○自戒を込めて語る
「・・・やがて、自分なりに結論を得た。世間の言う優秀という定義は、単に作業が早い、要領がいいというだけだ。そこに、自分の頭で考え、自分なりの考えを持つという要素ははいっていない。何の疑問も抱かずに決められた社会の制度に乗っかり、技量を磨いていく。そういう人間が、優秀だと言われているに過ぎない。だが、そんな人生はこちらから願い下げだった。じゃあ、自分はどうするんだ? 今度はそれを考えた。数カ月間、死ぬほど頭を絞って考えたが、結論は出なかった。・・・」( 「ヒートアイランド」p.204ーp.205 垣根涼介著 )
たぶん人生という荒波の中へ身を投じてゆこうとする時期にさしかかったとき、こういう考えの中に沈潜できる若者は必ず、自分の前に立ちはだかるうごかし難く見える社会という大きな壁を前にして、自分なりの生きかたを模索しつつ、生の重い扉をこじ開けていく。たとえ、人生というものが本質的に虚しいとしても、虚しさを抱え持った上で、己れの人生を切り開いていく、こういう若者が増えてほしい、と心から願って止まない。
しかし、昨今の現実はどうだ? 毎日、毎日、犯罪ドラマの想像上の物語性を遙かに上回る次元で起こる奇怪な事件の数々。僕が少年の頃、そして青年の頃に時折信じがたい凶悪な事件が起こり、一頻り話題になった類の事件が連日のように起こる今日である。ふと思う。人間の歴史は本当に進歩しているのだろうか? と。21世紀になって14年近くが過ぎようとしている。かつて20世紀後半の万博で夢見た未来に対する素朴な進歩の期待感は、僕の心の中にはもはやない。岡本太郎が「太陽の塔」に託したエネルギッシュな未来への創造的な文明の進化の夢ははかなくも崩れさった、と僕は感じる。人間の社会とは、元来不公平感の上に成り立っているという諦念すら、感傷的な感慨に過ぎなくなった。それほどこの世界には望みがない。格差社会という言葉すら当てはまらないような、残虐な切り捨ての競争社会。勝者も明日は敗者に転ずる危険な世界。これが僕たちが生きている社会の真の姿だ。
もう人生が残り少なくなった。それでも、こんな社会にさせてしまった一抹の責任を感じる。勿論、政治の世界や経済界で、社会のフレームを直接創る立場にあったわけではない。が、一人の大人として若者たちに未来を託すにはあまりにも不甲斐ない世界が眼前に広がっている。社会的弱者として、不平をぶちまけるのは簡単だ。しかし、僕はいま、たぶん社会的弱者の範疇に属しているはずだが、それでもこれからの社会を担っていく青年たちへの懺悔に似た感情は棄てきれない。20世紀を生きてきて、21世紀への橋渡しをきちんと出来なかったという悔恨の情は深い。こんなつまらない世の中になるなんて、僕自身も思ってもいなかった。政治家が悪い。勿論だ。しかし、僕自身にはたった一票の値打ちしかないにせよ、エセ者の政治家たちをこの世界にはびこらせた責任の一端は確実に自分にもある。ある意味において、これから社会の一線から身を引く年齢に達した人間は総懺悔せよ、と訴えたい。社会の指導者たちは当然のこと、その指導者たちを選びだした人間にも大いなる責任があることを実感せよ、と言いたい。こんな世の中で、どうして21世紀のヒトラーが出現しないと言い切れる? もう社会の根底がガタガタに壊れている。それが見えないだけだ。あるいは見ようとしていないだけなのである。こんな社会を創り出した世代の人間がのうのうと年金生活者になどなるべきではないな。自分をも含めて。 公職に在るものたちは、その年金すらねこばばしていたではないか ! 何で政治家たちや高級官僚たちは僕たちが想像だに出来ないほどの財産を残せるのか? 高級官僚たちが、天下りで手にする莫大な給与と退職金とはいったい何を意味しているのか?
