特殊清掃「戦う男たち」

自殺・孤独死・事故死・殺人・焼死・溺死・ 飛び込み・・・遺体処置から特殊清掃・撤去・遺品処理・整理まで施行する男たち

迷 ~中編~

2012-04-29 09:53:59 | ゴミ部屋 ゴミ屋敷
私は、イヤな思い出をグズグズと引きずりやすい。
忘れたほうがいいことはなかなか忘れられず、忘れてはいけないことは簡単に忘れてしまうタイプ。
女性宅から引き上げてから数日は、何となくそのことが気になっていた。
が、結局のところ、ベースは冷酷・冷淡。
その出来事は日ごとに私の脳表から消え、そのうち、脳裏からも消えていった。

それから、何日か経った後、私の携帯が鳴った。
ディスプレイには見慣れない番号。
“折り返し着信”の表示もなし。
それは、狭い人間関係の中で生きている私にとっては珍しいこと。
「もしもし???」と、私はよそ行きの声で電話をとった

電話の向こうは、中年の女性の声。
女性は、はじめに名を名乗ったのだがピンとこず。
「娘のアパートのことなんですが・・・先日、見に行ってもらったそうで・・・ゴミを片付けたいのですが・・・」
説明を受けると、頭の???は一つ一つ消えていった。
相手は、私が片付けを断ったゴミ部屋の女性の母親だった。

結局、あれからほどなくして、大家と管理会社は、あらかじめその理由と日時を示したうえで強制的に立ち入ることを通告。
そして、予定通り、女性の部屋を強制開錠し、社会通念がひっくり返るような光景は公に。
大家も担当者も唖然としただろう。
唖然と通り越して愕然としたかもしれない。
または、再三の内見依頼を断られて末のことだったので、強い憤りを覚えたかもしれない。
どちらにしろ、その後、一騒動起こったことは想像に難くなかった。

賃貸借契約の連帯保証人となっていた母親のもとに電話が入ったのは当日のうち。
電話にでた母親は“寝耳に水”。
管理会社の担当者が何を言っているのか、すぐに理解できなかった。
しかし、担当者のハイテンションぶりから、大事が起こっていることを感知。
すぐさま、娘に電話をかけて事の真相を問いただした。

母親は、ゴミ部屋というものを具体的にイメージできず。
想像できるのは、整理整頓や掃除がキチンとされてなく、ひどく散らかっている程度の部屋。
そこで、娘に室内の写真を撮らせてメールを送らせた。
ただ、幸か不幸か、写真は写真。
部分的な写真からは、断片的な情報しか得られず。
ネズミ・ゴキブリの存在はもちろん、ニオイも伝わらず。
娘と部屋がマズイ状態にあることはわかりつつも、事の深刻さを理解するには情報が足りなかった。

女性の実家は遠い地方の街にあり、簡単に行き来できる距離にはなかった。
そうは言っても、管理会社が発する言葉は重いものばかり。
母親は現地確認の必要に迫られ、急遽、上京。
そして、娘のアパートを訪問。
と同時に、部屋の惨状を目の当たりにし、驚き、悲しみにうなだれたのだった。

一通りの話を聞いた私は、再度、女性の部屋に出向くことに。
ただ、母親は遠方から急遽来たため、何日も居ることができず。
「できるだけ早く来てほしい」とのことで、結果、その日のうちに行動を起こすことに。
私は、作業予定に追加が発生したことを会社に報告しながら、女性と再び顔を合わせることに気マズさを覚えて浅い溜息をついた。


現場に着いたのは当日の夕刻。
陽は前より更にながくなっており、外は真昼のように明るかった。
私は、アパート正面の路上に車をとめ、母親の携帯に電話。
目の前に到着したことを伝え、玄関に向かって足を進めた。

少し間をおいて、玄関ドアは開いた。
そして、中からは、一人の女性がでてきた。
歳の頃は60代か、年齢以上に疲れた表情を浮かべていた。
玄関の奥に見える室内は、相変わらず外とは対照的に薄暗。
また、前回同様、ゴミ部屋独特の異臭が鼻を突いてきた。

