早いもので7月も今日でおしまい。
前回の更新からしばらくの間があいてしまったが、ブログを書いてこその特掃隊長ではなく、汗をかいてこその特掃隊長。
頑張った自分を褒めたり、頑張れなかった自分を惨めに思ったりしながら、大汗かきながら走り回っている。
なかなか骨の折れる仕事をしているものだから、肉体疲労には重いものがあるけど、基本的には元気な状態。
秋~春にかけて深刻だった欝状態も、なんとか脱している(秋冬が恐い)。
ただ、腰を悪くしてしまって困っている。
某所のゴミ部屋を片付けているときに痛めたのだが、これがなかなかうっとおしい。
激痛ではないものの、時折、鈍いだるさが襲ってくるわけで、作業に支障をきたしている。
また、酒の量が増えてしまって困っている。
今は、ビールとチューハイ。
量を決めて飲み始めても、それだけじゃおさまらない。
自分に甘い性格が災いして、つい飲みすぎてしまう。
このツケが、金欠と疾患になって回ってこないことを祈るばかりだ。
現地調査の依頼が入った。
電話の向こうは中年の男性の声。
命令口調ではないものの、発する言葉のほとんどはタメ口。
そして、こちらの都合をきくこともなく日時を指定。
更には、「調査だけなら無料でしょ?仕事が忙しくて現地に行けないから、朝一で鍵を勤務先の近くまで取りに来い」とのこと。
何もかもが一方的でこちらに対する配慮が感じられず、感じのいい人物ではなかった。
しかし、不快な相手に自分を殺すのも仕事のうち。
私は、必要最低限の愛想をもって男性の要望に従うことにした。
待ち合わせ場所はオフィスビルが建ち並ぶ都心の一角。
私は、約束の時刻を前に到着し、指定された場所の車を停車して、男性が現れまで車中待機。
約束の時間に遅れて現れた男性は高級そうなスーツを身にまとい、自分に自信があるのだろうか、強気な面構え。
知り合いにはいないから勝手なイメージだけど、大きな会社の管理職みたいな雰囲気。
電話で抱いていたイメージ通りの人物で、やはりタメ口で指示口調。
私は、「頭のよさと性格のよさは別物だからな・・・」と自分の頭の悪さと性格の悪さを棚に上げて、男性の話に耳を傾けた。
現場の家は、男性所有の家。
亡くなったのは男性の弟。
不安定な経済状態で生活していた弟(故人)に安定した経済力を持った男性(兄)が自分名義の家を無料で貸借。
その弟が孤独死。
そして、その死に気づく人はおらず、長く放置されたのだった。
現場は郊外の住宅街に建つ一戸建。
建売分譲だったようで、周囲には似たようなデザインの家が何軒も整然と並んでいた。
ただ、現場の家だけは雑草に囲まれ、門扉の裏にはポストからあふれ出た郵便物やチラシ類が散乱。
更には、窓辺にはいくつものハエの死骸が落ちており、そこに日常にはない何かがあることは一目瞭然だった。
「目立たないよう出入りすること」と注意を受けていた私は、現場の家を通り過ぎ、少し離れたところに車を駐車。
そして、常用のラテックスグローブをポケットに、専用マスクを脇に隠すように抱えて車を降りた。
そして、そそくさと門扉を開け玄関を開錠した。
玄関を入るなり強い悪臭を感じた私は、すぐさまマスクと手袋を装着。
「失礼しま~す」と誰もいない家に挨拶し、土足のまま家の中へ上がりこんだ。
目指したのは、二階の一室。
男性に教わった通りに階段を上がり、男性に教わったところの部屋のドアを開けた。
最初に目に飛び込んできたのは、“汚腐団”。
ドス黒い腐敗液と黄色い腐敗脂にまみれた布団は、完全にもとの色を失っていた。
遺体汚染は布団だけにとどまらず、その脇の押入の中にまで拡大。
時間とウジの仕業で、その汚染は床面だけでなく壁面にまで競り上がっていた。
部屋の見分を終えた私は、一旦、外へ。
車をとめたところに戻り、周囲に人がいないことを確認。
それから男性に電話をかけ、室内の状態を報告しつつ、特殊清掃にともなう細かな作業内容と費用を伝えた。
特掃の費用は、一般のルームクリーニング代に比べると高い。
素人ながら男性もそれを覚悟していた。
ただ、私が伝えた金額は男性が想像していたものよりも高かったよう。
男性は、「高いな!もっと安くできるでしょ!?」と一方的に主張。
特殊清掃作業は人的サービスの一種なので、一円たりとも値引けない類のものではないけど、私のつまらないプライドが、「作業を依頼されるかどうかは○○さん(男性)のご自由ですから」と自らに言わせた。
男性は、現場を見ておらず。
警察も室内への立ち入りをすすめず。
