特殊清掃「戦う男たち」

自殺・孤独死・事故死・殺人・焼死・溺死・ 飛び込み・・・遺体処置から特殊清掃・撤去・遺品処理・整理まで施行する男たち

人の器

2015-09-30 10:52:03 | 特殊清掃
今回は、前回の関連。
前回は遺族に焦点をあてたものだったが、今回は階下の住人に焦点をあてる。


アパート二階の故人宅が極めて悲惨な状態であったことは前回記した通り。
悪臭は下の部屋にまで漏洩し、ウジもまた発生していた。
普通なら、そんな状態の部屋にいられるはずはない。
多くのケースでは大騒ぎしたうえ即座に部屋を出、ホテル・親戚宅・友人知人宅などに避難する。
しかし、この部屋の住人は違っていた。
住人は高齢の女性で、故人同様、もう長くこのアパートに暮していた。
女性は、悪臭やウジが発生して難儀していることを大家に伝えただけで、無用に騒ぐこともせず、どこかに避難するようなこともなかった。
そうして、遺体発見から特掃に着手するまで数日もの間が空いていたにもかかわらず、自室にとどまり続けていた。

大家は、この地域に何軒もアパートを持つちょっとした資産家。
そうはいっても、偉そうな態度をとることもなく、目下の私にも礼儀正しく接してくれた。
そんな大家は、下階の住人に、
「別のアパートに空室があるから、一時的にでもそこへ越したら?」
「かかる費用は私が負担するから」
と、一時避難をすすめた。
それでも住人は、
「しばらく我慢すれば悪臭もウジ・ハエもいなくなるわけだし・・・」
「老いて弱った身体で住処を変えるのは大変だから・・・」
と、その厚意を受けず、自宅にとどまることを望んだ。

故人宅の一次処理を終えた私は、大家の要請により下の住人宅を訪問。
私の身体はかなりクサくなっており、そのまま訪問するのは少々気が引けるところがあったが、再び故人宅に入らなければならなくなる可能性も大きかったため、作業着を着替えないまま部屋の呼鈴を鳴らした。
すると、すぐに
「はい、はい・・・ちょっと待って下さいね・・・脚が悪いもんですから・・・」
と、開けっぱなしなっていた玄関脇の窓の奥から返事がきた。
そして、少しするとドアが開き、中から一人の女性がでてきた。

女性は、見たところ80代。
老齢が故に足腰を弱めているらしく、玄関を開けると、腰を屈めたまま傍の下駄箱によりかかった。
私は、大家に頼まれてきた消臭消毒業者であることを名乗り、怪しいニオイを放ちながらも、決して怪しい者ではないことを説明した。
女性も、事前に大家から話を聞いていたらしく、何を警戒することもなくクサい私を中に入れてくれた。

部屋がクサいのか自分がクサいのかよくわからなかったが、とにかく悪臭を強く感じたことは間違いなかった。
それよりも、部屋のあちらこちらに点々とウジが徘徊しており、私にとっては、そっちのほうがインパクトあった。
「こりゃ・・・ちょっと・・・ヒドいですね・・・」
私は、そう言いながら、また、
「こんな状態で何日も、よく我慢できてるなぁ・・・」
そう思いながら、室内をくまなく観察。
そして、故人宅の特掃の手を抜いたつもりはなかったけど、下階のウジ発生を甘くみていたのも事実で、私は、そんな自分とウジに心の中で舌打ちした。

そんな気持ちをよそに、女性はあっけらかん。
「昔は、こんなのトイレにたくさんいたんですから、今の人は神経質過ぎるんですよ」
と、たくましいことを言いながら、自分で捕獲してレジ袋に集めたウジを自慢げに(?)みせてくれ、和んでいる場合じゃない場を和ませてくれた。

