特殊清掃「戦う男たち」

自殺・孤独死・事故死・殺人・焼死・溺死・ 飛び込み・・・遺体処置から特殊清掃・撤去・遺品処理・整理まで施行する男たち

Flight ~母の苦悩(後編)~

2009-03-28 10:11:41 | Weblog
「なんで私が、こんな目に遭わされなきゃいけないんですか!?」
大家は、故人を罪人扱い。
母親のことも、共犯者のこどく思っているようだった。

「最後に、御祓いもキチンとやってもらった方がいいでしょ!?」
顔は担当者に向いていたが、その声は、母親と私にもシッカリ聞こえる大きさ。
明らかに、母親に対するあてつけだった。

「とにかく、今日中にニオイだけでも何とかして下さいよ!」
大家は、最後までハイテンション。
吐き捨てるようにそう言い残すと、後姿に肩を怒らせて立ち去った。

「じゃ、そういうことで・・・」
担当者は、みえみえの逃げ腰。
〝あとはヨロシク!〟とばかりに、自分の仕事を私に押しつけて去って行った。

残されたのは、私と母親と汚部屋・・・
そして、〝夏臭や、強者どもが夢のあと〟のような呆然とした空気・・・
私と母親は、何をどう話せばいいのか、何からどう手をつければいいのかわからず、しばし沈黙。
私は、気の利いた言葉が見つからず、ただ、母親が口を開くのを待つしかなかった。


「こんなことをしでかしたのは他の誰でもなく私の娘なんですから、何を言われても仕方がないと思いますけど・・・」
「・・・」
「でも・・・大家さんに言われたこと全部は、とても無理です・・・」
「・・・」
「ちょっと、考える時間をいただいていいですか?」
「えぇ・・・私は、構いませんけど・・・」
「また、あらためて連絡します・・・」
「わかりました・・・お待ちしてます・・・」
結局、現場の処理を一つも進めないまま解散することに。
大家の怒り具合を思い出すと少々気が咎めたが、母親の下にいる私は、やむを得ず了承。
大したことはやってないのにヒドイ疲れを覚えて、しばらく休憩してから帰途についた。


その翌日。
約束の通り、母親から電話がきた。

「あれから、よく考えたんですけど・・・」
「はぃ・・・」
「相続を放棄することにしました・・・」
「そうですか・・・」
「心苦しいんですけど、私には、到底、負い切れなくて・・・」
「・・・」
「ですから、お掃除の依頼もキャンセルさせて下さい・・・」
「・・・わかりました・・・」
私は、〝相続放棄〟と聞いても驚かず。
それは、母親への配慮からではなく、もとからその予感があったから・・・
あと、〝他人事・・・俺には、関係ない〟というな冷たい想いもあったかもしれない。
とにかく、余計な質問はせず返事だけに徹して、母親の話を聞いた。


母親は、長年に渡って故人(娘)と格闘。
故人もまた、長年に渡って病と格闘。
家が修羅場になることは、日常茶飯事。
そんな生活を重ねる中、母親は心身共に疲労困憊。
娘のことはおろか、自分自身さえ持て余すように。
そして、自分が病気になる前に、娘とは生活を分けることにし、近くにマンションを賃借。
とにかく、現実から逃げるように、二人はそれぞれの生活をスタートさせた。

仕事も収入もない故人の生活を成り立たせるため、母親は、自分の生活を切り詰めてその生活を支援。
しかし、日常の関係は疎遠。
娘を案じる気持ちがない訳ではなかったのだが、極度の心労は、そんな親の愛情をも破壊していた。

同居していた頃のことを鑑みると、故人が、部屋を汚くしていることは、容易に想像できた。
しかし、関わるための精神的余力はとっくになくなっており、その暮らしぶりには口を挟まずに放置。
そして、その結果、内装・建具・備品は、取り返しがつかないくらいまで汚損。
加えて、今回の事件が勃発し、母親一人では負いきれない事態になってしまったのだった。


「不動産屋さんには?」
「この電話が終わったら、すぐに連絡するつもりです」
「そうですか・・・」
「また、結構なことを言われるでしょうね・・・」
「・・・」
母親の決意は、単なる〝開き直り〟とは違った感じ・・・
それよりも、もっと深刻な覚悟のように聞こえた。

「お手数をお掛けして、申し訳ありませんでした・・・」
「いえいえ、私には迷惑はかかってませんから・・・」
「でも、これから何かあるかもしれませんから、その時はヨロシクお願いします」
「はぃ・・・」
「私が、こんなこと言うのもおかしいですけど・・・」
「・・・」
「どちらにしろ、もうこの町には住めなくなるでしょうね・・・」
「・・・」
母親は、故人に起因した出来事に、責任は感じているよう。
しかし、不本意ながらも、それを負う力がなく・・・
後のことを、祈るように私に要請。
そしてまた、肉的生命は維持しつつも、社会的生命を一時差し出し・精神的生命を生涯差し出すことによって、娘が犯した〝罪〟を少しでも償おうとしているかのよう・・・
そして、そんな母親に、人が負う、逃げる弱さと戦う強さの宿命を見たような気がした。


現実、確かに、ない袖は振りようがない。
どんなに非難されようが、どんなに非常識だろうが、どんなに非道だろうが、無理なものは無理。
また、相続放棄は法的に認められた正当な権利。
しかし、そのことと、事の善悪は別物。
全ての責任は負えなくても、自分が負えるだけの責任は負うべきか・・・
そもそも、故人がやったことの責任を、母親は負うべきなのか・・・
どの類の問題は、考えても答がみつからないものばかり。
ただ、説明のつかないシコリ・・・釈然としな靄みたいなものが気持ちの中に湧いてきた。

結果的に、母親は、経済的な問題からは逃げることができたかもしれない。
そして、生きる地を変え・人のつながりを変え・月日が流れるのを待てば、社会的な問題からも逃げきれるはず。
しかし、精神的な問題からは、おそらく一生逃げることはできないだろう。

そう悲観しつつも、私は、母親を安易に非難できるだろうか・・・
母親の立場になったら、私も同じことをしたかもしれない・・・いや、しただろう・・・

もともと私には、逃げ癖がある。
ちょっとした困難でも、すぐに逃げたくなる。
身体が逃げられないときは、頭だけでも逃げようとする。
それくらいの逃げ根性が、私にはある。

「戦う男たち」なんて、格好つけてはいるものの、その実体はちょっと違う。
正確に言うと、〝逃げ回った挙げ句、仕方なく戦う男〟・・・
思い返すと、色んな事から逃げてきた・・・
そして、その結果が今・・・

