ことのはのはね~奈良町から

演劇、アート、短歌他、町家での出会いまで、日々を綴ります。

2022年・小町座を振り返って

2022-12-11 | 小町座
2022年、コロナは、オミクロン株の蔓延もあり、舞台の日を決めたものの、開演のころ、一体、どうなっているのだろう、と不安に思いながら、この一年、稽古を続けてきました。というものの、そんなコロナ下であるのに、結果、3月、8月と小町座は公演し、奈良町にぎわいの家での一人芝居企画も実施できました。振り返ると、「奇跡だったな…」と思うようなシーンも多々。以下、今年の舞台レポートです。

①四月怪談~小町座令和版 奈良市音声館 3/26,27
 10代の頃から、あこがれのマンガ家、大島弓子先生の作品を舞台に!が叶ったことは、本当に夢のようでした。40年前の作品の魅力は変わらず、とはいえ、主人公を取り巻く状況を「令和」と考えると、「別に生き返らなくてもいい」という主人公を取り巻く状況は変わっているのかも…。ストーリーの流れはそのままに、大島先生の作品と自分が混じまり、何か新たに生まれてゆけばいいな、そんな感触を確かめながら、脚本にしました。
小町座として特筆すべきは、初舞台のメンバーが三人、高校生と大学生が主人公の中学2年生と加わり、若い四人が、アラフィフの小町座とがっつり、組んだことです。こんなことを言うのも何ですが、若いメンバーの戯曲に対する、「こだわり」や「理解」が中々すごくて、高校生の出演者と長文メールでやりとりした内容は、今も私の中に愉快で新鮮なものとして、残っています。
また、技術的なことも大切なのですが、若者四人の芝居には、物語の核心から全くぶれずに、かといって、自分を別物にすることもなく、自分自身でしっかり立っていたというもので、非常にさわやかでした。また、公民館がコロナ下で発声できず、稽古場に困った時、声をかけてくださった、地元の演劇関係団体には、本当に感謝でいっぱいです。ぎりぎりまで、公演できるのか?と焦りましたが、四月になるまでに、どうしても上演したかった「四月怪談」。奇跡のように幕があき、満員御礼でした。若者たちへの拍手に嬉しくなった公演でした。



②十六歳 奈良市音声館 8/27 
2022年2月24日、ロシアが侵攻し現在も続くウクライナでの戦争。なんとか、このことに、自分なりの、そして小町座なりのメッセージを発信できないかとずっと考えてきました。そして、2010年に初演の二人芝居を、現役中学3年の井原さんと、小町座代表の西村さんでしようとなったのです。一人はアメリカの裕福な少女、もう一人はイスラム圏の子供兵士という設定。2010年の初演時は、関西で活躍する女優の方と当時の小町座代表が演じました。この時も、かなり稽古が大変でしたが、今回はかたや中学生。二人で一時間半の公演、セリフを覚えるのはもちろんですが、そこに動き、アクションがはいる、ものすごく、ものすごく…キャストは大変でした。
本番1ヶ月をきり、コロナで稽古ができなくなり、もう中止にしようかと思った時、井原さんが「やれないのは悲しい」と言ったのです。
え?悲しい?自然な言葉なんですが、私には妙にぐっときました。井原さんの強い意志もあり、ならば、開演を目指そうとなったのです。けれど、稽古ができないので、西村さんがオンラインで井原さんと稽古を続けました。その努力と情熱は、大変なものでした。
そんな時間を経ての開幕、コロナの影響でスタッフも来られなくなったり、様々なことがおきましたが、とにかく、今、しよう、今、伝えようで突き進んだ舞台でした。西村&井原でなければ、到底、出来なかった公演でしょう。私の作品というよりも、これはもう既に二人の作品であり、私はある種、完全な観客として、今回、見たのです。こういうことは、小町座の公演ではなかったことで、いつもひやひやしながら一番後ろで見ているのですが、十六歳はそれがなかった。ちょっと別次元の芝居だったのです。これだけの舞台を見せられて、一体、私は何をしているのだ?何ができるんだ?そんなことばかり、考えていました。大変な時期に、実現できた「十六歳」。けれど、戦争は今も続き、年末の今、軍事費の増強が叫ばれている…。だからこそ、草の根から、今後も「十六歳」続けなければと思っています。


③岡本かの子原作より 一人芝居「鮨屋の娘」「呉服屋の娘」 11/26,27
大正時代に建てられた、奈良町にぎわいの家で、100年前の娘たちのドラマをという企画をたてました。昨年に続き、二回目です。20分~30分の短編なのですが、何しろ、「一人」です。誰にも頼れません。そして、8月の「十六歳」公演から小町座に入団した、明日香さんが、今回の初舞台。
20代の彼女は、とある養成所にも通っていたのですが、たまたま、縁あって小町座に。ご近所さんがつないでくれたのですが、これも私にとっては嬉しいことでした。明日香さんは、まず声の出し方から。次は間のとり方や、セリフと動きの塩梅など、もうやることが山ほど。ところが、次の稽古には、演出つけたところを、なるべく、近い形で持ってきてくれる、努力しているなと感じました。ただ、小町座の稽古だけでは足らないので
私の自宅で夜、二人で稽古しました。初めの頃を思うと、よく動けるようになったなと振り返ってします。というか、彼女には、「考える力」があり、セリフに対しても漠然と読んでいないのです。なるべく、自分の気持ちに近い部分と照らし合わせるように、読みこんでいく…。ただ、彼女の経験値だけでは、クリアできないところも多々ありますが、そういう時は、主人公の時代の状況等も考えながら、想像を重ねながら形にしていったようです。また、メンバーの西村さん、篠原さんからのアドバイス、二人の稽古演技から多大な影響を受けたとも言ってました。
初舞台を2回終えて、彼女は涙しながら、挨拶しましたが、その時に、胸をうたれた言葉がありました。
「演劇をやっていて、いったい、何の役にたつんだろうって、いつも考えている。」という言葉。同じように「歌を作って何になるのか」「絵を描いて何になるのか」…実際に「戦時」体制のような中では、一番、遠くに追いやられてしまうのが、こういったものです。
けれど、ここを諦めたなら、せっかく、今まで多くの先人たちが、創造しながら切り拓いてきた、「自由」「平和」「愛」の思想や概念が、立ちゆかなくなってしまうのではないか、令和になって、そんなことばかり考えています。
なので、彼女の口にした、演劇への自問自答に、逆に励まされたのです。まず、そう思うことから前に進んでいくしかない、でも、そこから、必ず何か見えてくるにちがいない…。
初舞台なら、個別の達成感にひたるところも本来大きいし、それも素敵なことですが、彼女はそこだけでなく、自分の演技した先のものに何かしら、ひっかかっている…そこに頼もしさを感じました。


何しろ、私は書く人なので、こうした演者の努力なしでは、何の作品も表に出ません。ものすごく厳しいハードルを、小町座メンバーには課すのですが、今年もよくつきあってくれてありがとう。
そして、何より、そんな私たちの悪戦苦闘の末の舞台に、足を運んで下さり、励ましてくださった皆様、今年も本当にありがとうございました。
心からの感謝を申し上げます。来年も舞台でお目にかかれますよう。よろしくお願いします。




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