特殊清掃「戦う男たち」

自殺・孤独死・事故死・殺人・焼死・溺死・ 飛び込み・・・遺体処置から特殊清掃・撤去・遺品処理・整理まで施行する男たち

魂の休息

2009-06-26 19:41:49 | Weblog
周知の通り(?)、世間一般と比べると、私は、休暇が少ない。
もちろん、こんな私なんか序の口で、休日はおろか睡眠時間さえ削って複数の仕事を掛け持ちしているような人も、たくさんいるだろう。
しかし、まぁ、一般論にまとめると、私の労働時間は長い方だと思う。

しかも、労働時間が長い・・・休暇が少ないだけではない。
労働の時間も内容も、極めて不安定・不規則。
休暇の計画(予定)を入れていても、その通りにいかないことも日常茶飯事。
慣れたこととは言え、これにはストレスがかかる。

そんな日々だから、休日は極めて貴重。
〝アレをしたい、コレもしたい〟〝アレをやらなきゃ、コレもやらなきゃ〟と、限られた時間に用事を詰め込む。
結果、休日なのにクタクタになって、何のための休暇なのかわからなくなる訳である。


調査を依頼された現場は、大規模なマンション。
〝超高級!〟と驚くほどでもないけど、それなりに高級感が漂う建物。
エントランスも、なかなか広くてゴージャス。
私は、管理人室からくる視線を横目に、携帯電話が示す時刻を気にしながら、依頼者が現れるのを待った。

そうして待つことしばし。
エントランスに、一組の男女が現れた。
二人は夫婦のように見えなくもなかったが、自己紹介はなし。
女性の方はヤケに暗い顔をしていたし、私も、その関係を知る必要はなかったので、余計な事は訊かずにそっとしておいた。

男性は、私と普通に挨拶。
状況が状況なので笑顔こそなかったけど、それでも一通りの社交辞令を交換できた。
一方、女性の方は無言で、私とは目も合わせず。
男性の後ろに顔を背けて立ち、辛気なムードを漂わせていた。

異質な雰囲気を醸し出す女性が気にならなくもなかったが、気にしても仕方がない。
男性も、女性の存在を無視するかのような物腰。
私は、頭を仕事モードに切り替えて、男性の話に耳を傾けた。

男性は、イヤなことを思い出しまで説明してくれたのに、結局のところ〝百聞は一見にしかず〟ということに。
私は、申し訳ない気持ちを引きずってエレベーターに乗り、二人にも同乗を促した。

狭い空間に他人と身を寄せ合うのって、どことなく気マズいもの。
それは、エレベーター内も同じこと。
しかも、そこは、女性が醸し出すどんよりした空気に支配され、わずかな時間とはいえ、極めて居心地の悪い場所となった。


目的の階に着くと、次は目的の部屋へ。
他人のマンションなのに、何故か、先頭は私。
男性の方向指示を背に受けながら、歩を進めた。

玄関前に着いて振り向くと、側には男性のみで女性はおらず。
私は変に思ったけど、男性は意にも介していない様子。
部屋に近づきたくないからだろう、エレベーター前に残ったらしかった。

男性は、手にしていた鍵で玄関を開錠。
そのままドアを開けて入ると思いきや、進路を私に譲って横に退避。
やはり、部屋に入りたくない気持ちは女性と同じようで、気マズそうな顔をして私に頭を下げた。

私だって、腐乱死体があった部屋に入りたいわけではない。
しかし、私の場合は仕事。
〝入らない〟なんて選択肢は持たされてなく、仮に、好き嫌いがあっても、黙って入るしかなかった。


中は、快適な生活が送れそうな、広めの3LDK。
家財生活用品は少なく、小ぎれいな状態。
しかし、そこは、死人発生・異臭発生・汚染痕残留etc・・・
普通の家にはあり得ない・・・尋常ではない雰囲気が、いっぱいに漂っていた。

私は、男性から得た事前情報にもとづいて、部屋の観察を開始。
男性から教わった間取りと部屋の配置を頭に思い浮かべながら、慎重に前進。
目的の部屋をすぐに見つけて気を緩めたが、すぐさま、背中に悪寒にも似た緊張感に身震いを起こした。

その部屋のドアを開けると・・・
部屋の隅には、見慣れた汚染が残留。
そこに遺体があったことは、明らかだった。

私は、汚染痕に近づいて、よく観察。
その形状は自然死のそれとは異なり・・・
男性は、意図してか、それとも無意識のうちにか、肝心なことを私に伝えていないようだった。


極めて残念なことだが、本人の意思によって能動的に決せられる自殺は、周りの人間は防ぎきれないもの。
しかし、本件の場合、周囲の人間がそれに気づくのに、そんなに時間はかからないものと思われた。
どこかに行方をくらました上でのそれならともかく、故人は、自宅で決行したわけで・・・
妻である女性は、すぐに気づくのが当然ではないだろうか・・・
勤務先の会社だって、無断欠勤が続いたら不審に思うのが普通ではないだろうか・・・
それなのに、腐乱するまで誰も気づかなかったのは何故か・・・
私の中には、そんな疑問が沸々と湧いてきたのだった。


その答は、以降の作業を進める中で、結果的に知ることができた・・・

亡くなったのは、中年の男性・・・一流企業に勤めるビジネスマン。
男性は、故人の兄・・・正確に言うと義兄。
つまり、男性と女性は、夫婦ではなく兄妹・・・女性は故人の妻だった。

