古文書に親しむ

古文書の初歩の学習

第九章 将軍家茂公の串本上陸・その二

2011年12月15日 09時55分25秒 | 古文書の初歩

 

 

 

 

 

十四代将軍、徳川家茂公が上洛の際紀州南端串本浦に上陸して一泊しました。この時の模様等についての古文書を読んで行きます。

将軍家茂公第二ページ(上の写真の表題と一行目二行目)

解読  『表題』  乍恐口上書付 

        公方様此度 御軍艦ニ而

        御上洛之節、当正月五日大嶋串本之間へ

読み方 『表題』 恐れ乍ら口上書き付け

       公方『くぼう』様、この度御軍艦にて

       御上洛の節、当正月五日、大嶋・串本の間へ

解説  「乍恐」・・・下から返って「恐れながら」と読みます。 「口上書付」・・・口頭で上に申し上げる内容を文章にしたもの。 「公方様」・・・時代によって違いますが、江戸時代は「将軍」のこと。「くぼうさま」。 「此度」・・・「此」はこの様に書きます。形で覚える字。 その下空白になっていますが、『欠字』と言って、天皇・将軍の事など書く時に、敬意を表す為そのすぐ上を一字か二字分空白にします。この場合、公方さまは一番上ですから、欠字にする必要は無く、乗っている軍艦の上を欠字にしたものです。 「ニ而」・・・にて。 「御軍艦」・・・現在の我々が知っている鋼鉄の戦艦や駆逐艦のような船ではなく、外国から購入した木造の船です。軍艦と言う言葉は、古代の中国の時代からありました。所謂「いくさぶね」の事です。この古文書では、公方様の乗った軍艦の名は分かりません。先導船は「順動丸」という舩でした。あとで出ます。 「御上洛」・・・昨日説明した通りです。 「之節」・・・「之」は比較的分かり易い。「節」もこの様な崩し方をします。 「正月五日」・・・「五」はこのように書きます。 「嶋」・「本」・「間」これらの崩しをよく覚えて下さい。読む回数を増やす事によって自然に覚えるものです。