狷介不羈の寄留者TNの日々、沈思黙考

多くの失敗と後悔から得た考え方・捉え方・共感を持つ私が、独り静かに黙想、祈り、悔い改め、常識に囚われず根拠を問う。

僕52歳の求職活動からの連想(4/12)/Age of 52 my associations from job hunting・・ME辞退、やはり製缶工で就職、オッサンの現実と臨工の行方、絶望への導き

2021-03-31 01:00:00 | エッセイ・コラム
 <※本当の投稿日時
  True posted date & time:2021/04/08 04:21>

   (当方の都合にて、投稿日時を変更しております。
    I changed posted date and time for my convenience.)

 ※ 本記事において幾つかの文献と画像を引用する事によって構成しておりますが、本記事により当方は収入を一切受け取っておりません。
 ※ I have made composition by borrowing some references and pictures in this article, but I don't receive the income at all by this article.

 <→3/12からの続き>

 僕52歳の求職活動からの連想(4/12)
  Age of 52 my associations from job hunting
   ・・・ME辞退、やはり製缶工で就職、オッサンの現実と臨工の行方、絶望への導き


 ……結局、応募した日の翌日の11日(木)午前中に、辞退すると共に、感謝とお詫びの長文のメッセージを、採用担当者である当医院の事務長宛てに、C.M.のサイトのメッセージ・フォームに記載して送った。
 そのメッセージも、ここに公開する。
 
 『申し訳有りません。やはり応募した後に再度検討しました結果、辞退する事に致しました。
 応募した後に貴院のホームページを拝見させて頂いたのですが、先に出した応募に際してのメッセージにも記載しています通り、貴院のまるで高級ホテルの様な、上品な雰囲気、空気、そしてそんな所で従事しておられる高貴なコメディカル・スタッフに圧倒されてしまいそうで、プレッシャー、そしてストレスで潰されてしまう事も予想され、ただでさえ今年52歳になり60歳まで後8年しかない中年男にして経験が無いに等しく、透析業務に於けるセンス・タラントに欠ける上に、その様な事で精神的に負担が掛かるものと思います。
 僕がまさか、この世間の中に在って特別な存在である訳でも無いし、世間一般的な通念、常識に照らし合わせて、そんな事、つまり、非常識、型破り、破天荒な行いが通用しない事でしょう。少なくとも、貴院の上品で高貴な、ステータスの高い、お医者さんや看護師をはじめとした医療従事者の方々にとっては、僕が「場違い」の存在として目に映る事でしょう。
 先にお送りしましたキャリアシートとそれに続くメッセージに記載しました事に僕の至って素直で正直な考え、概ね全体的な思いを語りましたので、このメッセージ内に於いて再度、述べる必要はないかと思います。
 僕自身にピッタリ適合するものが「タイミング」的に少ないとしても、許容範囲内である程度の擦り合せ、調和を図りさえすれば、このコロナ・ショックの中でも仕事は沢山在ります。
 「気まぐれ」と聞いて、「いいかげんな奴」であるとか、「こいつはやる気が有るのか?」、「遊びでやっとるのか?」と思われたかもしれません。しかし正直な所、つい最近まで「臨床工学技士」という資格の名前が頭の中に存在すらしませんでした。先のメッセージにも記載しました通り、今後一切行わないという事で、今から5、6年前に****(※=O医療系専門学校)に通学時に使用していた教科書や資料等を全部捨てました。
 僕は、本当にやる気を持っているならば、周囲の人々が嘲笑しようが茶化したりしようが、そんな事を気にせず、行います。あの****(※=O医療系専門学校)に通学し始めた時も、高校出たての若い生徒達等から笑われましたが、自分の持っている目標・目的に一意専心していただけで、全く臆する事も有りませんでした。
 よって、逃げている訳では無く、既にやる気が失くなっていたとか、使命感、志が失われた為に、目指そうという思いもなかった訳です。
 人の反応によって自分の行動を決める人達こそ恥であると、僕は思います。笑われるから辞めようとか、こんな事を言ったら揶揄されるから止めとこうといった事こそが恥ずかしいものと、僕は思います。
 人の承認というものを、僕は全く当てにしていません。人の承認の基になっている知識や教養、そして唯一の創造主への信仰の有無を見れば、自ずと解る事です。また僕は自分を信じる「自信」であって、他人の顔色等の反応や誘惑、唆しに従う「他信」では有りません。
 しかし僕は、その「自信」をも上回る「神信」を持つクリスチャンであります。とかく世間一般的には、人々は「自己実現」を誇っています。目標を達成したとか、チャレンジに成功したとかした暁には、人は大抵、自分を誇りに感じます。それでも、確かに謙虚な人の場合には、周囲の人々の協力のお陰でと、周囲の人々への感謝も感じるでしょう。
 その一方で、「神実現」が存在します。自分で成し遂げようとするのでは無く、神様に委ねる、勿論、努力する事は必要ではあるけども、自分の力、能力を過信するのでは無く、イエス様に成し遂げてもらう姿勢が必要であって、例え成功が得られたとしても、その事で自分を誇るのでは無く、神様を誉め讃え、イエス様を賛美する事が本当の姿である事を理解しています。
 僕のタラントの一部としての、ものづくりの「鉄工・製缶工」の求人情報を見る為にハローワークのインターネット・サービスのトップページを見ました所、こう書いてあります。「新型コロナウイルス感染症の感染拡大防止のお仕事を希望される医療専門職種(看護師、……臨床工学技士、……)の資格を保有している方々は、地域の医療関係機関から急募の求人が出ていますので、是非、求人内容をご確認ください。」
 僕はこの度、こうして失業中であるのは、次の様な経緯が有るからです。
 昨年の9月末、請負(業務委託、準委任)の形で2年間勤めて来た鉄工所に居れなくなり、11月に新たに別の鉄工所に同じく製缶工として転勤しましたが、同月末に「クビ」になりました。同僚の者と少し言葉の論争が有った事が基となったものでしたが、そこの社長が僕を「クビ」にする理由として「宗教に勧誘するから」等として、つまり、僕が「クリスチャン」である事を理由として、試用期間中での解雇となりました。因みに、僕は現在、教会とか宗教組織・団体には通っておらず、一人孤独に聖書を通じて神様と直接、接する態度を持つ、独立したクリスチャンです。故に、勧誘等をする訳が有りません。
 僕の過去を思って、喧嘩等が起こらない様にと予防措置を執った事も有るのでしょう。この世間。社会で生きていく上では、過去の出来事から貼られた「レッテル」や風評等が大きく影響するものです。
 しかし、そんな一連の事が、どうも「タイミング」的に不思議にも思えます。昨年の11月3日、2020年のアメリカ合衆国の大統領選挙の投票が行われました。しかし、不在者投票の郵便投票がその投票日を過ぎてからも大量に送り続けられたり、他にも署名や住所の記載無し等といったものをも含めて「違法票」が大量に存在した他、集計機のアルゴリズムなどに細工がしてあったりソフトウェアとの連携でハッキングが行われたりと、トランプ票が抹消されたりトランプ表がバイデン側に盗まれたり等といった、前代未聞の巨大な「選挙不正」が行われた為、本当は前任者のドナルド・トランプ氏が大統領に再選されていたにも関わらず、年が明けた本年の1月20日の大統領の就任式に於いて「犯罪者」であるジョー・バイデンが大統領職に就いてしまいました。
 投票日直前と、その後のトランプ弁護団やトランプ支持者等による「選挙不正」を糾す為の「法廷闘争」が行われている間に、僕にはそんな纏まった時間が与えられました。2020年の米国大統領選挙は、単に一国の指導者を決める選挙であった訳では無く、今後の世界の行方を左右する重要なものでありました。
 それ故、僕の「タラント」を活かさせる為の、神様による図らいであった事も考えられます。そして、聖書にはこんな御言葉が書いてあります。
 