肝心の女性は不在の様子。
意図して外出していたのか、所用で出かけていたのかわからなかったが、女性と会いたくなかった私にとって、それは幸いだった。
女性も私と会いたいわけはなかったし、顔を合わせたところでお互い気マズイ思いをするだけだったはずだから。
女性がいないことがわかると、私が抱えていた後ろめたさは影を潜めた。

「お世話になります・・・」
「まったく、恥ずかしいかぎりで・・・」
管理会社や大家から苦情を言われたて気持ちが萎えていたのだろうか、母親は私にまで低姿勢。
気マズそうに、悲しそうに、また詫びるように頭を下げた。

「かかる費用は娘から聞きました」
「その金額でかまわないので、早急に片付けてもらえませんか?」
ゴミは、自分の手に負えるレベルをとっくに越えている。
また、他人にも迷惑をかけてしまっている以上、一刻の猶予もゆるされない状況だった。

「片付けるのに何日くらいかかりますか?」
「こっちには何日もいられないもので・・・」
急いで片付けなければならない理由は内外にあった。
ゴミを撤去するだけなら何日もかからないことを伝えると、母親は安堵の表情を浮かべた。

「代金の分割払いはできますか?」
「ちょっと事情があるもので・・・」
母親もまた分割払いを希望。
これには、私も意表を突かれ困惑。
前回と同じく腕を組んで表情を硬くしたが、とりあえず、事情をきくことに。
かなりプライベートな領域にまで立ち入るかもしれないことを先に詫び、女性の話に耳を傾けた。


それは、10年余前のこと・・・
女性(娘)には、夢(就きたい職業)があった。
そこで、上京を希望。
しかし、両親にとって娘の夢は非現実的。
とりわけ、父親は強く反対。
都会での一人暮らしや女性の将来を案じてのことだった。

しかし、女性は夢を諦めず。
粘り強く両親の説得にあたった。
それでも、父親は反対の意思を変えず。
ただ、母親は若い娘の可能性を無下にすることに不憫さを覚え、結局、折れることに。
賃貸借契約の連帯保証人になったり夫に内緒で経済支援をしたりと、陰で女性を応援した。

当の女性は、アルバイトや派遣など、不安定な職を転々としながら夢を追いかけていた。
その力の源には若さがあった。
しかし、夢と現実は重なりにくいのが世の常。
夢に近づくことなく、年月ばかりが経過。
夢は遠ざかるばかりで、そのうちに視界から消失。
その後は、現実に追われるだけの生活に。
定職にも就かず、「(実家に)戻ってきなさい」という母親の声も聞き流し、惰性の生活を続けた。

分割払いを希望してきた理由は、“夫(女性の父親)に知られないため”。
夫の反対を圧して娘の上京を認め、また、その生活を支援してきた経緯があり、今回のことが知れてしまうのはかなりマズイ様子。
夫が娘に激怒するのは必至で、母親は、それによって娘が余計におかしくなることを怖れていた。
ついては、代金を日常の家計費に隠し込む必要がある。
そのための分割払い希望だった。


母親には、素人にありがちな認識不足があった。
ゴミ部屋の場合、ゴミを片付ければ問題が解決すると思っている人が大半。
しかし、現実として、それで済む例は少ない。
内装建材に腐食汚損が生じていることが多い・・・つまり、原状回復には内装改修工事がともなうことが多いのだ。
そうなると、かかる費用は倍増する。
仮にそうなった場合、夫に秘密にしておくのは無理なことなのではないかと思われた。