勤務していた会社は、業界では中堅らしかったが、縁のない私でも、名前くらいは聞いたことがある大手企業。
故人は、そこで営業系の職務を担当。
何年にも渡って好成績を残し、見返りとなる報酬も肩書も誇りも高いものを得ていた。

しかし、世の中の景気に影響を受けてか、営業成績は波打つように。
自信を失っていく故人に会社のプレッシャーが追い討ちをかけ、鬱病を罹患。
社交的な行動は内向的に、明るかった性格は暗く、ポジティブだったキャラクターはネガティブに変わっていった。

そのうち、心身の状態は、満足に仕事を遂行することができないくらいにまで悪化。
本人のやる気も虚しく、何をやっても空回りし、全てが裏目にでるように。
そんな状態で完全に行き詰まってしまった故人は、退職を勧めたい会社が難色を示す中、有名無実の就業規則を盾にして休職することにした。

しかし、精神疾患休職は、復職の道が狭い。
それまで以上に頑張って、それまで以上の成績を残してみせればいいのだろうが、もはや、故人にはその意志も力もなく・・・
その行く末は、自主退職かクビ・・・それが免れたとしても〝窓際〟だった。

女性(妻)は、そんな生活も忍耐。
できる限りの策を用いて故人をサポート。
しかし、その長期戦は女性の精神力を削ぎ落とし、それをあざ笑うかのように故人の状態は悪化の一途をたどっていった。

そうこうしていると、今度は、女性が鬱病を罹患。
その症状は、次第に深刻化していき、夫婦二人の生活は危機的な状況に。
誰かの助けなしには生きていけないくらいにまで、状況は悪化した。

そんなある日、女性は兄である男性に苦悩を告白。
プライドも世間体もかなぐり捨てて、SOSを発信。
慌てて駆けつけた男性は、以前の面影をなくした二人の表情に、事の深刻さを知った。

話し合いに話し合いを重ねて、二人はしばらく別居することに。
故人は故人の親族が、女性は女性の親族がそれぞれ面倒をみるということで、とりあえずの期間をしのぐことに決定。
早速、女性は、自宅マンションを離れて、遠方の実家に身を寄せたのだった。

しかし、本人のプライドが許さなかったからか、実家の世間体が邪魔したからか、故人は、実家には戻らず。
妻(女性)という支え手を失っても尚、一人、マンションに残って、苦悩の生活を続行。
故人の死は、まさにそんな最中での出来事だった・・・


「疲れた!疲れた!」と、年柄年中、溜息をついている私。
この疲労感は、一日くらいゴロゴロしてたって、改善されない。
同じように、〝休んでも休んでも、疲れがとれない・疲労感が癒えない〟という人は、多いだろう。

適宜の食事や充分な睡眠など、身体を休めることは、大切だし必要。
しかし、それだけで疲労感は癒えない。
本当に疲れているのは、その精神・心・魂かもしれないから。

では、それらが抱える疲労感は、どうしたら癒えるのだろうか・・・
どうしたら、その疲れがとれるのだろうか・・・
その答は、ぼんやりと見えている。
そして、わずかながら、身に沁みている。

少なくとも言えるのは、
「〝死〟よって魂の休息は得られない」
ということ。
つまり、
「与えられた人生をまっとうすること・・・一生懸命に生きる中で、何かが魂に休息を与える」
ということなのである。






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各室の確執

2009-06-21 07:55:43 | Weblog
近所付き合いにおいて、人間関係を円滑・円満に保つのは難しい。
アパート・団地・マンションetc、他人との距離が近い住宅では尚更。
私は、仕事柄、あちこちのお宅にお邪魔する訳だが、現場でそれを感じることが多い。

一般的な団地や分譲マンションでは、自治会や管理組合を組織されているところが多い。
それは、政府のような位置づけで、一定の権能を持つ。
同時に、警察のような機能もあり、些細なことにも目を光らせる。
結果、共通のルールのもと、住民間のトラブルは未然に防げる仕組みになっており、平穏な生活が守られるようになっている(実際は、それでも色々起こるようだけど)。
しかし、一般的なアパートには、自治会もなければ管理組合もない。
不動産管理会社はハードを管理するだけで、住民の生活スタイルまでは管理しない。
基本的には、住民の自由。
そして、この〝自由〟が、問題の種になることがある・・・


「一人暮らしをしていた身内が亡くなりまして・・・」
電話をかけてきたのは、〝遺族〟を名乗る男性。
ネタがネタだけに、〝元気がよく〟という訳にはいかないが、それにしても、その声はやけに暗く沈んだものだった。

「亡くなってから、しばらく経ってまして・・・」
男性は、何とも後ろめたそう。
故人の死を悲しむ気持ちの上に、それに気づかずにしばらく放置してしまったことの罪悪感がのしかかっているようだった。

「近所の人が、ニオイで迷惑してるようなんです・・・」
男性は、一度、現場に行ったよう。
どうも、そこで近隣住民の苦情を浴びたみたいだった。

「頭がうまく働かなくて・・・」
男性は、何をどう話せばいいのか、何をどうすればいいのかわからない様子。
〝凝った話をしても、男性の頭は混乱するだけ〟と判断した私は、男性への質問を必要最低限の事柄に抑えて、現地調査の段取りを組んだ。