 旧約聖書・エステル記4章13~16節
  『モルデカイはエステルに返事を送って言った。「あなたはすべてのユダヤ人から離れて王宮にいるから助かるだろうと考えてはならない。
  もし、あなたがこのような時に沈黙を守るなら、別の所から、助けと救いがユダヤ人のために起ころう。しかしあなたも、あなたの父の家も滅びよう。あなたがこの王国に来たのは、もしかすると、この時のためであるかもしれない。」
  エステルはモルデカイに返事を送って言った。
  「行って、シュシャンにいるユダヤ人をみな集め、私のために断食をしてください。三日三晩、食べたり飲んだりしないように。私も、私の侍女たちも、同じように断食をしましょう。たとい法令にそむいても私は王のところへまいります。私は、死ななければならないのでしたら、死にます。」』

 この事に関して、僕が投稿したブログ記事は次です。

 2020/12/06付『僕の今現在は「もしかすると、この時のためであるかもしれない」(エステル記4章14節)/My now "may be for this time" (The Book of Esther 4:14)』
  
 現在、アメリカでは、先のメッセージに記載しました「アウトコール・カルチャー」や「キャンセル・カルチャー」が行われ、それらが「ポリティカル・コレクトネス」を基にしています。その「ポリコレ」とは、政治上、社会上、宗教上に於いて公正・中立でなければならないというものです。しかし実際には、その「ポリコレ」は左翼リベラルを基準にして偏向しており、現在、グーグルやYouTube、Twitter、facebook等といったビックテックのSNS(ソーシャル・ネットワーク・サービス)に於いて保守中道や右派人々の投稿をパージする「言論弾圧」が行われています。そしてその様な中で、フォロワーが9,000万人近くにもなっていたトランプ大統領(当時)のツイッター・アカウントも永久凍結されてしまいました。
 僕が「クリスチャン」だからという理由で「クビ」になった事と同じく、キリスト教がベースとなっているはずの米国でも、現在、クリスチャンが迫害を受けています。本当のクリスチャンは「保守」であり、クリスチャンの言論が排除されたり禁止され、クリスマスさえも公に、大手を振って祝えなくなっています。
 今年の世界経済フォーラム、通称「ダボス会議」のテーマは、「グレート・リセット」です。それは、超大国のロシアのプーチン大統領と共に、同じく超大国の米国の大統領としてトランプ氏が主導して来たと言っても良い、最近の「反グローバリズム」、「反世界新秩序」の流れの勢いを止めて、今一度、以前の「グローバリズム」、つまり世界を一つに纏めて統一する、世界統一政府を樹立して世界を全体主義化、共産主義化する流れに戻すというものです。
 新型コロナウィルス感染症(COVID-19)というものが、実は人工的な「生物兵器」であり、HIV(エイズ)ウイルスが組み込まれています。その生物兵器のばら撒きにより、地球温暖化という詐欺(本当のところは地球は「寒冷化」に向かっていまして、また異常気象の原因も二酸化炭素では無く太陽と地球の磁気がそれぞれ反転している事に由来します)とセットにして経済の抑制に繋げたり、ワクチンや治療薬のビジネスもセットにしています。そして、「グレートリセット」する為に、この50年間で最低を記録する、失業率3%台を達成させたトランプ大統領を引きずり下ろす為に、「違法票」としての郵便投票を行いやすくする等といった事が含まれます。
 コロナ禍の中、経済封鎖、食糧生産の停止、飢饉の発生、そして失業等は、備蓄や貯金をしていない人は生活する事すら苦しくなります。また、自粛生活、引きこもり生活によって、うつ病等の精神疾患に罹り、自殺に向かう人々も居ます。そして更に、ワクチンや治療薬の中に入れられている「添加物」によって、副作用に苦しんだり死亡に至るケースが発生します。
 食料や水、エネルギー等の限界点が近い事を、世界の裏の権力者、「ディープ・ステート」は考えています。その上で如何に、現在77億人とも言われる世界人口を減らすかという事を考えています。
 COVID-19パンデミックは勿論の事、その他、戦争を起こす事等によっても人口削減を謀っていますが(今後の核戦争、世界最終戦争である第三次世界大戦が懸念されるところです)、ワクチン接種もそのディープ・ステートの考えで行われています。
 ワクチンの製造には、通常、5~15年程を要するとも言われています。しかし現在、接種が始まったコロナ・ワクチンの場合、1年も経ずにして製造されました。よって勿論、通常は何度も何度も動物実験を繰り返して安全性を調べますが、それが成されていませんので、「人体実験」によって確認しています。