ただ、想定される部屋の内装汚損具合はビミョーだった。
経験のもとづいて考察しても、内装が傷んでいてもおかしくないレベルながら、傷んでいない可能性も充分に考えられるレベル。
正確なところは、ゴミを撤去したうえでないと判断不可。
したがって、私には、内装工事の必要性まで言及することに迷いが生じた。
無責任に不安をあおるようなことを言ってはならないし・・・
かといって、想定されるリスクを事前に伝えることは大切なことだし・・・
結局、
「内装改修工事が必要になるケースもある」
「本件がそれに当てはまるかどうかはビミョーなところ」
と、中途半端な推測を伝えた。
それを聞くと、母親はかなり動揺。
やはり、内装改修工事の必要になることなんて微塵も想定していなかった様子。
「その場合、どういう工事が必要になるんですか?」
「どのくらいの費用がかかるんですか?」
と、しきりに訊いてきた。
私は、“余計なこと言っちゃったかな?”と思いつつ
「内装は痛んでいない可能性もありますから・・・」
「現段階ではハッキリしたことは言えません・・・」
と、曖昧な返答をし、向けていた視線を母親から外した。

ゴミの片付けだけで済めば隠し通せる・・・
しかし、内装改修工事にまで発展すれば隠し通せない・・・
母親は、夫に相談するかどうか迷いはじめた。
が、私は、「隠さないほうがいいのでは?」とアドバイス。
「代金を一括で払ってもらいたい」という心理が働いたのも事実だけど、理由はそれだけではなかった。
本件は女性の将来を左右する転機になるかもしれず、“家族皆で連帯するほうがプラスに作用しやすいのではないか”といった考えを抱いたからだった。


前回、条件はほとんど同じなのに女性を信用する気になれなかったのだが、ここでは、母親を信用する気持ちが湧いてきた。
迷いの中で苦悩する姿に真剣さが感じられたから。
子を思う母の姿に無条件の愛が見えたから。
結果、私は、この依頼を引き受けることに。
判断を保留して会社に持ち帰ることなく、その場で請け負うことを決めた。

そして、
「問題はゴミですけど、本当に問題なのは、ゴミを溜めてしまう心の部分だと思います」
「叱るのは後にして、まずは、娘さんの話をよく聞いてあげたほうがいいと思いますよ」
私は、分割払いを承諾したことを笠に知った風なことを言って、女性の部屋を後にした。
「人としては間違った判断ではない」と自信を持ちながら・・・
「仕事としては間違った判断かも・・・」と自信を失いながら・・・

つづく




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迷 ~前編~

2012-04-22 15:53:40 | ゴミ部屋 ゴミ屋敷
つい先日、携帯電話を忘れて出勤したことがあった。
ケータイを持っていないことに気づいたのは、通勤の途中。
時計がわりに時間をみようとしたときのことだった。
一瞬、失くしたことを心配して肝を冷やしたが、家に置いてきたことをすぐに思い出してホッ。
ただ、とりに引き返すと遅刻は必至・・・
しかし、引き返さないと、一日中、不便な思いをしてしまいそう・・・
私は、迷った。
ただ、急な出動がないかぎり、その日は外出の予定はなし。
結局、「ま、なんとかなるだろ」と、自分に似合わないポジティブな考えを持って、そのまま出勤した。

しかし、ケータイを持っていないと何とも落ち着かないもの。
自分の不便だけにとどまらず、場合によっては、他人に迷惑をかけてしまうこともあるし。
「誰かから電話がかかってきているかも・・・」
「大事なメールが届いているかも・・・」
ことあるごとに、そういった考えが頭を過ぎった。
が、幸い、大きなトラブルはなく一日は過ぎた。

夜、帰宅した私は、ケータイに向かって直行。
そして、すぐさま、中を確認。
ただ、心配する気持ちをよそに、着信電話も着信メールもゼロ。
本来なら事なきを得たことに安堵すべきなのだが、妙に寂しい気分に苛まれたのだった。


ケータイで迷うことがもうひとつ。
今の機種は二年半くらい使っている。
そして、ここのところ調子が悪い。
通話圏内にもかかわらず圏外表示になる。
こうなると、電源を落として再起動しないと復旧しない。
また、電話がかかってきても、受話器がなかなか上がらない。
受話ボタンを何回か押さないと“通話中”とならない。

