9月も後半に入り、朝夕はだいぶ秋めいてきた。
昼間は、厳しい残暑の日もあれば、肌寒く感じるくらいに涼しい日もあり、その温度がビールの喉ゴシを左右している。
世間では、今月二回目の三連休真っ只中。
色んな行事やレジャーを楽しんでいる人も多いと思う。
しかしながら、例によって死体業の私には連休も何も関係ない。
人の死は、盆も正月も土日祝祭日も関係ないからね。
したがって、休暇予定は定まらないこともやむなし。
〝予定は未定〟
〝休めるときに休むしかない〟
そんな生活を送る私には、休暇返上も日常茶飯事。
あまりに休めないと、〝生きるために仕事をしている〟はずのものが、〝仕事をするために生きている〟みたいになってしまう。
これは、生活を負い仕事に追われている人なら誰しも抱えている課題だろう。
「仕事も大事だけど、プライベートも大事」
「どちらをどちらの犠牲にもしたくない」
その辺のバランスをとりながら人生を楽しむのはなかなか難しい。
「毎日が休暇ならいいのになぁ」
なんて、いつも思ってる私だけど、実際にそんなことになったら途端に堕落していくに決まっている。
ダラダラと過ごす時間に輝きはなくなり、人生は味気のないものに変わっていきそうだ。
その挙げ句、心と身体を持ち崩し、今以上に寿命を縮めるのだろうと思う。
ま、なんだかんだと理屈をこねても、仕事と休暇両方あるからどちらも大事に思えるわけで、私には、どちらか一方で生きていくなんてあり得ないことだ。
「明日は久々の休みだ・・・ゆっくり呑もう」
ある日の夜、久し振りの休日を翌日に控え、私はアルコール分数%の飲物を片手に至福のときを過ごしていた。
一日の仕事を無事に終えて迎える晩酌は、言葉にできないくらいにうまいもの。
アルコールが回ってフニャフニャになった脳には色々な想いが頭を駆け巡るのだが、仕事のことや将来のことを考えると悪酔いしてしまうので、そのことは努めて考えないようにして飲んでいた。
「明日は休みだから、朝は寝坊できるな・・・zzz」
夜もふけていきウツラウツラしていると、ホロ酔い呑気を吹き飛ばすかのように電話が鳴った。
そんな時間の電話は、仕事の電話に決まっている。
私は、休日返上の危機を感じながら電話をとった。
「こんな夜分に申し訳ありません」
「いえ・・・」
「部屋の片付けをお願いしたいのですが・・・そこで兄弟が亡くなってまして・・・」
「簡単に状況を教えて下さい」
「遺体は警察が運んで行ったのですが・・・その痕がちょっと・・・」
「亡くなられてから時間が経ってたわけですね」「え、えぇ・・・」
「どれぐらい経過してましたか?」
「約二週間です・・・」
「二週間ですか・・・ところで、亡くなられていた場所はどこですか?」
「風呂場です」
「風呂場にも色々なケースがありまして・・・浴槽の中ですか?それとも洗い場ですか?」
「浴槽の中です・・・」
「浴槽の中に・・・二週間ですかぁ」
「ご近所にも迷惑を掛けちゃってるんで、できたら明朝にでも来てほしいんですけど・・・」
「明日!?ちょ、ちょっと待って下さいね・・・明日ですか・・・」
(割り切って断るか、せめて明後日以降にするか・・・そうは言っても、汚腐呂なんてそうそう長く放っておけるものではないしな・・・)
翌日は久し振りの休みでもあり、身体の疲れもかなり溜まっていたので、正直言うと行きたくなかった。
しかし、他に仕事を抱えてる訳でもなし、どうしても行けない事情がある訳でもなし。
ただ単にその日は休みたかっただけの私は、不安気な依頼者を邪険にできるはずもなかった。
「いっちょ、ウ○コ男になってくるか!」
依頼者の要望を受けて朝一で現場に行くことにした私は、飲みかけの酒を一気に飲み干し、翌日に備えて寝る支度にとりかかったのだった。
翌朝、私は早い時間に出発。
前夜の酒も残っておらず、私の車は、空いた道を軽快に走った。
現場に到着した私は、車を降りて指定された番地に目的の部屋を探した。
アパート名も部屋番も聞かされてなかったけど、風に乗って流れてくる腐乱臭が汚部屋の場所を教えてくれた。
「このニオイにコイツらときたら・・・この部屋に間違いないな」
ニオイのする部屋に近づくと、窓の内側には太ったハエがうごめいていた。
誰がどう見ても、その部屋が現場であることは明らかだった。
「朝早くからすいません・・・すぐに来てもらって助かります」
依頼者は年配の夫妻で、私に丁寧に挨拶。
そして、その心細そうな表情と藁をも掴むような眼差しが、私の特掃魂に火をつけた。