だから、男性は、警察から聞いた情報をもとに、クサくて汚れていることを漠然と認識しているのみ。
私は、事後のトラブルを未然に防ぐため、現場の状況を具体的に理解してもらう必要があることを話し、身近にあるものを例えに用いて視覚的な状況を説明。
ただ、ニオイについては例えられるものがなく、「凄まじい悪臭」と表現するにとどめるしかなかった。
はじめは、状況がうまく理解できないようで、私にこと細かく質問を投げてきた男性だったが、質疑応答を経て現場の状況が少しはリアルに想像できたよう。
最終的には、私との会話が噛み合うようになり、私に作業を依頼してきた。
私は、
「大げさなことを言っていると思われたらイヤなので、必要なときは警察で現場の写真を見てください」
と第三者が持つ現場写真を担保にして、特掃作業を請け負うことを約した。
作業は、そのまま着手。
私は、頭の段取りを先行させながらそれに身体の動きを追随させ、誰にも自慢できない手際のよさで汚物を片付けていった。
そんな作業の中盤、腐敗粘土をかき集めていると、押入の奥からあるものがでてきた。
それは骨。しかも、指等の小さなものではなく、そこそこ大きなサイズ。
状況からみて、骨の主が故人であることは間違いなく、襖の裏側、しかも腐敗粘土に覆われていたため、警察が拾い損ねていったものと思われた。
頭髪が残留していることは日常茶飯事で、爪や指の骨が残っていることもそう珍しいことではない。
しかし、遠目にもわかるくらいの骨が残っていることはなかなかない。
私は、「これ以上スゴイものはでてこないでほしいなぁ・・・」と妙な緊張感を覚えながら作業を続行。
結局、骨は次々と見つかり、集めた骨は、最終的には五柱に及んだ。
そして、部屋に故人の遺骨が残っていることと、それを早々に引き渡したい旨を男性に電話し、その日のうちに再び会う約束をした。
判例法上は「警察が回収しなかったものは死体に含まれない」とのこと。
つまり、それが死体の一部であっても、警察が残していったものはもはや死体ではなく、死体遺棄罪などには抵触しないということ。
私は、最終的な取捨選択は男性に任せることにして、とりあえず、それらを消毒用エタノールで洗浄。
最初は気持ち悪さを覚えながら磨いていた私だったが、そのうちに「俺の身体にもこんなのが入ってるんだよな・・・」といった親しみ湧いてきて、自然と嫌悪感は消えた。
そして、茶色でベトベトだった骨が薄黄土色のスベスベになったこと・・・骨が骨らしくなったことに満足感を覚えた。
同日の夕刻、私は、朝と同じ場所で男性と再び待ち合わせた。
現れた男性は、心なしか朝とは違ったソフトな雰囲気。
相変わらずのタメ口も高圧的なものから親しみを込めたものに変わったように感じられた。
私は、家屋の原状を回復させるためのプロセスを説明し、問題の中核は片付けたので、これ以上、事が深刻化することはないことと、あとは気持ちが落ち着いてから考えればいい旨を話した。
それから、家の鍵と、ガーゼとビニールと紙袋に三重梱包した遺骨を差し出した。
頭を下げながらそれを受け取る男性の手は、わずかに震えていた。
「これ本当に骨?骨に間違いない?」
「間違いないですね」
「そう・・・」
「一応、洗浄と消毒はしてありますので」
「・・・」
「でも、ニオイはあるんで、取り出すときは気をつけて下さい」
「そう・・・しかし、これ・・・どうすればいいんだろうか・・・」
「骨壷に入れるしかないと思いますけど・・・」
「このまま?」
「火葬がまだなら、柩に入れて一緒に荼毘にふされたらどうですか?」
「そうか・・・そうだね・・・そうするよ・・・」
孤独死しようが腐乱しようが、男性にとって故人は家族・弟・・・
気にかけ、世話を焼いたのも愛情があったからこそ・・・
残ったものが臭くたって汚くたって、生前の想い出は汚れない・・・
数個の遺骨なんて質量的には軽いものだけど、精神には重く感じられたようで、男性は神妙な顔で手に持つ紙袋を見つめ、目を潤ませた。
そして、
「なんだか、大変な仕事をさせちゃったね・・・ありがとう・・・」
と、私に労いの言葉をかけてくれた。
私は、自分のために仕事をしている。昔からずっと。そして今も。
だけど、それが人のためになることがある。
私は、仕方なく人のために骨を折ることがある。昔からそこそこ。そして今もたまに。
だけど、それが自分のためになることがある。
私は、とてつもなくクサくてヒドく汚れていたけど、何か得したような柔らかい気分に包まれたのだった。