「ここか・・・」
現場は、下に二世帯・上に二世帯、計四世帯の木造アパート。
建物に近づいただけで、私の鼻は腐乱臭を感知。
私は、中が相当なことになっていることを覚悟しながら、部屋に近づいた。

「結構、きてるな・・・」
玄関の前に立つと、悪臭は一段と濃厚に。
窓には、潤沢な食料を獲て丸々太ったハエが、縦横無尽に這い回っていた。

「・・・行くか・・・」
ニオイを嗅いでハエを眺めているだけでは、仕事にはならず。
私は、マスクと手袋を装着して、静かに玄関を開けた。

「クァ~ッ!」
ドアを開けた途端、充満していた悪臭とハエが一気に噴出。
私は、悪臭パンチとハエ弾丸を一通りやり過ごした後、中に足を踏み入れた。

「〝しばらく・・・〟ったって、二~三ヶ月は経ってそうだな・・・」
汚染痕は、布団を中心に残留。
ドロドロ・ベタベタの状態を通り越して、ガビガビに乾いた状態。
更に、その周囲には、粉状になった皮が、砂を撒いたように拡散していた。

「これじゃ、ほとんど白骨化してただろうな・・・」
髪・骨・歯・爪などを残し、肉のほとんどはウジと布団と畳が分け合ったものと思われ・・・
警察の遺体搬出作業が、実際は、拾骨作業になったことが連想された。

「それにしても、なんでこんなになるまで?」
部屋は、隙間だらけの古い木造。
〝周囲に悪臭が漂う〟とか〝窓にハエがたかる〟とか、もっと早い段階から異変が見受けられたはず。
それなのに、発見が遅れたことを怪訝に思った。

「うぁ!クサいっ!」
私が室内にいたのは、ほんの数分。
しかし、腐乱死体臭は、私の身体とバッチリ一体化。
外に出てマスクを外した私は、自分の臭さに閉口した。


「消毒の人!?」
一息ついていると、どこからともなく、女性の声。
声のする方に顔を向けると、上の階から階段を降りてくる中年の女性の姿があった。

「休憩なんかしてないで、さっさとこのニオイ何とかしてよ!!」
女性は、上の階の住人のよう。
私だって感情を持つ人間なのに、そんなのお構いなしに、怒鳴ってきた。

「不動産屋に言われて来たんでしょ!?迷惑してるんだから、早くなんとかしてよ!」
何をどう勘違いしてるのか、女性のモノ言いは、横柄を通り越して横暴。
その不快な態度は、私の許容範囲を越えていた。

「ここの家族は、あれっきり挨拶も来ないけど、何やってんのよ!!」
私が黙っているのをいいことに、女性は舌好調。
しかし、何をそんなに腹立てる必要があるのか、私にはいまいち理解でなかった。


駐車スペース・物音・ホコリ・異臭etc・・・
特掃撤去作業をやる上では、色んな事情が発生。
近隣住民の協力がないと、作業が極めてやりにくい。
ましてや、敵に回したりなんかすると、もう大変。
そのとばっちりは、自分や遺族が喰うことになる。
だから、私は、自分のためにも遺族のためにも、煮えそうになる腑を必死で冷やして、忍耐。
歯を食いしばって、女性を敵にしないよう努め、その場をしのいだ。


作業の初日。
女性に挨拶なく作業を始めるわけにはいかず・・・
私は、まったく気が進まなかったけど、作業説明と協力依頼で、二階の女性宅を訪問した。
出てきた女性には、極端な低姿勢と手土産をもって、反抗する隙を与えず。
更に、作業の味方になってもらうため、女性側に立った物言いで、コミュニケーションを図った。


当初、女性は、故人に対しての嫌悪感を丸出し。
だが、もともと、女性と故人とは、折り合いは悪くなかった。
結構、気も馬も合い、親しく付き合っていた。
しかし、それも始めのうちだけ。
付き合っていくにつれ、〝親しき仲に礼儀なし〟の状態に。
結果、良好だった人間関係は崩壊の一途をたどったのだった。

ゴミの出し方、共有スペースの使い方、物音etc
二人の間には諍いが絶えず、事ある毎にぶつかるように。
それだけならまだしも、生活スタイルを侵害するまで拗れるように。
そんな日々がしばらく続き、結局、絶交するまでに関係は悪化したのであった。


「もともとだらしない生活をしていたから、〝生ゴミでも溜めて腐らせたんだろう〟って思ったんですよ・・・」
話していくうちに、女性のテンションは下降。
話の内容は、故人を非難するものから、事の経緯を説明するものに変わっていった。

「ロクな死に方しないと言い合ってたけど、その通りになっちゃったじゃないのよ・・・」
口から出る言葉は乱暴でも、女性はどことなく寂しそう。
前回のような横暴な態度は影を潜め、元気なく呟いた。

「だらしない人だったから、酒ばっかり飲んで、ろくに病院にも行ってなかったんでしょ・・・」
私は、自分が言われているみたいな心境に。
その言葉には、女性の複雑な心境が滲みでていた。