発生源(汚腐団・汚妖服・汚畳など)は既に始末したため、個体数が増えることはない。
が、残念ながら、膨大な数の連中が床下・壁裏などに逃げ隠れたはずで、これを駆除するのは極めて困難。
また、もともとウジって生き物はすこぶるたくましい。
その辺の殺虫剤なんかどこ吹く風。
策としては、ドライアイス等で凍死させるか、熱湯等で熱死させるか、踏んだりして圧死させるか、掃除機で吸ったりして物理的に除去するくらいしかない。
ただ、現場で実行できる方法は限られている。
人が生活している部屋では特に。
結局、私は掃除機を持ち出して、物理的に除去する方法をとることに。
私は、刀を持った侍のように勇ましく?掃除機のノズルを振り回し、目につく彼らを一気に吸引。
しかし、元来、これは持久戦。
捕っても捕っても、ポツリ・ポツリと、どこからともなく新しいウジが這い出てくる。
まとめて出てきてくれれば楽なのだが、一匹を駆除して、しばらく待っていると、どこからともなく新たな一匹が姿を現すといった感じ。
そんな、終わりの見えない作業に、女性は申し訳なさそうに付き合ってくれた。

女性と故人は、特に親しい間柄ではなかった。
ともに長くこのアパートに暮らしていたため、顔見知りではあったが、顔を合わせた際に挨拶を交わす程度。
ただ、お互いにトラブルもなく、暮しは平和だった。
だから、女性に故人に対して特に悪い印象は持っておらず。
それどころか、老齢にさしかかっても尚、老朽アパートに一人暮している身の上に自分を重ね、親しい仲間や同志に持つような感情を抱いていた。

そこに起こった今回の件。
「いつからか急に見かけなくなったし、物音もしなくなったんで、変には思ってたんですけどね・・・」
「そのうち、変なニオイがしはじめて虫が出てくるようになってね・・・」
上の部屋を大家に知らせたのは女性。
そして、状況から事を察した大家が警察に通報し、故人の死は公になったのだった。

腐乱死体現場を好む人はいないだろうけど、周囲の反応は現場によって様々である。
極端に嫌う人がいる。
極端に怖れる人がいる。
近隣住民の中には、直接的な被害はなくても「気持ち悪いから」というだけで引っ越していく人も少なくない。
・・・でも、これが一般的な反応・・・冷たい反応だとは思わない。
しかし、この女性のような人もいる。
冷静に構え、事が収拾されるのを待つ人もいる。
「若いつもりでいたのに、いつの間にかこんなばあさんになっちゃって・・・」
「私にも、何時お迎えがきてもおかしくないんですから、ジタバタしたってみっともないだけでしょ?」
「貧乏暮しをしてたって、歳をとったらとったなりに心構えを持たないとね・・・」
と、故人の死で何かの力を得たのか、私のような若輩ではマネできないくらい落ち着き払っていた。
そして、その様は、女性が歳月を生きることを通して得た人の器の大きさを表しているようにも見えた。


往々にして、世間は孤独死を悪事のように取り扱う。
また、故人を可哀想な人のように取り扱う。
しかし、はたしてそうだろうか。
ブログでも何度か書いたことがあるが、法律論は別として、私は、そうは思わない。
孤独死を本意としない人がいることも、それによって迷惑を被る人がいることも事実だけど、そればかりに焦点を当てて悲観するのはいかがなものか。

生き物(人)は、どうしたって死を避けることはできない。
悪意をもって意図的に孤独死(≠自殺)する人はいないはず。
腐りたくて腐る人もいないはず。
悪臭やウジ・ハエだって、身から出るものではあっても“身からでた錆”ではない。
世の風潮は自然なものであるとわかりつつも、死の現場にいる人間として、私は、それに違和感を覚える。

だから、たまに、この女性のような人と会うとホッとする。
仕事のプレッシャーも和らぐし、何より、その人間味に癒される。
同時に、風貌・財力・地位・経歴だけで人の器を量りがちな私の頭に、新たな秤が与えられる。
そして、その結果として、何か良いモノが我が身に入るような気がして、自分の器が一回り大きくなるような期待感が持てるのである。