依頼者には鍵だけ開けてもらい、あとは一人で突入。
そして、いつもの異臭は気にせず浴室に直行。
自分に躊躇う時間を与えると後でツラいだけなので、それから間髪入れずに浴室の扉を開けた。
「は?何?これ」
目の前に現れたバスタブを見て呆然。
それは、まるで人間でつくった○○のようだった(スゴすぎて詳細省略)。
「ウプッ・・・ボクシングはやったことないけど、ボディブローをくらうとこんな感じかな・・・ウプッ」
鼻を通して腹にパンチを受けることは多いけど、この汚腐呂は目を通して腹にパンチを打ってきた。
鼻にくるパンチはマスクで防げるけど、目に目隠しはできない。
哀れ、特掃隊長はサンドバッグと化してその場に立ち尽くすのみ。
燃える特掃魂は、風前の灯火になってしまった。
「このままじゃ手を出す前にKOされてしまう!・・・マズイ!」
私の脳は、防御モードに切り替わった。
「ここを汚腐呂だと思うからイケないんだよ!どこか別の場所だと思えばいいじゃん!」(自分A)
「別の場所?・・・温泉とか?」(自分B)
「そうそう」(自分A)
「でも、こんな温泉ありえねーよ!あっても誰も行かねーよ!」(自分B)
「そっか・・・だったら、特掃を仕事だと思うからイケないじゃないの?」(自分A)
「仕事じゃないこと?例えば?」(自分B)
「例えば・・・趣味とか・・・」(自分A)
「趣味!?特掃が趣味?趣味でこんなことやるヤツいねーよ!やっても楽しくねーよ!」(自分B)
「やっぱそお?」(自分A)
「ここは男気だして頑張るしかないだろ」(自分B)
「そうして、午後を休みにするか?」(自分A)
「そうそう」(自分B)
「それ、いいね」(自分A)
「好きな肴を用意して、のんびり風呂にでも入って、陽も明るいうちからにうまい酒を呑めばいいじゃん!」(自分B)
「おー、そーしよ、そーしよ」(自分A)
自分の小心に笑心が戻ったのを確認した私の脳は、苦笑いとともに戦闘モードに切り替わった。
そして、いよいよ特掃作業を開始するのだった。
つづく
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特殊清掃プロセンター
遺品処理・回収・処理・整理、遺体処置等通常の清掃業者では対応出来ない
特殊な清掃業務をメインに活動しております。
昼間は、厳しい残暑の日もあれば、肌寒く感じるくらいに涼しい日もあり、その温度がビールの喉ゴシを左右している。
世間では、今月二回目の三連休真っ只中。
色んな行事やレジャーを楽しんでいる人も多いと思う。
しかしながら、例によって死体業の私には連休も何も関係ない。
人の死は、盆も正月も土日祝祭日も関係ないからね。
したがって、休暇予定は定まらないこともやむなし。
〝予定は未定〟
〝休めるときに休むしかない〟
そんな生活を送る私には、休暇返上も日常茶飯事。
あまりに休めないと、〝生きるために仕事をしている〟はずのものが、〝仕事をするために生きている〟みたいになってしまう。
これは、生活を負い仕事に追われている人なら誰しも抱えている課題だろう。
「仕事も大事だけど、プライベートも大事」
「どちらをどちらの犠牲にもしたくない」
その辺のバランスをとりながら人生を楽しむのはなかなか難しい。
「毎日が休暇ならいいのになぁ」
なんて、いつも思ってる私だけど、実際にそんなことになったら途端に堕落していくに決まっている。
ダラダラと過ごす時間に輝きはなくなり、人生は味気のないものに変わっていきそうだ。
その挙げ句、心と身体を持ち崩し、今以上に寿命を縮めるのだろうと思う。
ま、なんだかんだと理屈をこねても、仕事と休暇両方あるからどちらも大事に思えるわけで、私には、どちらか一方で生きていくなんてあり得ないことだ。
「明日は久々の休みだ・・・ゆっくり呑もう」
ある日の夜、久し振りの休日を翌日に控え、私はアルコール分数%の飲物を片手に至福のときを過ごしていた。
一日の仕事を無事に終えて迎える晩酌は、言葉にできないくらいにうまいもの。
アルコールが回ってフニャフニャになった脳には色々な想いが頭を駆け巡るのだが、仕事のことや将来のことを考えると悪酔いしてしまうので、そのことは努めて考えないようにして飲んでいた。
「明日は休みだから、朝は寝坊できるな・・・zzz」
夜もふけていきウツラウツラしていると、ホロ酔い呑気を吹き飛ばすかのように電話が鳴った。
そんな時間の電話は、仕事の電話に決まっている。
