…………(プロローグ・2)…………
親方の周囲には小道具を点検したり、地下足袋(じかたび)をはきかえたり、煙草を吸っ
たり、親方のポケットマネーのジュースを飲みながら、この先どうなるやら―――
と成り行きを《そば耳たてて》興味津々(しんしん)と職人達が見ている。
親方としても今朝(大体六時十分頃)出かけて来るマイクロバスの中で
「今日は○○の仕事だからな・・・」
その日の仕事内容をチラリとは伝えてる手前、急に△△の仕事になると、昔風に言う
《メンツが立たない》と言う事に気配りをする。
自分一人ならOKだろうが四~五人の前で、若手職員からの急な作業変更打ち合わせの
指示に、気前よく「ハイッ」と言う親方はまずいない。
親方の以前からの提案方法に戻す場合でさえ、
「初めッから俺が言っとった事だぜ・・・・でも今日は――」
と言って口を閉じる。
「俺たちは組(この場合ゼネコン)から頼まれて職人を連れて来たんだ。相手のB社にも組
の方からキツく言って今すぐ来てもらう様にすれば、朝からの仕事を変えなくて済む。第二
工区の△△は明日人数連れて来て(増員して)でもやったるから―――」
と親方は必ず言う。
気の小さい親方でも顔に額に汗を滲(にじ)らせて無言で訴えても来るものだが、気の小さい
若手職員はその空気のまずさ重さに耐えられずに、全く別のことを考えている事が多いのだ。
そこがこの建築業界の恐ろしさ、図太さである。
何を考えているのかこの若き職員は・・・・?
若き職員と言いながら実は私の若かりし日々、『現場マンに成るんだ』とヤンチャに燃えて
いた頃をフト思い出してしまった。
そうこの時若手職員は十時半からの、言い換えれば休憩時間後に、すぐ何から仕事をするか
(させるか)の一点に絞っているのだ。
《親方の気持ち》なんて考えていたら所長から言われた
(第二工区の△△・・・)の段取りが狂ってしまう。
それに自分も所長の考えがベターだと思い、お互いに今日の出面(日当分の仕事)で損はし
ないと計算したつもりでいる。
だが実は、若手職員の仕事としてまず第一にB社を八時半迄待って(通常現場は八時から
作業開始)からB社に、
「今日うちの現場に職人さん出たの?」
と電話をする。
こんなに穏やかに訊ねている間はまだ現場内コミュニケーションも良い方だ。
これが、
「社長!以前から約束していて、昨日も確認していたのに何で職人を廻してくれないんだ!」
と怒鳴り散らす人もいる。
相手が誰であっても怒鳴り散らすのである。
まして電話取次のアルバイトの娘とか『社長の奥さん』にさえ一向に言葉を選ばず罵(ののし)
ってしまう。
そうなるとあのX現場事務所からの仕事の話は《社長に任せよう》となる。
社長としてはY現場が忙しくてどうしても仕方がないから、職人の配置を変えたので迷惑をかけ
たなと反省しつつも、算盤(そろばん)をはじいてみれば明日もう一日Y現場へ職人を送り込んで
一段落付けてX現場へ戻ろうと予定変更を考える。
誰が考えても作業能率を考える。
これが即、協力業者の儲けに成る。
親方の会社としてはゼネコンから安く叩かれて決められた仕事だけれど、手を抜くことは
《職人気質(かたぎ)》としても絶対出来ない。
ここでは能率向上アップ、無駄の排除しか考えられないのは当然だ。
今日Y現場に道具を一式持って行って作業し、夕方Z現場でチョット前日の残した仕事を
完成させて帰社する。
こううまく仕事は繋(つな)がらないけれど、午前と午後で2現場をこなすと親方の手持ち工事
物件がどんどん消化され、儲けも伸びる。
だから今日Y現場へ職人を割り当てたのだから、一区切り付けてX現場へ交替させようと
わざるを得ない。
拡げた材料や道具工具類を片付けて持ち帰り、X現場用へ荷物を積み替えて、またその晩に
はY現場用に積み替えて・・・なンていくら気前のイイ親方でも何度もやってはくれない。
そんなところへX現場から怒鳴り込みの電話を受ける。もう悪循環、そして悪循環。
さあーそんな裏話が読める訳もなく若手職員はやんわりと現場へ出たか否かを聞き、今日
は現場を空けられてしまった事に気付くと、即所長へ報告し次の段取りを考える。
指を喰(くわ)えたままではいられない。
「第二工区だ。そっちへA社を廻せ、D社もE社もだ、F社には予定が変わって早くなる連
絡をいれとけ・・・」
この簡単且つ自分勝手な(現場の都合でしようがない?)段取り替えで大勢の心意気が消
沈してしまう事に私自身も気を配らない。
現場の都合だから・・・職人の都合だから―――もとを突き止めればB社が人をよこさない
ので・・・まあ仕方ないか。
とにかく自分の正当性のみを押し通してとにかく第二工区を十時半からやろうと号令を掛
けてしまう。しまったという方が正しい。
だからA社が機嫌を損ねたら全く方向性が無くなってしまう。
A社の親方=世話役も自分が自分の会社からまかされて出て来ている関係上、この現場は
上手に納めたいのは承知の上である。
だけど勝手に予定を変えられたンではこの先この現場はどうなるのかと心配して下さる。
親方と若手職員それに所長の腹のくくりどころ(さぐりあいではない)、肩肘張るか、相手
を通すかで今日の仕事なおかつ『明日からの仕事』に影響を与える。
親方としては渋々ではあるが、
「仕方ねえ・・・」と言ってくれる間に私は、
「アリガトウ、ゴメンネ」
と必ず言う事を若手職員には強く教えている。
この場合、親方と所長の間に入って調整している若手職員は、現場の工程監理について疑問
を必ず抱くと思う。そして不安やイヤ気を感じてしまう。
昨日の打ち合わせでは、明日は○○だと言って気合をいれたのに何でまた―――だったら
工程は職人さん達の出面(出勤)加減で早くなったり遅くもなるものだ。
ゼネコンが総合工程表を書いてみても竣工引渡しの日が変わらない限り、どの様に作ろう
と勝手なのだ。
つまり、その日その日の出来る所から手を付けて行けば、
プロローグ3へ続く