私は、人から“器の大きな人間”に見られたいという欲は人一倍強いが、どうみたって、そんな人間ではない。
大きいのは駄欲と不平不満くらいのもの。
他人の幸せを羨み、他人の成功に嫉妬することもしばしば。
他人の不幸を蜜の味のように感じてしまうこともある。
「他人の不幸を喜ぶ」とまではいかないまでも、他人の不幸に対する同情心に癒しみたいなものを覚えることがある。
他人が苦労している姿に優越感に似た励ましみたいなものを覚えることがある。
二十数年前、この仕事に就こうとする動機にもそれがあった。

しかし、そんな狭量者でも、これまでに気づいたこと、学んだことがたくさんある。
それは、識者も教えてくれない、教室でも教わらない、本にも書いてない、インターネットにもでてこないことで、死の現場が澄み表していること。
そこで与えられた思いは・・・
孤独死を悪事としないこと。
故人を一方的に哀れまないこと。
死人を嫌悪しないこと。
死を嫌悪し過ぎないこと。
たったこれだけのことだけど、私は、これが仕事の範疇にとどまらず、一人の人間として、人の器を広げてくれる材料になるような気がしているのである。



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ささやかな抵抗

2015-09-23 09:46:21 | 特殊清掃
現場は、木造の古い二階建アパート。
その二階の一室で住人が孤独死、腐乱。
周囲には異臭が漏洩し、窓の内側には無数のハエ。
更には、階下の部屋にまでウジが発生していた。

依頼してきたのは不動産管理会社。
「大至急!」と言われるものとばかり思っていた私は、気を高ぶらせた。
ただ、実際はそうではなかった。
不動産会社としては、一刻も早く部屋の始末に取り掛かりたかったのだが、遺族がそれを許可せず。
周囲に異臭や害虫が発生している状況にもかかわらず、遠方から来る遺族の都合で、現地訪問の予定はそれから数日後となった。

約束の日時。
現場ではなく不動産会社の事務所に来るように言われていた私は、まず、そこへ。
すると、通された応接間には、先に遺族らしき初老の男女がきていた。
そして、二人は私には目もくれず何かを力説。
何やら揉めているらしく、不穏な空気を察知した私は 黙って会釈をしながら示された椅子に腰掛けた。

そこに集ったのは、大家、不動産会社の担当者、遺族二人、そして私。
大方のケースだと、こういう現場では、大家・不動産会社が上手にでて遺族は平身低頭になる。
しかし、ここではそれが違っていた。
遺族のほうが上手にでて、大家・担当者は憮然。
私は、その様を妙に思ったのだが、黙って話を聞いていると、ほどなく揉め事の原因はつかめてきた。

遺族の二人は夫婦ではなく、故人の兄妹。
血縁上は、故人にとって、もっとも近い親族。
そんな二人は自分達の許可もなく、また、遺族より先に警察が故人の部屋に入ったことを怒っていた。
「家族の許可なく勝手に部屋に入るなんておかしい!」
「警察だけじゃなく、大家・不動産会社も勝手に入ったのではないか?」
「そもそも、人に貸した部屋の合鍵を他人(大家・不動産会社)が持っているのはおかしい!」
「警察のあなた方も非常識すぎる!」
二人は、そんなことを言いながらテンションを上げていた。

言われる側の大家・担当者もかなりイラついた表情。
事の経緯を説明しながら、
「この場合、警察に通報するのは当り前!」
「何か疑ってるんだろうけど、部屋に入ったのは警察だけで自分達は入ってない!」
「非常識なのはそっちだ!」
と反論。
どっちが非常識なのか・・・異なる“常識”を振りかざしての攻防に妥協点はみえず、堂々巡りはしばらく続いた。

