「なんで私が、こんな目に遭わされなきゃいけないんですか!?」
大家は、故人を罪人扱い。
母親のことも、共犯者のこどく思っているようだった。
「最後に、御祓いもキチンとやってもらった方がいいでしょ!?」
顔は担当者に向いていたが、その声は、母親と私にもシッカリ聞こえる大きさ。
明らかに、母親に対するあてつけだった。
「とにかく、今日中にニオイだけでも何とかして下さいよ!」
大家は、最後までハイテンション。
吐き捨てるようにそう言い残すと、後姿に肩を怒らせて立ち去った。
「じゃ、そういうことで・・・」
担当者は、みえみえの逃げ腰。
〝あとはヨロシク!〟とばかりに、自分の仕事を私に押しつけて去って行った。
残されたのは、私と母親と汚部屋・・・
そして、〝夏臭や、強者どもが夢のあと〟のような呆然とした空気・・・
私と母親は、何をどう話せばいいのか、何からどう手をつければいいのかわからず、しばし沈黙。
私は、気の利いた言葉が見つからず、ただ、母親が口を開くのを待つしかなかった。
「こんなことをしでかしたのは他の誰でもなく私の娘なんですから、何を言われても仕方がないと思いますけど・・・」
「・・・」
「でも・・・大家さんに言われたこと全部は、とても無理です・・・」
「・・・」
「ちょっと、考える時間をいただいていいですか?」
「えぇ・・・私は、構いませんけど・・・」
「また、あらためて連絡します・・・」
「わかりました・・・お待ちしてます・・・」
結局、現場の処理を一つも進めないまま解散することに。
大家の怒り具合を思い出すと少々気が咎めたが、母親の下にいる私は、やむを得ず了承。
大したことはやってないのにヒドイ疲れを覚えて、しばらく休憩してから帰途についた。
その翌日。
約束の通り、母親から電話がきた。
「あれから、よく考えたんですけど・・・」
「はぃ・・・」
「相続を放棄することにしました・・・」
「そうですか・・・」
「心苦しいんですけど、私には、到底、負い切れなくて・・・」
「・・・」
「ですから、お掃除の依頼もキャンセルさせて下さい・・・」
「・・・わかりました・・・」
私は、〝相続放棄〟と聞いても驚かず。
それは、母親への配慮からではなく、もとからその予感があったから・・・
あと、〝他人事・・・俺には、関係ない〟というな冷たい想いもあったかもしれない。
とにかく、余計な質問はせず返事だけに徹して、母親の話を聞いた。
母親は、長年に渡って故人(娘)と格闘。
故人もまた、長年に渡って病と格闘。
家が修羅場になることは、日常茶飯事。
そんな生活を重ねる中、母親は心身共に疲労困憊。
娘のことはおろか、自分自身さえ持て余すように。
そして、自分が病気になる前に、娘とは生活を分けることにし、近くにマンションを賃借。
とにかく、現実から逃げるように、二人はそれぞれの生活をスタートさせた。
仕事も収入もない故人の生活を成り立たせるため、母親は、自分の生活を切り詰めてその生活を支援。
しかし、日常の関係は疎遠。
娘を案じる気持ちがない訳ではなかったのだが、極度の心労は、そんな親の愛情をも破壊していた。
同居していた頃のことを鑑みると、故人が、部屋を汚くしていることは、容易に想像できた。
しかし、関わるための精神的余力はとっくになくなっており、その暮らしぶりには口を挟まずに放置。
そして、その結果、内装・建具・備品は、取り返しがつかないくらいまで汚損。
加えて、今回の事件が勃発し、母親一人では負いきれない事態になってしまったのだった。
「不動産屋さんには?」
「この電話が終わったら、すぐに連絡するつもりです」
「そうですか・・・」
「また、結構なことを言われるでしょうね・・・」
「・・・」
母親の決意は、単なる〝開き直り〟とは違った感じ・・・
それよりも、もっと深刻な覚悟のように聞こえた。
「お手数をお掛けして、申し訳ありませんでした・・・」
「いえいえ、私には迷惑はかかってませんから・・・」
