一月 十八日(木) 曇り
官庁関係の検査は全て完了した。
エレベーター検査済証、使用開始、土木事務所道路乗り入れ復旧完了届、建設省借地完了・・・。
確認申請検査の完了が1~2階テナント内装工事完了後に統一して行われるので、これが未決
のままとなった。
この件は設計事務所からオーナーへ連絡が入っているので、問題はなく引っ越しが行える。
午後から昨年春に竣工させたAマンションのアフターケアー巡察に出かけた。
―――私は来週にはKビルを『さよなら』するだろう。
(次の現場はまだ未定だから、今の内に前オーナーへ挨拶に出向いておこう)
という気持ちを、ここ数日持ち続けていたものだった―――
相変わらず花壇に散水しながら、何やら一人言を言って草を抜いておられた。
「おっかさん、来たよ。お元気そうだね」
「あらー、明けましておめでとうでもないわねエ」
「今日はネ、向こうのビルが終わったのでネ、こっちもどうなってるか見ておきたくてネ、何
か困った事はないですか?」
「建物はしっかりしててエエんじゃが、中の人がたった1年で二度も替わった部屋があってね
エ、あの部屋はオハライをしようかと思ってるのよ・・・」
「今はもう入居されてるのでしょ?」
「出たら次の週にはもう違う人が入っていますよ」
「ならいいじゃあないの家賃は入ってくるのだし……」
「出入りの度に畳やクロスを直しにいかねばならんので、キレイなのにモッタイナイ、バチが
当たる・・・」
「まあまあ―――そんな風に考えずに、気楽にいこうよ、おばーちゃん」
来たついでに屋上に出て、ドレーンの周辺に飛んで来た枯れ葉とビニール袋を降ろしておい
た。
私鉄沿線近くなのでレールの鉄粉が屋根に飛び込んで来て、錆が出た様に粉が集まってい
て、錆色の汚れも出ているが、これは仕方ないか―――。
AマンションとKビルの二つの責任ある建物を終えて、比較している。
Aマンションの時は工期に余裕があったけれど、心の余裕は全くなかった。
途中で2週間ワケの分からない頭の病気で(失明か命を落とすか)という変な入院もした。
Kビルの方は入院こそなかったけれど、11月中頃から今まで、ずっと風邪をこじらせてい
て、これもまともな健康体ではなかった。
4階建てと6階建て、マンションとテナントビルの違いはあったものの、同じ様な請負金額
と、似た様な施工内容だった。
Aマンションでは工事中にも、F工事部長と言い争って、クソッと思ったり、ホロッと涙し
た事もあったが、Kビルではそこまで感情が入らなかった。
しかし、電話ではかなりカッカと来て『怒り心頭に発す』となってはいたが、施工の難易度と
しては同じ程度のモノであった。
それに毎週定例打ち合わせにオーナーが出て下さって、コミュニケーションとしては合格だ
ったのもよく似ている。
AマンションからKビルへと同じ協力業者の契約先もあって、工事もスムーズだった。
女子事務員はAマンションの時(Sさん)には遠慮勝ちに指示していたけれど、Kビル(N子)
は色々と実によく気の付く奥さんだったので、私は楽だった。
配属員はAの時のG君、KビルのF君も、かなりの技術屋として成長してくれた。
多分、次の現場では私のシゴキとコダワリに耐えた成果を発揮出来ると思う。
私自身の成長はないのか―――とまた、考えてみたくなった。
Kビルへ戻る途中、運転しながらそんな事をなんとなく……思い考えていた。
一月 二十日(土) 晴れ
大安吉日。今日は引き渡しだ。
これでやっと私の仕事は終わりだ。
昨年2月28日に起工式を行って、今日竣工だ。
長かったけれども、短かった様な一年間だった。
年末に製作していた、引渡し関係書類には全て社印が押してあり、後は引渡すだけとなって
いる。
最終請求書、追加工事請求書も提出準備が整っている。
特別に引渡しだからといって、儀式的なものはない。
鍵(カード)のチェックとこれからの管理方法、2月1日から第一番目のテナントが引っ越し
て来る迄の管理、及び各社の入居に伴って電気、水道のチェック等をどの様にコンピューター
入力するかがポイントである。
これから1週間は私もここへ残務整理に来るので、鍵、カードの管理はオーナーに替わって
行いましょうとなった。
「当分の間、全館クリーニングは毎日行わなくて可としましょう」
とオーナーとメンテナンス業者の打ち合わせ内容を、私はまとめているだけだった。
私はもう残務整理、下請けとの精算払い打ち合わせと支店内への報告、それにこの仮事務室
の引き揚げを、ここ一週間で行えばいい。
今日はもう土休したい気分丸出しの休日感覚だ。
午後からM店舗と同じ様に機器の取扱い説明会を行った。
インテリジェントなだけに、使い方よりも感心する方が多くて、取り敢えずの説明で終わって
しまった。
「やっぱり何かあったら、私の所か緊急連絡先へ知らせて下さい。私の家には、例え深夜でも
結構ですから、飛んで来る時は飛んで来ますから」
と言ってオーナーに念を押しておいた。
引き渡しは終わった。
とにかくぐっすり眠りたい、今は・・・。