映画「小川の辺」が7月2日から全国公開されるに先立ち、その試写会があることを知り、申し込みました。更にこの小説まだ読んでいなかったので、映画鑑賞前に読もうと「海坂藩大全 上」を借りてきました。この「海坂藩大全」は海坂藩を舞台とする短編を集めたもので、例えば「暗殺の年輪」や「花のあと」などが載っています。「小川の辺」はその中の僅か40ページほどの小品です
この物語の粗筋を書いてしまうことは”ネタばらし”とまではいかないでしょうから、書いてしまいます。
物語は当然海坂藩領内からスタートします。主人公戌井朔之助の妹田鶴の夫佐久間森衛は、田鶴ともども脱藩します。佐久間森衛は、農政の手直しを指示した藩主主殿頭を直接に批判した上書により、謹慎処分を受けます。その謹慎処分中に、更なる重い処分が下されるのを恐れ、脱藩したのでした。田鶴が脱藩をそそのかしたとの噂も。
第一弾の討手中丸徳十郎は病の為帰国し、それに代るべき討手を直心流の一流の使い手戌井朔之助に命じます。朔之助は一旦はこの命令を辞退しますが、佐久間と渡り合って勝てるものは朔之助しかいない、主命であるぞとまで言われ、已む無くこの命に従います。義理の弟を討てとの酷い主命です。映画ではこの二人親友という関係でもあります。
この命を受けて朔之助が帰宅した戌井家の困惑・混乱。特に朔之助の母以瀬の一番の心配は、勝気で、やはり直心流の使い手田鶴が夫を助ける為、朔之助に向かって斬りかかってくるのではないかと言う懸念。そうなれば自分の子の二人が斬り合うこととなります。
この話を聞いていた戌井家の若党新蔵がお伴を願い出ます。実は父忠左衛門は子の朔之助・田鶴兄妹が幼い時から剣術を仕込み、これに新蔵も加わるよう命じていたのです。3人は家族のように生活してきてもいました。
朔之助と新蔵は上意討ちに出立つします。道行く二人の前に立ち現れる風景。藤沢の筆が冴えます。海坂藩から新河岸への長い道中。その間に過去が振り返られます。この間の藩政。幼い頃から、兄には反抗的な田鶴はしかし、新蔵とは仲が良かったこと。長ずるにつれ、二人は淡い恋心を抱くようになっていったこと。立場上、その思いを断ち切った新蔵。
前後二つの現在時制の間に挟まれて、過去が絶妙に配置されています。
新河岸の小川の辺で、朔之助と森衛が斬り合う場面はありません。森衛が斬られた後に帰ってきた田鶴は、当然に兄に斬りかかります・・・。ラスト4ページに意外な展開が待っていました。著者は救いを用意していました。
映画鑑賞の”わたし的”一番の見どころは、田鶴と新蔵の思いの在りようにあります。直接形で思いを語れない新蔵の仕草と眼を観たいと思います。朔之助を東山紀之が、田鶴を菊池凛子が、新蔵を勝地涼が演じます。