あと、とにかく重い(重量ではなく処理速度が)。
単に時刻を知りたいだけのときでも開くのだが、ディスプレイに画像が揃うのに3秒くらいかかる。
つまり、ケータイを開けて時刻が表示されるまで3秒かかるわけだ。
「たった3秒?」と思うかもしれないけど、これが結構イラつく。
“隊長”のキャラが立ち過ぎて誤解されているかもしれないけど、私は、かなり気の短い性格。
回りに誰もいない時なんかは、「ふざけんな!ブッ壊すぞ!このヤロー!」等とケータイに怒鳴ってしまうような輩である。

そんなこんなで、そろそろケータイを新機種にする必要がでてきている。
そこで、問題なのが、新しいケータイをスマホにするか従来型のままにとどめるか。
普通に考えるとスマホなのだが、私の場合、使用ツールは極少。
電話・メールをはじめ、電卓・渋滞情報・天気予報・写真・・・その程度。
音楽を聴いたり、映像を観たり、何かをダウンロードしたり・・・そんな凝った使い方はしていない(できない)。
したがって、スマホを持ったところで“宝の持ち腐れ”になるのは明らか。
しかも、使い方(特に文字の打ち方)が大きく変わるはずで、そうなると慣れるまでの間、相当のストレスがかかるはず。
イラついて、叩きつけたくなるかもしれない。
にもかかわらず、回りの皆が持つスマホと使用欲のともなわない所有欲が邪魔をして、選択に迷いが生じているのである。



ゴミ部屋の主を名乗る女性から相談が入った。
何かに追い立てられているような口調から、私は、女性がゴミを緊急に片付けなければならない事情を抱えていることを推察。
建物のタイプ、階数、間取り、主なゴミの種類、食べ物・液体・糞尿の有無、ゴミの堆積高、床が見えているかどうかetc・・・頭にできあがっているマニュアルに沿って、事務的に質問を投げかけた。

建物のタイプは軽量鉄骨造の二階建アパート。
女性の部屋は一階。
間取りは一般的な1DK。
主なゴミは食べ物ゴミ・雑誌・衣類、糞尿はなし。
ゴミ高は膝くらい、床は見えておらず。

私は、積み重ねた経験をもとに積み重なったゴミを想像。
女性に大まかな作業内容、作業期間、かかる費用を伝えた。
すると、女性は、覚悟していたように大きく溜息。
その様子から、かかる費用が女性にとって過大であることと、それにともなって大きく落胆したことが伺い知れた。

女性は、既に、各方面に相談していた。
しかし、費用が大きな障害に。
女性の予算をきくと、どの業者も話を打ち切った。
私も女性の予算額を聞いたが、それは、現地調査に出向くまでの価値もない金額。
結局、それまでに現地を見に行った業者はどこもいないようで、私もまた、現地調査に出向く必要性を感じなかった。

電話の向こうには、助けを求めている人がいる。
「百聞は一見にしかず」を痛感したことも多々あり。
また、仕事にならない可能性が高くても、できるかぎり現地調査に出向くのが当社のスタンス。
あと、私は、根は冷たいくせに“温かい心の持ち主気分”を味わうのが好き。
ボランティア精神なんか持ってないくせにボランティアっぽい動きをみせて善人を気取るのが好き。
そんな感情と事情が頭の中で混戦し、結果、私は現地に出向くことでそれに決着をつけることにした。


現場に着いたのは当日の夕刻。
陽がながい季節で、まだ外は真昼のように明るかった。
私は、アパート正面の路上に車をとめ、女性の携帯に電話。
目の前に到着したことを伝え、玄関に向かって足を進めた。

少し間をおいて、玄関ドアは開いた。
そして、中からは、一人の女性がでてきた。
歳の頃は30代か、抱いていた印象の通り暗い表情をしていた。
玄関の奥に見える室内は、外とは対照的に薄暗。
まだ一歩も入らないうちに、ゴミ部屋独特の異臭が鼻を突いてきた。