「逃げてきた道程は、平坦だったか?」
「逃げた先は、安住の地だったか?」
というと、そんなことはなかった。
起伏の激しいデコボコ道をヒーヒー言いながら歩き、休息するつもりで立ち止まると、そこは、安住はおろか、長居もできなそうな荒地ばかり。
逃げても逃げても、そんな自分をあざ笑うかのように、目前には、新たな敵が出現。
結局、逃げきれないまま人生の戦いは延々と続いている・・・
ま、ご存じの通りのこの状態だ。

逃げれば、肩の重荷は降ろせる。
しかし、結局は、肩の荷以上のものを失うことになる。
そして、別の重荷を背負うことになる。
逃げることもまた戦い・・・逃げることは、新たな戦いを生むこと・・・
結局、生きているかぎり、人生の戦いから逃げることはできない。


人生の戦い・・・
日々を生きることに疲れを覚えている人は、少なくないと思う。
生きることに疲れてヘトヘト・・・
惰性で、何となく生きている・・・
ただ、死にたくないから生きている・・・
昨日を悔やみ・今日に疲れ・明日に失望している・・・
しかし、恐れることはない。
それがどんな戦いであれ、一つクリアする度に、人生に何かが新生する。
身体で、古く傷んだ細胞が滅び、新しい細胞が生まれるように、心に、戦う力が与えられる。
そしてまた、我々は、終わりのない戦いを強いられているのではない。
悠久の時間の中で、わずかの戦いが用意されているだけ。過ぎてみれば一瞬。
ならば、そこで火花を散らし、人生を輝かせてみても悪くない・・・
そんな風に思い、ホッとするような戦う力を静かに得ている私である。



公開コメントはこちら


特殊清掃プロセンター
遺品処理・回収・処理・整理、遺体処置等通常の清掃業者では対応出来ない
特殊な清掃業務をメインに活動しております。

◇お問い合わせ先◇
0120-74-4949(24時間応対いたします)
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

Flight ~母の苦悩(前編)~

2009-03-22 16:54:40 | Weblog
依頼者は、中年の女性。
固い表情に女性の緊張も察したが、私に対して愛想は一切なく、正直なところ第一印象はいまいち。
また、部屋の状況や故人に関することはほとんど話さず、とにかく、現場調査を急ぐよう促してきた。

現場は、小規模の1Rマンション。
私は、女性の要望を汲んで、そそくさと現場に入室。
玄関を開けると、目の前には靴を脱く必要がないことが明白な汚部屋。
土足に慣れた私は、抵抗なく靴のまま上がり込んだ。

「やば・・・」
室内には、嗅ぎ慣れた異臭が充満。
ただ、その濃度は極めて高く、素人が嗅いだら、何のニオイかも分からないまま卒倒するであろうレベル。
慣れたニオイと言っても鼻を塞がない訳にはいかず、私は、首にブラ下げていたマスクを急いで装着した。

「これかぁ・・・」
汚染は、トイレの中。
床は、赤茶黒の腐敗液が占領。
その汚染はヘビー級で、不気味な紋様を描いて光沢。
特掃の難易度は極めて高く、心の準備をしないと掃除できそうにないレベルだった。

「・・・」
腐敗液も充分にインパクトのある光景だったが、最も目を引いたのは、隅に置かれた七輪。
トイレで何かを焼いていたわけはなく、私は、探るまでもなく故人の死因を知ることとなった。

「自殺か・・・」
床にしゃがみ込んで、七輪を眺めていると、力の抜けるように想いばかりが沸々。
しかし、死因がどうであったって作業内容が変わるわけでなし。
私は、考えても仕方がないことは考えないように、努めて思考を切り替えた。

「キツい仕事になりそうだな・・・」
トイレの汚れは、精神的なことを含めても、素人では到底掃除できないレベル。
玄人の私でも腰が引けそうだったが、自分が生きることを考えて、特掃魂に熱を込めた。

「女か・・・比較的若そうだな・・・娘か?・・・」
部屋に残る家財生活用品は、訊かずして、故人の素性を明示。
そして、女性の心情を察して、その無愛想に納得した。

「それにしても、ヒドいなぁ・・・」
私は、部屋を観察して溜め息。
故人は、普段から掃除を怠っていたよう。
家財生活用品はどれもホコリが積もって薄汚く、床や壁もモノクロに変色。
破損した建具もいくつかあり、〝故人の死〟がなかったとしても、充分にヒドい状態だった。


一通りの室内調査を終えて外に出ると、女性の側には見知らぬ二人の姿。
一人は普段着の中年女性、一人はスーツ姿の中年男性。
挨拶を交わすと、女性は大家で、男性は不動産会社の担当者であることが判明。
どういう経緯かわからなかったけど、私が来ることを事前に知っており、それに合わせてやって来たようだった。

二人は、中の様子を知りたくて、矢継ぎ早に私に質問。
しかし、私が話すことがきっかけで、不測の災い・争いが発生したらマズい。
大家と女性の間・・・立場を対立させる双方の間に立たされた私は、無難に場を収める術を見つけるため、頭を悩ませた。

しかし、結局、妙案はでてこず。
自分の中で出た結論は、〝とにもかくにも、自分の目で見てもらうのが確実〟というもの。
玄関から覗く程度で構わないので、一度、中を見てくれるよう提案した。

そんな私の提案に対し、三者は三様の心情を露わに・・・
大家は嫌悪の表情、担当者は驚きの表情、女性は困惑の表情を浮かべて沈黙。
それから、短く協議。
結果、担当者が代表して室内を見てくることになり、顔は不満げ(不満げ?)に・身体は素直に私の後をついてきた。


「やっぱ、最近、多いんですか?」
本来は〝滅多にない出来事〟であるべきことが、〝よくある出来事〟になってしまっている昨今。
担当者は、私の肯定を聞いて、〝これは、自分だけの不運じゃない〟〝これも、不動産屋の仕事だ〟と、自分を納得させたいみたいだった。

「中に入らなくてもいいですよね!?」
担当者は、玄関を開ける前に一言。
滲みでる嫌悪感をつくり笑顔で誤魔化しながら、釘を刺してきた。

「うぁ゛~・・・なんだコレ!!」
中がヒドいことになっているのは、玄関前から一目瞭然。
担当者は、ハンカチで鼻を塞ぎながら、眉を顰めた。

「ここが、おかしかったんですよ・・・」
担当者は、自分のコメカミに人差指をトントン。
故人の人間性か・故人の生き方か・故人の死に方か・・・故人の何がしかを非難。
ただ、私には、それが、自分を含めたすべての人間に当てはまる言葉にも聞こえ、内心で恐縮した。

