三月も下旬。
冬の残寒の中にも春暖が感じられるようになってきた。
が、今日の東京の空は、まるで真冬に戻ったかのような厳寒冷雨。
桜の開花は既に宣言されているものの、ぶり返す寒さの中で、まだ ほとんど蕾(つぼみ)の状態。
とは言え、それも丸々と膨らんでおり、それが、一花咲かせるのをワクワクしながら待ちわびているようにも見え、何とも愛らしい。
一昨年は、仕事が終わってから夜桜を見に出かけた。
そして、他の花見客に混じって、弁当を食べたり露店を見て回ったりした。
桜もそうだけど、露店というものは人々の笑顔が集まるせいか、見ているだけでも楽しい。
ささやかなレジャーだったけど、幸福が味わえたひとときだった。
しかし、夜桜と露店を両方楽しもうすると時間が限られる。
昨年は、残念ながら都合がつかず、夜桜現物は叶わなかった。
さて、今年はどうなるか・・・暗い仕事からの いい気分転換になるから、できることなら楽しく出かけたいものである。
ゴミ部屋の片付けについて、相談の電話が入った。
依頼の声は、若い男性。
現場は、街中の賃貸マンション。
間取りは1K。
男性の説明によると、どうもライト級っぽい感じだった。
“ゴミ部屋”と言っても、そのレベルは様々。
ヘビー級になると、玄関ドアの向こうにゴミ壁が立ちはだかっているなんてことも。
ゴミと天井との隙間が数十センチで、匍匐前進(ほふくぜんしん)せざるをえないこともある。
あとは、腐敗食品や糞尿汚物が大量で異臭が充満している部屋とか、害虫・害獣が大量発生している部屋とか。
それでも、ほとんどのケースで、部屋の主は、他人から察知されることなく、きれいな身なりで、人と同じように働き、自宅以外では一般人と同じように生活している。
唯一、一般の人と違うのは、“自宅がゴミだらけ”ということだけ。
その私生活は興味深いところではあるが、実体験がないため、具体的には想像しにくい。
トイレ・風呂・食事等、一般の人は思いつかないような工夫を凝らして暮らしているのだろう。
ひょっとしたら、涙ぐましい努力をしているかもしれない。
ただ、男性宅は、そこまでの重症ではなさそう。
また、現地調査が無料(原則)であることをいいことに、“冷やかし”(情報収集のみ)で呼ばれることも少なくないため、私は、
「依頼があれば喜んでやりますけど、自分でやれば余計な費用をかけないで済みますよ・・・」
と、親切心を匂わせて、それを逆手に男性の真意を探ろうと試みた。
すると、男性は、
「それはわかってるんですけど・・・なかなか難しくて・・・」
とのこと。
男性に“冷やかし”のつもりがないことがわかった私は、それ以上言うと“やる気のない業者”と思われかねないので、その話はすぐにやめた。
電話で判断するかぎり、部屋はライト級。
だから、私は、そんなに緊張もせず男性宅を訪問。
実際、男性の部屋は、「ゴミ部屋」と言えばゴミ部屋だったけど、ゴミは山にはなっておらず。
床は所々に見えており、“散らかっている部屋に多目のゴミがある”といった程度。
決して、ヒドい方ではなかった。
しかし、男性は、自らの手で自宅をこんな風にしてしまったことを気に病んでいた。
「自分が、こんなにだらしない人間だとは思っていなかった・・・」
「自分に嫌気がさす・・・」
と、深刻に悩んでいた。
そして、ネットでヘビー級のゴミ部屋を見ては、“自分の部屋もいずれこうなるんじゃないか・・・”と、恐怖感を募らせていた。
平日は、早朝に家を出て、夜遅く帰宅するのが常の生活だから、家事はろくにできない。
しかし、週末には休みがある。
そして、その都度、「片付けなきゃ!」と決意する。
が、その意気はすぐにしぼんでしまう。
家事をやるも、ある程度のところで力尽きてしまう。
そんなことを繰り返しているうち、部屋は、次第にゴミ部屋化していった。
男性は、もともと几帳面な性格で、きれい好き。
部屋の隅や家具の上に薄っすら積もるホコリや、床の髪の毛も気になるくらいに。
そんな自分が変わってしまった原因について、男性自身、心当たりがあった。
それは、仕事。
今の会社に転職したのを機に、生活が変わってきた。
仕事の疲労とストレスが、男性の私生活を蝕んだのだった。
もともと、男性は、前職に大きな不満を持っていたわけではなかった。
多少の労苦はあったものの、大組織の歯車として安定したサラリーマン生活を送ることができていた。
ただ、将来に対して失望感のような危機感のようなものも抱えていた。
そんな中、転職の誘いが舞い込んだ。
それは、先に移っていた元上司からのものだった。
「現状に感謝して満足するべき」or「現状に満足せず向上心を持つべき」
“30代”という“攻”“守”どちらにつくか悩ましい年齢も相まって、男性の中で その二つが戦った。
そして、仕事のやり甲斐と出世できる可能性を天秤にかけ、
「せっかくの人生、小さくても一花咲かせたい」
と、男性は、転職を決意したのだった。
