とある公営の集合住宅で、腐乱死体が発見された。
故人は年配の男性で、世間から見ると可哀相な死に方だった。
現場となった部屋は、エレベーターのない上階。
こんな建物では、上にあがるにも下に降りるにも、狭い階段を歩かなければならない。
身体能力が衰えてきた私には、階段の上り下りだけでも充分な労働に値する。
いつもの通り、私が出向いたときには、遺体は警察の手で撤去されていた。
後に残るは、腐乱痕。
それだけでも充分に凄惨なのに、ベドベドに溶けた遺体を回収して署まで運ぶ警察の作業は、私でさえも想像を絶する。
毎度のことながら、警察官の仕事には脱帽だ。
近隣の住民達も、この部屋で起こったことを知っていた。
だから、この部屋に出入りする私のことを中高年の女性達が遠くから眺めていた。
ご婦人達は、噂話に花を咲かせていたに違いない。
そしてまた、不気味なのか気持ち悪いのか、興味があっても近寄って来れないようでもあった。
私は、鼻から入る腐乱のニオイと気持ちに入る暗闇のニオイを感じながら部屋に入った。
そして、部屋の雰囲気を確認。
それから、心・技・体の準備を整えて、液体人間と格闘。
液体人間を床から削り剥がし、拭き取る作業はよくあるパターン。
数えきれないくらいやってきている作業なので、だいたいの手順は決まっている。
私は、無駄のない動きと無駄な叫び声を織り交ぜながら、テキパキと片付けた。
一口に「腐敗脂」と言っても、その透明度は様々。
一口に「腐敗液」と言っても、その粘度は様々。
一口に「腐敗粘度」と言っても、その硬度は様々。
それぞれの液体人間に合った道具とやり方を組み合せないと、うまく作業できない。
自慢にもならないけど、その辺のところは、かなりうまくできるようになっている私・・・これだけやってれば当然か。
作業の途中で、私は下にいく用事がでてきた。
そして、何度か上り下りする階段や地上で住民とすれ違うことがあった。
ほとんどの人が私に
「ご苦労様です」
と労いの声を掛けながら通り道を譲ってくれた。
でも、実際に住民達は、私のことを奇異に思っていたかもしれない。
それでも、そんな小さな心づかいが素直に嬉しかった。
そんな中、階段で合った年配の女性が声を掛けてきた。
「ご苦労様、大変なお仕事ですね・・・」
そして、声を小さくして一言。
「かわいそうに・・・」
「え!?今、〝かわいそう〟って言った?」
そのまま通り過ぎて行く女性の後ろ姿を見ながら、私は、最後の一言が引っ掛かった。
「〝かわいそうに〟って故人が?・・・それとも俺がか?」
作業自体は難なく続けられたものの、私はその一言が頭にこびりついて離れなかった。
「〝かわいそう〟って・・・俺のことだったらちょっと切ないな」
「でも、俺って、世間からは〝かわいそうなヤツ〟に見えることもあるんだよな」
そんなことを考えながら、液体人間と対峙。
人の情けの温かさと、自己嫌悪の冷たさが入り混じって、複雑な心境だった。
特掃が終わる頃、隣家の住人(年配女性)がやって来た。
故人が生前に親しく付き合っていたのか、勝手に玄関を開けて中を覗き込んできた。
「勝手に覗くなよぉ」
と思いながらその女性を見ると、少し前に「かわいそう」発言をしたアノ女性だった。
「まったく、可哀相な男だった・・・」
女性は寂しそうに独り言を呟いた。
次に女性は、私に向かって
「かわいそうにねぇ・・・」
と一言。
やはり、階段でのアノ「かわいそう」は、私に向けての言葉だった。
女性は続けて尋ねてきた。
「会社の命令でやらされてるの?」
「イヤ、命令と言うわけじゃないですよ」(もともとは志願して始めた死体業だからな)
「でも、好きでやってる訳じゃないでしょ?」
「まぁ・・・」(好きじゃないけど必要な仕事なんだよね)
「辛くないの?」
「ツラいです!」(ツラい!ツラい!)
「でもやるの?」
「生活のために頑張るしかないんですよ」(ガッツポーズ!)
