特殊清掃「戦う男たち」

自殺・孤独死・事故死・殺人・焼死・溺死・ 飛び込み・・・遺体処置から特殊清掃・撤去・遺品処理・整理まで施行する男たち

自憂

2012-11-23 15:29:09 | 特殊清掃
「どうしてくれんのよ!みんな“出ていく”って言ってるじゃない!」
「家賃収入で生活してるのに、この先、どうすればいいのよ!」
女性は、怒り心頭の様子で男性に怒鳴った。

「相続は放棄しますが、とりあえず、部屋を空にするまではこちらの責任でやります」
「申し訳ありませんが、あとのことは責任持てません」
男性は、女性の激高も意に介さず、淡々と自分の心積もりを話した。

「掃除だけでも先にやった方がいいかと・・・」
「近所に迷惑がかかってるようですから・・・」
揉め事に巻き込まれるのを避けたかった私は、話の向きを変えようと努力した。


現場は、古い町並みに建つ老朽アパート。
一階に二部屋、二階に二部屋。
その二階の一室で、孤独死・腐乱死体が発生したのだった。

そこにいたのは三人。
現場アパート大家である女性と、故人の甥である男性、そして、特殊清掃業者の私。
かってでたわけではないが、第三者である私は仲裁役のようになってしまい、双方から事情をきくことになってしまった。

大家女性は70代。
資産家というわけではなく、運用している不動産はこのアパートだけ。
安くない固定資産税を払いながら、少ない年金と家賃収入でなんとか生活を維持。
本件が原因で他住人も「出て行く」と言っており、家賃収入がなくなれば生活が破綻するのは明らか。
「場合によっては、アパートを叩き売りし、その資金を余生で食いつぶしていくしかないか・・・」と不安に駆られていた。

遺族男性は50代。
故人は、男性の亡き父の弟。
父親(故人の兄)が生きているうちは何とか兄弟付き合いをしていたが、父親が亡くなってからはほとんど無縁状態。
「他人に意見されたり誰かに束縛されたりするのを極端に嫌がる人で、親戚付き合いも自分から拒絶してまして・・・」と、男性は諦め顔。
生前の関わりが薄かったせいだろう、男性に故人に対する情や思い入れはない様子。
ただ、今回、故人の死亡にあたって、警察行政が親族を探し、男性のところに行き着いたのだった。

ある意味で、女性・男性双方が被害者。
役に立ちそうなコメントが思い浮かばなかった私は、自分の立ち位置を喪失。
大家女性から鍵を預かり、キナ臭さが漂うその場から逃げるように、錆びて軋む鉄階段を上った。


ドアの前には、いつもの腐乱臭。
窓越しにはでっかく成長した無数のハエ。
私は、手袋と専用マスクを装着し、ドアを開錠した。

私を出迎えたのは、酷くクサく高温の空気。
そして、おびただしい数のハエ。
彼らは、突然現れた私に過剰に反応し、空中を乱舞した。

目が悪いのか、はたまた慌てているのか、もちろん、私に遊んでほしいわけではないだろうが、何匹ものハエは私に衝突。
ただ、そんなこといちいち気にしてたら仕事にならない。
私は、ハエを無視して、足を一歩踏み入れた。

間取りは2K。
トイレはあるけど風呂はなし。
故人が最期を迎えたのは、そのトイレだった。

狭い床は全滅状態で、白いはずの便器も大きく変色。
ドス黒い粘液となった元肉体はトイレのドアを余裕で、台所の一部をも侵略。
故人の体型を浮かび上がらせる不気味な紋様をつくっていた。

その中には、無数のウジが徘徊。
また、その蛹は部屋全体に拡散。
あとは、ハエになって飛び立つのを待つばかりだった。

部屋中に転がっている蛹をよけて歩くのはほぼ不可能。
蛹と靴には申し訳なかったが、私は、それらをプチプチと踏み潰しながらゆっくり歩行。
故人の暮らしぶりを想像しながら、上下左右と部屋を見回した。

部屋にある家財は古びたものばかりで、家電もかなりの老朽品。
生活汚れもヒドく、あっちもこっちもホコリまみれ。
どうみても悠々自適な生活をしていたようには見えなかった。


とにもかくにも、遺体汚染の処理が最優先。
とても“ハイ!よろこんで!”といった気分ではなかったけど、特掃の依頼を受けた私に断る道はなし。
私は、こんな仕事をしなければならない悲しみと、こんな仕事でもそれができることの喜びをもって作業の準備にとりかかった。

“特殊清掃”って難しい感じを受けるかもしれないけど、実のところは単純な作業。
+αの忍耐力と+αの装備がいるだけで、基本動作はただの掃除と変わらない。
単純にいかないのは、もっぱら頭と心の方なのである。

ただ、トイレのような狭いところでやる作業は身体の自由が制限され、極めてやりにくい。
特に、洋式便器の向こう側(裏側)は、開き直って身体をあずけないと手が届かない。
大袈裟な言い方だけど、作業服が汚れることや顔に便器が近づくことを怖れていてはうまくできないのである。

ここも例外ではなく、作業の難易度は高かった。
しかし、それを愚痴っても代わってくれる人間はおらず。
私は、ひとつひとつの段取りを踏みながら、少しずつ着実に作業を進めた。

一般の御宅のトイレ掃除ならものの15分程度だろうか・・・
しかし、非一般の汚宅のトイレ掃除はそうはいかない。
実に二時間余の時間を要して、見た目だけはなんとかきれいにした。


「うあ・・・こりゃヒドイな・・・」
「あまりいい生活はしてなかったみたいだな・・・」
部屋をみた男性は、条理を達観したかのようにそうつぶやいた。

「うあ・・・汚い・・・」
「好き勝手にやるのはいいけど、人に迷惑をかけちゃどうしようもないでしょ!」
部屋をみた女性は、不条理を寄せ付けまいとするかのようにそう吐きすてた。


自分の自由が他人を不自由にすることがある。
他人の自由が自分を不自由にすることがある。
自分の自由が自分を不自由にすることがある。

金・時間・健康・人etc・・・それらはある程度の自由を与えてくれる。
責任・使命・社会通念・常識・法etc・・・それらはある程度の自由を守ってくれる。
そしてまた、自制心のなさや忍耐力のなさが、自由をもたらすこともある。

自分が自由になれないのは何故?
金・時間・健康・人etcが足りないから?
責任・使命・社会通念・常識・法etcが重すぎるから?

いや、それだけじゃないだろう・・・
私から自由を奪っているのは、いらぬ外聞・俗世間体・無用の体裁・余計な面子・つまらないプライド・・・そういったものかも・・・
裸になれない心が、自分から自由を奪っているのではないだろうか・・・

・・・なんて、不自由な頭で自由を考えている私である。





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