移った先は、同業他社。
前職よりも小さな会社だったが、右肩上がりの成長過程にあった。
だから、将来に夢が持てそうに思えた。
実際、就職から程なくして、肩書も給与も前職を上回り、表面上、転職は成功に見えた。
しかし、目に見えないストレスは、それらをはるかに上回った。
肌に合わない社風、ウマが合わない上司や同僚。
同じ会社で働く仲間のはずなのに、陰口と陽口を露骨に使い分け、責任を擦りつけ合い、足を引っ張り合う・・・
業績を上げるため、会社側も意図的にそんな風土をつくっているような感もあり、何とも殺伐とした雰囲気・・・
そんな人間関係に嫌悪感を覚え、人間不信・・・ひいては自分不信に陥った。
そうは言っても、それなりの決意をもってした転職。
簡単に辞めることはできない。
また、再度の転職先にアテもなく、再び転職を試みるパワーも残っていない。
となると、当面は、我慢して続けるしかない。
結果、男性は、会社に大きなストレスを抱え、ゴミ部屋にも大きなストレスを抱え、そんな自分に対しても大きなストレスを抱えることになってしまったのだった。
それでも、男性は、
「会社が悪いわけでも、誘った元上司が悪いわけでもない」
「ただ、自分の考えが甘かっただけ、すべては自分の責任」
「人のせいにして自分を慰めても自分のためにならない」
と潔かった。
私なんて、自己中心的な独善者になりやすい。
何かあるとすぐに他人のせいにして、他人を悪人にしてしまう癖がある。
しかし、男性はそうではなかった。
そこのところに、“男性の強さ”というか“成熟した人格”というか、そんなものを感じ、随分と年上の私も何かを教えられたような気がした。
片付け・清掃作業は、私一人で施工。
風呂、トイレ、キッチン等の水廻りは、そこそこ汚れていたけど、「特殊清掃」と呼ぶほどの仕事ではなかった。
また、過述にとおり、ゴミの量もほどほど。
トラックを乗りつけなければならないほどの量ではなく、愛車の1tワンボックス充分。
熟練技を発揮するまでもない作業で、ものの二~三時間で終了した。
「二度とこんなことしない!」
部屋がきれいになった後、男性はそう決意したはず。
しかし、根本原因がなくならない以上、あまり楽観はできない。
私の経験で考えると、ゴミ部屋を再発させてしまう可能性は低くなかった。
だから、
「○○さん(男性)を脅すつもりも売り込むつもりも毛頭ないですけど・・・」
と前置きした上で、私は、“ゴミ部屋の持つ常習性”を男性に語った。
そして、
「プレッシャーに思うと それがストレスになりますから、“散らかったら、また頼めばいい”くらいに割り切ったほうがいいですよ」
「また、必要があったらいつでも連絡下さい・・・重症になる前にね」
と、商売っ気をだしつつ男性を励ました。
すると、男性は、少しは気が楽になったのか、こんな仕事でも嬉しそうにやるオッサンが滑稽に見えたのか、
「ハイ・・・わかりました」
「でも、できるかぎり頑張ってみます」
と笑って応えてくれた。
今のところ、男性から再依頼はない。
その必要がないくらいの部屋を維持しているのかもしれないし、先々呼ばれることがあるかもしれない。
また、今の会社で頑張る決意をしたのかもしれないし、再度の転職を試みるための努力をはじめたのかもしれない。
どちらにしろ、「自分の考えが甘かっただけ」と自省できる誠実さを有し、自分の人生に責任を持って生きようとしている男性が道を外すようなことはなさそうに思えた。
誠実の樹からのびる希望の枝に蕾はつく。
人生の蕾は、そういう人格につくもの。
いつになるかわからないけど、この先、男性が今の苦境から脱し、一花咲かせることは充分に期待できると思った。
過ぎた日より来る日のほうが少なくなっている私。
残念ながら、「一花咲かせよう」なんて熱い思いを持ったこともなければ、花が咲いた時季があったかどうか憶えもない。
猜疑心が強く、冷めた性格で、花のない人生を送っている。
誰よりも勉強ができた小学時代、大人の建前に歯向かった中学時代、女の子にモテた高校時代、酒と車とバイクに費やした大学時代、自分を“できる人間”と勘違いした二十代後半、特掃隊長に就任(?)した三十代後半・・・
しいて言えば、あの頃、チョコチョコと小さな雑花が咲いていたのかもしれない。
それでも、大輪の花を咲かせたような記憶はない。
そうして、四十代後半・・・もう身体も精神も“枯れかけた葉桜”。
できることなら、「これから咲く蕾が まだ残っている」って思いたい。
だけど、「んなわけないか・・・」と、今の歳と能と境遇がそれを阻む。
しかし、それでも期待したい。
年甲斐もないし、期待と諦めの狭間にいるけど、自分なりの花を咲かせたい。
そのためには、ささやかでも 先の人生に夢の蕾をつける必要がある。
だから、私は、日当たりが悪く痩せた土地でも、今もこの場所に根を張り続けているのである。
ゴミ部屋 ゴミ屋敷についてのお問い合わせは
0120-74-4949