事前情報の通り、ゴミは膝くらいの高さまで堆積。
床は一部たりとも見えておらず。
ただ、圧縮度は低く、堆積年月はそんなに長くなさそう。
食べ物関係のゴミが主で、衣類・雑誌などがゴチャ混ぜ。
更に、天井・壁にはゴキブリが堂々と構え、ゴミ野には人目もはばからずネズミが走り回っているような状態だった。

事の発端は、近隣におけるゴキブリ・ネズミの大量発生と異臭の漏洩。
その原因として疑われたのが女性宅。
苦情を受けた管理会社をはじめ、近所に住む大家も「中を確認させろ!」と迫ってきていた。
対する女性は、何だかんだと理由をつけてはそれを拒み続けてきたが、とうとう策も尽き・・・
「管理鍵を使って強制的に入る!」と警告されるに至っていた。

見積もった費用は、電話で伝えた費用とほぼ同額。
女性が払える金額には程遠いもの。
それでも、女性はゴミを片付けてくれるよう懇願。
「分割払いにしてくれれば必ず払う!」と涙ながらに訴えてきた。

女性の収入は低額・・・
正規雇用での勤務ではなく、更に、転職の繰り返しで勤務歴は短く・・・
ブラックリストに載っているのか、カードは不所持・・・
金を貸してくれそうな人や保証人になってくれそうな人もおらず・・・
もちろん、担保はなし・・・
部屋は賃貸で、引越逃亡も可能・・・
女性が示す判断材料は、役に立たないものばかり。
女性の信用度は上がるどころか、話を聞けば聞くほど下がるのだった。

もともと、私は安易に人を信用しないタイプの人間。
神経質で用心深い人間はやらないような仕事に就いているけど、神経質で用心深い。
更に、過去に、代金を踏み倒された経験が何度もある。
その脳裏には、苦い過去が蘇生。
私は、涙を浮かべる女性を前に腕を組み、表情を硬くした。

依頼を受けるかどうか、私は迷った。
目に前の現実は「No」なのだが、「Yes」となる要素が少しでもないか探した。
しかし、残念ながら、そんな要素はどこにもなかった。
それどころか、女性の口からは最後まで「自分で片付けようとした・・・」といった言葉もでず、自分でやろうかどうか迷ったような様子もなかった。
また、部屋には、自分で片付けようとした形跡もなく、結局、そこのところに人間の狡さがみえてしまった。
そして、その涙に、最後まで代金を払い続ける決意や必死さではなく、自己中心的な打算のようなものを感じてしまった。


担保なし、保証人なし、クレジットカード使用不可・・・
そんな依頼者でも、簡単な文書契約のみの信用ベースで分割払いに応じているケースはいくつもある。
(ちなみに、無職者、家賃・公共料金等の滞納者、多重債務者の場合は応じない。)
主たる判断材料は、個人的な感覚。
依頼者の人物像にもとづいて社内で協議して決める。
そして、多くの人が、その信頼を裏切らず払ってくれる。
しかし、少なからずの人は、その信頼を裏切るのである。

始めから騙すつもりの人はいないと思う・・・そう信じたい。
しかし、人間は弱いもの。
咽もとを過ぎれば熱さを忘れる。
心配事が片付き、不安が解消すると、マインドが変わる。
ただでさえ楽な生活をしているわけではなく、支払いは後回しになっていく。
そのうち、払わなければならない金が惜しくなる。
更に経つと、金を払うことが損なことのように思えてくるのである。


同じような条件でも依頼者を信用して請け負うことはあるけど、ここでは、女性を信用する気持ちは湧いてこず。
結局、私は、この依頼を引き受けなかった。
判断を保留して会社に持ち帰ることなく、その場で断った。
そして、
「何もやらなければいつまでも片付かないけど、アクションを起こせばいつかは片付く」
「時間と手間はかかるけど、その気になれば自分でも片付けられるはず」
そんな話をして、私は女性の部屋を後にした。
「仕事としては間違った判断ではない」と自信を持ちながら・・・
「人としては間違った判断かも・・・」と自信を失いながら・・・