 また、抗原である新型コロナ・ウィルス(SARS-CoV-2)と抗原抗体反応させる為には、完全にピッタリと一致する型の抗体でなければならず、その為にはHIVウイルスを身体の中に入れなければならず、正に、ワクチンを打たれた人はエイズに感染する事となります。
 また、コロナ・ワクチンには、メッセンジャーRNA(mRNA)が添加されています。これは、体内で免疫反応を誘発させ、その遺伝情報を基にして抗体のタンパク質を作ろうとするものです。そのmRNAを身体に入れるに当たり、今まで全く使用された事の無いナノ物質(ALC-0315、ALC-0159)を添加して、取り込みを促進させたり界面活性(親油性、親水性)を持たせる様にもしています。
 その遺伝子ワクチンは、食物に於いて行われている遺伝子組み換えやゲノム編集と同様のものであります。そのワクチンを接種する事によって、身体の遺伝子の改変が行われて、自己免疫疾患や発癌する事に繋がります。
 また、その人間の都合によって遺伝子が編集され改変された食物の中には、例えば、種無しブドウ、種無しスイカ、種無しピーマンといった野菜や果物と同様に、人間の男性にも「種無し」、つまり、精子を生み出せない男性が生じる事も考えられます。
 実際、コロナワクチンには、あの子宮頸癌ワクチンと同様に、不妊剤も添加されている様です。子宮頸癌ワクチンの場合、ペットに使用するアジュバンドという避妊材が添加されています。そんなワクチンを、小学生~高校生に「強制的に」打たせようとしたのです。
 子宮頸癌ワクチンをそんな未成年者に打つのは、特にそんな年代の子供達に対してセックスする事を勧めている事と同じです。僕なんかはクリスチャンとして「純潔主義」を持ち、結婚するまではセックスをしない事が当たり前と考えますが、現在の世の中は精神面、道徳的な退廃が起きており、そんな考え、価値観が「幼稚」であるとか「子供」というように茶化されがちです。
 数多く種類の有る型の内から一部の型のみをピックアップしているだけであるので、抗原抗体反応するヒットする確率は低いし、例え効き目が有るとしても数年間しか持続しないとされ、その後に再びワクチンを接種する必要が有ります。子供、成長期の青少年と、免疫力、抵抗力の弱い年代にそんなワクチンを打つ事は、大きな影響、副作用が出る事となります。
 インフルエンザ・ウィルスの場合には、コロコロと変異を繰り返す事も有って、数万どころか数億種類もの型が有ると言われています。しかし、ワクチンはそんな膨大な種類の型の中から極一部の型をピックアップして製造しているので、予想したウイルスの型にピッタリヒットする事はまず無いと言って良いでしょう。現在流行しているSARS-CoV-2(新型コロナ・ウィルス)も、既に変異が起きています。
 全てのワクチンには、保存料としてチメロサールという水銀が添加されています。水銀は脳の神経細胞(ニューロン)を縮小させますが、そのせいか、最近はアスペルガー症候群、自閉症、注意欠陥多動性障害等といった子供達が増えています。ワクチンや治療薬だけでは無く、食べ物に含まれる添加物も影響している事でしょうし、母親が胎児を宿している時の食事や喫煙、赤ちゃんに与える母乳からも影響を受けているでしょう。
 HIVウイルスやmRNAが入っている事の他、マイクロチップも入れられているとも言います。5Gの電磁波、通信網との関係で、全体主義の下で監視下に置かれるとも言われていますし、コロナの感染拡大にも影響していると言われています。
 僕は、キャリアシートに於いて記載していました通り、以上の事から、コロナ・ワクチンの接種を拒否するという判断をしています。よって、その点でも、特に現在に於いて勤める事が出来ないでしょう。患者へのウイルス媒介者となってしまうとか、院内感染の爆発が口実となる事でしょう。
 ちょっと話が逸れた感が有る程に長々となってしまいましたが、ついでに僕が今から3年前に投稿したブログ記事、及び、昨年投稿した記事のタイトルとリンクを記載しておきます。医療の事を批判するとしても、決してその事がリベンジ、「倍返し」であるとか、恨み辛みという感情を持って行なっている訳では無いという事が理解されましょう。

 ・2018/02/27付『「ボタン一つ」の「生命倫理」、核戦争、仕事、技士さん、そして透析医療と導入前「保存期腎不全対策」に見る病院の「利益相反」行為 』   
 ・2020/04/06付「医療従事者の子供がいじめ被害:アホの親子は受診資格なし!/Health care worker's children are bullied. Fool should die by roadside! 」

