もういい加減どうでもよくなってきたコロナですが、この期に及んでもまだ未知の恐ろしい病みたいな報道が散見できて、ほんとにもうどうするつもりなんだろうと呆れる日々。
そんな中、宗純さんのページを見たら、医師会の会長のインタビューがなかなか真面目だというので、見た。
次なる脅威は「病院閉鎖」 コロナで一般患者減、経営悪化 日本医師会・横倉義武会長
有料の壁に阻まれているので全部はみれなかったけど、twitterと宗純さんのページによれば
保健所を削減しすぎたのはよくなかった
競争や効率重視の新自由主義の影響が、医療機関にも及んでいる
厚労省の方針(公的病院統廃合)も少し見直しが必要ではないか
といったあたりに触れている模様。
前に、日本の対応の奇妙さには、医療リソース問題が結構大きいんじゃないかと書いたけど、多分そのへんですよね。
ロシアやドイツの対応は、いろいろ欠点があったとしても、全体としてみれば合理的だった。具合が悪い奴はみんな医者にかかれ、と言えてる体制だった。
それに対して、
で、翻って日本の状況を考えた時、おそらく予備兵力、いや兵力とかいうと怒られそうなので、予備リソース、これが足らない、または動員可能でない、って感じなのではなかろうか。
多分、町医者をホームドクターとして土台を作って、その上に拠点病院として公的資金を入れてなんか作ったりしてるけど、これを非常時に際して目的に応じて直ちに再編する、ってのはいろいろ無理があるんでしょう、多分。
そこで保健所などの公的部分を使うってどう?とかも考えられるけどそんなに大きくもなければ、施設も人もいない、みたいな感じでは?
つまり、全体として危機に際して使えるようになってないということなんじゃなかろうか。
であるなら、医療行政の機能不全を嘆いて、予備が足らないでは話にならん、医療制度の充実を!!という話に行くのが筋だと思うが、そうすると、明らかになるのは、公的医療制度は拡充されるべきだ、という話になっちゃう。これは、いろんなものを民営化したがってる人たちにとってはまったく逆の発想。
新コロナ:大量検査・大量ベッド・大量動員
特に、保健所を減らしたのは非常にまずかったでしょう。なんでかというと、今みたいに落ち着いた中ならいいけど、3月中旬ぐらいまでの、この疾患にかかった場合本当にインフル並と考えていいのかどうか、なんか不安があった頃に、感染している可能性が否定できない一般人を大量に病院に入れるのはリスクが大きすぎた。病院は既往症を持った人、普通より弱い人が集まってるところだから。
ということで、保健所とか、医療に関係はあるが、病人の治療をするところではないところ、ってのが役に立つ。
そもそも、日本では、昔から伝染病といえば保健所が出張るのに相場は決まってたと思う。そこがこんな具合になっていた。
「・・・経路不明が増えた3月下句の時点では、できるだけ検査をして陽性の患者さんは隔離する方針に変えるべきでした」。医師が求めても検査できない状態が続いていたという。原因は検査窓口の保健所の不足。1994年の847から467に激減した。「バブル崩壊後の行政改革で保険所は半分近くに減少しました。職員数も減り、保健所の皆さんは今回、大変苦労された。削減しすぎたのはよくなかった」
https://blog.goo.ne.jp/syokunin-2008/e/31f5945e0f416a3f1a40aeb606ac2926
公的な保健医療体制というより、すっかりビジネスとしての医療に頭が行ってしまっていたことのツケって感じ。
抗ウィルス薬の問題もようするにここである可能性は非常に高そう。
■ 公的医療の歴史を忘れてる
総じていうなら、世界中の多くの国で、どうして公的医療体制ってもんが作られていったのか、その精神みたいなものが忘れられてきた気がする。
コロナ問題はそのしっぺ返しみたいになっているところがとてもある。
BCGもそうでしょう。結核が深刻だったソ連とその周辺や日本は、マジでこれは必要だと思ったからこそ、真面目に取り組んで国民的に結核による悲劇を可能な限り低減させていったわけでしょ。
こういうのって、単なる発明品による利益、便利さの問題ではないですよ。そしてお金の問題でもない。当時の人たちはもっと別の価値を見いだしていた。
(見いだしていない人たちの代表例であるアメリカは、一度もBCGを義務化しなかった。しかし結核がアメリカにないわけではない)
このワクチンを開発したカルメットさんもゲランさんも、特許取って大金持ちになろうと思って研究したわけじゃないでしょう。
そして、その菌株をヨーロッパ人だけの特権にしないで、ソ連と日本にあげたわけだから、欧州系優先主義者でもなければ、共産主義者は人ではないとかいう心がナチの人たちだったわけでもない。
そういうことを思い起こす時、新しい薬を開発するために既存薬の評価を公正にしないなどというのは、罰当たりもいいとこ。
この先どうなっていくのか予想できないですけど、19世紀から20世紀にかけての歴史を適正に思い起こしていくことが重要だろう、など思う。
私の興味関心にひきつければ、これはソ連問題だと思う。ソ連が体現していたものというのはいろいろあって、それは必ずしもソ連が単独でやってたことでもなければ、言うところの共産主義者のアイデアでもなかった。
それなのに、ソ連を解体させたと同時に、公共政策的なものを社会主義であると読ませて、それが故に、すべて間違ってた、やっちゃいけないと読ませた。ここがヤバかった。
そしてついには、国民一般に痛みを押し付けることが大切だと、恥ずかし気もなくマジで言うような奴が出てきた。
お前の身体が痛みを受け止めろ!!って感じですね。
経団連会長、「痛み伴う改革を」
痛みはお前に集中する、絶対する。お前は痛みに苦しむ、苦しむ、絶対苦しむ、とか毎朝毎晩祈ってやろうかと思うぐらい酷い。
さらには、北朝鮮国民を餓死させろという知事もいましたね。
「兵糧攻めで北朝鮮国民餓死を」石川県の谷本正憲知事が発言
http://www.sankei.com/life/news/170622/lif1706220011-n1.html
あなたとあなたの妻と子と孫たちは、いずれ食べ物に恵まれない運命にあります。絶対です。私には見えます。と、占い師になってこの人の家の前で毎朝毎晩「ご宣託」を届けてやろうかしら。
マジで頭がおかしい。というより、心がおかしい。
こういう人を生み出したのがここ40年ぐらいだったといい加減気が付いてもいい。