毎週月曜日の朝日新聞に登場する朝日歌壇に
『(柔らかい時計)を持ちて炊き出しのカレーの列に2時間並ぶ』(ホームレス)公田耕一
この一首が入選作として掲載されたのが、2008年12月8日のこと。これが新聞歌壇史上例を見ないドラマの幕開けだったそうです。
投稿者の「住所明記」の投稿規程から外れるものの、選者らの「排除すべきではない」との意見一致で選ばれたこの一首、複数選者が重複して評価した☆印が付いていた。更には、この作品を採った佐佐木幸綱は《住所欄にホームレスとあった。(柔らかい時計)はダリの時計である。普通の時間とは違う進み方をするのである》とコメントし、(柔らかい時計)からホームレス氏はかなりの知的教養を身に着けていることが窺われた。
ホームレス歌人・公田耕一の作品は、この第一首の後、12月中にもう一首掲載され、2009年が明けると、1月5日に2首、19日、26日・・・と驚くペースで登場する。このホームレス歌人の歌に呼応するかの様に、一般投稿者からの歌も入選している。常連投稿者の一人武富純一は
『炊き出しに並ぶ歌あり住所欄(ホームレス)とありて寒き日』
と詠み、入選を果たした。
彗星のごとく現れ、読者の注目を集めながら約9ヶ月で消息を絶ったホームレス歌人。歌壇欄や投書欄には共感や応援の投稿が相次いで載り、記事や「天声人語」、更にはテレビでも報じられたことから、広く「ホームレス歌人」として知られることとなった公田耕一とは如何なる人物なのか?その正体と、突然消えた後の消息を求めて、フリージャーナリスト三山喬は取材活動を開始。取材は横浜市中区寿町のドヤ街を中心とし、その結果を月刊「望星」に連載したのでした。本書はその連載に大幅な加筆をし、全面改稿した作品です。
私は偶に朝日歌壇に目を通すことはありますが、この様なドラマが展開されていたことを全く知りませんでした。本書は犯人探しのミステリーを読む様な味わいもあって、スリルを感じながらページをめくりました。果たして結末は・・・。ここでは書かないこととし、入選作28首の中から、歌の心を殆ど知らない私にも伝わる5首を書き留めます。
『温かき缶コーヒーを抱きて寝て覚めれば冷えしコーヒー啜る』
『胸を病み医療保護受けドヤ街の棺のやうな一室に居る』
『説教と引き換へに配るパンならば生きる為には説教を聞く』
『一日を歩きて暮らすわが身には雨はしたた無援にも降る』
『親不孝通りと言えど親もなく親にもなれずただ立ち尽くす』