青年たちよ、もうこつこつ働いていてもダメな世の中に成り下がってしまったのである。終身雇用制はもはや過去の遺物に過ぎなくなった。こつこつ働いたからといって、会社が身を守ってくれはしない。労働組合もダメだ。真面目な人間を平気で切ってくる。だからこそ青年たちよ、自ら身を起こせ ! どこかに安全な場所などありはしない。それが現代社会の酷薄さ、だ。自主独立の精神を育むことだ。チンケな日本社会を射程に入れるな ! 世界に目を向けることだ。こんな閉じた社会で息をしていると窒息する。大きく息が出来る生きかたを模索することだ。つらいが、しかし生き抜くことだ。人生は決して平坦ではない。浮かぶときもあれば沈むときもありの人生だ。そうであってみれば、窒息するような生きかただけはしてほしくない。抗って、抗いつづけて、生き抜いてほしい。
こんなことしか言えない。自分がいかにも情けない。自戒を込めて書いた。
○推薦図書「ヒートアイランド」 垣根涼介著。文春文庫。このブログに最初に引用したように、ありふれた人生のレールを敢えて踏み飛ばして、喜々として生きる若者の姿が描かれています。確かに所謂裏社会物ですが、物語のそこここに人生の真理が散見できる秀作です。ぜひどうぞ。
京都カウンセリングルーム
文学ノートぼくはかつてここにいた
長野安晃
「・・・やがて、自分なりに結論を得た。世間の言う優秀という定義は、単に作業が早い、要領がいいというだけだ。そこに、自分の頭で考え、自分なりの考えを持つという要素ははいっていない。何の疑問も抱かずに決められた社会の制度に乗っかり、技量を磨いていく。そういう人間が、優秀だと言われているに過ぎない。だが、そんな人生はこちらから願い下げだった。じゃあ、自分はどうするんだ? 今度はそれを考えた。数カ月間、死ぬほど頭を絞って考えたが、結論は出なかった。・・・」( 「ヒートアイランド」p.204ーp.205 垣根涼介著 )
たぶん人生という荒波の中へ身を投じてゆこうとする時期にさしかかったとき、こういう考えの中に沈潜できる若者は必ず、自分の前に立ちはだかるうごかし難く見える社会という大きな壁を前にして、自分なりの生きかたを模索しつつ、生の重い扉をこじ開けていく。たとえ、人生というものが本質的に虚しいとしても、虚しさを抱え持った上で、己れの人生を切り開いていく、こういう若者が増えてほしい、と心から願って止まない。
しかし、昨今の現実はどうだ? 毎日、毎日、犯罪ドラマの想像上の物語性を遙かに上回る次元で起こる奇怪な事件の数々。僕が少年の頃、そして青年の頃に時折信じがたい凶悪な事件が起こり、一頻り話題になった類の事件が連日のように起こる今日である。ふと思う。人間の歴史は本当に進歩しているのだろうか? と。21世紀になって14年近くが過ぎようとしている。かつて20世紀後半の万博で夢見た未来に対する素朴な進歩の期待感は、僕の心の中にはもはやない。岡本太郎が「太陽の塔」に託したエネルギッシュな未来への創造的な文明の進化の夢ははかなくも崩れさった、と僕は感じる。人間の社会とは、元来不公平感の上に成り立っているという諦念すら、感傷的な感慨に過ぎなくなった。それほどこの世界には望みがない。格差社会という言葉すら当てはまらないような、残虐な切り捨ての競争社会。勝者も明日は敗者に転ずる危険な世界。これが僕たちが生きている社会の真の姿だ。
もう人生が残り少なくなった。それでも、こんな社会にさせてしまった一抹の責任を感じる。勿論、政治の世界や経済界で、社会のフレームを直接創る立場にあったわけではない。が、一人の大人として若者たちに未来を託すにはあまりにも不甲斐ない世界が眼前に広がっている。社会的弱者として、不平をぶちまけるのは簡単だ。しかし、僕はいま、たぶん社会的弱者の範疇に属しているはずだが、それでもこれからの社会を担っていく青年たちへの懺悔に似た感情は棄てきれない。20世紀を生きてきて、21世紀への橋渡しをきちんと出来なかったという悔恨の情は深い。こんなつまらない世の中になるなんて、僕自身も思ってもいなかった。政治家が悪い。勿論だ。しかし、僕自身にはたった一票の値打ちしかないにせよ、エセ者の政治家たちをこの世界にはびこらせた責任の一端は確実に自分にもある。ある意味において、これから社会の一線から身を引く年齢に達した人間は総懺悔せよ、と訴えたい。社会の指導者たちは当然のこと、その指導者たちを選びだした人間にも大いなる責任があることを実感せよ、と言いたい。こんな世の中で、どうして21世紀のヒトラーが出現しないと言い切れる? もう社会の根底がガタガタに壊れている。それが見えないだけだ。あるいは見ようとしていないだけなのである。こんな社会を創り出した世代の人間がのうのうと年金生活者になどなるべきではないな。自分をも含めて。 公職に在るものたちは、その年金すらねこばばしていたではないか ! 何で政治家たちや高級官僚たちは僕たちが想像だに出来ないほどの財産を残せるのか? 高級官僚たちが、天下りで手にする莫大な給与と退職金とはいったい何を意味しているのか?
青年たちよ、もうこつこつ働いていてもダメな世の中に成り下がってしまったのである。終身雇用制はもはや過去の遺物に過ぎなくなった。こつこつ働いたからといって、会社が身を守ってくれはしない。労働組合もダメだ。真面目な人間を平気で切ってくる。だからこそ青年たちよ、自ら身を起こせ ! どこかに安全な場所などありはしない。それが現代社会の酷薄さ、だ。自主独立の精神を育むことだ。チンケな日本社会を射程に入れるな ! 世界に目を向けることだ。こんな閉じた社会で息をしていると窒息する。大きく息が出来る生きかたを模索することだ。つらいが、しかし生き抜くことだ。人生は決して平坦ではない。浮かぶときもあれば沈むときもありの人生だ。そうであってみれば、窒息するような生きかただけはしてほしくない。抗って、抗いつづけて、生き抜いてほしい。
こんなことしか言えない。自分がいかにも情けない。自戒を込めて書いた。
○推薦図書「ヒートアイランド」 垣根涼介著。文春文庫。このブログに最初に引用したように、ありふれた人生のレールを敢えて踏み飛ばして、喜々として生きる若者の姿が描かれています。確かに所謂裏社会物ですが、物語のそこここに人生の真理が散見できる秀作です。ぜひどうぞ。
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文学ノートぼくはかつてここにいた
長野安晃