遺族二人が部屋にある貴重品・遺産のことを強く気にしていることは、そのやりとりですぐにわかった。
同時に、遺族の主張は、常識人を気取っている私にとっては、かなり違和感のあるものだった。
とは言え、机上の論争ばかりしていては何も片付かない。
私は、
「回りのことを考えると一刻も早く部屋の処理を始める必要がありますけど、とりあえず、お二人(遺族)に部屋を見てきてもらいましょう」
と、大家と担当者に提案し、一方の遺族二人には、
「後でトラブルになると困るので、家財を気が済むまで見てきて下さい」
と、遺品チェックを促した。

遺族二人を見送った私は、二人が戻ってくるまで待機することに。
黙っていても雰囲気が煮詰まるだけだし、もともと人の悪口を言うのが好きな私は、
「変わった人達ですね・・・」
「長くこの仕事やってますけど、ちょっと珍しいタイプですね・・・」
と、たまりかけたストレスを吐き出した。
すると、大家も担当者も
「ホント、おかしな人達ですよ!」
と返し、二人への不満をぶちまけ始めた。
そして、話題は、それに関係する故人の身の上にも及んだ。

故人は地方出身で生涯独身。
若い頃に家族間で色々なことがあって、長い間、身内とは疎遠だった。
だからと言って、人づき合いが苦手ということもなく、このアパートに長く暮らし、大家をはじめ他の住人達ともうまくやっていた。
家賃の滞納はもちろん、誰かに迷惑をかけるようなことは振る舞いもなく、贅沢らしい贅沢もせず、平凡に暮し、平凡に歳を重ねていた。

そうして堅実に生きた故人には、預貯金がそれなりの額となって残っていた。
そして、どこからそれを聞きつけたのか、遺族二人は、それを知った。
だから、それを獲得すべく、目の色を変えてやって来たのだった。
生前は放っておくだけ放っておいて、死亡の連絡を入れるにも一手間も二手間もかかったような間柄にもかかわらず、亡くなったら途端、遺産目当てで、まるで親しい家族だったかのように出しゃばってくる・・・
その様を目の当たりにした大家と担当者は、遺族への憤りを覚えると同時に故人に同情もしているようだった。

財布をはじめ、カードや印鑑は警察保管となっていた。
が、預金通帳は警察も見つけられず。
ということは、部屋に置きっぱなしになっているはずで、遺族二人はその通帳の入手したがっていたのだった。
正式に相続人として認められ、所定の手続きを踏めば通帳がなくたって遺産は相続できるはずなのに、欲に踊らされたのか、とにかく躍起になっていた。

現場アパートは不動産会社から歩いて数分のところ。
ゆっくり歩いても10分程度の近所にあった。
二人が出て行って30分くらいたっただろうか、二人は予想よりはるかに早く戻ってきた。
ただ、戻ってきた二人の様子には変化が。
出て行く前の威勢はどこへいったのか、意気消沈気味。
どことなく気マズそうに、肩を小さくして椅子に座った。

二人は腐乱死体現場を甘くみていた。
ニオイも見た目も、「ある程度の覚悟でイケるはず」と考えていた。
しかし、現場の凄惨さは、それをはるかに超越。
あまりの悪臭と無数のハエを前に、家財を確認するどころか、玄関から先に入ることさえできなかったのだった。

結局、現状のままでの入室は不可能。
「何とか部屋に入れるようにしてほしい」
と、渋々依頼。
微妙に立場が変わったことを感じた私は、
「実際に行ってみて、おわかりになったでしょ?」
「回りの方々に迷惑がかかっていることも、回りの方々が困っておられることも」
「こんなこと言ったら○○さん(故人)に申し訳ないですけど、こういう部屋に好き好んで入る人なんていませんよ」
「警察だって職務としてやったわけですし、私だって仕事じゃなきゃ入りませんよ」
と、二人の利己主義に、ささやかな抵抗を示した。
そして、私は、その場で、貴重品・必要品等の滅失損傷等についての免責事項を記した覚書をつくり、大家と担当者を証人に、それに同意した証として二人にサインをもらった。

