特殊清掃「戦う男たち」

自殺・孤独死・事故死・殺人・焼死・溺死・ 飛び込み・・・遺体処置から特殊清掃・撤去・遺品処理・整理まで施行する男たち

Flight ~母の苦悩(前編)~

2009-03-22 16:54:40 | Weblog
依頼者は、中年の女性。
固い表情に女性の緊張も察したが、私に対して愛想は一切なく、正直なところ第一印象はいまいち。
また、部屋の状況や故人に関することはほとんど話さず、とにかく、現場調査を急ぐよう促してきた。

現場は、小規模の1Rマンション。
私は、女性の要望を汲んで、そそくさと現場に入室。
玄関を開けると、目の前には靴を脱く必要がないことが明白な汚部屋。
土足に慣れた私は、抵抗なく靴のまま上がり込んだ。

「やば・・・」
室内には、嗅ぎ慣れた異臭が充満。
ただ、その濃度は極めて高く、素人が嗅いだら、何のニオイかも分からないまま卒倒するであろうレベル。
慣れたニオイと言っても鼻を塞がない訳にはいかず、私は、首にブラ下げていたマスクを急いで装着した。

「これかぁ・・・」
汚染は、トイレの中。
床は、赤茶黒の腐敗液が占領。
その汚染はヘビー級で、不気味な紋様を描いて光沢。
特掃の難易度は極めて高く、心の準備をしないと掃除できそうにないレベルだった。

「・・・」
腐敗液も充分にインパクトのある光景だったが、最も目を引いたのは、隅に置かれた七輪。
トイレで何かを焼いていたわけはなく、私は、探るまでもなく故人の死因を知ることとなった。

「自殺か・・・」
床にしゃがみ込んで、七輪を眺めていると、力の抜けるように想いばかりが沸々。
しかし、死因がどうであったって作業内容が変わるわけでなし。
私は、考えても仕方がないことは考えないように、努めて思考を切り替えた。

「キツい仕事になりそうだな・・・」
トイレの汚れは、精神的なことを含めても、素人では到底掃除できないレベル。
玄人の私でも腰が引けそうだったが、自分が生きることを考えて、特掃魂に熱を込めた。

「女か・・・比較的若そうだな・・・娘か?・・・」
部屋に残る家財生活用品は、訊かずして、故人の素性を明示。
そして、女性の心情を察して、その無愛想に納得した。

「それにしても、ヒドいなぁ・・・」
私は、部屋を観察して溜め息。
故人は、普段から掃除を怠っていたよう。
家財生活用品はどれもホコリが積もって薄汚く、床や壁もモノクロに変色。
破損した建具もいくつかあり、〝故人の死〟がなかったとしても、充分にヒドい状態だった。


一通りの室内調査を終えて外に出ると、女性の側には見知らぬ二人の姿。
一人は普段着の中年女性、一人はスーツ姿の中年男性。
挨拶を交わすと、女性は大家で、男性は不動産会社の担当者であることが判明。
どういう経緯かわからなかったけど、私が来ることを事前に知っており、それに合わせてやって来たようだった。

二人は、中の様子を知りたくて、矢継ぎ早に私に質問。
しかし、私が話すことがきっかけで、不測の災い・争いが発生したらマズい。
大家と女性の間・・・立場を対立させる双方の間に立たされた私は、無難に場を収める術を見つけるため、頭を悩ませた。

しかし、結局、妙案はでてこず。
自分の中で出た結論は、〝とにもかくにも、自分の目で見てもらうのが確実〟というもの。
玄関から覗く程度で構わないので、一度、中を見てくれるよう提案した。

そんな私の提案に対し、三者は三様の心情を露わに・・・
大家は嫌悪の表情、担当者は驚きの表情、女性は困惑の表情を浮かべて沈黙。
それから、短く協議。
結果、担当者が代表して室内を見てくることになり、顔は不満げ(不満げ?)に・身体は素直に私の後をついてきた。


「やっぱ、最近、多いんですか?」
本来は〝滅多にない出来事〟であるべきことが、〝よくある出来事〟になってしまっている昨今。
担当者は、私の肯定を聞いて、〝これは、自分だけの不運じゃない〟〝これも、不動産屋の仕事だ〟と、自分を納得させたいみたいだった。

