出向いた現場は、古い一戸建。
私は、依頼者と約束したのよりだいぶはやい時刻に到着。
家の前の路上の車をとめ、依頼者がくるのを待った。
しばらくすると、一組の若い男女が視界に現れた。
二人には、私が“特掃屋”だとすぐにわかったのだろう、こちらに向かってペコリと頭を下げながら近づいてきた。
二人の外観年齢は20代前半。
だから、私の目には二人が姉弟に映った。
しかし、実際は夫婦。
まだ結婚して間もない、新婚夫婦だった。
そして、この家は女性の実家で、亡くなったのは、一人暮らしをしていた女性の父親だった。
警察から、
「家には入らないほうがいい」
と言われた二人は、まだ室内を確認しておらず。
それでも男性は、
「一緒に入らなくてもいいですか?」
と、部屋には入りたくない様子。
一方の女性は、
「一緒に入ってもいいですか?」
と、部屋に入りたい様子。
女性にとっては実家であるわけだから、貴重品や遺品のチェックをしたいのだろうと思った私は、
「どちらでも構いません」
と返答。
ただ、警察が入らないほうがいいと言うからには、部屋はそれなりに凄惨な状態のはず。
そして、心に何の準備もなく現場を見た場合、大きなショックを受ける可能性は大。
私は、
「私が先に入って、中の状況を確認してくることもできますけど・・・」
と、まずは私が部屋を見てくることを提案。
すると、二人は、
「それでお願いします」
と、口をそろえて応えた。
玄関を開けると、低濃度の腐乱異臭を感知。
目的の部屋に歩を進める従って、その濃度は高くなっていった。
部屋の手前に着いた私は、首にブラ下げていた専用マスクを装着。
そして、襖を開けて中に入った。
汚染痕は部屋の中央に敷かれた布団と、脇の畳にあった。
そこには人の形がクッキリ。
腐敗体液はもちろん、多量の毛髪も残留。
たいした数ではないながらウジやハエも発生していた。
室内を確認した私は、再び外へ。
そして、二人に室内の状況を説明した。
私の話を聞く男性の表情は、みるみる変化。
嫌悪感を露に、部屋に入ることに難色を示した。
一方の女性は、それとは対照的。
力を漲らせたような顔をして、部屋に入る構えをみせた。
そして、難色を示す男性に向かって妙なことを言い始めた。
「ひょっとして恐いの?」
「こんな経験、二度とできないよ!」
「せっかくだから見といたほうがいいよ!」
と、女性はハイテンション。
どうも、中に入りたいのは遺品確認のためではなく、単に腐乱死体現場を見たいがためのよう。
高まる好奇心が抑えきれないようで、まるで観光地に来た観光客のようなノリをみせた。
それから、二人は、漫才のようなやりとりを展開。
私は、笑っていいものかいけないものか迷いながらも、結局、苦笑いを浮かべながら二人のやりとりを見守った。
しばしの協議の後、話は、女性だけが部屋に入ることで決着。
「いってらっしゃ~い」
と、男性は、部屋に入らない後ろめたさを隠すように、愛想笑いを浮かべて手を振った。
そして、そんな男性を後ろに置いて、私は、女性を連れて再び玄関扉をくぐった。
「うわ!クサイ!」
紙マスクしかしていない女性は、玄関を入るなり叫んだ。
「こんなニオイなんだ・・・嗅いだことないニオイだわ」
と、冷静にコメント。
そして、臆することなく問題の部屋に向かい、汚染痕を確認。
「うあー!こんな風になるんだぁ・・・」
と、物珍しそうに、人型に浮き出た汚染痕をマジマジと見つめた。
「これって、ヒドイほうですか?」
「・・・まぁ・・・何をもって判断するのか難しいところですけど、私にとってはフツーというか、どちらかと言うと軽いほうですかね・・・」
「えーッ!これで軽いほうですか!?」
「えぇ・・・まぁ・・・」
「5段階評価でいうと“1”ってことですか?」
「まぁ・・・“2”ぐらいでしょうか・・・」
「へぇ~・・・そうなんだぁ・・・」