私は、休日返上の危機を感じながら電話をとった。
「こんな夜分に申し訳ありません」
「いえ・・・」
「部屋の片付けをお願いしたいのですが・・・そこで兄弟が亡くなってまして・・・」
「簡単に状況を教えて下さい」
「遺体は警察が運んで行ったのですが・・・その痕がちょっと・・・」
「亡くなられてから時間が経ってたわけですね」「え、えぇ・・・」
「どれぐらい経過してましたか?」
「約二週間です・・・」
「二週間ですか・・・ところで、亡くなられていた場所はどこですか?」
「風呂場です」
「風呂場にも色々なケースがありまして・・・浴槽の中ですか?それとも洗い場ですか?」
「浴槽の中です・・・」
「浴槽の中に・・・二週間ですかぁ」
「ご近所にも迷惑を掛けちゃってるんで、できたら明朝にでも来てほしいんですけど・・・」
「明日!?ちょ、ちょっと待って下さいね・・・明日ですか・・・」
(割り切って断るか、せめて明後日以降にするか・・・そうは言っても、汚腐呂なんてそうそう長く放っておけるものではないしな・・・)
翌日は久し振りの休みでもあり、身体の疲れもかなり溜まっていたので、正直言うと行きたくなかった。
しかし、他に仕事を抱えてる訳でもなし、どうしても行けない事情がある訳でもなし。
ただ単にその日は休みたかっただけの私は、不安気な依頼者を邪険にできるはずもなかった。
「いっちょ、ウ○コ男になってくるか!」
依頼者の要望を受けて朝一で現場に行くことにした私は、飲みかけの酒を一気に飲み干し、翌日に備えて寝る支度にとりかかったのだった。
翌朝、私は早い時間に出発。
前夜の酒も残っておらず、私の車は、空いた道を軽快に走った。
現場に到着した私は、車を降りて指定された番地に目的の部屋を探した。
アパート名も部屋番も聞かされてなかったけど、風に乗って流れてくる腐乱臭が汚部屋の場所を教えてくれた。
「このニオイにコイツらときたら・・・この部屋に間違いないな」
ニオイのする部屋に近づくと、窓の内側には太ったハエがうごめいていた。
誰がどう見ても、その部屋が現場であることは明らかだった。
「朝早くからすいません・・・すぐに来てもらって助かります」
依頼者は年配の夫妻で、私に丁寧に挨拶。
そして、その心細そうな表情と藁をも掴むような眼差しが、私の特掃魂に火をつけた。
依頼者には鍵だけ開けてもらい、あとは一人で突入。
そして、いつもの異臭は気にせず浴室に直行。
自分に躊躇う時間を与えると後でツラいだけなので、それから間髪入れずに浴室の扉を開けた。
「は?何?これ」
目の前に現れたバスタブを見て呆然。
それは、まるで人間でつくった○○のようだった(スゴすぎて詳細省略)。
「ウプッ・・・ボクシングはやったことないけど、ボディブローをくらうとこんな感じかな・・・ウプッ」
鼻を通して腹にパンチを受けることは多いけど、この汚腐呂は目を通して腹にパンチを打ってきた。
鼻にくるパンチはマスクで防げるけど、目に目隠しはできない。
哀れ、特掃隊長はサンドバッグと化してその場に立ち尽くすのみ。
燃える特掃魂は、風前の灯火になってしまった。
「このままじゃ手を出す前にKOされてしまう!・・・マズイ!」
私の脳は、防御モードに切り替わった。
「ここを汚腐呂だと思うからイケないんだよ!どこか別の場所だと思えばいいじゃん!」(自分A)
「別の場所?・・・温泉とか?」(自分B)
「そうそう」(自分A)
「でも、こんな温泉ありえねーよ!あっても誰も行かねーよ!」(自分B)
「そっか・・・だったら、特掃を仕事だと思うからイケないじゃないの?」(自分A)
「仕事じゃないこと?例えば?」(自分B)
「例えば・・・趣味とか・・・」(自分A)
「趣味!?特掃が趣味?趣味でこんなことやるヤツいねーよ!やっても楽しくねーよ!」(自分B)
「やっぱそお?」(自分A)
「ここは男気だして頑張るしかないだろ」(自分B)
「そうして、午後を休みにするか?」(自分A)
「そうそう」(自分B)
「それ、いいね」(自分A)
「好きな肴を用意して、のんびり風呂にでも入って、陽も明るいうちからにうまい酒を呑めばいいじゃん!」(自分B)
「おー、そーしよ、そーしよ」(自分A)
自分の小心に笑心が戻ったのを確認した私の脳は、苦笑いとともに戦闘モードに切り替わった。
そして、いよいよ特掃作業を開始するのだった。
つづく
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