前回の更新からしばらくの間があいてしまったが、ブログを書いてこその特掃隊長ではなく、汗をかいてこその特掃隊長。
頑張った自分を褒めたり、頑張れなかった自分を惨めに思ったりしながら、大汗かきながら走り回っている。
なかなか骨の折れる仕事をしているものだから、肉体疲労には重いものがあるけど、基本的には元気な状態。
秋~春にかけて深刻だった欝状態も、なんとか脱している(秋冬が恐い)。
ただ、腰を悪くしてしまって困っている。
某所のゴミ部屋を片付けているときに痛めたのだが、これがなかなかうっとおしい。
激痛ではないものの、時折、鈍いだるさが襲ってくるわけで、作業に支障をきたしている。
また、酒の量が増えてしまって困っている。
今は、ビールとチューハイ。
量を決めて飲み始めても、それだけじゃおさまらない。
自分に甘い性格が災いして、つい飲みすぎてしまう。
このツケが、金欠と疾患になって回ってこないことを祈るばかりだ。
現地調査の依頼が入った。
電話の向こうは中年の男性の声。
命令口調ではないものの、発する言葉のほとんどはタメ口。
そして、こちらの都合をきくこともなく日時を指定。
更には、「調査だけなら無料でしょ?仕事が忙しくて現地に行けないから、朝一で鍵を勤務先の近くまで取りに来い」とのこと。
何もかもが一方的でこちらに対する配慮が感じられず、感じのいい人物ではなかった。
しかし、不快な相手に自分を殺すのも仕事のうち。
私は、必要最低限の愛想をもって男性の要望に従うことにした。
待ち合わせ場所はオフィスビルが建ち並ぶ都心の一角。
私は、約束の時刻を前に到着し、指定された場所の車を停車して、男性が現れまで車中待機。
約束の時間に遅れて現れた男性は高級そうなスーツを身にまとい、自分に自信があるのだろうか、強気な面構え。
知り合いにはいないから勝手なイメージだけど、大きな会社の管理職みたいな雰囲気。
電話で抱いていたイメージ通りの人物で、やはりタメ口で指示口調。
私は、「頭のよさと性格のよさは別物だからな・・・」と自分の頭の悪さと性格の悪さを棚に上げて、男性の話に耳を傾けた。
現場の家は、男性所有の家。
亡くなったのは男性の弟。
不安定な経済状態で生活していた弟(故人)に安定した経済力を持った男性(兄)が自分名義の家を無料で貸借。
その弟が孤独死。
そして、その死に気づく人はおらず、長く放置されたのだった。
現場は郊外の住宅街に建つ一戸建。
建売分譲だったようで、周囲には似たようなデザインの家が何軒も整然と並んでいた。
ただ、現場の家だけは雑草に囲まれ、門扉の裏にはポストからあふれ出た郵便物やチラシ類が散乱。
更には、窓辺にはいくつものハエの死骸が落ちており、そこに日常にはない何かがあることは一目瞭然だった。
「目立たないよう出入りすること」と注意を受けていた私は、現場の家を通り過ぎ、少し離れたところに車を駐車。
そして、常用のラテックスグローブをポケットに、専用マスクを脇に隠すように抱えて車を降りた。
そして、そそくさと門扉を開け玄関を開錠した。
玄関を入るなり強い悪臭を感じた私は、すぐさまマスクと手袋を装着。
「失礼しま~す」と誰もいない家に挨拶し、土足のまま家の中へ上がりこんだ。
目指したのは、二階の一室。
男性に教わった通りに階段を上がり、男性に教わったところの部屋のドアを開けた。
最初に目に飛び込んできたのは、“汚腐団”。
ドス黒い腐敗液と黄色い腐敗脂にまみれた布団は、完全にもとの色を失っていた。
遺体汚染は布団だけにとどまらず、その脇の押入の中にまで拡大。
時間とウジの仕業で、その汚染は床面だけでなく壁面にまで競り上がっていた。
部屋の見分を終えた私は、一旦、外へ。
車をとめたところに戻り、周囲に人がいないことを確認。
それから男性に電話をかけ、室内の状態を報告しつつ、特殊清掃にともなう細かな作業内容と費用を伝えた。
特掃の費用は、一般のルームクリーニング代に比べると高い。
素人ながら男性もそれを覚悟していた。
ただ、私が伝えた金額は男性が想像していたものよりも高かったよう。
男性は、「高いな!もっと安くできるでしょ!?」と一方的に主張。
特殊清掃作業は人的サービスの一種なので、一円たりとも値引けない類のものではないけど、私のつまらないプライドが、「作業を依頼されるかどうかは○○さん(男性)のご自由ですから」と自らに言わせた。
男性は、現場を見ておらず。
警察も室内への立ち入りをすすめず。