   
 最後に、この度は長々とした「けったいな」(奇妙な、変な)メッセージをお寄せ致しました事により、そちら様の気を煩わせました事を、お詫び申し上げます。
 この度は、スカウト通知を頂きました事を感謝いたします。
 現在の「コロナ禍」、「コロナショック」の中で少し「気まぐれ」を起こしましたが、やはり僕は、神様からの「恵み」として授かった「タラント」を活かすべく、僕に適合した「ものづくり」や「ものを書く」というクリエーターとして生きていく覚悟(preparation、準備、備え、心構え)を再確認しました。』

 以上が、K.M.P病院の応募を辞退するに際して送ったメッセージだ。

 本ブログ
  ・2020/01/10付「笑われるから辞める?周囲の反応によって行動を決める輩共こそ愚民・恥ではないか/Just people who decide action by reaction are ignorant masses」
  ・2020/11/20付「米大統領選挙:使命の為に沈黙せず立ち上がる!& PS of "My Testimony"(1/2)/We don't keep silence for mission, and stand up! 」


 辞退を応募先に通知したものには、「※このメッセージは求職者が応募辞退をした時点でシステムより通知しております。求職者がこの求人の応募を辞退しました。」と書かれていると共に、「尚、引き続きメッセージ機能によるメッセージのやり取りは可能です」とも書かれている。
 しかし、そのかなり長いメッセージを送った後、何も返信は来ない。未明の2時頃に送った応募時のキャリアシートとメッセージは、確か、昼を過ぎてからであったか(?)「未読」から「既読」に変わったが、こちらの辞退に際したメッセージの方は、午前9時半頃に送信するや否や、直ぐに「既読」に変更された。
 まぁ、やはり、その長文メッセージの内容を読んだ事も有って、引き止める気もサラサラ無い事が伺える。

 そして続けて、5日に応募し、その後「書類選考」の知らせを送って来た2件についても、履歴書等を郵送する事無く、Eメールにて辞退の旨を、感謝、お詫びのメッセージを添えて、応募先に伝えた。O病院の事務方(採用担当者)には、Indeedの履歴書の希望事項に記載していた続きの部分を、また、Kクリニックにはその全部を、掲載しておいた。

 その内、後者に送付したEメールの冒頭に書いた挨拶を、ここに公開する。

 『申し訳有りません。やはり応募した後に再度検討しました結果、辞退する事に致しました。
 この度は、この際いっその事、この機会に試しに応募してみようと、僕の勝手な都合、「気まぐれ」により、そちら様の気を煩わし、御迷惑をお掛け致しました事をお詫び申し上げます。
 この度、Indeedを通じての応募でありましたが、「この求人に簡単応募」というフォームには、氏名や生年月日、電話番号、Eメール・アドレスぐらいしか記載事項が無かったものと思います。Indeedのシステムがどの様になっているのかが解らないのですが、応募先には公開している履歴書を見る事が出来る様になっているのでしょうか?
 現在公開しているIndeedの履歴書は、3月6日(土)に編集し直しました。変更する前は「鉄工・製缶工」の求人会社向けの内容としていましたが、現在の所は医療施設向けの内容にしております。その変更・編集した後の履歴書を御覧になされた後のこのお知らせであったのでしょうか?
 一期一会として、一応、その履歴書の「希望事項」に掲載しているものを、本メッセージに掲載して、この度のお詫び、お礼、感謝に代えさせて頂きます。

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 この度、こちらの都合により、「気まぐれ」で応募する事にしました。
 51歳にして、経験は無いに等しい……(以下、前に掲載した通りである為、省略)』

 すると、午前10時半に送ったその辞退届のメールへの回答として、同日の13時50分頃に「メールを拝読いたしました」として、Eメールを頂いた。

 「お問い合わせの応募時の情報についてですが、当方には、**様の氏名、生年月日、職種、電話番号、メールアドレスが登録されていただけで、応募者が複数おられたため、面接前に履歴書、職歴書をいただきたくご案内を差し上げた次第です。」

 キャリアシートのメッセージ欄に、いきなり冒頭に「気まぐれ」と書いている事等、長文のメッセージ内容からして、「こいつは果たして本当にやる気があるのか?」と疑い、今一度、履歴書等を送付させる事によって、僕の気持ちを確かめようという意味も含まれているのかもしれない。
 しかし考えられる事としては、「書類選考」という更なるフィルターを作ったり、また、その口実として「応募者が複数おられたため」と言うのが、実は「断り文句」である事ぐらいは、HSP(ハイリー・センシティブ・パーソン)を疑われるぐらいの僕は、察しが付いている。
 先に記載した鉄工所の面接でも、そこの社長が「他に面接に来る者がおる」と言った事や、あの門前払いの病院の事務方が「既に採用者が決まりつつある」と述べた事も、この事と同じである。

 そして、その回答メールが来る前の同日昼の12時になる直前、見落としていた様にして存在し、既に2月24日か25日に求人をIndeedに出していた、比較的、内容が僕に合っていると思える所に直接、電話を掛けた。そして、「履歴書なしで簡単応募」の応募フォームに、Indeedの鉄工所向けバージョンとして作成しておいた履歴書から転載したWord文書を添付して送り、その後、Indeedのメッセージ送付フォームに、添え書きに加えて写真付きの履歴書のPDFと職務経歴書のWordドキュメントを添付して送った。