「いつか、こんなことになるんじゃないかと思ってたんですよねぇ・・・」
担当者は、呆れた表情で軽く溜息。
〝所詮は他人事〟と言わんばかりの乾いた表情をしていたが、ここまでの事になる前に策を打たなかったことにも、少し苦味を感じているいるようだった。


故人は30代、依頼者女性の娘・・・つまり、二人は母娘。
死因は、トイレでの練炭自殺。
死後経過は、二週間。
温暖な季節でもあり、その身体はヒドく腐乱していた。

一番はじめに異変を感じたのは、近隣住民。
数日に渡って漂う異臭を不審に思い、不動産会社に連絡。
それを受けた担当者は、故人宅を訪問。
室内からの応答がない中で、ドアポストを押し開けて鼻を近づけると、そこには外よりもはるかに高濃度の悪臭。
室内でよからぬことが起こっているのは明白で、直ちに警察に通報した。

パトカーや警官が集まれば、どうしたって目立つ。
野次馬も集まり、周囲は騒然。
しかも、当初は、硫化水素発生が危惧され、トイレのドアを開ける前に、近隣住民は強制退避。
そんな騒動の中で、故人は、危険人物ならぬ〝危険汚物〟として搬出。
結果、この部屋に自殺腐乱死体がでたことは、近所の誰もが知ることとなった。

生前の故人は、精神を患っており、近隣トラブルも頻発。
自転車の停め方・ゴミの出し方etc、マンションのルールを守らず。
夜中の騒音もお構いなし。
時には、壁や床を叩いたり、奇声をあげたりして、近隣住民を怖がらせることもあった。

母親(依頼者女性)は、故人宅から歩いて数分のところに居住。
スープの冷めない距離にいたにも関わらず、二人(母娘)はわざわざ別居。
しかも、二人は疎遠な距離を保って生活し、母親が、生前の故人宅を訪れることはほとんどなかったよう。
そして、久し振り訪問が最期の訪問となったのであった。


担当者は、自分が見たこと・嗅いだことを大家にストレートに報告。
その内容は、母親にとって不利なものばかりだったけど、それもこれも故人の仕業・室内の汚損が原因なので、やむを得ず。
それを聞く大家の表情は、みるみるうちに・・・単なる仏頂面だったものが、アッと言う間に鬼の形相に変容。
わずかに残っていた人の死を悼む雰囲気は一掃され、代わりにキナ臭さが漂い始めた。

「この責任は、キッチリとってもらいますからね!」
一通りの報告を聞き終わった大家は、怒り心頭で半ギレ状態。
言いたいことがあり過ぎて話す順番が整理できなかったのだろう、結論を先に持ってきて話の口火を切った。

対して、母親が反論できる余地は一切なく、防戦一方。
まさに、手も足も出ないサンドバッグ状態。
始めのうちは、一つ一つの言葉に黙って頷いていたものが、そのうち、うなだれたまま硬直。
それでも怒りが収まらない大家は、母親の消沈ぶりなど意に介さず、容赦なく言葉の剣を突き刺し続けた。

部屋の全面改修工事・将来の家賃補償・風評被害の資産補償・精神的苦痛に対する慰謝料etc・・・
大家は、震えがきそうなくらいの賠償を母親に請求。
私も、第三者として聞いているだけだったのに、まるで、自分が責められているかのように気分が沈んだ。

大家の苦情は、次第に悪口・罵声に近いものにエスカレート。
金銭的・精神的なことだけではなく、故人の人間性や人格まで言及。
すると、それまで呆然・無反応だった母親がわずかに反応。
大家が言葉を重ねていく毎に、蒼ざめていた顔に赤みがさし、虚ろだった目に反抗的な光が蓄えられていった。
そして、その変化に冷たい力を感じた私の頭には、悪寒にも似たイヤな予感・・・母親が持ってる〝切り札〟・・・大家も蒼冷める〝ジョーカー〟が過ぎったのであった。

つづく




公開コメントはこちら


特殊清掃プロセンター
遺品処理・回収・処理・整理、遺体処置等通常の清掃業者では対応出来ない
特殊な清掃業務をメインに活動しております。

◇お問い合わせ先◇
0120-74-4949(24時間応対いたします)
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

Fight ~父の苦悩~

2009-03-17 14:43:43 | Weblog
依頼者は、中年の男性。
固い表情に、男性の緊張が伺えたが、私に対する物腰は柔らかく、印象は良好。
私も、第一印象を意識して、似合いもしない柔和な顔をつくった。

現場は、一般的な1Rアパート。
簡単な挨拶を交わして後、我々は現場に入室。
靴を脱いだ男性に習って、土禁に不慣れな私も靴を脱いだ。

室内は、嗅ぎ慣れた異臭が充満。
ただ、その濃度は極めて低く、素人が嗅いだら、生ゴミや排水等の生活悪臭と勘違いするであろうレベル。
鼻を塞がない男性に合わせて、私も、マスクを首にブラ下げたままにしておいた。

部屋にある家財生活用品は極少で、一日の生活に必要な最低限の物のみ。
また、生活汚れもほとんどなく、きれいそのもの。
本件がなければ、内装工事もクリーニングも要らず、そのまま次に貸せるくらいの状態だった。

汚染は、クローゼットの前の床。
ウジやハエの姿はなく、汚れの具合も軽度。
特掃の難易度は極めて低く、そのままチョチョイと掃除できそうなレベルだった。

しかし、私の目は、汚染面積の小ささと、クローゼットの扉が片方だけわずかに傾いていることを見逃さず。
その状況から、私は故人の死因を特定。
ただ、それを口にするかどうかまでは判断がつかず、何も気づいていないかのように黙々と現場調査を進めた。


「自殺なんですよ・・・」
床にしゃがみ込み、マジマジと汚染を観察する私に、男性は前置きなく言葉を発した。
もともと、死因を隠しておくつもりはなかったのだが、話を切り出すタイミングを図りかねていたようで、申し訳なさそうに打ち明けてきた。

「〝自分で掃除すべき〟とも思ったんですけど・・・」
床の汚れは、精神的なことを除けば、素人でも掃除できるレベル。
しかし、不動産会社に対する説得性を高めるため、また大家に誠意をみせるため、業者の手に委ねることにしたようだった。