だから、男性は、警察から聞いた情報をもとに、クサくて汚れていることを漠然と認識しているのみ。
私は、事後のトラブルを未然に防ぐため、現場の状況を具体的に理解してもらう必要があることを話し、身近にあるものを例えに用いて視覚的な状況を説明。
ただ、ニオイについては例えられるものがなく、「凄まじい悪臭」と表現するにとどめるしかなかった。
はじめは、状況がうまく理解できないようで、私にこと細かく質問を投げてきた男性だったが、質疑応答を経て現場の状況が少しはリアルに想像できたよう。
最終的には、私との会話が噛み合うようになり、私に作業を依頼してきた。
私は、
「大げさなことを言っていると思われたらイヤなので、必要なときは警察で現場の写真を見てください」
と第三者が持つ現場写真を担保にして、特掃作業を請け負うことを約した。
作業は、そのまま着手。
私は、頭の段取りを先行させながらそれに身体の動きを追随させ、誰にも自慢できない手際のよさで汚物を片付けていった。
そんな作業の中盤、腐敗粘土をかき集めていると、押入の奥からあるものがでてきた。
それは骨。しかも、指等の小さなものではなく、そこそこ大きなサイズ。
状況からみて、骨の主が故人であることは間違いなく、襖の裏側、しかも腐敗粘土に覆われていたため、警察が拾い損ねていったものと思われた。
頭髪が残留していることは日常茶飯事で、爪や指の骨が残っていることもそう珍しいことではない。
しかし、遠目にもわかるくらいの骨が残っていることはなかなかない。
私は、「これ以上スゴイものはでてこないでほしいなぁ・・・」と妙な緊張感を覚えながら作業を続行。
結局、骨は次々と見つかり、集めた骨は、最終的には五柱に及んだ。
そして、部屋に故人の遺骨が残っていることと、それを早々に引き渡したい旨を男性に電話し、その日のうちに再び会う約束をした。
判例法上は「警察が回収しなかったものは死体に含まれない」とのこと。
つまり、それが死体の一部であっても、警察が残していったものはもはや死体ではなく、死体遺棄罪などには抵触しないということ。
私は、最終的な取捨選択は男性に任せることにして、とりあえず、それらを消毒用エタノールで洗浄。
最初は気持ち悪さを覚えながら磨いていた私だったが、そのうちに「俺の身体にもこんなのが入ってるんだよな・・・」といった親しみ湧いてきて、自然と嫌悪感は消えた。
そして、茶色でベトベトだった骨が薄黄土色のスベスベになったこと・・・骨が骨らしくなったことに満足感を覚えた。
同日の夕刻、私は、朝と同じ場所で男性と再び待ち合わせた。
現れた男性は、心なしか朝とは違ったソフトな雰囲気。
相変わらずのタメ口も高圧的なものから親しみを込めたものに変わったように感じられた。
私は、家屋の原状を回復させるためのプロセスを説明し、問題の中核は片付けたので、これ以上、事が深刻化することはないことと、あとは気持ちが落ち着いてから考えればいい旨を話した。
それから、家の鍵と、ガーゼとビニールと紙袋に三重梱包した遺骨を差し出した。
頭を下げながらそれを受け取る男性の手は、わずかに震えていた。
「これ本当に骨?骨に間違いない?」
「間違いないですね」
「そう・・・」
「一応、洗浄と消毒はしてありますので」
「・・・」
「でも、ニオイはあるんで、取り出すときは気をつけて下さい」
「そう・・・しかし、これ・・・どうすればいいんだろうか・・・」
「骨壷に入れるしかないと思いますけど・・・」
「このまま?」
「火葬がまだなら、柩に入れて一緒に荼毘にふされたらどうですか?」
「そうか・・・そうだね・・・そうするよ・・・」
孤独死しようが腐乱しようが、男性にとって故人は家族・弟・・・
気にかけ、世話を焼いたのも愛情があったからこそ・・・
残ったものが臭くたって汚くたって、生前の想い出は汚れない・・・
数個の遺骨なんて質量的には軽いものだけど、精神には重く感じられたようで、男性は神妙な顔で手に持つ紙袋を見つめ、目を潤ませた。
そして、
「なんだか、大変な仕事をさせちゃったね・・・ありがとう・・・」
と、私に労いの言葉をかけてくれた。
私は、自分のために仕事をしている。昔からずっと。そして今も。
だけど、それが人のためになることがある。
私は、仕方なく人のために骨を折ることがある。昔からそこそこ。そして今もたまに。
だけど、それが自分のためになることがある。
私は、とてつもなくクサくてヒドく汚れていたけど、何か得したような柔らかい気分に包まれたのだった。