 15日(月)に電話が有り、翌16日(火)、兵庫県Ak市の本社の方で面接した。入社した場合は、同県M市に在る第2工場での勤務となり、行き慣れた所だ。リサイクル屋でありながら、新しく鉄工所を立ち上げるという事で、未だ製缶や溶接を行う鉄工のスタッフは「ゼロ」だ。
 しかし、確かに求人情報の中に書いている事で気になっていた事であったのだが、「バイク通勤のみ」となっている。向こうの面接を担当された方は、気を使いバイクの貸し与えも提案された。また同時に、僕だけ特別扱いする訳にもいかないとも言われる。

 それ故、19日(金)に合否について電話連絡すると言われたものの、僕自身はその帰りの車の中で、既に諦めていた。車通勤に関しては、前に記載した通りの理由であり、決して贅沢で言っている訳では無い。因みに、そのM市に在る第2工場の辺りは公共交通機関を利用しにくい所で、車が無い事には通勤は難しい。

 そして、翌17日(水)に、2週間ぶりに職安に行った。恐らく、ここの所、繰り返し通って来たので、職安の職員には、顔を名前も覚えられているだろう(と言っても、風評やレッテルで、それ以前の問題か)。
 1件の紹介状を発行してもらった。その求人は、2月1日に既に出されていたもので、それから大分、日にちが経っているので、既に応募者多数で埋まってしまっているのではないかと不安であったが、まだ誰も応募していないという。因みに、職安の求人情報は、継続して同じ求人を出し続ける場合は、3ヶ月毎にか、繰り上がって「新着」として、月初めの日付で掲載される仕組みになっているので、もしかすると、それ以前から出していたのかもしれない。
 職安の担当者が紹介先に僕の電話番号を伝えると、一旦電話を切った上で、直ぐに僕のスマートフォンに紹介先から掛かって来た。そして直接、先方の担当者である社長と話をし、その中で翌日の面接や職場見学の予定が決まった。
 
 翌18日(木)、勤務先に程近い喫茶店で面接を行なった後、勤務する工場まで見に行った。兵庫県Tak市に在る、大手K製鋼の敷地内に在る工場だ。
 大手の中での勤務となるので、先に述べたものと同様だろうかとか多少、不安であった。同時に、お金も底を突きそうなので、もうこれ以上、書類選考等と悠長に構えている暇は無く、それ故、幾らかは妥協し擦り合わせる覚悟でもあった。しかし、社長から聞くと、内作と現場・据付の比が7:3程であると言い、殆ど内作という事だし、普段、特急モンの仕事が入らない場合は残業もしないという。但し一方で、土曜日が休みの「週休二日」については、建前であるとも言う。

 勤務する事となる工場は、K製鋼の大手の直請けが所有する工場で、その全国に支社を持つ程の会社からは監督として入っているだけだという。工場で作業をする職人は、その直請けの下請け、つまりK製鋼の孫請け(二次請け)の人達であると言い、僕はその立場となる。
 工場を見ると、まるで今まで勤務して来た町工場と変わらない感じだ。前に記載した様な事も頭の中に在ったぐらいであるので、想像していた事とは違い、良い感じだ。ただ、後の3割、現場での据付や配管作業、そして人間関係等に、多少、不安が残る。

 その直後、今度は大手に入る為に健康診断書が必要という事で、大抵、木曜日が休みになっている病院や診療所が多い中で、珍しく近くに開いている病院が在り、そこで診断を受けた。一番安い基本的な項目のみで良いという事で、心電図・胸部X線・聴力の検査を受けず、身長・体重・胴囲・血圧・視力の測定と尿検査、問診を受けた。それで、その日の内に診断書が発行された。
 そして、その日の内にその診断書まで社長に手渡す事が出来、午前10時の面接から、工場見学、健診までと、未だ昼の12時にもなっておらず、何と2時間も掛からない内に「即決」となった。前日の電話での直接の応答で予定が「即決」された事も含め、トントン拍子で決まった事にとても気分が良く、スカッとした気分だ。

 昔、僕が若い頃は、大抵、そんな「即決」の所が多かった様に思う。それは勿論、下請けの町工場の鉄工所の事であるが、それが最近は、その町工場も「書類選考」をする所が多い。やはり、特に今現在は、買い手市場であるが故であろうか。
 僕は、「高校中退」である。勿論、履歴書にはそう書き続けて来た。現在でも、2003年に大検(大学入学資格検定)で取得した資格や、2005年~2008年に在籍した専門学校の事は伏せて、履歴書には「高校中退」までの学歴しか書いていない。
 鉄工所に於いて、学歴は全く関係無い。実際、僕は「高校中退」つまりは「中卒」の身分でありながら、今まで全く困る事は無かった。2003年に大検の資格をわざわざ取ったのは、医療系の学校へ進学するという目的(目標)が出来たからであって、何も高い学歴が欲しい為に取得した訳では無い。その大検を取得したのが既に34歳にもなっていたし、O専門学校に入学したのは36歳になる年、卒業したのは40歳になる年であった通り、そんな歳になってから高学歴を取得しても、あんまり意味が無いのではなかろうか。

 同様に、最近は町工場でも、何かと資格を要求する所が多くなって来ている。僕は、車の運転免許以外の資格としては、「玉掛け」という資格を24歳の時に最初に取得した。それは、吊り上げのワイヤーやチェーンの先に付いている輪っかの部分を、クレーンのフックに掛けるものだ。
 当時、僕は鉄工所に最初に見習いで入った22歳の夏頃から未だ2年が過ぎた程でしかなかったのであるが、一応、勤務先の町工場の社長から図面を渡されて「後は任したぞ!」といった具合に、「一品物」の仕事を一貫して行える様に任せてもらう様にはなっていた。