「私の息子でね・・・」
訊かずして、男性は故人を明かした。
そして、言われる前からその可能性にに気づいていた私は、無表情と無言をもって男性に応えた。

「なんで、こんなことに・・・」
汚れた床を見つめて、男性は力なくそう呟いた。
そして、薄っすらと涙を浮かべる目が、後悔と悲哀に苛まれる胸の内を静かに映し出していた。


故人は20代の男性で、男性の息子。
大学を卒業し一般企業に就職した故人は、社会人一年目にして精神病に罹患。
学生時代は、明るく前向きな性格だったのに、就職した途端に表情が暗くなり、口から出る言葉もネガティブなことばかりに。
そんな故人を、家族は、時に叱咤・時に激励。
しかし、結局、故人は一年足らずで会社を退職。
そうして、実家での療養生活がスタートした。

「病気療養」と言っても、世間は単なる〝引きこもり〟〝ニート〟と冷視。
社会から隔離されても尚、好奇の目と風評の冷たさは本人を刺し、病状は一層深刻化。
そして、とうとう、通院と薬だけではどうすることもできない状態にまで進行し、入院治療に受けることに。
一進一退の病状に対し、家族は、一喜一憂。
男性の家は戦場と化し、平穏な日常は、戦いの日々となった。

しかし、亡くなる数ヶ月前、故人は、劇的に回復。
わずかながらも、顔には昔の表情が戻り、言動にも明るい話題が混ざるように。
しばらくすると、自分の病気について、客観的なコメントまでするように。
自分の病気を他人事のように批評する息子に、男性は、息子が回復基調にあることを確信した。

そうした中、故人は「自立したい」「一人暮らしをしたい」と言い出すように。
それまでの故人は、社会に怯え自分を否定してばかりで、社会復帰の志向を話すことは皆無。
それが、うって変わっての自立要望。
驚きと共にそれを喜んだ家族は、早速、医師に相談。
そして、医師の肯定的な診断もあり、家族は、社会復帰の第一歩として故人の意思を認め・後押しすることにした。

男性は、故人(息子)が自殺をする危険性を、意識していないではなかった。
ただ、数年に渡る闘病生活で、その辺の感覚が麻痺。
と当時に、その心配よりも、息子が元気になる期待感の方が大きくて、悪い予感は頭の隅に追いやってしまっていた。

部屋は、故人が自分で探してきた。
そこは同県隣市で、実家とは離れた縁もゆかりもない場所。
故人が、自分が暮らすところを、病院からも実家からも離れ、仕事も知人もないこの場所にした理由は、家族にもわからず。
ただ、息子(故人)がやることに口を出すことが、息子のやる気に水を差すことになるのを恐れて黙って認めた。
その先に起こることを、知る由もなく・・・


「電話での様子が変だったんで、一度、ここまで来たことがあるんですよ・・・」
亡くなる数日前、胸騒ぎがした男性はアパートを訪れた。
ただ、〝頼まれもしないのに干渉して、せっかくの自立心を損ねてしまったらもともこうもない〟と考え直し、玄関の前まで来て引き返したのだった。

「とにかく、元気になることだけを望んでました・・・」
男性は、父親としての欲目はとっくに捨てていた。
仕事に就けなくても、親のスネをかじり続けても、世間体が悪くてもよかった。
ただ、少しずつ社会に馴染んで、病む前の自分を取り戻してくれれば、それでよかった。

「でも、まさか、自分で死ぬとは思ってなかったんですよ・・・」
男性は、悔やまれて・悔やまれてならない様子。
取り返しのつかない事態・・・息子が死に陥ることがわかっていれば、男性は、躊躇うことなく干渉したはず。
しかし、そこまで考えが及ばなかった自分を苦々しく思っているようだった。

「息子がしでかしたことの責任は、親である私が負うしかありません・・・」
男性は、故人を発見した時から、腹を決めていた様子。
そして、逃げ出したくなる気持ちを振り払うかのように、私に直ぐの作業を依頼。
〝部屋が原状を回復しないと、自分の精神と生活も回復できない〟と考えていることが、痛いくらいに伝わってきた。


〝人生は戦場〟〝生きることは戦い〟
人生には、そんな側面がある。

生きている限りは、何時、苦難・艱難・災難に襲われるかわからない。
また、大なり小なり、問題・課題が自分からなくなることはない。
だから、常に、それらと戦っていなければならない。

人と戦い・自分と戦い
社会と戦い・生活と戦い
目に見えるものと戦い・目に見えないものと戦い
結局のところ、その基は、自分との戦い・・・自分が生きるために戦うこと。

真の敵は、己を蝕む、邪悪な性質と悪欲・貧欲。
・・・疲れを知らない強者。見るからに怖そう。
究極の味方は、己を健てる善良な性質と良心・理性。
・・・疲れやすい軟弱者。見るからに頼りない。
どう見ても、形勢は不利。
苦戦を強いられることが間違いない持久戦。
しかし、生きる戦いに休停戦はない。ありえない。

小さな勝敗は、その時々にある。
その勝因と敗因は?・・・何がその勝敗を決するのか・・・
どうすれば勝てるのか
、どうしたら負けずに済むのか・・・
悩みながら生きていくことで、そのヒントが与えられ、
苦しみながら生きていくことで、その策が練られ、
戦いながら生きていくことで、その力が養われる。
そして、苦戦しても・敗北をきしても、最期まで降伏しないことが人生に大勝=幸福を呼び寄せるのである。


「(人は)生きなきゃいけないんですよね・・・」
(〝死ぬまで戦え!〟〝死ぬまで生きろ!〟)
男性は、故人に伝えきれなかった想いを呟いて声を詰まらせた。
そして、その目から滲み出る新たな戦いの決意に、また一つ、戦う=生きる勇気をもらった私だった。



公開コメントはこちら


特殊清掃プロセンター
遺品処理・回収・処理・整理、遺体処置等通常の清掃業者では対応出来ない
特殊な清掃業務をメインに活動しております。

◇お問い合わせ先◇
0120-74-4949(24時間応対いたします)
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

知らぬが仏・知らぬは放っとけ ~続・バスタイム~

2009-03-11 09:39:00 | Weblog
しばらくの時が経ち、その現場のことを忘れかけていた頃、依頼者の女性から会社に電話が入った。
例によって、事務所に不在がちな私は、その報を外で受けた。
そして、あの汚腐呂の画を頭に浮かべながら、〝今頃、何の用だろう・・・何かあったかな?〟と、少々不安な気持ちが湧いてきた。