「気にはなってたんだけど・・・」
女性は、心の優しい部分をポロリ・・・
押しの強いキャラに似合わない、弱々しい表情を浮かべた。

「(故人は)まさか自分がこんなことになるなんて、思ってもみなかっただろうね・・・」
女性は、そう言って溜息ひとつ。
女性の言う通り、現場経験を通じて、何度となくそんな思いを抱いてきた私は、大きく頷いた。


老若男女を問わず、誰しも 一生のうちに何度かは、身近な人の死を経験するだろう。
その様に、どんなに仲が良くたって、どんなに仲が悪くたって、人と人とは必ず死に別れる。
好きな人とも、嫌いな人とも、間違いなく死別するのだ。
その観点で人を見てみると、確執を生んだ原因がバカバカしく思え、それが自然と緩んでくるような気がしないだろうか。


「こんなことになるんだったら、仲直りしておけばよかった・・・」
「普段付き合いを続けていれば、死なずに済んだのかも・・・」
「もっと早く連絡すれば、こんな大事にはならなかったかも・・・」
女性が腹を立てていたのは、故人ではなく自分だったのか・・・
口にこそださなかったものの、その寂しげな表情からは、切ない思いが頭を巡っていることが伺えたのだった。





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肩の荷

2009-06-14 12:35:50 | Weblog
日々、肉体労働に従事している私。
それなりの頭脳労働と、そこそこの精神労働もこなしているのだが、そこのところは誰も気づいてくれない。

そんな私・・・
肉体疲労や筋肉痛に苛まれることはしばしば。
また、腰痛や膝痛などの関節痛も。
しかし、不思議と、肩コリはない。
単に、自覚できていないだけかもしれないけど、凝っている感じがしない。
だから、人にマッサージしてもらっても、マッサージチェアに座っても、〝くすぐったい〟か〝痛い〟のどちらか。
〝気持ちいい〟なんてことは、決してない。
日々の仕事を考えると、凝っても仕方がないと思われるのに・・・幸いなことだ。


現場となったのは、どこにでもあるような二階建アパート。
築10年程度で、新しくもなく古くもなく。
世帯は4×2=8、上下
に四世帯ずつ。
故人宅は、二階。
行き止まりの通路の、奥から二番目の部屋。
私は、どの現場にも共通する緊張感を持って、玄関ドアに手をかけた。

覚悟していたほどの異臭はなく、ハエが飛び出してくるようなこともなく・・・
発見されるまで数日を要したようだったが、寒い季節に暖房もかかってなかったため、腐敗の程度も軽かったよう。
私は、用意していた専用マスクも装着せず、中に入った。

亡くなったのは、初老の男性。
経済的に苦しい生活を送っていたのか、家財生活用品は少なく質素。
また、身体の具合もよくなかったのだろう、多くの薬が置いてあった。

部屋の隅には、小さなソファーベッド。
その上の布団に、薄っすらと黄色いシミ。
そのかたちは、故人がベッドにもたれかかったまま亡くなったことを示していた。

汚染レベルは、ライト級。
ニオイも、腐乱死体特有のものではなく、生ゴミと尿臭が混ざったような軽いもの。
近隣に迷惑がかかる程のニオイは発していなかった。

私は、勝手に故人の困窮生活をイメージして、安易にも〝自殺〟を想像。
しかし、目の前の汚染跡と、整理整頓・清掃が行き届いた部屋にその雰囲気はなく・・・
自分の荷を肩に負い、誠実に生きていたことが偲ばれ、一時的にでも疑ったことを、申し訳なく思った。

一通りの見分を終えた私は、玄関をでて、周りに人がいないことを確認。
それから、依頼人である不動産会社に電話。
担当者に、現場の状態を、事細かく説明した。

そうこうしていると、隣(奥)の部屋の玄関が開き、一人の女性が外へ。
そして、こちらをジーッ・・・
私に、何か言いたげな視線を送ってきた。

そこは、静寂のアパート。
女性の表情に笑みはなく・・・
女性が、話し声をうるさく感じていると思った私は、電話を続けながら女性に頭を下げ、そそくさと階段を降りた。

電話を終えて後、私は、再び故人の部屋へ。
すると、玄関前には、さっきの隣宅女性の姿。
女性は、私に気づくと、無表情で近づいてきた。

「あのー・・・」
「うるさかったですか?」
「いぇ・・・」
「お騒がせして申し訳ありませんでした!」
「いゃ・・・そうじゃなくて・・・」
「???」
「今、私を呼びませんでした?」
「は???」
女性は、隣の部屋の住人。
私に呼ばれたと思って、外に出てきた様だった。

「今、うちの玄関をノックしませんでした?」
「は?・・・してませんけど・・・」
「ホントに!?」
「はぃ・・・」
「ホントにしてません?」
「私は、電話をしてただけですけど・・・」
女性は、怪訝そう。
顔が強ばり、血の気が引いていくのが、わずかに見て取れた。

女性の話は、こうだった・・・
部屋にいると、玄関ドアからノック音。
覗き窓から外を見たが、玄関前には人の姿はなし。
ドアを開けても、玄関前には誰もおらず。
不審に思いながら辺りを見ると、近くには携帯電話で話している私。
それで、何かの用があって、私がドアをノックしたものと思ったのだった。