「さすがに、これじゃ・・・入れないよな・・・」
部屋の惨状は、私の想像をも超えていた。
もちろん、後退するほどではなかったけど、ハエは、部屋が薄暗くなるくらいの数が窓に集り、また、羽音をけたたましく感じるくらいの数が空中を乱舞。
慣れたものとはいえ、それは、私にとってもかなり不気味な光景で、遺族二人が部屋に入れなかったのは当然至極のことのように思われた。

汚染痕は、奥の和室の中央に敷かれた布団に残留。
そこには、腐敗粘度と腐敗液でつくられた人型がクッキリ。
具合が悪くて寝ていて、起き上がろうとして再び倒れたのか、苦しくてジッとしていられなかったのだろうか、上半身が布団の片側に斜めになり、頭部は敷布団からハミ出ていた。
そして、その付近には、大量のウジが徘徊。
ただ、そいつ等と個人戦をしているヒマはない。
私は、周辺に散乱する汚妖服等をウジもろとも梱包し、それから、腐敗液をタップリ吸って重くなった汚腐団を持ち上げた。
すると、私の眼は、敷布団の下に汚畳と同化しかけた異物を発見。
よく見ると、それは預金通帳・・・
手にとって見ると、間違いなく預金通帳だった。
しかし、それは、フツーの状態であるはずはなく・・・
腐敗液にシッカリ浸かって焦茶色に変色し、濡れた状態でシットリ・ヌルヌル・・・
ATMも呑み込まず、窓口でも断られるであろう?“腐敗通帳”と化していた。

「何故すぐに知らせない?」
等と言われたら気分が悪い。
「すぐに知らせたほうがいい」
と判断した私は、作業の手を止め外へ。
そして、不動産会社へ電話し、預金通帳がでてきたことを報告。
そこで待つ遺族二人に現場まで来てもらうよう依頼した。

欲しかったモノが見つかって嬉しかったのだろう、二人は勇んでやってきた。
更に、顔には笑みがこぼれていた。
が、それも束の間・・・
私は、二人の前に現物を差し出した・・・
通常なら、腐敗液をできるだけ拭き取り、“焼け石に水”でも消毒し、布やビニール等に包んで渡すのだが、頼まれもしないことをやって文句を言われたら癪(シャク)に障るので(意地悪な気持ちもあった)、このときは何も手を加えず、素のままで差し出した。
すると、ほころんでいた二人の表情が一変。
あまりの汚さとクサさに驚愕の表情を浮かべ
「コ、コレ・・・何ですか?」
と、わかりきっていることを私に訊き、一向に手を出そうとはしなかった。

故人の意にかかわらず、その遺産は、法に則って然るべき人の手に入るはず。
ただ、その身から出た異臭とハエが遺族を撃退したことや、預金通帳が酷く腐敗していたことを思うと、故人がささやかな抵抗を示しているように思えて、不謹慎とわかりつつも苦笑いした私だった。


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思い出

2015-09-10 08:52:31 | 特殊清掃 消臭消毒
8月後半から今日に至るまで、なんだか変な天気が続いている。
8月のうちは「このまま秋になるはずはない」「キツい残暑に襲われるはず」などと勝手に警戒していたけど、9月に入っても様子は変わらず。
酷暑・猛暑はどこへやら、曇天雨天が続き、まるで梅雨のよう・・・
・・・いや、梅雨時期よりも晴天が少ないくらい。
どうも、このまま秋が深まっていきそうな気配を感じる。
涼しくて過ごしやすいのはいいのだが、災害や農産物のことを考えると、やはり季節にあった陽はほしいと思う。

毎年、秋になると、“もの悲しさ”“もの淋しさ”を感じる人は多いみたい。
私にも少しはその気持ちがわかるが、どちらかというと私の場合は安堵感のほうが強い。
酷暑の重労働を乗り切った安堵感と、涼しくなっていくことへの安堵感だ。
ただ、安堵ばかりもしていられない。
私には恒例の?冬期欝が待っているからだ。
もちろん、今年、それに襲われるかどうかはまだわからないけど、考えると不安が過ぎる。
とにかく、つまらないことを考えないように努める必要がある。