 当時勤務していた、兵庫県I町(M市)に在る工場の近くや周りには、他の鉄工所、町工場も在った。その歳の時、独りで大きめの品物を作っていた事が有る。兵庫県Ko市に在る大手M電機の製品で、二次請けの仕事であった。直径8m程で底が八角形、高さは2m~2.5m程であったか、半割れの分割になっていて、H鋼やビルドエッチ(フランジの板2枚とウェブの板1枚で作るH型の骨)等の骨物や板といった材料で構成される防音屋根を、一貫して作った。重量は、恐らく10数トンにはなっていたであろう。のこ盤やシャーリングを用いた材料取り、板の曲げ、また、防音材としてのグラスウールを内面に詰めたりその蓋をするパンチングメタルを貼る事はやってもらったものの、その他の、図面から材料を書き出す事から仮組みの組立、溶接、グラインダー仕上げに至るまで、一貫して独りで作り上げた。

 工場には大概、クレーンが付いており、その他、ターンバックルの使用等で、工夫すればそんなに力仕事をする必要も無く、手伝ってもらわずとも独りで出来るものだ。但し、怪我には注意しなければならないと、僕、経験者は語る。独りで残業しながら何かに挟まれて身動きが出来なくても、誰もいなければ助けてもらえない。
 その仕事をしている途中、いきなり労働省の者が工場に入って来た。当時(1993年)、未だ厚生省と労働省は統合していなかった。何で、そんな人がいきなり来たのだろうか?。恐らく、未だ若い僕がそんな大きめの仕事を独りでやっていた事を見て、「生意気」と感じたり妬みに感じたりして、近所の鉄工所が告げ口したのだろう。そんな事が有って、仕方なくと言うべきか、会社から教習所へ、資格を取る様に行かされた。
 
 その後、ガス溶接とアーク溶接(特別教育)も取った。この2つは、2000年代に入ってから取得したが、共に比較的、料金が安いので、自主的に取りに行った。玉掛けを併せて、それら3つの資格は、3日間の講習を受けるだけで取れるもので、試験は無い。要するに、安全教育を受けた事を証明する資格でしかない。僕が持っている鉄工関係の資格は、たったこれだけだ。それでも本来なら、下請けの町工場で仕事をする分には、十分過ぎるぐらいと言ってもよい。

 一方、溶接のJISの免許なんかは、ちゃんと試験が有る、また、何年間か毎に更新する為の試験が有り、その都度、料金が掛かる。その他、最近はクレーンやフォークリフトの免許、その他云々まで要求する所が有る。
大手に入って仕事をする場合には、大概、何かと資格を要求される。また、下請けの町工場でも、最近は資格を持っていないとなれば、仕事をもらえなくなって来ていると聞く。結構、町工場も、うるさく成って来ている。
 また、大手に入る場合には、入構教育なるものが有る。それを受けてからでないと、構内に入って仕事をする事が出来ない。これも、安全の為の教育である。大手は町工場と違い、何かと規則も多くて、正直言うと、僕は余り好きでは無い。
 現在、コロナ禍という事で、その入構教育も集中して一編にする事が出来ないという。それ故、僕の次の勤務先の予定も、先にズレている。
 
 そうして、アメリカの大統領就任式が行われた1月20日から大分ズレてしまったものの、一応、やっとの事で、次の就業先が決まり、この度の就職活動は終わり、ホッと一息付けて、生活も一段落が付いた所だ。そうして、次の予定が決まっただけで、こうしてものを書く事にも集中出来る様になった。
 僕も、もうすぐ52歳となり、一昔前で言う60歳の定年までだと、あと8年しかないという身だ。もう、今までの様に転々とし過ぎる訳にはいかない。第一、そんな年寄りを、雇おうとする所が無いとも言える。

 通例だと、こんな52歳の中年のオッサンで、経験が無い者を雇うという事は、まず考えられない事だ。それとも何か?、僕は「特別な人」であるから、そんな歳を食っていても、経験無しでも、雇う所が有るとでも言うのであろうか?。そんな、現実離れした事は、夢の世界、漫画の世界だ。
 それ故、臨床工学技士という資格を活かした仕事をするという事は、今後、100%失くなったと言う事が出来る。

 しかしまぁ、これでスッキリした。もし今回、応募を出していなかったら、「あの時、出しておけば良かったかなぁ?」と後悔して、頭の中をぐるぐるとその思いが残って回り続け、するべき仕事も手に付かず、集中出来なくなったかもしれない。
 今回の就職活動中も、こっち側の、ものを書いたりといった事が一つも手に付かなかった。正直、そんな求人情報を見たり、職安に出向き、書類の作成と提出、面接と、はっきり行って無駄な時間とも言える程に多くの時間を費やさなければならない事は、今後、出来るだけ避けたいものだ。こっちは、する事は幾らでも有るのだから。

 今回、医療関係で応募してみた所(最初の却下も含めて全部で5ヶ所)は、丁度、このタイミングで求人を出して来たからだ。つまり、僕が職を探している事を見込んで出したかもしれないという憶測で、少しばかりは縁が有るのではないかと思い、応募先として選んだ訳だ。
 しかし、丁度、新卒が就職する時期である。初めの方に載せた通り、新卒者の内定率が8割を切っている。そんな事で、偶々重なっただけの可能性が高い。実際、辞退のメッセージを送り、その返信に書類選考に至った理由として「応募者多数だから」と書いてあったではないか。

 僕が大阪府O市に在るO専門学校を卒業した直後の2009年4月の時点での、臨工の累積資格取得者数は、日本全国で26,575人であった。その後、毎年約2,000人ずつ増加していき、2020年の時点で48,273人にまで膨らみ、本年2021年に5万人を突破すると思われる。この12年間で、おおよそ倍増した訳だ。
 


