のママさんも、マスターとも話題豊富
となって来た。
単なるビルだと思い込んでいた人ほど「あっと驚いたよ」と言ってくれた。
「所長、いつも見てたけど、出来ましたねエ……」
Kビルでは契約が出来なかったT金属の竹内社長からの電話には、声が詰まってしまった。
(皆、見ていてくれてるんだ、気にしていてくれたのだ・・・)
この建物の評価もこれから出て来るから、気を抜かないで頑張らねばならないと思う。
高圧線のすぐ横で曲面壁に足代を組立てて「感電事故」と「倒壊防止」に夢に迄うなされていた
のも、これで無事終了だ。
この気持ちの良さは何だろう。
今日はほんの一部分の解体だったけれど、明日も引き続いて東面から北面コーナー迄解体す
る。
明日からは弋工とタイル工で解体は出来る。
タイル工は足代解体時には大忙しだ。
足代と外壁面を繋いでいる『足代繋ぎ金物』を除去したら、その部分にすぐタイルを貼って目地
を詰めてクリーニング迄してしまわねばならない。
その間弋工は解体を止めている。
壁繋ぎの処理の為にタイル工は解体時には必ず待機せねばならない。
足代が倒れない様に引っ張っている金物跡を処理して、一段ずつ下りて来るので足元は大丈夫
だが、この壁繋ぎをはずすと足代が一瞬動く(足場が倒れる)感じがする。
弋工に「早くしろ」とせかされながら、タイル貼りとその処理に追われるタイル工は、モタモタしてる
と弋に足代解体を先行されてしまうから、必死だ。
弋工とタイル工の連繋、コミュニケーションが悪いと、どうしてもタイル工の負けになってしまう。
弋工は威勢がいい(大声で合図)し、タイル工は(黙って壁に向かって)の仕事であり、おとなしい。
職種によって、こうも性格が違うものかと呆れてしまう。
足代解体中その周辺にはトラロープを貼って、立入り禁止の看板を建てるけれど、室内から
ヒョッコリ出て来るヤツがいる。
足代上から物こそ投げないにしても、不安定な所で作業している弋工から見れば、下で
チョロチョロ人間が動いていたら、気になって仕方がない。
「馬鹿やろう!下に来るな!!」
弋の大声が響く。
私はガードマンを設置して、通行人には車と上からの落下物に対して注意を促(うなが)しているが、
わざわざ近づいて内を見たがる人もいる。
人間は《探究心旺盛な動物》なのだろう。
(悪く言えば野次馬根性丸出しなのだ)
立入禁止の看板があるだけで、入りたくなる衝動を覚える人もいる。
とにかく、足代解体中は石ころ一ケ落としても、当たる事があるのだから、お引取りを願う
のだが、次から次へと覗き(見学)に来る人が絶えなかった。
「そんなに珍しいモノですか?」と私。
「今まで隠れていたものが、見えると気になりますヨ」
(なーる程、超ミニスカートの女性が現れれば、男性は顔迄《脚迄かな》しっかり見るのと同
じで、気になる部分が間近に見えると更に全てを見たくなる好奇心か、欲望なのか―――)
Kビルの足代組立で一番悩んだ部分が解体された。
だが一気に解体作業が出来ない(他の職種とのからみ等があり)全ての足代が解体完了に
なるのは早くて11月20日頃だろう。
早速防水工に足代解体状況を連絡し、
「明後日から三階屋根の工事だよ」
と打ち合わせをした。
足代がなくなり、事務所からの展望が良くなった。
逆に国道からも室内の様子が丸見えだ。
ブラインドを取り付けなければ、事務所でコーヒーを飲んでいるのも丸見えだ。
《オフィスで仕事をしている》という気分を味わう事にしよう。
この場所は贅沢な現場事務所になってしまった。