幸か不幸か、昨季はチビ犬の死がそれを吹き飛ばした。
チビ犬との死別は、私にとって、かなりショックな出来事だったが、あれから明日で10ヶ月・・・
大袈裟でもなんでもなく、チビ犬のことを思い出さない日はない。
さすがに涙することはなくなったが、「あんなこともあった」「こんなこともあった」と、色々なことを思い出し、「楽しかったなぁ・・・」「可愛かったなぁ・・・」と微笑むことが日課みたいになっている。
死んだ直後は、どうしようもない寂しさと、怒りにも似た悲しみに苛まれていたけど、もうそれもおさまった。
このところは、どうしてだか自分でもわからないけど、チビ犬を思い出す度に何かに励まされるような気がして「頑張んなきゃな!」という思いが起こされ、自分に小さな気合を入れることができている。



特掃の依頼が入った。
依頼者はアパートの大家で、住人が孤独死したよう。
そして、異臭が外部に漏れ出し、近隣から苦情が入っている模様。
私は、依頼の現場を優先して予定を変更。
かかっていた作業をテキパキと片付け現場に急行した。

到着した現場は、ゴミゴミとした住宅地に建つ古びたアパート。
大家宅はアパートと同じ敷地内にあり、私は、まず先に大家宅を訪問。
そして、部屋の鍵を借りようとしたところ、
「お兄さん(故人の兄)が先に来たので鍵は渡した」
とのこと。
私は、周囲から苦情がでるくらいの異臭を放っている部屋に遺族が入っていることを怪訝に思いながらも、とりあえず部屋に行ってみることに。
隣に建つアパートに移動し、装備品を確認しながら二階への階段をのぼった。

二階の通路にあがると、そこには例の異臭が漏洩。
「これじゃ苦情がきても仕方がないな・・・」
「ホントに遺族は中にいるのか?」
そう思いながら、目的の部屋の前に立ち止まった。
そして、中がどんな状況でも臨機応変に対応できるよう気持ちを整え、呼鈴を鳴らした。

「はい・・・どうぞ・・・」
中からは、すぐに返事がきた。
この酷い異臭の中でも、やはり遺族は中にいた。
私がそれに驚きながら、玄関ドアをゆっくり開け
「失礼しま~す」
と挨拶しながら足を踏み入れた。

部屋は1DK。
家財の量も多く、かなり散らかっており、ゴミ部屋に近い状態。
しかも、モノ凄い悪臭が充満。
私は、専用マスクを着けたかったが、マスクを着けた状態での参上は遺族に失礼かと思い我慢。
靴も履いたまま入りたかったが、それも我慢。
息を浅くしながら、つま先立ちで部屋に入っていった。

部屋には、高齢の男性が一人。
何か探しモノをしているようで、部屋の中の物を動かしたりひっくり返したりしていた。
私は、男性に近寄り、簡単に自己紹介をして挨拶。
私が来ることを大家から聞いていた男性は、私を助っ人と思ってくれたのか“待ってました!”とばかり愛想よく挨拶を返してくれた。

挨拶を交わして後、周囲をグルリと見回すと、汚染痕はすぐに見つかった。
それは、台所に併設されたトイレにあった。
液状化した元肉体が便器と床を覆い、それを纏ったウジによって壁の一部は変色。
見た目の光景も凄惨ながら、その異臭もハイレベル。
正直なところ、専用マスクなしでは息をしたくなかった。