「・・・・・」
「・・・ということは、“5”となるとモノ凄いってことですよね!」
「えぇ・・・まぁ・・・」
「うわ~・・・それ、スゴそうですね」
女性は、いい言い方をすれば元気で明るく屈託がない。
ハツラツとしていて、好感のもてるキャラクター。
悪い言い方をすれば空気が読めない。
扱いに困ってしまうキャラクター。
女性は、腐乱死体現場に興味津々の様子。
レベル5がどんな状態であるか具体的に知りたそうにしたが、ここの故人だけではなく、よその故人をも蔑ろにするような気がした私はその質問には乗らなかった。
私が驚いたのは、そんな女性のノリだけではなかった。
女性は、足元に這うウジを見つけるやいなや、
「コノヤロ!コノヤロ!」
と、彼等をブチブチと踏み潰しはじめた。
まるで、モグラ叩きゲームでもするかのように。
それに驚いた私は、
「ちょ、ちょっと待って!」
と、慌てて女性を制止。
もちろんウジに同情したからではなく、あとの掃除が大変になるだけだから。
私は、ウジの悲運ではなく、ペチャンコになって内臓を漏らす彼等を掃除することになるであろう自分を哀れに思いながら、また、思いもよらない女性の行動に苦笑いを浮かべた。
特掃作業は、それに続いて行われた。
女性は、作業の見学まで希望。
男性がそれを希望するわけはなく、さすがに女性もそれを男性に勧めることはしなかった。
それに対して、私は、あまり気がすすまなかったが、これといって断る理由がないため、それを承諾するほかなかった。
同僚ならいざ知らず、依頼者が作業を終始見物するのは珍しい。
「ウジは踏まないでくださいね!」
と、私は女性に釘を刺し、作業を開始。
私が作業をしている傍らで依頼者が遺品の確認をするようなケースはあるけど、この女性は、遺品の確認なんか眼中にない様子で、私のすぐそばで作業を注視。
そして、時折、それについてのコメントを言ったり疑問に思ったことを訊いてきたりした。
一方の私は、手を止めることなく、まるで特殊清掃のインストラクターのように、女性のコメントや質問に応答。
さえない中年男には、若い女性につきまとわれて困る理由はないはずなのに、この状況は、現場では孤独を好む私を困らせた。
作業をしながら私は、「父親を失った女性は、悲しみや寂しさに負けまいと、あえて明るく振舞っているのかな?」と考えた。
が、やはり、女性のそのキャラは、ほとんど素のよう。
それでも、女性が時折みせる悲しげな表情は、人の姿として安心感を覚えるものだった。
「コイツ、ちょっとおかしいでしょ?」
作業が終わった後、外で待っていた男性は、呆れ顔で自分の頭と女性を交互に指差した。
「まぁ・・・自らウジを踏み潰した人は初めてですね・・・」
と、同意していいのかよくないのか判断に迷った私は、曖昧にコメント。
しかし、女性のほうは、奇人・変人扱いされることが嫌ではなさそう。
それを知っているからだろう、男性は、女性が日常生活で起こしてきた数々の武勇伝を、おもしろおかしく紹介してくれた。
それはなかなかの内容で、我々は、そこが死の現場であることを忘れて、いつまでも談笑したのだった。
二人は、若くイキイキとしていた。
未来への期待・希望・喜びを意図して醸しだしているのではなく、それらが自然と二人を満たし、元気づけているようにみえた。
そう・・・誰かの死について寂しさや悲しさを覚えるのは自然なことだけど、意識的にそれらに暗くなる必要はない。
この先に待っている人生も、度胸と愛嬌をもって、二人で元気に明るく生きていくんだろうと思うと、少し羨ましくもあり、嬉しくもあった。
そして、未来を終えた故人も、二人の若さを案じつつ、それでも、そんな二人の人生を祝福しているのではないだろうか・・・
・・・そんな風に思った私だった。
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私は、依頼者と約束したのよりだいぶはやい時刻に到着。