「間違いないですか?」
「えぇ・・・私は、お宅に用はありませんから・・・」
「・・・」
「〝気のせい〟ってことは?」
「それはありません!ハッキリ聞こえましたから!」
「そうですか・・・」
「他に、誰かいませんでした?」
「いゃ・・・誰も来てません・・・」
シンプルな造りの小さなアパートのこと。
二階通路は凹凸なくまっすぐで、死角はない。
誰かが来て気づかない訳はなかった。

「え゛ー!・・・」
「・・・」
「じゃ、ノックしたのは誰です?」
「・・・」
「もしかして?・・・」
「・・・」
女性が何を恐れているのかすぐに察しがついたけど、時は既に遅し。
〝やっぱり、ノックしたのは私です〟なんて、事を納めるための見え透いたウソは、通用する訳はなかった。

「その(故人の)部屋、片づけちゃうんですよね?」
「・・・の予定ですけど・・・」
「部屋にいられなくなっちゃうから、うちに来たんじゃないですか?・・・」
「・・・」
「どう思います?」
「さぁ・・・私には、何とも言いようがないですね・・・」
そう・・・女性が恐れているのは、故人の霊。
行き場をなくしたそれが、自分のうちに来たものと思っているようだった。

「そう言えば!・・・」
「何か?」
「玄関を開けた瞬間、肩に何かが乗ってきたような感じがしました!」
「・・・」
「ノックされてすぐドア開けたから、憑いちゃったのかも?」
「さすがにそれは・・・」
「どおしよぉ・・・」
「・・・」
女性は、肩を竦めて身震い。
泣きそうになりながら、次々と難解な質問を私にぶつけてきた。
一方の、私は、困惑しきり。
個人的な見解に女性の恐怖心を中和する力はなく、結局、曖昧な返事で口を濁すばかりだった。


作業に入ったのは、それから三日後のこと。
その時は既に隣部屋(女性宅)は空部屋に。
不可解な出来事に居ても立ってもいられなくなったのだろう、早々と引越先を見つけて、さっさと出て行ったよう。
笑ってはいけないが、実状を知らない不動産会社によると、その慌てぶりは半端ではなく、コメディーでも見ているかのように滑稽に映ったとのことだった。

「いるのかな?」
故人の部屋で黙々と作業をしていると、隣部屋(元女性宅)から物音。
急な引っ越しで荷物が残っていたのか、荷物を片付けているような物音が、時折、聞こえてきた。

「どんな様子かな?」
私の中には、仕事に必要のない好奇心が沸々。
女性がどうしているのか・肩の重みがどうなったのか気になった私は、手が空いたところで隣の玄関に向かった。

「ちょっと待てよ・・・」
ずっと故人宅で作業をしていた私だったが、女性が出入りしているような気配は感じておらず・・・
隣部屋に女性がいる保証はなく、私は、歩くスピードを落として考えた。

「誰もいないのに、返事があったらヤバいしな・・・」
人のいない部屋から返事があったら、色んな意味でマズい。
私には、女性宅前に立ち、ドアをノックしようかどうか迷った。

「脅かしても悪いしな・・・」
女性は、ノック音に敏感になっているはず・・・
そして、ノック音に脅えるはず・・・
女性を驚かしたら悪いので、結局、私は、走り回る野次馬をなだめて、ノックすることなくUターンしたのであった。


自分にないからといって、人の霊感を否定することはできない。
自分に見えないからといって、人が〝見える〟というものを否定することはできない。
自分が感じないからといって、人が〝感じる〟というものを否定することはできない。
ただ、私は、〝霊〟と呼ばれるものが人に憑くなんてことはないと思っている。
(〝霊〟の定義と、その存在有無はさて置き。)

私も、今まで、数え切れないほどの死人と関わってきているが、憑かれたように・・・肩に何(誰)かが乗っているように感じたことは一度もない。
だだ、仕事の責任、社会への責任、人への責任、自分への責任、生きる責任etc・・・それらをたくさん乗せているため、〝霊〟が乗っかろうにも、非力な肩にはその余地がないのかも(?)。

何はともあれ、少なくとも、この故人は、自分の肩の荷を、誰かに載せ替えるような人ではなかっただろうと思っている。




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○△×

2009-06-08 09:23:03 | Weblog
〝感情〟って、どうしてこうも波打つのだろう。
〝精神〟って、どうしてこうも不安定なのだろう。
堅く平穏に立っていたいのに、その時々の状況によって、上下左右・浮いては沈む。

体調も同様。
軽快なときもあれば、重鈍のときもある。
特に、何があった訳でも、何をした訳でもないのに、朝っぱらからやたらと身体が重怠いことがある。


「うちの管理物件で、人が亡くなってしまって・・・」
不動産会社から電話が入ったのは、そんな身体の重い日の午後・・・
すぐにでも横になりたいような体調で仕事をしていた時のことだった。

「できるだけ早くきてもらえませんか?」
担当者は、事を早く片付けてしまいたいよう。
別の現場で作業をしていた私は、それが終わり次第、その現場に向かうことになった。

「ここだな・・・」
到着した現場は、狭い路地奥にある小さなアパート。
その外観は見るからに古く、自分の不調も相まって、建物が醸し出す雰囲気は、ヒドく暗いものに感じられた。