「先日は、お世話になりました」
「いえいえ、こちらこそ・・・」
「あれから、不動産屋さんに見てもらいまして・・・」
「はぃ・・・それで、何かありました?」
「えぇ・・・それで、ちょっとお願いがありまして・・・」
女性は、始めから低テンション。
その口はかなり重そうで、そこから、事後処理の難航が感じ取れた。

「何か、問題を指摘されましたか?」
「いえ・・・御陰様で、特に何も言われてはいないんですけども・・・」
「そうですか!それは何よりです!」
「ただ、〝片付けた業者の説明が欲しい〟とのことなんです」
「なるほど・・・そういうことですかぁ」」
「そうなんです・・・」
「わかりました!ここに限らずよくあることなんで、キチンと対応しますよ」
「すみません・・・」
女性は、かなり気マズそう。
その理由にだいたいの見当がついた私は、その課題を早々に片付けるため、会話を核心に寄せた。

「ところで、例の件は伝えられました?」
「えぇ・・・まぁ・・・」
「でも、特に何も言われなかったわけですよね?」
「そうなんですけど・・・」
「・・・」
「亡くなってたことは話したんですけど、詳しいことは・・・」
「・・・そうですか・・・じゃぁ、浴室のことも?」
「いぇ・・・浴室で亡くなってたことは言いましたけど、それ以上の詳しい事は何も・・・」
「じゃぁ、浴槽に浸かっていたこととか、結構な日数が経ってたことは言ってない訳ですね?」
「そうなんです・・・」
案の定・・・
私が抱いていた懸念は、ドンピシャ!
私は、自分の勘の良さに満足することはさて置き、これから遭遇するであろう出来事を想像して、それを憂いた。

「詳しい事、訊かれませんでした?」
「訊かれましたけど、〝よく見てないんで知らない〟とトボケました」
「不審に思われませんでしたか?」
「・・・だから〝業者の話が聞きたい〟ってことになったのかもしれません・・・」
「なるほどねぇ・・・しかし、私は、訊かれたことに嘘はつけませんから、その辺は了承して下さいね」
「・・・」
「○○さん(女性)が、嘘をついたかたちにならないようにしますので」
「はぃ・・・」
女性は、私が口裏を合わせることを期待していた感じ。
しかし、私にはそのつもりはなく、女性がそのことを口にする前に釘を刺した。


それから、数日後。
私と女性は、不動産会社の担当者が来る時刻の少し前に、現場で待ち合わせた。
私のアドバイスを一部無視したことに加え、私に新たな雑用をやらせることになったことに罪悪感を覚えたのだろう、女性は平身低頭。
ただ、女性の心情も充分に理解できるものだったし、女性の物腰に気の毒さを覚えた私は、本来の性格とはかけ離れた、青竹を割ったような性格をつくって対応した。

当初、故人のプライベートなことは話たがらなかった女性だったが、この局面では、逆に〝話しておいた方が無難〟と考えたよう。
私が細かく質問をした訳でもないのに、故人の個人的な話や自分と故人の関係等を話してきた。
ただ、私は、家財生活用品を片づける段階で、氏名・性別・年齢・職業など、ある程度の故人情報は得ていた。
わからないのは、死体検案書に書かれた死因と故人と女性の関係ぐらいで、それもまた、それまでの経験を材料にして、大方の察しをつけていた。
そういう訳で、女性の話にはほとんど新鮮さを感じなかったのだが、話す側からすると、せっかくの打ち明け話に反応が薄いと寂しいはず。
私は、終始、〝初耳〟のフリをして相槌を打った。

故人は、中年の男性。
女性の夫・・・法的(戸籍上)には〝元夫〟。
どうも、仕事に失敗したようで、そのために離婚・別居。
ただ、経済的・社会的な事情があってそうなっただけで、心的関係は変わらず。
電話で話すのは日常的なことで、顔を合わせることも珍しくなかった。

故人にとって、風呂に浸かりながら酒を飲むのは長年の習慣で、格別の楽しみだった。
ただ、身体のことを考えて、一回に飲む量は二合に自制。
しかし、離婚・別居してからは、その量が明らかに増えていた。
自分一人の力では自制心を維持できないのが人の常・・・私は、汚腐呂場に、数個の空カップが転がっていたことを思い出して複雑な心境に。
そして、その後に起こったことを想って、深呼吸にも似た深い溜息をついた。


そうこうしていると、不動産会社の担当者が現れた。
若々しい軽快さを感じながらも、業界経験をそれなりに積んでいることも感じさせる雰囲気。
その物腰は低姿勢で礼儀正しく、その好印象は、以降の展開に楽観的な期待感を持たせてくれた。

我々は、決まりきった挨拶を交わして、早速、部屋の中へ。
過日、既に中を確認していた担当者は、〝部屋の見分〟よりも、〝私の話を聞く〟ことが目的のよう。
更には、〝業務上の役目〟というよりも〝個人的な好奇心〟といった姿勢を前面にだし、事細かく私に質問をぶつけてきた。

私は、傍にいる女性の心情に配慮し、同時に担当者の心象を考慮して、露骨(グロテスク)な表現をできるかぎり回避。
それでいて、喋ってる内容が嘘にならないよう注意しながら自分が格闘した状況を説明。
しかし、私が目と鼻で感じたことを口で表現することも、担当者がそれを耳で理解することにも限界がある。
担当者は、私が発する一語一句にとりあえず頷いていたが、実際のところ〝液体人間〟も〝PERSONS〟もピンとこない様子。
働かない想像力にムチを入れるかのごとく、難しい顔で私の説明に聞き入った。

「うまく想像できませんけど、そういうことだったんですかぁ・・・」
「はぃ・・・」
「この(掃除後の)状態が、嘘のようですね」
「まぁ・・・」
「ただなぁ・・・話を聞いちゃうとね・・・」
「・・・」
「聞いてなきゃねぇ・・・」
「・・・」
担当者は、困惑気味。
汚腐呂の画は想像できないにしても、そこが、かなりヤバいことになっていたことだけは、感覚的にわかったみたいだった。