家の前の路上の車をとめ、依頼者がくるのを待った。
しばらくすると、一組の若い男女が視界に現れた。
二人には、私が“特掃屋”だとすぐにわかったのだろう、こちらに向かってペコリと頭を下げながら近づいてきた。
二人の外観年齢は20代前半。
だから、私の目には二人が姉弟に映った。
しかし、実際は夫婦。
まだ結婚して間もない、新婚夫婦だった。
そして、この家は女性の実家で、亡くなったのは、一人暮らしをしていた女性の父親だった。
警察から、
「家には入らないほうがいい」
と言われた二人は、まだ室内を確認しておらず。
それでも男性は、
「一緒に入らなくてもいいですか?」
と、部屋には入りたくない様子。
一方の女性は、
「一緒に入ってもいいですか?」
と、部屋に入りたい様子。
女性にとっては実家であるわけだから、貴重品や遺品のチェックをしたいのだろうと思った私は、
「どちらでも構いません」
と返答。
ただ、警察が入らないほうがいいと言うからには、部屋はそれなりに凄惨な状態のはず。
そして、心に何の準備もなく現場を見た場合、大きなショックを受ける可能性は大。
私は、
「私が先に入って、中の状況を確認してくることもできますけど・・・」
と、まずは私が部屋を見てくることを提案。
すると、二人は、
「それでお願いします」
と、口をそろえて応えた。
玄関を開けると、低濃度の腐乱異臭を感知。
目的の部屋に歩を進める従って、その濃度は高くなっていった。
部屋の手前に着いた私は、首にブラ下げていた専用マスクを装着。
そして、襖を開けて中に入った。
汚染痕は部屋の中央に敷かれた布団と、脇の畳にあった。
そこには人の形がクッキリ。
腐敗体液はもちろん、多量の毛髪も残留。
たいした数ではないながらウジやハエも発生していた。
室内を確認した私は、再び外へ。
そして、二人に室内の状況を説明した。
私の話を聞く男性の表情は、みるみる変化。
嫌悪感を露に、部屋に入ることに難色を示した。
一方の女性は、それとは対照的。
力を漲らせたような顔をして、部屋に入る構えをみせた。
そして、難色を示す男性に向かって妙なことを言い始めた。
「ひょっとして恐いの?」
「こんな経験、二度とできないよ!」
「せっかくだから見といたほうがいいよ!」
と、女性はハイテンション。
どうも、中に入りたいのは遺品確認のためではなく、単に腐乱死体現場を見たいがためのよう。
高まる好奇心が抑えきれないようで、まるで観光地に来た観光客のようなノリをみせた。
それから、二人は、漫才のようなやりとりを展開。
私は、笑っていいものかいけないものか迷いながらも、結局、苦笑いを浮かべながら二人のやりとりを見守った。
しばしの協議の後、話は、女性だけが部屋に入ることで決着。
「いってらっしゃ~い」
と、男性は、部屋に入らない後ろめたさを隠すように、愛想笑いを浮かべて手を振った。
そして、そんな男性を後ろに置いて、私は、女性を連れて再び玄関扉をくぐった。
「うわ!クサイ!」
紙マスクしかしていない女性は、玄関を入るなり叫んだ。
「こんなニオイなんだ・・・嗅いだことないニオイだわ」
と、冷静にコメント。
そして、臆することなく問題の部屋に向かい、汚染痕を確認。
「うあー!こんな風になるんだぁ・・・」
と、物珍しそうに、人型に浮き出た汚染痕をマジマジと見つめた。
「これって、ヒドイほうですか?」
「・・・まぁ・・・何をもって判断するのか難しいところですけど、私にとってはフツーというか、どちらかと言うと軽いほうですかね・・・」
「えーッ!これで軽いほうですか!?」
「えぇ・・・まぁ・・・」
「5段階評価でいうと“1”ってことですか?」
「まぁ・・・“2”ぐらいでしょうか・・・」
「へぇ~・・・そうなんだぁ・・・」
「・・・・・」