「でも、これから何かあるかもしれませんから、その時はヨロシクお願いします」
「はぃ・・・」
「私が、こんなこと言うのもおかしいですけど・・・」
「・・・」
「どちらにしろ、もうこの町には住めなくなるでしょうね・・・」
「・・・」
母親は、故人に起因した出来事に、責任は感じているよう。
しかし、不本意ながらも、それを負う力がなく・・・
後のことを、祈るように私に要請。
そしてまた、肉的生命は維持しつつも、社会的生命を一時差し出し・精神的生命を生涯差し出すことによって、娘が犯した〝罪〟を少しでも償おうとしているかのよう・・・
そして、そんな母親に、人が負う、逃げる弱さと戦う強さの宿命を見たような気がした。
現実、確かに、ない袖は振りようがない。
どんなに非難されようが、どんなに非常識だろうが、どんなに非道だろうが、無理なものは無理。
また、相続放棄は法的に認められた正当な権利。
しかし、そのことと、事の善悪は別物。
全ての責任は負えなくても、自分が負えるだけの責任は負うべきか・・・
そもそも、故人がやったことの責任を、母親は負うべきなのか・・・
どの類の問題は、考えても答がみつからないものばかり。
ただ、説明のつかないシコリ・・・釈然としな靄みたいなものが気持ちの中に湧いてきた。
結果的に、母親は、経済的な問題からは逃げることができたかもしれない。
そして、生きる地を変え・人のつながりを変え・月日が流れるのを待てば、社会的な問題からも逃げきれるはず。
しかし、精神的な問題からは、おそらく一生逃げることはできないだろう。
そう悲観しつつも、私は、母親を安易に非難できるだろうか・・・
母親の立場になったら、私も同じことをしたかもしれない・・・いや、しただろう・・・
もともと私には、逃げ癖がある。
ちょっとした困難でも、すぐに逃げたくなる。
身体が逃げられないときは、頭だけでも逃げようとする。
それくらいの逃げ根性が、私にはある。
「戦う男たち」なんて、格好つけてはいるものの、その実体はちょっと違う。
正確に言うと、〝逃げ回った挙げ句、仕方なく戦う男〟・・・
思い返すと、色んな事から逃げてきた・・・
そして、その結果が今・・・
「逃げてきた道程は、平坦だったか?」
「逃げた先は、安住の地だったか?」
というと、そんなことはなかった。
起伏の激しいデコボコ道をヒーヒー言いながら歩き、休息するつもりで立ち止まると、そこは、安住はおろか、長居もできなそうな荒地ばかり。
逃げても逃げても、そんな自分をあざ笑うかのように、目前には、新たな敵が出現。
結局、逃げきれないまま人生の戦いは延々と続いている・・・
ま、ご存じの通りのこの状態だ。
逃げれば、肩の重荷は降ろせる。
しかし、結局は、肩の荷以上のものを失うことになる。
そして、別の重荷を背負うことになる。
逃げることもまた戦い・・・逃げることは、新たな戦いを生むこと・・・
結局、生きているかぎり、人生の戦いから逃げることはできない。
人生の戦い・・・
日々を生きることに疲れを覚えている人は、少なくないと思う。
生きることに疲れてヘトヘト・・・
惰性で、何となく生きている・・・
ただ、死にたくないから生きている・・・
昨日を悔やみ・今日に疲れ・明日に失望している・・・
しかし、恐れることはない。
それがどんな戦いであれ、一つクリアする度に、人生に何かが新生する。
身体で、古く傷んだ細胞が滅び、新しい細胞が生まれるように、心に、戦う力が与えられる。
そしてまた、我々は、終わりのない戦いを強いられているのではない。
悠久の時間の中で、わずかの戦いが用意されているだけ。過ぎてみれば一瞬。
ならば、そこで火花を散らし、人生を輝かせてみても悪くない・・・
そんな風に思い、ホッとするような戦う力を静かに得ている私である。
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大家は、故人を罪人扱い。