「ここまで訊いといてなんですが・・・」
「???」
「亡くなってたこと以外は、何も聞かなかったことにしていいですか?」
「は!?」
「なんか、細かいことを言うと面倒臭いことになりそうじゃないですかぁ・・・」
「はぁ・・・」
「しばらく空室にして、ほとぼりが冷めるのを待った方がいいと思うんですよ」
「・・・」
「もともと、このマンションは常に2~3室は空いてる状態ですし、大家さんも、それを見越して運用してますから」
「そうなんですか・・・」
担当者は、Good ideaのごとく、〝知らんぷり〟を提案。
以降に発生しそうなゴタゴタを避けたいようで、適当はところで話をまとようとした。
そして、女性にも、それを拒む理由はなく、私の範疇外でアッサリ妥結。
そうして、担当者は、何事もなかったかのように立ち去って行った。


「良いか悪いかは別として、意外な結末でしたね」
「はぃ・・・」
「担当者がああ言うんですから、後のことは、不動産会社と大家さんの責任に任せましょう」
「はい・・・」
「とにかく、引き渡しが済んでよかったですよ」
「はい!ありがとうございます!」
「どういたしまして」
「あと・・・黙っててもらって、ありがとうございました!」
「???」
「お見通しなのは、わかってたんですけど・・・」
「い、いえ・・・ど、どうも・・・」
女性は、背負っていた重荷が降りたのだろう、表情と声のトーンを軽くした。
一方、私の方は怪訝な感情がムクムク。
女性とは逆に、気分も声のトーンも重くなっていった。

「もしかして?・・・」
〝中年男性+風呂+飲酒=心不全〟
勝手な先入観でその方程式を組み、無意識のうちに死因を決めていた私。
しかし、女性の言葉の意味深さに、それを覆すイヤな予感が走った。

「知らなきゃよかったかも・・・」
それとなく、女性の言葉の意味を探ると、イヤな予感は的中。
故人の至福バスタイムを想像して温まっていた気持ちは、冷水を浴びせられたように縮み上がった。
そして、既知と未知の妙に無知の得が交錯し、長風呂にあたった時のような目眩と脱力感に襲われたのであった。



公開コメントはこちら


特殊清掃プロセンター
遺品処理・回収・処理・整理、遺体処置等通常の清掃業者では対応出来ない
特殊な清掃業務をメインに活動しております。

◇お問い合わせ先◇
0120-74-4949(24時間応対いたします)
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

バスタイム(後編)

2009-03-05 17:44:13 | Weblog
「この件は、まだ不動産屋に言ってないんですよ・・・」
「え!?不動産会社は、知らないんですか?」
「はい・・・言わない方がいいですよね?」
「ん?」
「そうしよ・・・そうします!」
「え?」
「もちろん、黙っててくれますよね!?」
「は?」
それを聞いた私は、その突拍子もない考えに意表を突かれ、言葉を詰まらせた。

実際、他にも、腐乱死体現場を秘密裏に処理し、何事もなかったかのように解約・退去したケースは複数ある。
そして、当初しばらくの間、不動産会社が気づかないでいることも。
しかし、事が公にならない可能性は極めて低い。
タイムラグはあれど、退去側の人間が想定できないことがキッカケとなって、明るみに出てしまうのだ。

まず、そのきっかけとなるのは、細部の汚染痕と残留する異臭。
きれいに消せると思って、一生懸命に掃除するのだろうが、所詮は素人の浅知恵。
汚染の程度にもよるが、遺体が明らかな腐乱レベルにある場合、並の掃除だけで現場を元通りにするのは不可能。
過去に書いた通り、私も、何度かこのケースに遭遇したことがあるが、やはり、どこもバレバレの状態だった。

仮に、物理的な原状回復が実現できても、それだけで事は収まらない。
遺体搬出作業は、何人もの警察官が来て騒々しくやることがほとんどなので、在宅の近隣住民がそれに気づかないはずはない。
そして、事が事だけに、その出来事は、人々の頭にハッキリと刻み込まれる。
ただ、近隣住民は、〝関わり合いになりたくない〟という気持ちで沈黙するだけで、口に戸を立てているわけではない。
だから、些細なことがきっかけでその口は開かれ、情報は漏れることとなる。

また、解約の申し出や引き渡しの際に、契約者本人が出てこないのも極めて不自然。
過去別件では、〝病気入院〟〝長期海外〟等と強引なことを言ったような人もいたが、聞く方(大家・不動産会社)からすると奇妙な話。
本人確認を求められては、シラを切り通せるものではない。


「いやぁ゛・・・それはちょっと・・・マズいと思いますが・・・」
「そうですか?」
「バレる可能性も高いですし、バレた時に、大変な問題になりますよ!」
「・・・」
「本件の類は、不動産契約の重要事項になるはずですし・・・」
「・・・」
「追求されて、〝知らぬ・存ぜぬ〟は、通用しませんからねぇ・・・」
「・・・」
「バレることを心配して、ビクビクしてるのもストレスかかりますよ」
「・・・」
「あと、〝バレる〟とか〝バレない〟とかの問題じゃないような気もしますし・・・」
「・・・」
特掃が終わった後のことを、女性がどうしようが請け負った仕事の範疇外。
〝あとのことは知ったこっちゃない!〟と、割り切れば済む話。
しかし、事前に相談されてしまうと話は変わってくる。
〝聞いた耳〟と〝話した口〟に相応の責任・・・
それが不可抗的行為としても、その片棒を担ぐことに責任が生じるような気がした。
同時に、それに対して抵抗感を覚えた。

「黙ってたことによって、事が大きくなったケースもたくさんあるんですよ」
「そう言われてもねぇ・・・」
「・・・」
「さっきおっしゃったようなことが、起こらないとも限らないじゃないですかぁ・・・」
「・・・まぁ・・・確かに、〝ない〟とは言い切れませんけど・・・」
「でしょ!?さすがに、そこまでは負担できませんよ・・・」
「・・・」
知ったかぶりの情報提供が、藪の蛇をつついたよう。
女性は、事実を明るみにすることによって強いられる可能性がある補償に対して完全に尻込み。
同時に、そこには、自信を持って女性を説得できない私もいた。

「不動産会社は、ホントに気づいてませんかね?」
「・・・と、思いますよ」
「ちょっとした騒ぎになったと思いますけど、近所の人が知らせた形跡もありませんか?」
「ないと思います・・・何の連絡もありませんから・・・」
聞けば、警察が来た時は相応の騒ぎになったとのこと。
それを、近所の人が気づいていない訳はなく。
それでも、その時点ではまだ沈黙は守られているようだった。
一方、女性も、故人の葬儀や現場の処理で頭がいっぱいで、不動産会社へ連絡することなど眼中になく。
私と話して、初めて不動産会社の存在に気づいたような状態だった。