「お忙しいところ、早速来ていただいて助かります」
汚れた作業服と脂ぎった顔に疲れが見えたのか、担当者の第一声は、労いの言葉だった。

「いえいえ・・・」
〝ホントは、クタクタなんだよなぁ・・・〟なんて、腹に溜まる本音を漏らすわけにはいかない。
私は、顔に力を入れて、元気であること匂わせた。

「首吊りの自殺でして・・・」
担当者は、部屋の方を指さして、言いにくそうにポツリ・・・
曇らせた表情に上乗せして、眉をひそめた。

「そうなんですか・・・」
驚いた方がいいのか、驚かない方がいいのか・・・
死因を知っていたわけではないけど、そういった類のことに慣れて(麻痺?)しまっていた私は、淡々と受け応えた。

「大丈夫ですか?」
担当者の顔には、自殺腐乱死体を嫌悪する気持ちがありあり。
本件を、相当に気味悪く思っているようだった。

「大丈夫ですよ」
そんなこといちいち気にしてたら、仕事(糧)にならない。
私は、無神経なくらいにサバサバと応えた。

「私は、いいですか?」
担当者は、明らかに同行したくなさそう。
その気味悪がり方は、気の毒に思えるくらいだった。

「二階ですよね?とりあえず、見てきますね」
私は、重い身体に、その日最後の力を充填。
自分に気合いをみせて、錆びた階段に向かって足を踏み出した。


亡くなったのは、初老の男性。
このアパートに越してきたのは三年前で、その時は既に無職。
その理由までは知る由もなかったけど、晩年は、生活保護を受給しての困窮生活だった。

確かに、質素な部屋の様子は、それを物語っていたけど・・・
ただ、部屋には車券・船券・馬券の束・・・
台所には、酒缶の山・・・
灰皿には、タバコの吸い殻が満開の花をつくり・・・
故人の困窮生活は、悠々自適生活と表裏一体のように思えてきて、何ともスッキリしない気分に苛まれた。

生活保護費って、原資は税金。
汗水流して働く人々が納めた税金が、遊んで暮らす人の生活費に遣われる・・・
〝遊興快楽も基本的人権に含まれる〟と言ってしまえばそれまでだが、人が働いた金で遊ぶことに矛盾はないのか・・・
確かに、社会的な弱者を社会全体で守る仕組みは必要だし、その考え方は大切なものだと思う。
そして、事情も知らないのに〝不正受給者〟呼ばわりされては、故人もたまらないだろうし、また、故人の経歴を知らずしての批評は、極めて浅はかで軽率なものかもしれない。
しかし、救済すべき弱者の定義と救済の仕方が、どこかズレているように思えて仕方がなかった。
(・・・こんな感覚を持った私は、やはり薄情者なのだろうか。)


「その挙げ句に、コレ(自殺)かよ・・・」
結果、私の中には、故人を非難する気持ちが沸々。
憤りに近い嫌悪感が沸き上がってきた。

「仕事!仕事!」
余計なことを考えると、ただでさえ不調な心身が更に具合を悪くするばかり。
私は、頭を仕事モードに切り替えて部屋の細部見分を開始した。

「例によって、汚いなぁ・・・」
〝男〟という生き物のDNAには、整理・整頓・清掃という概念がプログラムされていないのだろうか・・・
多くの男性独居現場と同様、ここもまたヒドい有様だった。

「ここか・・・」
台所と部屋の境の床に、茶色の体液汚れ。
その上が、故人が最期にいた場所であることは、言わずと知れたことだった。

「随分と、念入りにやってあるな・・・」
汚染痕の真上を見上げると、柱にはネジ釘。
それが、束をつくるように何本もネジ込んであった。

「カレンダー・・・?」
部屋の壁には、カレンダー。
普通は、一年分を一冊にして掲げるものだと思うけど、ここは違っており、1月から12月まで一枚一枚切りはずされ、壁に横一列に貼られていた。

「何の印?」
よく見ると、それぞれの日数字には〝○〟〝△〟〝×〟の印。
それが、規則性なく書き込まれていた。

「何のつもりだろう・・・」
故人は、その印を、一日ずつ毎日つけていた感じ・・・
ギャンブルの勝敗?
仕事の有無?
懐具合?
私は、色々考えてみたが、どの想像もピンとこなかった。

「多分、そうかな・・・」
私は、故人が自分の気分または自分との戦いを、日々、書き記していたこと想像・・・
気分は良好・目標とする自分でいられた日は〝○〟・・・
気分は並・自分の弱さと引き分けた日は〝△〟・・・
気分は陰鬱・不本意な自分だった日は〝×〟・・・
・・・そんな具合に。

「楽じゃなかったんだな・・・」
全体を見渡すと、圧倒的に多いのは〝×〟。
〝△〟は、そこそこ。
〝○〟に至っては、かなりまばら。
何日にも渡って〝×〟が続いているところもあって、故人は、キツい日々を過ごしていたことが伺えた。

「ん!?・・・」
しばらく眺めていると、〝○〟〝△〟〝×〟以外、〝×〟に見間違うような斜線を発見。
よく見ると、ある日を境に、以降、全て斜線が引かれていた。

「もしかして・・・」
その斜線が意味することは、想像に難くなく・・・
私は、ドッと吹き出した虚無感と疲労感を抱えきれず、息切れに似た溜息をもって吐き出した。

「・・・と言うことは・・・」
境となった〝某月某日〟は、警察の見立てた死亡推定日・・・故人の最期の日・・・
以前から、その日を最期の日にすることを決めていたのか、それとも、人生の節目にしてやり直すつもりでいたのか・・・
奇しくも、その日は、故人の誕生日だった。