故人は80代の女性。
男性も80代で、二人は兄妹。
一通りの貴重品は警察から受け取り、自分でも探し出した
ただ、
「ちょっと探したいモノがあってね・・・」
という。
それは浴衣。
その昔、亡き母親が兄妹に縫ってくれたもので、男性にとって大切なもの。
「昔ね、お袋が俺達(男性と故人)に縫ってくれたものでね・・・」
「おたくみたいな若い人にはわからないと思うけど、戦後のモノがないときに苦心してつくってくれたんだよ・・・」
男性はそう言って表情を和らげた。
若い頃、全国の建設現場を渡り歩いていた男性は、大切なそれを故人に預けていた。
そして、故人も自分の浴衣と一緒に大切に保管していたはずだった。

身のこなしから、男性が足腰を弱めているのは明白だった。
年齢を考えると、それはたいして不自然なものには映らなかったが、それだけではなく、男性は視力も弱めているようで、身体よりもそっちの方が大変そうだった。
その様を見た私は、ちょっと気の毒に思い、一緒に探し物をしてあげたくなった。
が、先にやらなければならないのはトイレの特掃。
それをやっつけたうえでないと、他の用を落ち着いてすることができない。
私は、先にトイレを掃除することの必要性を説明し、作業の手はずを整えた。

特掃って仕事は、何度もやって慣れてるはずなのに、何度やっても慣れないものでもある。
特に、着手する前と着手した当初は、自分の中の何かが拒絶する。
ただ、一旦、手を汚してしまえば、「開き直れる」というか「汚物が人に思えてくる」というか、そんな感覚で徐々に抵抗感が消えていく。
そして、キツさも忘れて作業に集中することができる。
私は、いつものような感覚を抱きながら、黙々と作業をすすめていった。

特掃が済むと、異臭はだいぶおさまってきた。
ただ、タンスをみたくても、押入の衣装箱をみたくても、大量の生活用品とゴミが邪魔をして引き出しを開けることも押入の物を出すこともできず。
とりあえず、私は、部屋に散らかっているモノを順にゴミ袋やダンボール箱に梱包していき、部屋の空間を広げていった。

浴衣は、タンスや収納ケース・衣装箱のどこかにしまってあるはずだった。
男性は、それらを一つ一つ開けていった。
しかし、目当ての浴衣は一向に見つからず。
結局、どこを動かしても、どこを引っくり返しても、浴衣は出てこなかった。

浴衣は、男性にとって自分の思い出であり、妹の思い出であり、母の思い出であり、家族の思い出だったのだろう・・・
「ないものは仕方がない・・・」
「どうせ俺が死んだらゴミになっちゃうだけだからな・・・」
「他人にゴミにされる前に妹がどこかにやったのかな・・・」
男性はとても残念そう・・・寂しそうにそうつぶやいた。
それでも、最後には、幼少期の楽しい思い出を見ているかのような目に薄笑を浮かべた。



「笑顔の思い出は人生の宝物」
・・・私の自論。
笑顔の思い出は過去ばかりのものではなく、今をも笑顔にしてくれる。

目に見える物理的なモノにも宝物は多い。
しかし、それらに永遠はなく、持って逝くこともできない。
自分の身体でさえ置いてかなきゃならないのだから。
目に見えない地位や名誉もそう。
それらは、この世のルールでつくられたものだから。
それでも、私は、笑顔の思い出は持って逝けるような気がしている。
確証もないし確信でもないけど、何となくそんな気がしている。
だから、思い出を大切にしたい・・・
苦しいこと・悩ましいことが多い人生だけど、それでも、笑顔の思い出をたくさんつくりたい・・・
・・・そう思う。

こうして生きている中で、“今”という時間は次々と過去に変わっていっている。
思い出は次々に生まれ、今は次々に過ぎ、未来は次々と失われている。
思い出は過去ばかりに置いておくものではない。
今と未来の支えにするもの。
そして、今を楽しく生きるために使うもの。

「笑顔の思い出をつくるには?」
「今を楽しく生きるには?」
その答は意外に簡単なことかもしれない。
その材料は、身近なところに、自分の中に、ゴロゴロ転がっているかもしれない。

何かを教えてくれているような気がして、今日もスマホにおさまったチビ犬に微笑んでいる私である。



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