「ところで、亡くなったのは、お身内の方ですか?」
「まぁ・・・」
「ご家族とか?」
「いや、まぁ・・・そんなところです・・・」
故人の氏名・死因・性別・年齢・女性との関係etc・・・
女性は、これらについてはあまり話したくなさそう。
険しく曇らせた表情に、〝その類のことは話したくので訊かないで!〟というメッセージを感じた私は、以降、この類のネタには触れないよう気をつけることにした。

「第一発見者は?」
「私です・・・」
「驚いたんじゃないですか?」
「そりゃもぉ!・・・ビックリしましよ!」
第一発見者は、女性。
浴室で変わり果てた姿になった故人は、どこからどう見ても生きているようには見えなかったが、気が動転した女性は、とっさに119番。
しかし、状況を聞いた消防署は「119番じゃなく110番へ」と返答。
何が何だか分からないまま、すぐに110番したのであった。

「どのくらい住んでられたんでしょう」
「一年くらいですね」
「賃貸契約の保証人は、どなたが?」
「私なんです・・・まさか、こんなことになるなんて・・・」
故人が、このマンションに暮らした期間は、一年足らず。
どういう経緯か知る由もなかったが、その賃貸借契約の保証人は女性。
後始末の責任から免れることができないことは、女性自身が一番よく分かっていた。

「嘘はいけませんが、不動産会社に、この状態は見せない方がいいと思いますよ」
「はぁ・・・」
「部屋の第一印象は、少しでもいい方がいいですから」
「はぃ・・・」
「できる限りきれいな状態にして、それから見てもらうことにしませんか?」
「はぃ・・・」
「私も、頑張って掃除しますから」
「わかりました・・・」
虚偽報告に反対した手前、私には暗黙の責任が発生。
私は、女性に家賃の延長負担を承知してもらい、作業日数を多めに確保。
工事抜きではなかなか難しい汚腐呂の原状回復を、特掃のみで実現することを目指して、その日のうちに特掃に着手した。


何日か後。
空になった部屋は、きれいそのもの。
故人が住んでいたのは一年足らずで、普通に生活していれば内装が著しく汚損するはずもなく、それは、当然・自然の状態。
大した掃除も必要なかった。
問題は浴室だったが、長い長いバスタイムを経た甲斐あって、ほぼ原状を回復。
それこそ、言わなければ誰も何も気づかないくらいの状態に戻った。

「ちょっと日数がかかりましたけど、ほぼ原状は回復できたと思いますよ」
「そうですね!お世話になりました!」
「この状態なら、相手(大家・不動産会社)のウケは悪くないはずです」
「ありがとうございます」
「あとは、事実をキチンと伝えることですね」
「はぃ・・・」
事実を伝えることに関し、女性は、力なく返事。
その視線は私の目から逸れ、空を泳いだ。
そして、その様子に寂しい疑心を抱きつつ、私は現場を後にしたのだった。


その日の夜。
風呂に入ると、色んな想いが頭を巡った。

「俺だったら、アノ風呂に入れっかなぁ・・・」
「最初は我慢が要りそうだけど、慣れれば大丈夫かな?・・・」
私は、自分が掃除した汚腐呂に〝入れる!〟と即断できないことを苦い笑みに換えて誤魔化した。

「あの人(女性)、(不動産屋に)ホントのこと言うかなぁ・・・」
「あそこで人が死んでたことは言っても、詳しいこと(腐乱溶解in浴槽)は言わないんじゃないかなぁ・・・」
別れ際に女性がみせた後ろめたそうな顔は、私に苦い疑念を引きずらせ、温まりかけた気分に水を差してきた。

「入浴中の酒は、身体に悪そうだなぁ・・・」
「でも、外にはない味わいがありそうだろうなぁ・・・」
答の出ない問いにのぼせそうになった私は、考えることを中断して風呂から上がった。
そして、至福の入浴中に亡くなった故人と後始末に苦慮した女性の心情を想いながら、苦いビールを飲んだのだった。




公開コメントはこちら


特殊清掃プロセンター
遺品処理・回収・処理・整理、遺体処置等通常の清掃業者では対応出来ない
特殊な清掃業務をメインに活動しております。

◇お問い合わせ先◇
0120-74-4949(24時間応対いたします)
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

バスタイム(前編)

2009-03-01 11:13:12 | Weblog
今日から三月。
東京では、ここ数日、曇雨が続いているが(一昨日は、雨混じりに初雪が降った)、今日もまた曇空。
私の気分を代弁するかのような空の下で、三月がスタートだ。

そんな年上旬・・・
〝一月は行く、二月は逃げる、三月は去る〟と言われているけど、今年に関してその感覚はない。
往々にして、充実して楽しい時間は短く感じるものたが、一月も二月も、充分な長さを感じたから。
ということは、私にとってこの二ヶ月は、いまいちなものだったのかもしれない。
ただ、その原因にコレといった心当たりはない。
しいて言えば、食欲不振と酒欲不振くらいか・・・
冬鬱は毎年のことだし、つまらないことに頭を悩ませたり・休暇不足で疲労困憊に陥るのは年中だし・・・
温度低めのぬるま湯にダラダラ浸かって、時を空費したような感じがしている。

何はともあれ、こんな季節には、湯治がピッタリ。
ゆっくり温泉にでも浸かってのんびりすれば、随分と癒されそう。
とりわけ、雪の露天風呂なんて最高(入ったことないけど)。
ゆっくり湯に浸かった後は、美味い肴を食べ・好きな酒を飲む。
翌日の仕事から解放されれば、なお結構。
(翌々日の仕事を考えて鬱になりそうだけど・・・←これが、私の性分〝筋金入のネガティブ男〟)
しかし、それは、現実・・・追ってくる時間と寒い懐が許してくれない。
実際は、入浴剤と缶ビールで、ささやかな湯治気分を味わうしかない。

そうは言っても、今の私にとって大切なのは、入浴より睡眠。
慢性の不眠症を抱える私には、ゆっくり風呂に入る時間より、布団で横になる時間の方が必要なのだ。

特に、この冬はそのニーズが顕著。
昨冬は、ほとんど毎日のように湯に浸かっていたように記憶しているが、今冬はそれをする余裕がない。
そそくさとシャワーを浴び、ガタガタ震えながら浴室を出て、少しでも早く就寝できるよう努める・・・
〝風呂に入らない〟という選択肢を持たない(持てない?)私は、そんな毎日を送っている。