「・・・ということは、“5”となるとモノ凄いってことですよね!」
「えぇ・・・まぁ・・・」
「うわ~・・・それ、スゴそうですね」
女性は、いい言い方をすれば元気で明るく屈託がない。
ハツラツとしていて、好感のもてるキャラクター。
悪い言い方をすれば空気が読めない。
扱いに困ってしまうキャラクター。
女性は、腐乱死体現場に興味津々の様子。
レベル5がどんな状態であるか具体的に知りたそうにしたが、ここの故人だけではなく、よその故人をも蔑ろにするような気がした私はその質問には乗らなかった。
私が驚いたのは、そんな女性のノリだけではなかった。
女性は、足元に這うウジを見つけるやいなや、
「コノヤロ!コノヤロ!」
と、彼等をブチブチと踏み潰しはじめた。
まるで、モグラ叩きゲームでもするかのように。
それに驚いた私は、
「ちょ、ちょっと待って!」
と、慌てて女性を制止。
もちろんウジに同情したからではなく、あとの掃除が大変になるだけだから。
私は、ウジの悲運ではなく、ペチャンコになって内臓を漏らす彼等を掃除することになるであろう自分を哀れに思いながら、また、思いもよらない女性の行動に苦笑いを浮かべた。
特掃作業は、それに続いて行われた。
女性は、作業の見学まで希望。
男性がそれを希望するわけはなく、さすがに女性もそれを男性に勧めることはしなかった。
それに対して、私は、あまり気がすすまなかったが、これといって断る理由がないため、それを承諾するほかなかった。
同僚ならいざ知らず、依頼者が作業を終始見物するのは珍しい。
「ウジは踏まないでくださいね!」
と、私は女性に釘を刺し、作業を開始。
私が作業をしている傍らで依頼者が遺品の確認をするようなケースはあるけど、この女性は、遺品の確認なんか眼中にない様子で、私のすぐそばで作業を注視。
そして、時折、それについてのコメントを言ったり疑問に思ったことを訊いてきたりした。
一方の私は、手を止めることなく、まるで特殊清掃のインストラクターのように、女性のコメントや質問に応答。
さえない中年男には、若い女性につきまとわれて困る理由はないはずなのに、この状況は、現場では孤独を好む私を困らせた。
作業をしながら私は、「父親を失った女性は、悲しみや寂しさに負けまいと、あえて明るく振舞っているのかな?」と考えた。
が、やはり、女性のそのキャラは、ほとんど素のよう。
それでも、女性が時折みせる悲しげな表情は、人の姿として安心感を覚えるものだった。
「コイツ、ちょっとおかしいでしょ?」
作業が終わった後、外で待っていた男性は、呆れ顔で自分の頭と女性を交互に指差した。
「まぁ・・・自らウジを踏み潰した人は初めてですね・・・」
と、同意していいのかよくないのか判断に迷った私は、曖昧にコメント。
しかし、女性のほうは、奇人・変人扱いされることが嫌ではなさそう。
それを知っているからだろう、男性は、女性が日常生活で起こしてきた数々の武勇伝を、おもしろおかしく紹介してくれた。
それはなかなかの内容で、我々は、そこが死の現場であることを忘れて、いつまでも談笑したのだった。
二人は、若くイキイキとしていた。
未来への期待・希望・喜びを意図して醸しだしているのではなく、それらが自然と二人を満たし、元気づけているようにみえた。
そう・・・誰かの死について寂しさや悲しさを覚えるのは自然なことだけど、意識的にそれらに暗くなる必要はない。
この先に待っている人生も、度胸と愛嬌をもって、二人で元気に明るく生きていくんだろうと思うと、少し羨ましくもあり、嬉しくもあった。
そして、未来を終えた故人も、二人の若さを案じつつ、それでも、そんな二人の人生を祝福しているのではないだろうか・・・
・・・そんな風に思った私だった。
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