特殊清掃「戦う男たち」

自殺・孤独死・事故死・殺人・焼死・溺死・ 飛び込み・・・遺体処置から特殊清掃・撤去・遺品処理・整理まで施行する男たち

生きる側

2014-12-02 14:47:04 | 遺品整理
暦は、もう師走。
今年も残すところ一ヵ月。
「過ぎてみるとはやいな・・・」
いつもそう思う。

チビ犬がいなくなって、ちょうど三週間。
「寿命だった・・・」「天寿をまっとうした・・・」
と自分に言いきかせている。
ただ・・・やはり寂しい・・・
夢でもいいから、幽霊でもいいから、目の前に現れてほしいと思ってしまう。

毎日、チビ犬のことを思い出す。
まだ、思い出さない日はない。
でも、号泣することはなくなった。
(当日とその後の三日間は、恥ずかしいくらい大泣してしまった・・・)
傷心は少しずつ癒えているのか、それとも、時間によってそのかたちを変えているのか、自分でもわからないけど、
「このままだとツラ過ぎる・・・マズイ・・・」
と、自分で自分を心配していたから、落ち着きを取り戻しつつある状況に安堵している。

今現在、人間の家族は健在で死別者はなし。
また、これまで、祖父母・叔父叔母・友人・知人が亡くなったことはあったが、これほどの喪失感や悲しみはなかった。
薄情なようだけど、涙がでたのは、何年か前に母方の祖母が亡くなったときくらい。
それでも、その悲しみは、今回に比べたら桁違いに軽かった。

私は、死業に携わって23年目になる。
これまで、数え切れない遺体や遺族・関係者と関わってきた。
その場かぎりの薄っぺらいものながら、故人や遺族に同情心を抱いたことも数多い。
自己中心的な感傷と区別しにくいものながら、他人の死に悲しみを抱いたことも何度もある。

それでも、
「自分は、故人や遺族の気持ちを理解できている」
なんて、勘違いはしてこなかったつもり。
悲哀の中にあっても、心のどこかで
「他人の気持ちを100%理解できるわけはない」
と、独り善がりが大好きな自分に警告を発していた。
それでも、とにかく、死業に携わる者として、生きる側に立つ者として、金銭以外の糧を得たいと思ってきた。

私は、チビ犬との死別によって、大きな喪失感と悲しみに襲われている。
「犬と人間を一緒にするな!」
と叱られてしまうかもしれないが、これは、ある意味でいい経験(勉強)になっている。
仕事を通して出会う人達が味わっている、死別の苦しみと悲しみが、これまでとは違う次元で受けとめられるような気がするから。
そして、これが人間(自分)を少しでも大きくしてくれるような気がするから。



「遺品の処分をしてほしい」
そんな依頼が入った。
依頼者は中年の男性。
現場は、街中に建つ古い賃貸マンション。
私が到着したときは、男性は既に部屋にいた。
そして、玄関をくぐった私にスリッパをだしてくれた。

部屋は、一般的な1R。
決して広くはない部屋には、家財生活用品が一式。
ただ、その整理はかなり進んでおり、家具家電や大きな荷物を除き、他のものはほとんどダンボール箱やゴミ袋に梱包されていた。
それでも、家財全部を見落としなく確認する必要があった私は、室内はもちろん、キッチン棚やクローゼットの中、ベランダに物がないか見分。
そして、ユニットバスの扉も開けた。

「ん?」
浴室には、かすかな硫黄臭。
「硫化水素?・・・」
それまでの経験から、それである可能性が極めて高いことを察知。
「自殺・・・」
私の脳裏には、それがすぐに過ぎった。

私は、自分の想像を確かめるため、イヤな臭いのする浴室に足を踏み入れ、細かな部分に目をやった。
扉とその枠には、扉を強引にコジ開けたような傷・・・
そして、天井の点検口、排水口、扉枠の内側には、所々、粘着テープの糊が付着・・・
現場の状況は、私の想像を覆すどころか、固めていくばかりだった。