つづく



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宝さがし

2012-04-15 10:15:12 | 生活保護 特殊清掃
私は、ケチ。
そして、強欲。
私の身近にいる人は、とっくに気づいているはず。
仕方のないことだが、相当の陰口を叩いている人もいるかもしれない。

世の中には、よく、人におごる気前のいい人がいる。
しかし、私は違う。
私の場合、自分におごってばかり。
人におごるなんてことは滅多にない。

寄付金や義援金の額も些少。
しかも、渋々。
税金や社会保険料のように、強制的に課されないと積極的に差し出さない。
いい歳をして、恥ずかしいかぎり。

欲も深い。
そして、無駄な欲が多い。
頭は衰えても、これが衰えることはない。
“使用欲のともなわない所有欲”と“物欲のともなわない金銭欲”が先走っている状態。

そのせいか、モノが捨てられない性分。
特に、子供の頃はひどかった。
使わないモノでも、手に入れたものは見境なく保管。
しまいには、モノを擬人化して、捨てる際には泣いてしまうような始末だった。

この歳になっても、その本質は変わっていない。
ただ、それなりの知恵はついた。
“一年使わなかったモノは一生使わないモノ(非常時の備蓄以外)”との考えで、余計なモノは持たないように心掛けている。
「墓に衣は着せられぬ」・・・このことをイヤと言うほど体感しているから。



訪れたのは、街中の老朽マンション。
エレベーターを降りると、私の鼻は例の異臭を感知。
「生活保護の方で、発見が遅れちゃいまして・・・」
当マンションを管理する不動産会社の担当者は、気マズそうにそう言い、ハンカチを鼻にあてた。

目的の部屋は、エレベーターの目と鼻の先。
その位置が、他の住民への迷惑を倍増させていた。
玄関ドアの隙間には目張り。
担当者が貼ったのだろう、長方形に貼られたガムテープが、その先に別世界が待っていることを私に示していた。

私は、ポケットに常備している手袋を両手に装着。
そして、ペリペリと目張りのテープを剥した。
次に、愛用のマスクを装着。
「ちょっと見てきます」と、こもった声で担当者に告げ、素早く身体を室内に滑り込ませた。

室内は、作業服の上からでも湿気を感じるくらいの不快温度。
同時に、目に見えない異臭が身体に纏わりついてくるのを感じた。
しかし、そんなこと気にしていては仕事にならず。
私は、マスクと手袋とノミの心臓を信じて玄関を一歩上がった。

狭い1Rには家具家財がびっしり。
足の踏み場もないくらいに家具が詰め込まれていた。
ある程度は整理整頓されているものの、とにかく家財が大量。
私は、両側にそそり立つ家具の隙間を縫うように足を進めた。

少し進むと、汚染痕を発見。
それは床に敷かれた布団にあった。
ただ、それは、普通の敷布団を縦に二つ折りにした状態のもの。
家具がひしめく部屋に、布団を広げるスペースは残っていなかったのだった。

丸く凹んだ枕には、大量の頭髪と頭皮。
細長くたたまれた敷布団は人型に茶黒く濡れていた。
故人は、その細長い布団で寝起きしていたよう。
そして、そこで亡くなったようだった。

その脇には、折りたたみ式の小さな座卓。
その上には、眼鏡と数種の薬。
そして、食事の跡。
真っ黒に変色・乾燥萎縮したバナナが、故人の身に起こったことを代弁していた。

汚染度に比して、空中のハエは少数。
ピンときた私は、敷布団の隅を持ち上げてみた。
案の定、布団の舌には無数のウジが待機。
ハエになって自由に飛び回ることを夢見ながら?隠れていた。

