一月 八日(月) 晴れ
長いお正月休みだった。
4日には2時間程『仕事初め』の挨拶に出席して、Kビルを一巡り
しただけで、また休みだった。
(ついでに日曜日(昨日)迄休もうと決めていた)
やっと今日から門を開いて、職人達も来る筈だ。
クニへ帰ってるヤツも元気に戻って来ているかな?F君は海外旅行をしたかな?・・・スキー
場かな?とボンヤリ思って車を走らせながらの出勤であった。
Kビルの正月休みにデーンと場違いな如く残っていた工事車両用ゲートを今日撤去した。
休み期間中の警備の為にのみ残していたものもなくなって、とうとう建物の周辺は『まる裸』
になった。
道路から眺めても、建物自体が目に入り、完成したのだ…という雰囲気だ。
建設省から借地していた部分を整地してゴミの搬出をし、外柵を作れば建物外部は完了だ。
明日が受電、夕刻からは設備機器の試運転開始だ。
エレベーターは明後日から最終調整を残すのみだ。
立体駐車場も受電によっての微調整を残しているものの、いつでも竣工OKの状況になった。
建築工事としては各階テナントの室名札に「正式会社名」の書き込みが残っている位だ。
昼過ぎて支店建築I部長より電話があった。
「この前言っていた件、F君を明後日、10日で返してくれないかい?」
「一応オーナー検査迄はこちらに置いていただけませんか?次は何処へ配属になるのですか?」
「市内のテナントビルだけど、所長はK君だがその下で働いてくれる若手職員が、F君に決定
している。もうKビルは君一人でいいだろう?」
「今度の金曜日は定例打ち合わせで、設計事務所もオーナーも来られますから『竣工検査』を
予定していますので、それ迄――」
「別にF君がいなくてもいいのでは?」
「それは困ります―――」と言いつつも、
(こりゃダメだわい……)
と観念してしまった。
人がいいと言うか同じ会社で困っている若手所長の下へ、助け船を出すのも《男気》があっ
ていいではないか、部長も困っている様子だし、願わくば昵懇(じっこん)の仲の所長の所へ
送り出したかったけれども、こちらの都合通りにはいくまい―――と思った。
一応、部長の言葉をF君に伝えた。
12月の初めの頃は、
「次は自宅から通える(今は寮生活)現場にするから…」
と言われていて、親元へ報告していただけに、ショックはあった。
親御さんの方がショックが大きいだろう………。
「大型現場へ配属されるという事は『技術屋』として認められている事だよ」
と気休めでは決してなくて、本心から教えておいた。
何時か………分かってくれる・・・と思う。
こうなるとF君の送別会を急いで行う必要がある。
早速いつもの昼食会メンバーに連絡した。
今度が本当に最後の集まりの予感がした。
誰からともなく
「N子さんも連れて行こうよ」
となって即、決まった。
こうして現場から配属人が別れて行く時には所長としては『感無量』だ。
Kビルはこのメンバーでよくまとまっていたので、
「次もやろうよ、やれたらイイね」
と打ち溶けていただけに、名ごり惜しい。
これも建築屋としての『宿命』なのだ。
また違う所長に出会う。
私もまた違う若手職員に出会う。
半年から一年半位のサイクルで人の流れが行き来する。
一般会社のサラリーマンとは、ここが違うのだ。
この出会い、人とのふれあい、そして別れ―――
それはオーナーとも設計事務所に対しても同じ事ではあるが、人間関係がどんどん増えて
行く渦の中にいるだけでも、この
《仕事の充実感、仕事の上(建物竣工)での楽しみ》
は口では言えないものだ。
そうか・・・そうか終わるのか・・・これで―――。
(砂漠の中で沈み行く夕日を、ただ立ち尽くして見ている………)
そんな『絵』が今の私の心境だ。
一月 十一日(木) 晴れ
昨夜はF君の送別会だった。
今日から次の現場へ行き、Kビルは全て私が行う事になった。
鍵の開け閉めから、安全日誌、工事打ち合わせ、職人達の呼出し………何だかF君に頼って
いて、頼り過ぎていたんだなア―――と反省してしまった。
彼としては、
「(所長、もう少しは動け(働け)よなあ・・・)」
と余程言いたかったのだろうネ。
もう2週間で引渡しだけれど、仕事の量、残工事としては、微々たるものだ。
設備は本設の電源が入って、空調(冷暖房)を試運転の真っ最中だ。
とうとう『インテリジェントビル』としての機能が現れて来た。
鍵不要のシステムも面白い。
夜カードを通して退出すると、夜間警備開始に切り替わる。
空調、照明を消し忘れて帰っても30分後には全自動オフになり、ドアは開かなくなる。
その建物全体の空調、照明、EVも止まってしまう。
朝は各テナント社毎に出勤時刻30分前に自動空調オンだ。
これらの操作が電話回線で遠隔操作出来る、というコンピューターシステムつまりインテリ
ジェントなのだ。
ドアに鍵が付いているけれど「これ何のため?」と私は疑問に思う。
カードを使用しないとドアが開かないし、変な所から侵入すれば警報システムが発信される。
銀行の出入り口とほぼ同じ様なシステムだ。
(このシステムが一度狂うとか停電とかになると―――)
という仮定の条件がすぐに頭に発生するのは、ゲスの勘繰りとでも言うのだろう。
緊急の場合のシステムも用意されている。
そこがインテリのインテリジェントたる所以(ゆえん)でもあるのだ。
最後に一言だけ宣伝をしておこう。よく頑張ってくれたお礼として。
このKビルは《日立EVサービス》がインテリジェントビルとしてオーナーと企画、交渉し
て建築計画を進めた努力の上の建物だ。
設備関係を主体にテナントビル設計を始めたと言える位、よく面倒を見て頂いたし、これ
からもメンテナンス上からも一切を任しておける『いいスタッフ』で仕上がった建物だ。
御苦労様でした《日立EVのmino》さん。
Kビルはフラットケーブルをカーペットの下に通して、部屋のどこからでも電話とコンセン
トが引き出せるという設計だ。
名古屋地区初工事(らしい)シロモノで同業の設備業者も施工中に多数見学に来られていた。
このフラットケーブルはカーペットの下に敷き込んでも、厚さ2㍉もないので(画用紙より
も薄い)歩いていても床に不自然さはない。
テナントの要望する所へ、床上を配線の必要があるのが普通だが、フラットケーブル対応型
のカーペットだから、太い配線が薄いケーブルになっただけだし(ケーブル変換機を置く問題
もあるが)机を配置した後でも床をめくっての作業は困難ではない。
この配線自体を止めて(コードレス)になって初めて私はインテリジェントだと思うのだけ
れど、そうすればテナント賃貸料に跳ね返り採算が合わないのかも知れない。
もう10年もしない内に、インテリジェント方式は大会社の本社、支社には当然の事になるだ
ろう。
今でもそうなっているのに「私が知らないだけの事」かも知れないが・・・。
建物自体もコンピューター管理化の波はどんどん進んでいるのだナ。