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「最後に、御祓いもキチンとやってもらった方がいいでしょ!?」
顔は担当者に向いていたが、その声は、母親と私にもシッカリ聞こえる大きさ。
明らかに、母親に対するあてつけだった。
「とにかく、今日中にニオイだけでも何とかして下さいよ!」
大家は、最後までハイテンション。
吐き捨てるようにそう言い残すと、後姿に肩を怒らせて立ち去った。
「じゃ、そういうことで・・・」
担当者は、みえみえの逃げ腰。
〝あとはヨロシク!〟とばかりに、自分の仕事を私に押しつけて去って行った。
残されたのは、私と母親と汚部屋・・・
そして、〝夏臭や、強者どもが夢のあと〟のような呆然とした空気・・・
私と母親は、何をどう話せばいいのか、何からどう手をつければいいのかわからず、しばし沈黙。
私は、気の利いた言葉が見つからず、ただ、母親が口を開くのを待つしかなかった。
「こんなことをしでかしたのは他の誰でもなく私の娘なんですから、何を言われても仕方がないと思いますけど・・・」
「・・・」
「でも・・・大家さんに言われたこと全部は、とても無理です・・・」
「・・・」
「ちょっと、考える時間をいただいていいですか?」
「えぇ・・・私は、構いませんけど・・・」
「また、あらためて連絡します・・・」
「わかりました・・・お待ちしてます・・・」
結局、現場の処理を一つも進めないまま解散することに。
大家の怒り具合を思い出すと少々気が咎めたが、母親の下にいる私は、やむを得ず了承。
大したことはやってないのにヒドイ疲れを覚えて、しばらく休憩してから帰途についた。
その翌日。
約束の通り、母親から電話がきた。
「あれから、よく考えたんですけど・・・」
「はぃ・・・」
「相続を放棄することにしました・・・」
「そうですか・・・」
「心苦しいんですけど、私には、到底、負い切れなくて・・・」
「・・・」
「ですから、お掃除の依頼もキャンセルさせて下さい・・・」
「・・・わかりました・・・」
私は、〝相続放棄〟と聞いても驚かず。
それは、母親への配慮からではなく、もとからその予感があったから・・・
あと、〝他人事・・・俺には、関係ない〟というな冷たい想いもあったかもしれない。
とにかく、余計な質問はせず返事だけに徹して、母親の話を聞いた。
母親は、長年に渡って故人(娘)と格闘。
故人もまた、長年に渡って病と格闘。
家が修羅場になることは、日常茶飯事。
そんな生活を重ねる中、母親は心身共に疲労困憊。
娘のことはおろか、自分自身さえ持て余すように。
そして、自分が病気になる前に、娘とは生活を分けることにし、近くにマンションを賃借。
とにかく、現実から逃げるように、二人はそれぞれの生活をスタートさせた。
仕事も収入もない故人の生活を成り立たせるため、母親は、自分の生活を切り詰めてその生活を支援。
しかし、日常の関係は疎遠。
娘を案じる気持ちがない訳ではなかったのだが、極度の心労は、そんな親の愛情をも破壊していた。
同居していた頃のことを鑑みると、故人が、部屋を汚くしていることは、容易に想像できた。
しかし、関わるための精神的余力はとっくになくなっており、その暮らしぶりには口を挟まずに放置。
そして、その結果、内装・建具・備品は、取り返しがつかないくらいまで汚損。
加えて、今回の事件が勃発し、母親一人では負いきれない事態になってしまったのだった。
「不動産屋さんには?」
「この電話が終わったら、すぐに連絡するつもりです」
「そうですか・・・」
「また、結構なことを言われるでしょうね・・・」
「・・・」
母親の決意は、単なる〝開き直り〟とは違った感じ・・・
それよりも、もっと深刻な覚悟のように聞こえた。
「お手数をお掛けして、申し訳ありませんでした・・・」
「いえいえ、私には迷惑はかかってませんから・・・」