「やれるだけやってみたのかもな・・・」
何枚も書かれた履歴書・・・
警備用の蛍光棒・・・
工事現場用のヘルメット・・・
汚れてクシャクシャになった作業着・・・
散乱するそれらに、故人の格闘が見えた。

「俺だったら、ここまで頑張れないかもな・・・」
私の頭には、自分が同じような境遇に置かれた場合のことが過ぎった。
そして、それまでの故人を非難・嫌悪する気持ちは薄らいでいき、反対に、同士的な感情が湧いてきた。


最期の日、故人は印を入れないまま逝った。
そんなこと眼中になかったのだろうか・・・それとも、どの印を書けばいいのか、わからなかったのだろうか・・・
〝○〟が書きたくても〝○〟じゃない・・・
平穏に〝△〟といきたいところだったが、その日の自分には、どう考えても〝△〟はつけられない・・・
〝×〟なのかもしれないけど、自ら〝×〟はつけたくない・・・
そんな葛藤に、私は、人生の切なさと命の悲しさを再認識させられたのだった。


○ばかりの毎日が理想ではあるけど、×もあるのが現実。
力いっぱい奮闘しても、自分には△が限界。
○なんて、遠くにさえ見えてこない。
ちょっと休むと、すぐさま×に転落する・・・
しかし、人生は、最終的な合計点を人と争うものではない。
一日一日・一瞬一瞬の生き方を自分と競うもの。
そして、その瞬間・瞬間に、さっきまでの×をリセットできる特典が与えられているもの。

「先に死んだ人の分まで、頑張って生きよう」
なんて、故人を喰うような思いは持ちたくないけど、
「先に死んだ人が教えてくれたことを糧にして、直向きに生きていこう」
と、私は思っているのである。






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ねこみⅡ

2009-06-01 17:24:43 | Weblog
睡眠環境の好みは、人によって違うのだろう・・・
私は、ちょっと肌寒いくらい・・・布団を一枚で、暑からず寒からず、ポカポカになるくらいの温度が好き。
本来なら、暑い夏でも、寒いくらいにエアコンをかけて、布団を掛けて寝たいくらい。
しかし、世の中が、これだけ地球環境に配慮する風潮にある中で、そんな無謀なことはできない。
(ホントは、電気代が気になってできないだけの、〝エコ〟ならぬ〝エゴ〟。)

それにしても、不眠症を患う(煩う?)私は、どんなに長く横になっていても、充実した睡眠がとれない。
以前、その状態を、知り合いの医師に相談したことがある。
すると、
「身体と精神の疲労バランスが悪すぎるのではないか?」
とのこと。

それを考えると、確かに、思い当たる節がチラホラ。
惰眠を貪らせているのは、ただの怠心だから、逆に、眠れないのかも・・・
ちゃんと仕事をして、心身がバランスよく疲れれば、よく眠れるのかも・・・
グッスリ眠りたければ、もっとハードに働く必要があるのかも・・・
ん゛ー・・・仮にそうだとしても、この衰えてきた心身では、それも考えものだな・・・


「こんな時間にすいません・・・」
ある日の夜遅く、男性の声で特掃を依頼する電話。
時刻を気にしてか、男性は、声量を控えめに自分の身分を名乗った。

「どういたしまして・・・」
礼には礼をもって接するのが、私の流儀。
礼儀をわきまえた男性に好印象を抱いた私は、不機嫌の芽を生えさせずに済んだ。

「動物の死骸なんですけど・・・片付けてもらえるんですか?」
男性は、ちょっと言いにくそう。
それでも、困っているらしく、思い切って電話してきたようだった。

「はぃ・・・やりますけど・・・」
それまでにも、数々の動物死骸を処理してきていた私。
慣れているとは言え、一つ一つの作業を思い出すと、おのずと気分は重くなった。

「お願いした場合、いつ来てもらえますか?」
男性は、焦っている様子。
私が応じれば、すぐにでも呼び付けそうな勢いだった。

「お急ぎですか?」
急いでいなければ、そんな時間に電話をしてくるはずもない。
その察しはついていたけど、私にとって出動の要否は大事なので、念のためにそれを訊ねた。

「えぇ・・・急いでます・・・」
男性は、断られることを恐れている様子。
声を、低姿勢が伺えるようなトーンに落としてそう言った。

「明日の朝一とか?」
怠け者の私は、〝明日でいい〟という返事を期待。
祈るような気持ちで、男性の返答を待った。

「いぇ・・・できたら、今夜中にお願いしたいんですけど・・・」
やはり、相応の事情があるよう。
申し訳なさそうに言う男性に、私は、年貢の納め時を悟った。


夜の出動は、独特のおっくうさがある。
しかも、その時は、眠気もさしてきていた時刻だったので、余計にそう思った。
しかし、世の中は、私を中心に回っているわけではない。
仕事なら尚更で、自分の都合なんか二の次にしてお客の都合を優先するのは当然のこと。
私は、面倒臭がってグズる自分をなだめすかして、頭を切り換えた。