臨床工学技士の資格取得者数の累計
出典:公益社団法人・日本臨床工学技士会「調査結果 臨床工学技士合格者推移」

 「……臨床工学技士の今後を考えますと、年間2000人強の方々が養成校を卒業し、国家資格を取得しています。就業年数40年で雇用枠を考えますと、単純計算でも8万人以上が働く職場が必要となります。
 就業者数 = 2000人 × 40年 = 8万人( 現在の約2倍以上)
 これまでは、透析患者数の増加に伴って技士数も増えていた側面がありますが、いよいよ透析患者減少時代に入ってきます。 また、高度急性期医療へのシフトにより看護師が病棟で余った場合、例えば手術室で中途半端な業務しかしていないと、看護師に業務を奪い返されるかもしれません。雇用確保という面からも、変革を迫られつつあるのが現状です。 若い方は、これから何度か変革を求められるほど長い間仕事をしないといけませんので、未来を見据えて、現状にあぐらをかかず、日々を過ごしてほしいと思います。」
  (2017/06/21付・公益社団法人日本臨床工学技士会 人材活性化委員会「臨床工学技士の輝ける未来のために」より) 

 その様に、毎年毎年、20歳を過ぎたばかり程の多くの若い臨工達が、医療関係に就職している。そのO専門学校の入学パンフレットにも、「就職補償制度は36歳まで」と書いている。僕は入学した年に、その36歳になった。しかし、その事を承知の上で、敢えて入った訳だ。
 そういう状況からも言える通り、臨工はナンボでもおる。そして雇う側も、扱いやすい若い人を望むし、歳を取っているとしても経験豊富なベテランは好む。

 一方、確かに、製缶工もナンボでもおる。しかし、僕は歳を取っているものの、こちらの方は、20余年の経験を持っている。よって、その経験を活かして、世の中に於けるそれなりの役割を果たす事が出来よう。先にも少し書いた様に、以前勤めていたあちこちの下請けの鉄工所の町工場で、70歳代の現役の職人を見て来たものだった。

 また、看護師には母性本能で可哀想といった感情で捉えたりする人々が多いと思うが、反対に事務方は理性が優位で、経営の事、つまり冷血にも、お金の事しか考えていないものだ。そんな看護師達がロマンチストと言える一方で、事務方はリアリストと言える。そんな事務方が、人事を担当する。女性が恋愛ドラマにハマりやすい傾向が有るのは、空想や夢想に浸りやすい故ではないだろうか。一方、事務方は、とにかく病院の経営が上手くいく様に、効率良く、潤滑に、運営が回転していく事を望むばかりであろう。

 言うなれば、今回、僕は世間の人々を「絶望に導く」事が出来たのかもしれない。とかく希望的観測で物事を見る傾向が有る大衆の多くは、自分の希望、欲望を基に、勝手な思い、自分勝手な夢想をしているに過ぎない。
パソコンの上に貼っている2017年11月6日付(2018年5月23日追記)の「Preparation」には、こう書いてある。

  「この先、恋愛はしない。・・・現実直視への導き。目標・希望・欲望の絶望化の啓蒙。」
  「僕の目的(使命・役割)・・・神様の御計画、歴史修正、マスコミ修正、世間の常識・空気・価値観・希望的観測の破壊(→絶望へ)。」
  「僕はBlogger & Curator & やっぱり鉄工職人。僕の洗礼名。僕が言わずして誰が言う!」


 「絶望」と聞いて、多くの人は不幸であるとか、お先真っ暗等と思うのだろう。しかし「絶望」する事は、実は良い事なのである。
 自分の望みを絶つという事が、絶望だ。つまり絶望とは、自分の欲望を捨てるという事だ。それは、とどのつまりは、自分を捨てるという事となる。
 自分を捨てる事によって、つまり、自分を無にする事によって、神様に全き心を持って従う事が出来る様になる。自分の欲望や希望に従う限りは、その分、神様を無視したり、神様に反抗する事となる。

 神様に従うという事は、神様の御心、思し召しの通りに行なったり、そう成る事を願い祈る事だ。またそれは、神様の立てた御計画である、運命、宿命、使命に素直に従うという事だ。
 政治上で言う所の保守は、神様の御言葉が書かれている聖書を守る。反対にリベラルは、自分の欲望、希望を基準にして自由や解放を訴えており、聖書の御言葉を否定して拒否し、神様を侮辱し冒涜していると言える。

 本ブログ
  ・2020/04/30付「おっとトイレットペーパーが!&天国への資格は創造主により備えられる/Oh toilet paper! & License to enter heaven be prepared by the Lord 」
  ・2020/05/19付「希望的観測は絶望、自分の望みを絶ってこそ真の希望&神を無視するリベラル/If you watch hopefully, to despair.If you give up, to true hope」
  ・2020/10/19付「保守とリベラルとの根本的違い:創造主の御心を守るか冒涜するか/Conservative and Liberal different essence:maintain or profane to God 」


 僕は今回、果たしてどちらだろうか?、とも思った。前に引いたり応募メッセージに於いても引用した聖句、「決して誓ってはいけません」(マタイの福音書5章33~37節より)に当たるのか、それとも書斎のPCの上に貼っている「Preparation」に覚悟・心構え・準備として書いている通りに成るのか、どちらだろうか?、と思案した。
 結局、その「Preparation」に書いている通りに成ったと言える。その「Preparation」に書いている事は「誓い」に相当するであろうが、一般的な、世間的な単なる誓いであれば、その考えた通りにはいかなかったのだろう。
 その「Preparation」に書いている事が、それだけ、自分の希望や欲望を基にしたものでは無いからではないだろうか。また、僕の持っているタラントを、信仰心を持ちながら創造主であるイエス様の想いを基準にして、客観視し、深く理解して、書いた内容であるからではないだろうか。