夢は儚いのが常。
私の目に触れた時点で、ウジ達はハエになる前に始末される悪運に落ちた。
が、相手は何千匹、一匹逃さず始末するのは至難の業。
少なからずの者?が私の手から逃げのびるであろうことは容易に想像でき、私は、その幸運までは奪えないことに納得した。


故人は、初老の女性。
このマンションに越してきて、一年も経っていなかった。
どういう経緯で生活保護受給者になったのはわからないけど、とにかく、部屋に入るだけの“財産”を持ってきたよう。
そのため、ゆったり横になるスペースも失ったようだった。

「故人は、物理的には窮屈でも、精神的にはゆったりと生活していたのかもしれないな・・・」
私は、故人の気持ちがわかるような気がした。
“持っている”ということで何となく安心できることってあると思うから。
目に見えるモノを失うことで、心が細くなることってあると思うから。

しかし、残念なことに、主を失った家財はゴミとなる。
とりわけ、タップリの異臭を吸い、たくさんのハエ糞をつけたモノはゴミ以外の何物でもなくなる。
どれもこれも捨てたくないものに違いなかっただろうに、他人の手にかかれば一気に廃棄処分となる。
どんなに大切にしていても、死を境に、“モノ”の境遇は一変してしまうのだ。

ただ、これは、自分の身体さえ置き去りにせざるをえなかった故人にはどうすることもできないこと。
生きているうちには捨てることができなかった大切なモノを、他人が簡単に捨てる・・・
それが社会に必要なこと・・・
私は、死体痕が消えていく様に安堵する反面、故人が大切にしていた家財が躊躇いなく消されていく様に妙な虚しさを覚えた。


モノを大切にするのは非常にいいこと。
しかし、使わないモノを持っていても仕方がない。
モノを持ちすぎると重荷になる。
モノに執着しすぎると窮屈になる。

それはわかっている。
しかし、モノに大切な想い出を転化してしまう。
また、「いつか必要になるときがくるかも・・・」と思ってしまう。
そうして、次々に捨てられないモノをつくってしまう。

特に、長く持っていたモノ、長く使っていたモノは手放しにくい。
単なる愛着を越えた思い入れを抱く。
人が人生において最も長く使うモノは、自分の身体。
ただ、これも老い、衰え、いずれ、手放さなければならない時がくる。


いくら持っても欲は尽きず、いくら買っても古くなる。
いくら食べても腹は空き、いくら飲んでも酔いは醒める。
いくら張ってシワは刻まれ、いくら鍛えても体力は衰える。
いくら笑っても時は過ぎ、いくら泣いても死は免れない。

目に見えるモノの追うのは、時に虚しい。
否応なく古び、容赦なく朽ち、際限がないから。
目に見えるモノを抱え込むのは、時に虚しい。
いつか手放さなければならないことがわかっているから。

不動産、高級車、ブランド品、宝飾品、貴金属、美術品etc・・・
経済価値の高いモノは、だいたい大切なモノ。
知性、品性、人格、情、義、希望、想い出、人間愛、精神力、思想哲学、学識etc・・・
経済で計ることができない、そんなモノも大切なはず。

外に持つモノではなく、人が内に持つモノが本当の宝だったりする。
それは、一生を通じて人の幸せを支える基礎だから。
流行によって古びることもなく、時間によって朽ちることもないから。
そして、ひょっとしたら、天国に持って行けるものかもしれないから。

ま、こんなことは、私ごときがあらためて文字で訴える必要はないだろう。
大方の人はわかっているはず。
折に触れ、自分の心が答えているはず。
自分にとって大切なモノ・大切にすべきモノを、優先順位を決めるうえでの基準・取捨選択の基準を。


私は、一生、ケチな男のままだろう。
そして、この強欲は、一生、治まらないだろう。
ただ、自分に必要なモノは、自分にとって大切なモノは、時間や金や健康や人などといったモノだけではないことを知りつつある。
そして、そのボンヤリと感じられるモノを文字にして反芻しながら、人生の宝探しを続けているのである。




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