というちょっと政治的な課題に挑戦してみようと思います。テロリストという表現から僕が想像するのは、孤独なオオカミの姿です。でも実際のテロリストはそんなに格好のよい存在ではなさそうです。テロリストといっても様々です。一番最近の記憶に新しい大きなテロ事件といえば、アメリカの同時多発テロですか。アメリカのドメステックの飛行機を乗っ取って、2機の飛行機が貿易センターのツインビルの両方ともに激突して壊滅させました。数年前に僕は現地でツインタワーを見ているので、逆に何かとても現実感のない出来事のように感じました。またもう一つの事件はアメリカの国防の象徴的存在である国防省に飛行機は激突し、かなりな部分が破壊されました。その地下にはアメリカのあらゆる軍事的な高度な命令系統が配置されているアメリカの軍事的な中枢とも言える建物です。これはブッシュ大統領の中東政策の失策が招いた、弱き者が強大な力を持っている国に対して実施し得る唯一の攻撃方法です。その意味ではテロを計画した側にとっては大成功の攻撃であったと思われます。ブッシュ大統領の政権がいかに対外的にも国内的にも失策をしているかの証明でもありましょう。いまだにイラク情勢は混迷の度を増していますし、アメリカ兵の死者の数もかなりなものになっています。結局ブッシュ大統領には政治的手腕がなかったと言えるでしょう。また彼の側近たちについても言えることでしょう。ブッシュ大統領はあのテロ事件があった時、犯人たちに対して、怒りの声を荒らげました。しかし、アメリカほど、テロ、それも大統領がテロリストに殺される国も珍しいのです。リンカーン大統領以来、一体何人の大統領がテロリストの前に倒れたことでしょうか。みなさんはケネディ大統領のことがすぐに頭に浮かぶと思うのですが、その前にもたくさんの大統領が暗殺されたり、未遂に終わったりしています。こう考えてみると、テロリズムには二通りあって、無差別テロ、今回の貿易センタービルが象徴的です。視点を変えれば、ある意味では、アメリカの犯した、第二次世界大戦の、B-29戦闘機から落とされた数えきれない爆弾も非戦闘員を狙った点で同じようなテロリズムとも言えるでしょう。その最も大きなテロ行為は何と言っても広島、長崎に落とされた原子爆弾でしょう。アメリカも戦争中とはいえ、無差別テロを実行した国です。こうは言えないでしょうか? 無差別テロとは人間の数をどれだけ多く奪うか、という点に的が絞られており、政治的な指導者を狙ったテロは、政治とは結局は人間の個性的な要素抜きには語れない要素があり、いくら政策や政治システムを改善しても、悪い政治が治らないのは、指導者の最後の決断の仕方に左右されるからです。だからこそ、特に個人を狙ったテロはなくならないのです。ある意味で現在の中東とアメリカは戦闘状態にあり、戦時です。だからこそ、悲しいですが、日本が被ったような無差別テロも起こり得るのであり、平時には起こりにくい現象です。しかし、個人を狙ったテロリズムは平時にも起こり得ます。その裏にはある個別の政策によって、経済的打撃を被ることになるような、意外に私たちには普通に見える経済団体や政治団体などが絡んでいる場合が多いような気がします。テロリズムは卑劣な手段ですが、悪政がある個人の権力のあるがままに行なわれているような場合、ある種避け難い解決策だと考える人々がいるのは否定し切れません。ですから、テロリズムは今後も忘れた頃に起こり得る政治的行動だろうと僕は思っています。誤解しないでくださいね。僕はテロリズムを肯定しているのではないですよ。
〇推薦図書「リチャード三世」シェイクスピア著。新潮文庫。テロリズムについて書きましたが、元来人間にはこうした暗い一面が内面化されているような気がします。シェイクスピアはこういう人間の恐ろしいような深淵に入り込んでいく作風を持つ天才劇作家です。こんなことは常識でしょうが、この作品は人間の心の深淵をよくえぐり出してくれています。名作です。
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