「では、これから向かいますので・・・到着は○時頃になると思います」
「来てもらえるんですか!?ありがとうございます!」
「ところで、動物は何です?」
「多分、猫だと思うんですけど・・・犬かもしれません」
「どちらかわからないんですか?」
「猫っぽいんですけど、やたらと大きいんですよ」
「そうですか・・・」
単に、見えにくいだけなのか、それとも判別不能なくらいに腐乱しているのか、はたまた、犬でも猫でもない第三の動物なのか・・・
私は、男性の曖昧な返答に、恐怖に近い不安を覚えた。


到着した現場は、閑静な住宅街にある一戸建。
夜が深まり、シーンの静まりかえる暗がりの中、依頼者の男性は私の到着を玄関先で待っていた。
私達は、お互い、名乗り合う必要もなく、簡単に挨拶。
そして、事の経緯と事情を話してもらった。

異臭は、数日前から周辺に浮遊。
当初は、その原因がこの家にあるとはまったく思わず、そのまま放置。
そのうちに、異臭の濃度は高まり、同時にハエが飛び回るように。
その状態を異常に思った男性は、念のために家の内外を点検。
そして、ウッドデッキの下に、妙な物体を発見したのだった。

男性は、この家の主ではなく、不動産会社の担当者。
家は空家で、男性の会社が仲介をして売却することになっていた。
そのためのオープンハウスを男性が企画。
宣伝広告もしっかりやって、それなりの来場者を見込んでいた。
しかし、敷地内に猫の腐乱死骸があっては、家がいくら良くても買い手がつくはずはなく・・・
開催日が翌日に迫ってのこの出来事に、男性は蒼冷めたのだった。


「この下か・・・」
男性に教わった通り、庭には建物続きのウッドデッキが設置。
腐乱動物は、その下に潜んでいるらしかった。

「どれどれ・・・」
私は、地に膝をつけ前傾。
デッキの下に懐中電灯の光を差し込んだ。

「あ゛ー・・・アレか・・・」
ウッドデッキの床板と、砂利の地面の間は約50㎝。
異臭が漂うその奥に、白っぽい毛を生やした物体が見えた。

「ありゃ、猫だな・・・」
今までの経験から、私は、犬説を否定。
そして、丸みのあるかたちに、猫を想像した。

「これだけ臭うってことは、かなり腐敗が進んでるはずだな・・・」
腐敗度が浅い硬直状態か、肉が完全に消化して毛皮と骨だけになったミイラ状態が好ましい。
しかし、これは、最も困難な状態・・・腐乱溶解の真っ只中にあるようだった。

「ここに潜れってか?・・・」
デッキの下は、這うくらいの高さしかなく・・・
土に汚れるのはもちろん、作業が困難なものになることを覚悟した。

「〝夜〟っつーのがミソだよな・・・」
明るい昼間なら、不気味さも半減したはず。
この作業を夜中にやらなけるばならないことに、太刀打ちできない因果を感じた。

「コレ、抱えんのか?・・・」
私は、猫を自分の手で抱えることに強い抵抗感。
這った姿勢で抱えたら、顔にくっつく恐れもあり・・・
さすがに、それは御免だった。

「崩れたら、目も当てられないしな・・・」
下手に持ち上げて崩壊でもしたら、とんでもないことになってしまう。
私は、そのリスクを避けるため、策を思案した。

「そうだ・・・そうしよ・・・」
私は、シャベルを使うことに。
手で抱えることを免れただけで、嬉々安堵。
イソイソと車からシャベルを持ってきた。

「ヨッシャ!始めるとするか!」
意を決した私は、使い捨ての防護服を身に纏い、地面に腹這いに。
片手に懐中電灯、片手にシャベルを持って猫に向かって匍匐前進した。

「やっぱ、猫だ・・・」
近づくと、動物の正体が判明。
目玉は、ウジに食われてなくなっていたけど、それは間違いなく猫だった。

「それにしても、デカい猫だなぁ・・・」
豊食の飼猫だったのか、その図体は巨大。
その下にシャベルを差し入れるにも、一苦労を要した。

「うげー!」
動かした死骸は、予想通り、死後硬直を通り越して溶解軟化。
グズグズのズブズブ状態で、毛も皮も肉も内蔵もあったものではなく、慎重に動かさないとイケないかたちに分解してしまいそうだった。

「俺って・・・」
深夜の住宅街、地ベタに這いつくばって、人知れずヘンテコな作業をする男が一人。
その様には、自分でも滑稽に思えるくらいの奇妙さがあった。


作業を終えた私は、本来のかたちを失った猫を車に乗せ、帰途に・・・
死体と夜中のドライブ(遺体搬送業務)をしたことは何度もあるけど、それが腐乱猫となると、また独特の雰囲気。
普通に考えると、気味のいい車中ではないはずだったが、私は、ひたすら疲労困憊。
ルームミラーに映る暗闇に怯える余裕もなく、来たときの道をそのまま逆に車を走らせた。

その日の私には、夜明けを待つ昼間の通常業務があった。
とっとと布団に戻りたかったけど、やってきたことを考えると、風呂に入らない訳にはいかない。
心地よい疲れと不快な睡魔を抱えながら、急いで入浴。
そして、
「人生って、なかなか愉快な代物だな・・・感謝!感謝!」
と、自分をなだめながら、病に寝込むかのように、グッタリと短い床についた私だった。






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