 前に掲げた応募時のキャリアシートやメッセージ、応募辞退時のメッセージに書いている通り、僕は解ってはいるものの、少し、悩んだり揺れた事は確かである。それ故、母にも「どう成って欲しい?」と聞いたぐらいだ。因みに、母の答えは「自分に合ったものをすれば良い」であった。
 それで、僕は世間的な批評等を聞く気は余り無いが、聖書的価値観を考え方や判断、捉え方、行動の基準にしている人が、このタイミングで何か述べていないだろうか?、何か反応を示していないだろうか?と、飽くまでも参考にするまでであり、何も言われた通りにする訳ではないのだが、少し聞いてみて参考にしたいと思った。
 以下に、一例を載せる。


YouTube: 「タラントのたとえ話」進藤龍也牧師 ザアカイの家 2021年2月25日(木)19:00~
2021/02/25

 
 



 新約聖書・マタイの福音書25章14~30節
   天の御国は、しもべたちを呼んで、自分の財産を預け、旅に出て行く人のようです。
  彼は、おのおのその能力に応じて、ひとりには五タラント、ひとりには二タラント、もうひとりには一タラントを渡し、それから旅に出かけた。
  五タラント預かった者は、すぐに行って、それで商売をして、さらに五タラントもうけた。
  同様に、二タラント預かった者も、さらに二タラントもうけた。
  ところが、一タラント預かった者は、出て行くと、地を掘って、その主人の金を隠した。
  さて、よほどたってから、しもべたちの主人が帰って来て、彼らと清算をした。
  すると、五タラント預かった者が来て、もう五タラント差し出して言った。『ご主人さま。私に五タラント預けてくださいましたが、ご覧ください。私はさらに五タラントもうけました。』
  その主人は彼に言った。『よくやった。良い忠実なしもべだ。あなたは、わずかな物に忠実だったから、私はあなたにたくさんの物を任せよう。主人の喜びをともに喜んでくれ。』
  二タラントの者も来て言った。『ご主人さま。私は二タラント預かりましたが、ご覧ください。さらに二タラントもうけました。』
  その主人は彼に言った。『よくやった。良い忠実なしもべだ。あなたは、わずかな物に忠実だったから、私はあなたにたくさんの物を任せよう。主人の喜びをともに喜んでくれ。』
  ところが、一タラント預かっていた者も来て、言った。『ご主人さま。あなたは、蒔かない所から刈り取り、散らさない所から集めるひどい方だとわかっていました。
  私はこわくなり、出て行って、あなたの一タラントを地の中に隠しておきました。さあどうぞ、これがあなたの物です。』
  ところが、主人は彼に答えて言った。『悪いなまけ者のしもべだ。私が蒔かない所から刈り取り、散らさない所から集めることを知っていたというのか。
  だったら、おまえはその私の金を、銀行に預けておくべきだった。そうすれば私は帰って来たときに、利息がついて返してもらえたのだ。
  だから、そのタラントを彼から取り上げて、それを十タラント持っている者にやりなさい。』
  だれでも持っている者は、与えられて豊かになり、持たない者は、持っているものまでも取り上げられるのです。
  役に立たぬしもべは、外の暗やみに追い出しなさい。そこで泣いて歯ぎしりするのです。

 The New Testament・The Gospel of Matthew 25:14~30
   “For it is like a man going into another country, who called his own servants and entrusted his goods to them.
  To one he gave five talents, to another two, to another one, to each according to his own ability. Then he went on his journey.
  Immediately he who received the five talents went and traded with them, and made another five talents.
  In the same way, he also who got the two gained another two.
  But he who received the one talent went away and dug in the earth and hid his lord’s money.
  “Now after a long time the lord of those servants came, and settled accounts with them.
  He who received the five talents came and brought another five talents, saying, ‘Lord, you delivered to me five talents. Behold, I have gained another five talents in addition to them.’
  “His lord said to him, ‘Well done, good and faithful servant. You have been faithful over a few things, I will set you over many things. Enter into the joy of your lord.’
  “He also who got the two talents came and said, ‘Lord, you delivered to me two talents. Behold, I have gained another two talents in addition to them.’
  “His lord said to him, ‘Well done, good and faithful servant. You have been faithful over a few things. I will set you over many things. Enter into the joy of your lord.’
  “He also who had received the one talent came and said, ‘Lord, I knew you that you are a hard man, reaping where you didn’t sow, and gathering where you didn’t scatter.
  I was afraid, and went away and hid your talent in the earth. Behold, you have what is yours.’
  “But his lord answered him, ‘You wicked and slothful servant. You knew that I reap where I didn’t sow, and gather where I didn’t scatter.
  You ought therefore to have deposited my money with the bankers, and at my coming I should have received back my own with interest.
  Take away therefore the talent from him and give it to him who has the ten talents.
  For to everyone who has will be given, and he will have abundance, but from him who doesn’t have, even that which he has will be taken away.
  Throw out the unprofitable servant into the outer darkness, where there will be weeping and gnashing of teeth.’


 前掲した応募メッセージ内にて触れた通り、僕自身のタラントを活かす事で、神様から良しとされる。見栄や体裁が伴わないものでも、承認や名声、評判が得られないものでも、そういった世間的な評価が得られなくとも、神様から与えられたタラント、恵みを活かす事が、創造主に従う事となり、主の為に、主を褒め称える事に繋がろう。……

 <5/12に続く→>

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