ハフィントンポストが、戦後70年特集として毎日今日はどんな日だったか、を書いている。
ここ。
http://www.huffingtonpost.jp/news/ww2/
1945年8月10日はこんな日だった
午前2時、昭和天皇の「聖断」
だそうだ。
どうして8月10日にご聖断があったかといえば、前日ソ連軍が満州を攻撃し、その上、長崎に2発目の原爆が投下され徹底抗戦の実現可能性が小さくなったから。
ここでポツダム宣言受諾を決めるのなら、なんで7月中に決められなかったのか、と戦後70年間少なからぬ人々が疑問に思ったと思うし、それ以前になんでヒトラーが降参した後、いや、その前に45年1月にフィリピンの奪還可能性がなくなった時点でさっさと降伏に動かなかったのか、とかとかいろいろな議論があった。
しかし、考えてみればただの一度もこのへんをしっかりと捉えた議論がなされたことはなかったなぁと思う。感慨深いというべきか。
私が思うに、今ハフィントンポストが連載しているようなタイムラインとは、戦後史の「正史」だと思う。日米合同でこれなら受け入れられると調整された史観だろうな、と考える。
私は、まぁこのタイムラインでいいならまぁいいけど、みたいな感じで受け止める。
■ 満州を忘れて来た70年
なんでこんな風に考えるのかといえば、満州にいる関東軍をどうするのかが真っ先に来ない終戦プランなんてありえない、と思うから。
そもそも太平洋に展開するような選択になったのは、満州事変以降拡大していった大陸利権堅持派を日本の指導層が説得できなかったからだと思うのだが・・・。
私たちは70年間、実におかしな史観を信じさせられてるなぁと思うのはここ。
問題は、なんでアメリカに向かって行ったんだ、ではなくて、大陸利益堅持とはアメリカに戦争を挑むほど、国民が何百万人か死のうとも大事だと思っていた集団が日本には存在していたという点だと思うわけですよ。
それを通常、ハルノートなど突きつけられたからには立つしかなかったのだとかいう浪花節で語られてるけど、違うと思う。どうして、そして誰がこんな判断をしてたのか、あるいは正常な判断を妨害していたのは誰なのかということこそ語られるべき話でしょう。
で、1945年になっても満州にいる軍が日本で一番強く大きい陸軍であることは変わらない。
ということは、敵である連合軍からすればここをどうやって降伏させるかが大きな課題でなければならない。
しかし、米軍に大挙して満州を攻略するプランがあったとは知らない。あったのは本土上陸計画。
ということは、もし関東軍が無傷でも降伏するというシナリオが見えない限り、そこにダメージを与え得るのは十中八九ソ連軍。
他方、日本国指導者層は、アメリカへの降伏以外考えていなかっただろう。戦争というのは、負けられない相手とはやってはならない。
そして知られているのは、ソ連侵攻間際まで外務省はロシア外務省と対話している。
これをまとめて考えるとどうなるのか。まぁあんまりいい結果というか聞きたいような話にはならんと思うわけです、日本国民にとって。といってソ連に騙された~とかいう従来の話じゃなくてむしろ逆でしょう。だからこそ日本国民にとってどうなのそれと思うわけです。
でも、そこの推論をこもごもやっていくことが歴史を知ることじゃないですかね。
このへんのことはまた順次考えていくことにする。
■ 蛇足1
ロシア 原爆投下の米非難 日米分断ねらいか
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20150806/k10010179831000.html
ロシアがアメリカの原爆投下を批判しているという話を、NHKさんは日米分断の狙いだと断じている。原爆投下が非人道的だと語ることが日米分断なら最近のイギリスBBC、アメリカの一般人も日米分断工作の工作員だね(笑)。面白くなってまいりました。
ロシアの狙いは、こんな感じではなかろうか。3割は実際マジであの投下は無意味だ、非人道的だ、そんなものなくても日本は降伏してたとの指摘(これは当時の米軍関係者も同じ意見。総じていえばプロの軍事関係者はそう思っていた)、残りの7割は、日本の終戦時の神話崩しだと思う。ロシアの射程はだいたい長い。
■ 蛇足2
「歴史と視点―私の雑記帖」がkindle版にもなっていた。司馬遼太郎さんの戦車の話が載ってることで有名な本。批判する人も納得する人も一回読んで損はない優れものだと思います。
歴史と視点―私の雑記帖 (新潮文庫) | |
司馬 遼太郎 | |
新潮社 |
蛇足だけど、このへんの司馬さんの日本軍の戦車に対するハーシュな言動を批判する人たちは、日本の技術力はそんなに低くないとか言ってスペックを並べて批判しようとする。しかし、問題はスペックだけじゃないわけですよ。
スペック通りの戦車を例えば300両一定期間に作れるか、そしてそれを運べるのか、そもそもそれで足りるのか、と問題はその全体なんですね。でもって、司馬遼太郎という人は青年として従軍した時に、これは妙だ、なんだこれはと思い(その意味ではまだ直観の類かもしれない)、次に何十年も追っかけて、その上でまだがっくりきてもの申しているのがこれら晩年の著作。簡単に批判して倒せるようなものじゃないと思います。
「昭和」という国家 | |
司馬 遼太郎 | |
日本放送出版協会 |
NHKスペシャル『圓の戦争』って、思えばすごかった。このへんで書いたやつ。
http://blog.goo.ne.jp/deeplyjapan/e/9b2a523d7393ec6cb9e7885da98ce9d5
肝は軍票であり、そのバージョンアップとしての朝鮮銀行券なんでしょうね・・・。日本の陸軍ってどこで習ったのそれ的なことをしてて考えると怖いぐらいのことをしてる。