「でも、これから何かあるかもしれませんから、その時はヨロシクお願いします」
「はぃ・・・」
「私が、こんなこと言うのもおかしいですけど・・・」
「・・・」
「どちらにしろ、もうこの町には住めなくなるでしょうね・・・」
「・・・」
母親は、故人に起因した出来事に、責任は感じているよう。
しかし、不本意ながらも、それを負う力がなく・・・
後のことを、祈るように私に要請。
そしてまた、肉的生命は維持しつつも、社会的生命を一時差し出し・精神的生命を生涯差し出すことによって、娘が犯した〝罪〟を少しでも償おうとしているかのよう・・・
そして、そんな母親に、人が負う、逃げる弱さと戦う強さの宿命を見たような気がした。
現実、確かに、ない袖は振りようがない。
どんなに非難されようが、どんなに非常識だろうが、どんなに非道だろうが、無理なものは無理。
また、相続放棄は法的に認められた正当な権利。
しかし、そのことと、事の善悪は別物。
全ての責任は負えなくても、自分が負えるだけの責任は負うべきか・・・
そもそも、故人がやったことの責任を、母親は負うべきなのか・・・
どの類の問題は、考えても答がみつからないものばかり。
ただ、説明のつかないシコリ・・・釈然としな靄みたいなものが気持ちの中に湧いてきた。
結果的に、母親は、経済的な問題からは逃げることができたかもしれない。
そして、生きる地を変え・人のつながりを変え・月日が流れるのを待てば、社会的な問題からも逃げきれるはず。
しかし、精神的な問題からは、おそらく一生逃げることはできないだろう。
そう悲観しつつも、私は、母親を安易に非難できるだろうか・・・
母親の立場になったら、私も同じことをしたかもしれない・・・いや、しただろう・・・
もともと私には、逃げ癖がある。
ちょっとした困難でも、すぐに逃げたくなる。
身体が逃げられないときは、頭だけでも逃げようとする。
それくらいの逃げ根性が、私にはある。
「戦う男たち」なんて、格好つけてはいるものの、その実体はちょっと違う。
正確に言うと、〝逃げ回った挙げ句、仕方なく戦う男〟・・・
思い返すと、色んな事から逃げてきた・・・
そして、その結果が今・・・
「逃げてきた道程は、平坦だったか?」
「逃げた先は、安住の地だったか?」
というと、そんなことはなかった。
起伏の激しいデコボコ道をヒーヒー言いながら歩き、休息するつもりで立ち止まると、そこは、安住はおろか、長居もできなそうな荒地ばかり。
逃げても逃げても、そんな自分をあざ笑うかのように、目前には、新たな敵が出現。
結局、逃げきれないまま人生の戦いは延々と続いている・・・
ま、ご存じの通りのこの状態だ。
逃げれば、肩の重荷は降ろせる。
しかし、結局は、肩の荷以上のものを失うことになる。
そして、別の重荷を背負うことになる。
逃げることもまた戦い・・・逃げることは、新たな戦いを生むこと・・・
結局、生きているかぎり、人生の戦いから逃げることはできない。
人生の戦い・・・
日々を生きることに疲れを覚えている人は、少なくないと思う。
生きることに疲れてヘトヘト・・・
惰性で、何となく生きている・・・
ただ、死にたくないから生きている・・・
昨日を悔やみ・今日に疲れ・明日に失望している・・・
しかし、恐れることはない。
それがどんな戦いであれ、一つクリアする度に、人生に何かが新生する。
身体で、古く傷んだ細胞が滅び、新しい細胞が生まれるように、心に、戦う力が与えられる。
そしてまた、我々は、終わりのない戦いを強いられているのではない。
悠久の時間の中で、わずかの戦いが用意されているだけ。過ぎてみれば一瞬。
ならば、そこで火花を散らし、人生を輝かせてみても悪くない・・・
そんな風に思い、ホッとするような戦う力を静かに得ている私である。
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