私は、死因を尋ねようかどうしようか迷った。
ただ、故人の死因は、家財の片付けに影響するものではない。
ということは、私が知る必要のないこと。
知ろうとしたところで、ただの野次馬に成り下がるだけ。
知ったところで、ただ野次馬が満足するだけ。
思案の結果、私は、何も気づかないフリをすることにして、事務的に室内の観察を進めた。

想像の域は越えないが・・・
部屋にある品々から推察すると、故人は男性で歳はまだ若い・・・
亡くなったのは、男性の息子。
浴室は、わずかな硫黄臭とテープ糊が残留・・・
死因は、硫化水素を使っての自殺。
バス用品も全て片付けられており、軽く掃除した形跡があり・・・
消防が中和した後、男性が、掃除したものと思われた。

見分をすすめる中で、色々な想像が頭を廻り、私の気分はわずかに落ちていった。
が、一方の男性はいたって平静。
それどころか、サバサバと明るい雰囲気。
しかし、それはあまりに不自然で、男性が意識してそうしていることがハッキリと読み取れた。

部屋には、一人では持ち上げられない家具家電がいくつかあったため、スタッフ二人でやるくらいの作業量はあった。
ただ、男性は、運び出す作業を手伝ってくれるという。
作業員が少なく済めば、それだけ費用を抑えることができるだが、男性の動機はそこにはない様子。
費用はともかく、とにかく、作業を一緒にやりたいよう。
なんとなく男性の気持ちが察せられた私は、
「この階段、楽じゃないですよ」
と前置きし、一人分の作業費を値引きして商談を成立させた。


作業の日、私より先に男性は部屋に来ていた。
マンションにエレベーターはなし。
四階から階段をつかって荷物を下ろす作業はなかなか楽なものではなかったが、労働で汗をかくのはなかなか気持ちがいいこと。
男性は、一人で持ち運べないモノだけ手伝ってくれる約束だったのに、細かなものの搬出まで一緒にやってくれた。
何かのとりつかれたように、荷物を抱え、汗ダクになりながら黙々と階段を昇降する男性の姿は、死別の悲しみを振り払おうとしているように、また、涙を汗にかえて流そうとしているように見え、私に勇気のようなものを与えてくれた。

しばらくすると部屋は空になったが、やはり、浴室には硫黄臭が残留。
私は、作業の仕上げに、浴室に消臭消毒剤を噴霧した。
「それは?」
それを見ていた男性は、私に訊いた。
「消臭消毒剤です」
私は、そのままのことを返答。
すると、男性は、
「そうですか・・・」
とだけ言い、少し気マズそうにしながら、その顔を曇らせた。

作業前も作業中も作業後も、私は、男性に故人について何も訊かなかった。
また、男性も何も話さなかった。
ただ、明るかった。明るく努めていた。
その様からは、「故人(息子?)の名誉を守りたい」「死を受け入れたくない」「自殺を認めたくない」という親心と、寂しさ・悲しさ・喪失感と戦って生きていかざるを得ない男性の宿命・・・生きる側に立つ者の苦悩がみえ、私は、他人事とは思えない緊張感を覚えた。


それまで、当り前のように存在していた大切な人が突然いなくなる・・・
仕方がないと諦められる人
悔やんでも悔やみきれない人
悲しみの中にも安堵感みたいなものを感じる人
いつまでも悲しみから脱け出せない人
残された人は、色々な心情を抱くのだろう。

悲哀の感情に襲われることは、生きる側に立つ者の宿命。
しかし、失うことばかりではない。
そこから得られるものはある。
「苦しんだ分だけ幸せはくる」
なんて安易なことは言えないけど、苦しみや悲しみは時間とともにその姿を変え、それが生きるための指針なることはある。

私は、チビ犬を失った。
肉体はなくなったけど、その魂は、私の心に入った。
そして、それは、これから心の羅針盤となって、生きる側に立つ私の道を指し示してくれるのだろうと思っている。



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