「中に入らなくてもいいですよね!?」
担当者は、玄関を開ける前に一言。
滲みでる嫌悪感をつくり笑顔で誤魔化しながら、釘を刺してきた。

「うぁ゛~・・・なんだコレ!!」
中がヒドいことになっているのは、玄関前から一目瞭然。
担当者は、ハンカチで鼻を塞ぎながら、眉を顰めた。

「ここが、おかしかったんですよ・・・」
担当者は、自分のコメカミに人差指をトントン。
故人の人間性か・故人の生き方か・故人の死に方か・・・故人の何がしかを非難。
ただ、私には、それが、自分を含めたすべての人間に当てはまる言葉にも聞こえ、内心で恐縮した。

「いつか、こんなことになるんじゃないかと思ってたんですよねぇ・・・」
担当者は、呆れた表情で軽く溜息。
〝所詮は他人事〟と言わんばかりの乾いた表情をしていたが、ここまでの事になる前に策を打たなかったことにも、少し苦味を感じているいるようだった。


故人は30代、依頼者女性の娘・・・つまり、二人は母娘。
死因は、トイレでの練炭自殺。
死後経過は、二週間。
温暖な季節でもあり、その身体はヒドく腐乱していた。

一番はじめに異変を感じたのは、近隣住民。
数日に渡って漂う異臭を不審に思い、不動産会社に連絡。
それを受けた担当者は、故人宅を訪問。
室内からの応答がない中で、ドアポストを押し開けて鼻を近づけると、そこには外よりもはるかに高濃度の悪臭。
室内でよからぬことが起こっているのは明白で、直ちに警察に通報した。

パトカーや警官が集まれば、どうしたって目立つ。
野次馬も集まり、周囲は騒然。
しかも、当初は、硫化水素発生が危惧され、トイレのドアを開ける前に、近隣住民は強制退避。
そんな騒動の中で、故人は、危険人物ならぬ〝危険汚物〟として搬出。
結果、この部屋に自殺腐乱死体がでたことは、近所の誰もが知ることとなった。

生前の故人は、精神を患っており、近隣トラブルも頻発。
自転車の停め方・ゴミの出し方etc、マンションのルールを守らず。
夜中の騒音もお構いなし。
時には、壁や床を叩いたり、奇声をあげたりして、近隣住民を怖がらせることもあった。

母親(依頼者女性)は、故人宅から歩いて数分のところに居住。
スープの冷めない距離にいたにも関わらず、二人(母娘)はわざわざ別居。
しかも、二人は疎遠な距離を保って生活し、母親が、生前の故人宅を訪れることはほとんどなかったよう。
そして、久し振り訪問が最期の訪問となったのであった。


担当者は、自分が見たこと・嗅いだことを大家にストレートに報告。
その内容は、母親にとって不利なものばかりだったけど、それもこれも故人の仕業・室内の汚損が原因なので、やむを得ず。
それを聞く大家の表情は、みるみるうちに・・・単なる仏頂面だったものが、アッと言う間に鬼の形相に変容。
わずかに残っていた人の死を悼む雰囲気は一掃され、代わりにキナ臭さが漂い始めた。

「この責任は、キッチリとってもらいますからね!」
一通りの報告を聞き終わった大家は、怒り心頭で半ギレ状態。
言いたいことがあり過ぎて話す順番が整理できなかったのだろう、結論を先に持ってきて話の口火を切った。

対して、母親が反論できる余地は一切なく、防戦一方。
まさに、手も足も出ないサンドバッグ状態。
始めのうちは、一つ一つの言葉に黙って頷いていたものが、そのうち、うなだれたまま硬直。
それでも怒りが収まらない大家は、母親の消沈ぶりなど意に介さず、容赦なく言葉の剣を突き刺し続けた。

部屋の全面改修工事・将来の家賃補償・風評被害の資産補償・精神的苦痛に対する慰謝料etc・・・
大家は、震えがきそうなくらいの賠償を母親に請求。
私も、第三者として聞いているだけだったのに、まるで、自分が責められているかのように気分が沈んだ。

大家の苦情は、次第に悪口・罵声に近いものにエスカレート。
金銭的・精神的なことだけではなく、故人の人間性や人格まで言及。
すると、それまで呆然・無反応だった母親がわずかに反応。
大家が言葉を重ねていく毎に、蒼ざめていた顔に赤みがさし、虚ろだった目に反抗的な光が蓄えられていった。
そして、その変化に冷たい力を感じた私の頭には、悪寒にも似たイヤな予感・・・母親が持ってる〝切り札〟・・・大家も蒼冷める〝ジョーカー〟が過ぎったのであった。

つづく




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