「かわいそうにねぇ」
私は、自分が可愛くてを自分を甘やかすタイプの人間なので、自分を可哀相がることはたくさんあるけど、人様から見ても「可哀相な男」に映るんだろうか。
人の優しさは嬉しいけど、同情は何となく切ない。
人から尊敬されなくてもいいから、軽蔑されないようにやっていこう。
公開コメントはこちら
特殊清掃プロセンター
遺品処理・回収・処理・整理、遺体処置等通常の清掃業者では対応出来ない
特殊な清掃業務をメインに活動しております。
故人は年配の男性で、世間から見ると可哀相な死に方だった。
現場となった部屋は、エレベーターのない上階。
こんな建物では、上にあがるにも下に降りるにも、狭い階段を歩かなければならない。
身体能力が衰えてきた私には、階段の上り下りだけでも充分な労働に値する。
いつもの通り、私が出向いたときには、遺体は警察の手で撤去されていた。
後に残るは、腐乱痕。
それだけでも充分に凄惨なのに、ベドベドに溶けた遺体を回収して署まで運ぶ警察の作業は、私でさえも想像を絶する。
毎度のことながら、警察官の仕事には脱帽だ。
近隣の住民達も、この部屋で起こったことを知っていた。
だから、この部屋に出入りする私のことを中高年の女性達が遠くから眺めていた。
ご婦人達は、噂話に花を咲かせていたに違いない。
そしてまた、不気味なのか気持ち悪いのか、興味があっても近寄って来れないようでもあった。
私は、鼻から入る腐乱のニオイと気持ちに入る暗闇のニオイを感じながら部屋に入った。
そして、部屋の雰囲気を確認。
それから、心・技・体の準備を整えて、液体人間と格闘。
液体人間を床から削り剥がし、拭き取る作業はよくあるパターン。
数えきれないくらいやってきている作業なので、だいたいの手順は決まっている。
私は、無駄のない動きと無駄な叫び声を織り交ぜながら、テキパキと片付けた。
一口に「腐敗脂」と言っても、その透明度は様々。
一口に「腐敗液」と言っても、その粘度は様々。
一口に「腐敗粘度」と言っても、その硬度は様々。
それぞれの液体人間に合った道具とやり方を組み合せないと、うまく作業できない。
自慢にもならないけど、その辺のところは、かなりうまくできるようになっている私・・・これだけやってれば当然か。
作業の途中で、私は下にいく用事がでてきた。
そして、何度か上り下りする階段や地上で住民とすれ違うことがあった。
ほとんどの人が私に
「ご苦労様です」
と労いの声を掛けながら通り道を譲ってくれた。
でも、実際に住民達は、私のことを奇異に思っていたかもしれない。
それでも、そんな小さな心づかいが素直に嬉しかった。
そんな中、階段で合った年配の女性が声を掛けてきた。
「ご苦労様、大変なお仕事ですね・・・」
そして、声を小さくして一言。
「かわいそうに・・・」
「え!?今、〝かわいそう〟って言った?」
そのまま通り過ぎて行く女性の後ろ姿を見ながら、私は、最後の一言が引っ掛かった。
「〝かわいそうに〟って故人が?・・・それとも俺がか?」
作業自体は難なく続けられたものの、私はその一言が頭にこびりついて離れなかった。
「〝かわいそう〟って・・・俺のことだったらちょっと切ないな」
「でも、俺って、世間からは〝かわいそうなヤツ〟に見えることもあるんだよな」
そんなことを考えながら、液体人間と対峙。
人の情けの温かさと、自己嫌悪の冷たさが入り混じって、複雑な心境だった。
特掃が終わる頃、隣家の住人(年配女性)がやって来た。
故人が生前に親しく付き合っていたのか、勝手に玄関を開けて中を覗き込んできた。
「勝手に覗くなよぉ」
と思いながらその女性を見ると、少し前に「かわいそう」発言をしたアノ女性だった。
「まったく、可哀相な男だった・・・」
女性は寂しそうに独り言を呟いた。
次に女性は、私に向かって
「かわいそうにねぇ・・・」
と一言。
やはり、階段でのアノ「かわいそう」は、私に向けての言葉だった。
女性は続けて尋ねてきた。
「会社の命令でやらされてるの?」
「イヤ、命令と言うわけじゃないですよ」(もともとは志願して始めた死体業だからな)
「でも、好きでやってる訳じゃないでしょ?」
「まぁ・・・」(好きじゃないけど必要な仕事なんだよね)
「辛くないの?」
「ツラいです!」(ツラい!ツラい!)
「でもやるの?」
「生活のために頑張るしかないんですよ」(ガッツポーズ!)
「かわいそうにねぇ」
私は、自分が可愛くてを自分を甘やかすタイプの人間なので、自分を可哀相がることはたくさんあるけど、人様から見ても「可哀相な男」に映るんだろうか。
人の優しさは嬉しいけど、同情は何となく切ない。
人から尊敬されなくてもいいから、軽蔑されないようにやっていこう。
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