中年の女性から、特掃の依頼が入った。
「1Rの賃貸マンション」
「浴室で死後10日」
「とにかく、現場を見に来てほしい」
とのこと。
女性は急いでいるようであったが、当日は私の都合が・翌日は女性の都合がつかず。
結局、待ち合わせの約束は、その翌々日となった。

現場は、小規模マンションの一階。
約束の時間よりかなり早く着いた私は、先に現場を確認。
玄関からベランダまで、外から見ることができる箇所をくまなく観察。
先入観があっても外観には特段の異変は感じられず、頭には、ヘビー級の光景は浮かんでこなかった。

そうこうしていると、約束の時刻近くになって、依頼者女性が現れた。
その顔には初対面につきものの愛想笑いはなく、不機嫌そうな面持ち。
そこに、心の動揺が如実に映し出されていた。
対する私は、空気が重くならないよう、努めて事務的に。
女性の温度を測りながら、話がメンタルな方へ折れないよう、あえてストレートな質問をぶつけた。

「〝浴室〟ということですが・・・」
「はぃ・・・」
「浴槽の中ですか?それとも・・・」
「・・・中・・・みたいです」
「そうですか・・・お湯に浸かった状態だったんでしょうか・・・」
「そうみたいです・・・」
「で、そのお湯はどうなってます?」
「さぁ・・・赤いものが溜まってたような気がしますけど、ハッキリは・・・」
話を掘っても、女性から出てくる情報はわずか。
女性が部屋に入ったのは一度きり、しかも一瞬。
記憶しているのは、ヒドく臭くて散らかってたことぐらい。
心の防衛本能が働いたのか、肝心の浴室については、〝赤いもの〟以外ほとんど憶えていなかった。

女性からの情報収集に限界を見た私は、一旦、話を中断。
短いやりとりにつき、特掃魂の暖機運転は充分にできなかったが、一度、部屋を見てくることに。
私は、女性から鍵を預かり、いつものマスクと手袋を身に着けて部屋に向かった。


「随分、乱暴だな・・・」
部屋はドロボウが入った時のような有様。
貴重品を探すために、警察が引っくり返したのだろうが、その散らかしようはヒドいものだった。

「どうするかな・・・」
部屋は散らかってはいたものの、目につく汚れは、浴室前の床に付着する例のものくらい。
それ以外には、大した汚れは見受けられず。
私は、靴を脱ぐべきか、土足のまま入っていいものか、迷った。

「風呂場までは勘弁してもらおう・・・」
どちらにしろ、警察も土足で入ったはず。
私は、浴室が面した玄関兼台所だけは土足で歩くことにして、玄関上に足を踏み入れた。

「あちゃー!やっぱ、中か・・・」
浴槽は、女性の記憶通りの様相。
そこには、女性の記憶違いを期待した私を裏切る光景が。
やはり、故人は、湯船に浸かっていたらしく、コーヒーに赤みをつけたような色になった水が、浴槽に満ちていた。

「酒が好きだったのか・・・」
浴室の中には、日本酒の空カップが数個。
故人は、気持ちよく湯に浸かりながら、ゆったりした気分で酒を飲んでいたのだろう・・・
その光景を思い浮かべると、目に映る凄惨さをよそに、マスクの下の頬が緩んだ。


「どおでしたか?」
「私の経験の中では、軽くもなく・重くもなく、〝普通〟と言ったところです」
「そうですか・・・きれいにできますか?」
「正直、やってみないとわかりませんけど、時間をいただければ、結構いい線までいけると思いますよ」
「そうですかぁ!よかったぁ!」
「ただ・・・どちらにしろ、ユニットバスは交換になると思いますよ」
「???」
女性は、怪訝そうな顔。
きれいにした上でも浴室を改修しなければならない理由が、わからないようだった。

「気を悪くされるかもしれませんけど・・・気持ちの問題があるんですよね・・・」
「・・・」
「人が亡くなった場所は、大方の人が気持ち悪がるんですよ・・・」
「・・・」
「しかも、ここは、この(腐乱死体)状態なんで尚更・・・」
「・・・」
「次に入居される方のことを考えると、お分かりいただけると思いますけど・・・」
「・・・」
私は、きれいになったからといって、自分がその風呂に入れるかどうかを女性に想像してもらった。
すると、アノ風呂を目撃し普通じゃなくなっていることを認識していた女性は、私が言いたいことをすぐに理解してくれた。

「そうか・・・そうですよねぇ・・・」
「やはり、普通の人(大家・不動産会社)さんだったら〝交換しろ!〟って言いますよ」
「・・・」
「汚れやニオイが少しでも残った場合は九分九厘・・・言わなきゃわからないくらいまできれいにできても、交換を要求される可能性は高いと思いますよ」
「そうなったら、結構な費用がかかるんでしょうね・・・」
「そうですね・・・」
私の口から出るのは、女性にとって酷な話ばかり。
女性の不安を煽るようなことばかり言わざるを得ないことに、悪人になったような罪悪感を感じた。

「あまり費用がかけられない事情がありまして・・・」
「はぃ・・・」
「それ(浴室改修)だけで済みそうですか?」
「それは、大家さんと不動産会社次第ですね」
「例えば、どんなことがあります?」
「その他の内装改修やルームクリーニング、家賃補償とか近隣対策などが考えられますね・・・」
「そんなに・・・」
「実際、揉めるケースもありますけど、今はそこまで考えなくてもいいと思いますよ」
「・・・」
「事後処理をキチンとやって誠実に対応すれば、相手(大家・不動産会社)の心象も違いますし」
「・・・」
「それで、事が小さく済んだケースも多いんですよ」
「そうですか・・・でもね・・・」
私が善意で提供した情報は、女性が抱える悩みの種を培養してしまったよう。
女性は、ヒドく難しい顔をして、黙り込んだ。

そうして、しばし沈黙の時・・・
気マズい空気が漂い始めた頃、女性は何らかの考えが浮かんだらしく、その表情を一変。
ひらめいた妙案に目を輝かせながら、口を開いた。
そして、それを聞いた私は、その突拍子もない考えに意表を突かれ、言葉を詰まらせたのだった。

つづく





公開コメントはこちら


特殊清掃プロセンター
遺品処理・回収・処理・整理、遺体処置等通常の清掃業者では対応出来ない
特殊な清掃業務をメインに活動しております。

◇お問い合わせ先◇
0120-74-4949(24時間応対いたします)
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする